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新世紀エヴァンゲリオンの二次創作物、小説「Ihr Identität」を掲載するサイトです。初めての方は「このサイトについて」をご参照下さい。小説をご覧になりたい方はカテゴリーからEpisode#を選んで下さい。この物語はフィクションであり登場する人名、地名、団体名等は特に断りが無い限り全て架空のものです。尚、本ホームページに使用した「新世紀エヴァンゲリオン」の画像は(株)ガイナックスのガイドラインに沿って掲載しています。配布や転載は禁止されています。
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第4部 The Indulgence 誰が為の福音か


(あらすじ)

世界の悪夢が集約された地上でもっとも罪深き場所…それが人工進化研究所だった。セカンドインパクト後に勃発した世界的内戦に当時の国連はその無力振りを露呈し、新たな世界秩序の構築として「バレンタイン体制」の概念が台頭。しかし、条約の批准と人類補完委員会を巡る誤算が世界を更なる不幸へと導いていく。
三笠は先ほどからタバコを立て続けに吸っている。

「加賀さん。ネルフの母体になったものがまさかそんな歴史を引き摺っているとはさすがに俺も想像だにしませんでしたよ・・・内務省の連中が何で国連に接収された後の人工進化研究所(ネルフの前身組織 / ゲヒルン日本支部)に固執していたのか、ようやく分かった様な気がします。現政権がぶっ飛ぶどころの騒ぎじゃねえ…下手打ちゃあ国際法廷もののパンドラの箱じゃないですか…」

加賀が無言でうなずく。

「ネルフの前身組織発足に当たってわが国のみならずアメリカやドイツ政府を始めとして世界各国もやはり同様に歴史的暗部を持ち込んでいるのです。もっともわが国以外の詳細については残念ながら明らかではありませんが。バレンタイン条約人類補完計画に関する情報がその不足を補ってくれると思います」

鬼怒川が水を一口飲むと全員に向き直った。

「アメリカについて一言いいですか?ご承知のようにアメリカにはネルフの第一支部と第二支部があり、先日、ネバダ州にある第二支部が実験中の事故によりほぼ完全に消失しました。第二支部はネルフ内では基礎研究所の様な役割を果たしていたらしいとJDL(ジョイント・ディフェンス・リエゾン)ライン経由で聞いていますが?それも条約に基づくバレンタイン体制の中で決められたことですよね?」

加賀は鬼怒川の方を見て大きく頷いた。

「その通りです。第一支部はマサチューセッツにあり主として量産技術(アセンブリ)を開発しており、第二支部は仰るとおり基礎研究所の機能を持っていました。この両者をアメリカに置くということでバレンタイン条約批准の動きが世界的に加速しました。まあこれがいわゆる密約と揶揄される部分ですね」

「それではEvaの今回の引き上げには一体どういう意味が?サラトガ長官が遺憾の意を表明していましたが?」

鬼怒川に加賀は向き直る。表情は少し曇っていた。

「アメリカとネルフの利害関係は少し複雑です。元々を糺せばアメリカは新世界の秩序としてのバレンタイン体制には極めて消極的でしたからね。この条約の体制を積極的に推進していた出雲閣下とも相当の軋轢がありました。ところがアメリカ政府は条約批准の代償としてEvaの製造、開発権を人類補完委員会から引き出したという側面があります。この事情はValentine Councilと呼ばれている人類補完委員会に委員を出している政府機関しか知りません。勿論、わが国もそのメンバーの一つですが」

「けっ!口では偉そうな事を言う割にあいつらにはまるでPrincipleというものがない。やっぱりテメーの国益しか眼中にねえときてやがる」

三笠が咥えていたタバコを灰皿に荒々しく押し付ける。加賀が視線だけを三笠に向けた。

「まあ…それはともかくとして、このバレンタイン条約ですがこれが取り沙汰されるようになったのはセカンドインパクト発生直後の世界的内乱が発端です。当時は文字通り世界が大混乱に陥り第二次世界大戦以来の悲劇になりました。国連の機能は限定的で残念ながらこの大規模な紛争に対して世界的な協調体制を構築出来ませんでした」

川内が大きく頷くと全員の顔を一つ一つ確認するように見た。

「そこで日本のみならず世界の列強において共通した二つの概念が存在した。一つが国連を軸にした新世界の秩序を新たに構築すること。そしてもう一つが軍事力強化による自国防衛と積極的な軍事介入だ。言うまでもなく静かなるものの政策の骨子は前者に根ざすものだが、いわゆるこの国連主義的な概念は内乱が続いて世界の主要都市が荒廃し、世界的に疲弊が進んだ時期に一気に台頭した。特にアメリカは大統領選挙の前の年ということもあって早急な幕引きが図られた。わが国でも・・・」

三笠が沈痛な面持ちで川内を見つめた。

「それが2003年。バレンタイン国会と呼ばれる条約批准の是非を問う通常国会が開かれた時期に当たるわけですね・・・」

「その通りだ・・・」

川内が静かに目をつぶる。その後をついで加賀が話し始めた。

「そのバレンタイン条約ですが当初、新世界の秩序を構築してセカンドインパクトとその後の世界的内乱で疲弊した国家が相互に幇助、補完するという理念の下に安全保障理事会主導で進められていました。ところが途中から国連に新たに設置された人類補完委員会という機関が主体的に進めることになったのです。これは安全保障常任理事国の賛成によって一気に決定されて国連総会での審議もほとんど意味を成さなかったのです。その中心的な役割を果たしたのが日本、ドイツ、アメリカ、ロシア、フランス、イギリスでこの6カ国がいわゆるValentine Councilと呼ばれる国です。事実上の安全保障理事会よりも上位に位置する組織、ということになりますが、この委員は実際に誰が選出されているのかは謎。少なくともその見返りとしてバレンタイン体制成立後はEvaの実戦配備とそのための必要施設、すなわち後のネルフ本部及び支部に当たるわけですが、の適宜設置、そしてA801発令という特権を得たわけです。しかし、この委員と各国政府機関とは完全に独立しており特権のみが天下り的に与えられたいうのが実態ですが…その内情を知るのは残念ながら出雲閣下だけです…」

加賀は水差しの水をグラスに注いだ。注ぎながら話続ける。

「この人類補完委員会のネーミングが実に巧妙で国家間の垣根を越えて人類を一つのものとみなして相互に補完すると言う様な解釈が出来ますのであまり害は無い様に見えます。しかし、実質的にこの人類補完委員会が問題なのは常任安全保障理事国や国連総会の上位に位置しており国連を支配しているような状態である、ということです。これは既に国連の理念を崩してしまっているわけですが…その点がバレンタイン条約を巡る誤算の一つで出雲閣下の無念でもあるわけです…」

「そしてその人類補完委員会に所属する特務機関がネルフとマルドゥック機関というわけだ・・・一国の政府と対等、いや下手をすれば国家よりも上位にある存在ってわけか…ご大層なもんだな…」

三笠が煙を吹きながら呟くように言う。その時に三笠は思わずハッとする。

ま、まてよ…てえことは…もしかすると…ネルフとマルドゥックが等価って可能性もあるじゃねえか…するとネルフの利害関係者の最たるものっていうのは国連と人類補完委員会はともかくとして…やっぱゴースト(Seele)が胴元じゃねえと辻褄が合わねえ…何なんだ…Seeleって…

加賀が三笠の言葉に頷いていた。

バレンタイン条約の中身の話に移りたいと思いますが、条約の基本骨子には3つの柱があります。一つ目は国連機能の強化という名の下に各国が保有する固有の軍事組織を国連軍として統合することで、これにより文字通り世界軍が編成されるという実に人類史上画期的な考えになります」

鬼怒川がため息をつく。

「中国がインド、ベトナム、台湾と懸案になっていた領土問題で事を起こしたと思えば、ヨーロッパでも民族紛争が各地で勃発、ドイツでもネオナチが武装蜂起をしてハンブルグで血の日曜日事件が起こったし、ベルリンも派手に市街地戦が起こった。中東でイスラエルとパレスチナが衝突してアラブ諸国とNATOを巻き込んでの血みどろの戦い…傍観していた日本はクーデターが起こった北朝鮮の流れ弾を東京に食らって混乱の坩堝…もうメチャクチャな時代だった…」

加賀が鬼怒川にうなずいてみせる。

「当時の世界規模の紛争に国連は全く機能しませんでしたからね…内戦で疲弊しきったところで世界的な平和協調路線としてバレンタイン条約による国連軍の創設。実にタイミングよく出来たと言うわけですな。若干、遅きに逸した感はありますがそれでも確かに一つの秩序とはなりました」

愛宕は完全に話の内容に圧倒されてずっと無言だった。チラッと愛宕の様子を加賀が伺いながら口を開く。

「二つ目は各国で独自に開発している次世代抑止力兵器及びその転用が可能な要素技術を国連が一括管理するというものです。出雲閣下はこのバレンタイン体制の構築に際して世界的な指導力を発揮しておられました。それは国連が唯一絶対の抑止力兵器を世界軍と共に運用するという姿を理想としておられたからです。特にこの第二項において不拡散が厳重に義務付けられた技術があります。それが後の汎用人型決戦兵器人造人間Evangelion、いわゆるEvaに関連する各要素技術ということになります」

三笠が荒々しくタバコを手繰り寄せた。

「そこに世界各国が抱えていた歴史の暗部が次々と持ち込まれたって訳だ…その成れの果てがEva・・・ネルフにくれてやったようなもんだしな」

「三笠さん…それは最高機密であることをお忘れなく…」

「分かってますよ…加賀さん…言われなくても…」

加賀が三笠に鋭い視線を送る。しかし、三笠はタバコを咥えたまま遠い目をしていた。

これで世界の歴史が狂っちまった…いやあのバカ娘の幸せすら俺は守れなかった…世紀の大バカ野郎はこの俺ってこった…全く、何のために俺は生きてるんだ…国家の価値とは何なんだ…

「バレンタイン条約の批准が広がり始めた前後で人類補完委員会は国連総会である動議を出しました。それが世に言う人類補完計画(2002年版)です。この計画の遂行のために人工進化研究所を創設することが国連で決議されました」

「それが今の第三東京市ってわけですね…」

三笠が加賀に合いの手を入れる。

「そうです。外務省は当時これを歓迎しました。よりによって日本が候補地に選ばれたわけですからね。まさに国連内での日本のプレゼンスを高める好機だとして一大キャンペーンを張る有様で…世界の失笑を買っただけですがね…まあそれでわが国でもバレンタイン条約批准の機運が高まったのは確かです。何といってもわが国には日米同盟の存在がありましたからね。アメリカに睨まれてまでという考えは少なからず守旧派勢力を中心にありましたからね。内務省、国防省もまたしかり…」

加賀がちらっと鬼怒川に視線を走らせる。三笠が忙しくタバコの灰を落とす。

「候補地っつっても唯一のでしょ?話としては出来すぎですよね」

「まあ…外務省と内閣官房ではこのマターの捉え方がかなり異なりますがともかくこれを政府として承認する事にしたのですが…そこで驚くべきことが分ったのです…人工進化研究所創設は新技術創研の接収を基本としていたのです」

「それが元で起こったのがバレンタイン国会の血の60日闘争…」

「何が問題だったのかね?」

鬼怒川が三笠と加賀を同時に見比べた。三笠が荒々しくタバコを灰皿に押し付けると鬼怒川に向き直る。

「そこは俺から話ますよ。後から分かったことなんですが人類補完計画にはEva開発と来るべき決戦の時に備えた世界的な協調体制作りっていう条項が盛り込まれていたんですよ。あくまでバレンタイン条約内においては次世代抑止力兵器開発に纏わる要素技術の国連による一元管理という、まあ言ってみれば漠然としたことしか盛り込まれていなかった訳です。ところが人類補完計画が上程されるに及び、次世代抑止力はすなわちEvaである、と限定されたんです」

「何かそこは議論の飛躍があるような感じだね」

鬼怒川が怪訝な顔つきをする。

「まさにおっしゃる通りですよ、鬼怒川さん。当然に世界はEvaって何?となるわけですが、一番これに腰を抜かしたのが日本政府だったんですよ…」

「この辺りは国防省としては全く感知していない問題だからね…僕にはさっぱりだ」

「すみません…これから話すことは全て本邦初ですが…」

三笠は川内の顔を窺う。その視線に気が付いた川内はゆっくりとうなずいて見せた。

「実は次世代抑止力兵器開発で日本が世界でもっとも先んじていると自負していたのは内務省とうち(内閣官房)だったんですよ。その兵器こそがEvaでこの研究開発は新技術創研で極秘裏に行われていた。それを政府は横目でWatchし続けていたんです。こいつは使えるってね。それがいきなり何の前触れもなく人類補完計画で大々的にその存在を仄めかす文言がオープンになったんですよ。勿論、詳細は極秘ですよ」

多分、これも碇ゲンドウの仕業だろう…

「心臓麻痺をよく起こすやつがでなかったと今でも思いますよ。ただEvaは公式には日本政府も知らない事になっていた。まあ間隙を突かれたというところですね。恥ずかしながら保安室は歴史的な暗部の上にそれが成り立っていたいたとは今の今まで想像だにしなかったんですが、今にして思えば内務省の連中の動きがどうも及び腰だった理由が分かりましたよ。あいつらはそれに当時から勘付いていたんですよ…でも言えるわけないですよね…世論が黙っちゃいない」

だから下手に碇ゲンドウをしょっ引けなかったんだろうよ…忌々しい野郎だ…

「なるほどそういうことか…だがそのお陰で守旧派勢力と国連派で抜き差しならない状態に陥ったわけだね…」

「おっしゃる通りです。国連が勝手に次世代抑止力兵器開発を一元管理するのは勝手だがそこで何故だまし討ちのようにEvaなんだと、しかもその拠点が何故第三東京市なのかと。遷都計画も取りざたされていた微妙な時期でもありましたしね。バレンタイン体制は信用できん、とまあこういう訳です。そこで出雲さんと生駒さんの対立が政府与党内で起こってしまった。更に輪をかけて内務省も外務省に噛み付いた。内務省はてっきり外務省の連中が国連にいい顔するために情報を漏らしたと思ったんです。そこに出雲さんの関与も取りざたされる始末で、当時の流行語大賞が内務次官の放った一言の「新非国民」ですよ。お陰で政界と官僚機構を二分して打開先すら見えない異常な国会になった…後にも先にもあれほどキツイ国会はないでしょうね…」

川内の顔が見る見るうちに険しくなっていく。三笠は構わず話し続ける。

「時間だけは刻一刻と過ぎていく…条約批准には期限がありましたからね。出雲閣下は是が非でもValentine Councilの中に入りたかった。常任理事国入りはともかくとして。どうしても2003年でケリをつけるしかなかったという事情があり、そこで条約批准と戦自創設が両てんびんに掛かったという訳ですよ…」

鬼怒川が珍しくイライラを露わにする。

「戦自基本法は私のところでも寝耳に水状態だったからな。あれだけのものが国防省に一言の相談もなく議員立法で打ち上がったのにはさすがに閉口したよ。あのお陰で国防省も大混乱に陥ったんだ。未だにその余波が続いているからね。戦自は正直なところ国防省でもやや特殊な連中でね。思想的に血の気が多くて少し困る。それが嵐世会とがっぷりだからな」

加賀が頷きながら口を開く。

「人類補完計画の承認において実は見逃せないことがあります。それは各国が決して表ざたに出来ない兵器開発等の歴史の暗部の集約を極秘裏に奨励した点で、これを人工進化研究所に全て集約すれば一切その責任は不問、過去に遡る追求をしない、という免責条項が存在していたのです」

「な、何だって!そんなバカな話が!」

加賀の言葉に全員が驚きの声を上げる。

「残念ながら事実です…それがPSI時代の免罪符とあだ名されているE-Cardと呼ばれる条項だったのです。各国の現政権が明るみに出た瞬間に転覆すると恐れおののいていた時限爆弾からの開放。これを福音といわずに何と言うのかと。各国は先を競って人類補完計画を承認。ワンパックになっていたバレンタイン条約もそのまま批准。まあそれでも尚、駄々をこね続けていたのがアメリカだったわけですが、例の密約であっさり引き下がったという訳です」

川内が重々しく口を開く。

「まあ…Evaとは誰がための福音なのか…ということだよ…」





Ep#05_(4) 完 / つづく
 

(改定履歴)
7th May, 2010 誤字修正
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