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新世紀エヴァンゲリオンの二次創作物、小説「Ihr Identität」を掲載するサイトです。初めての方は「このサイトについて」をご参照下さい。小説をご覧になりたい方はカテゴリーからEpisode#を選んで下さい。この物語はフィクションであり登場する人名、地名、団体名等は特に断りが無い限り全て架空のものです。尚、本ホームページに使用した「新世紀エヴァンゲリオン」の画像は(株)ガイナックスのガイドラインに沿って掲載しています。配布や転載は禁止されています。
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第5部 die rote Rose 赤い薔薇


(あらすじ)

出雲重光が目指した静かなる者の政策には川内ですら把握していないネルフとの間の密約が含まれていることが示唆された。その密約の封印をとく鍵は「赤い薔薇」というキーワードだった。川内は総力を上げて「赤い薔薇」の追跡調査を加賀に指示し、三笠と鬼怒川に戦自の封じ込めと現政権倒壊を見越した政策補完の準備を指示した。そして自らは各省庁の「静かなる者」の召集に動き始めた。そして、全員が退出して部屋で一人になった川内は…
「加持…いかな貴君でも生き残れまい…」
長い沈黙を破って「静かなる者」たちが今、覚醒する。

 
10分程度の小休止を挟んで再び一同は川内の部屋に集まった。

表向き上、この川内の部屋での集まりは臨時国会の空転で廃案が必至の情勢にある戦略自衛隊基本法改正案に関する対策会議と説明されていた。女性職員が銘々にアイスコーヒーを置くとほとんど三笠の吸殻で一杯になった灰皿を取り替えて部屋を後にした。
再びメンバーだけになったことを確認すると加賀は持ち込まれたミルクや砂糖つぼ、灰皿にいたるまでを丹念に調べた。その徹底振りに一同は唖然とした。内調の情報統制は厳正を極めるとは聞いていたが実際に目の当たりにするのは川内を除いて初めてだったからだ。
砂糖つぼをテーブルに戻しながら加賀が重々しく話し始める。
「それでは条約の最後の第三項ですね。ネルフ発足とその権限範囲の規定はここに明記されています。もっとも当時はネルフ設置自体が明らかではなくて条約では来るべき危機、すなわち想定される有事に備えて必要の都度で特務機関を設置する、という程度のニュアンスでしかありませんでした。しかし、仮に設置された場合は例えば、国連軍は要請に基づき全面的な協力を行うこと、国連加盟国がその運営予算を国連分担金の中から拠出する形で負担すること、更に有事においてはネルフが人類補完委員会の事前承認に基づいてその国家の主権範囲において全指揮権と必要と思われる行政権等の権限委譲を無条件に受けること、更にはネルフ職員の特別地位協定、といちいち上げればキリがないほどの特権が担保されています。それでも必要の都度の設置で想定される有事とは地域紛争であろうという事で特務機関が必要になることはないと思われていたのです」

「それが2010年に人工進化研究所がそのままスライドしてネルフとなったというわけだしかも地下に大規模な地底都市を建設してそれが第三東京市の真下にある。各種探査衛星で調査されていますが22層からなる特殊装甲で覆われた一種の巨大要塞ですよ、ありゃあ

 
三笠が早速新しいタバコに火を付けていた。

「しかし、来るべき危機というのは今にして思えば使徒の襲来だったといえるわけですが、2010年の特務機関ネルフの設置は人類補完委員会の勧告によってあっさり決定されました」

加賀が話し終わると川内が咥えていたタバコを灰皿の端に置いた。

「その通りだ。Valentine Councilのメンバーには2010年のネルフ発足時に「使徒の襲来」から人類を守るためだと説明があった。まあ拒否権は条約を批准しているわけだからなかったがな。それによれば使徒はセカンドインパクトを引き起こしたと言われる第一使徒アダムとの接触をはかっており、それを未然に防ぐためにネルフが既にアダムを内部に拘束しているということだった。それだけでも驚きだったがもし使徒とアダムの接触を許せばTIP(サードインパクト)が起こるという話を聞くに及び完全に各国政府機関は浮き足立った。人類補完委員会の勧告に基づいて条約の第三項が発効、特務機関ネルフは自動的に発足した。言ってみればバレンタイン条約とその体制はネルフ発足のお膳立てみたいなものだった訳だ」

 
川内は遠い目をしながら話し続ける。

「しかし、時が流れて冷静になって見ると本当にネルフが言うように使徒という得体の知れないものが襲ってくるのかという意見が主流を占める様になった。何といってもネルフ発足後は国連の分担金が有り得ないほどに上昇したのだ。国際的世論としても批判的な意見が大勢を占めた。そこで各国の情報機関がネルフ本部や主要支部がある地域に殺到して冷戦さながらの情報戦が展開されることになったのだ。勿論、実態がつまびらかではないEva、それにTIPのリスク、加えてそもそもネルフとは何か、それらも合わせて探られていったというわけだ。特に2011年から2014年の間、その情報戦の激戦地はベルリンだった」
 
「ベルリン…ですか」
 
鬼怒川が呟いた。それに川内が静かに頷く。
 
「公式には認められてはおらんがこの情報戦で多くの若い命が散って行った…その多くは志に燃える内務省の特殊情報局(特報局)の部員たちだったのだ…特にマルドゥックと呼ばれる得体の知れない存在に手を出すものは民間人であれ容赦なく消された。当時はEva弐号機がベルリンで世界初のプロダクションタイプとして世に出る直前だったため、各国機関がどれほどの兵器能力があるのかと血眼になっておった」
 
川内が殆どフィルターだけになったタバコを摘み上げる。
 
「内務省の特報局は表の組織ではない…国家のために命を捧げた彼らは誰の目に留まることもなく厳寒のベルリンに墓標もなく葬られている。僕は使徒戦が終われば彼らの骨を拾いに行かねばならんのだ。その日のために是が非でも静かなる者の政策は完成されねばならん…」
 
室内に重々しい空気が立ち込める。誰も咳払い一つしなかった。

「それはともかく…果々しい結果は得られぬまま今年の610日を迎えた、という訳だ。この日に実際に第三使徒が第三東京市郊外に現れて世界が驚愕したというわけだ。通常兵器がまるで歯が立たず唯一Evaのみがこれに拮抗しえることが図らずも証明される形となって現在に至っている。まさに悪夢のような年だ。今月10月までに都合9回の使徒戦が行われたことになる。もっとも直近の第11使徒は誤報ということになっておるがな…」
 
鬼怒川が沈痛な面持ちで川内に向き直る。三笠は既に三本目のタバコに火を付けていた。
 
「しかし、今年の6月は何か意味があったんでしょうか?6月だけで第3、第4、第5使徒の襲来が立て続けに起こったわけですからね。このペースで襲ってこられたら堪ったものじゃない、そこからですからね。今の世論はネルフの受け入れ自体、いや遡ってバレンタイン条約の批准自体が間違いだったと言う方向に流れたのは。まあいつもの如く旭日(きょくじつ)新聞が一番酷いわけですが…」
 
「確かに公約倒れ報道に始まり有る事無い事色々書き連ねているがな…それは恐怖が人を支配すれば理性的ではいられなくなる、という何よりの証左だろう。もっとも、Evaが世界秩序の抑止力兵器と思っていたところに使徒戦が勃発してそれに投入されるとは国連関係者であっても誰も信じていなかったくらいだからな。まあ多少は同情もするが」
 
室内からは僅かな失笑が漏れる。川内は構わず話し続ける。
 
「しかし、実際に使徒が襲来してきた時に人類は自分の非力さに恐怖し、使徒の強大さに戦慄したのだ。ネルフを例え日本国外に追い払ったとしても使徒が目標変えない可能性は十分ある。いずれにしてもネルフが何者であれ使徒戦が収束するまでは過激な世論は押さえねばならん。全ては使徒戦が終わった後で考えるべきことだ」

「その使徒をネルフに送り込んでいるのがゴーストだというお話だったと思いますが

愛宕が被せる様に言う。

「確かに豊田君はそう言っておった。しかし、それはあくまで豊田君の個人的な意見であって何らかの確証があるものではない。彼自身もそう言っておった。それに残された例の写真からすると人類補完委員会との会見だった事も否定は出来ん。ゴーストと人類補完委員会やネルフの関係が明らかにならないと事の本質は見えてこないだろうなそれを知るのは出雲先生だけだったのだからな」
 
「実はそれについてですが豊田君が残したVTACのデータは写真だけではないのはご存知かと思います。オリハルコンに解析させたところパスワードがかけられた文書ファイルもいくつか含まれていました。残念ながら写真の時とは違うパスワードの様でして開くことが出来ませんでした。パスワードのヒントと思われるのが”die rote Rose”。つまり赤いバラなのですがお心当たりはありませんか?」

鬼怒川が思い出した様に言う。さっきから顔色は優れない。

「赤いバラ?俺にはさっぱり見当もつかんなおい!愛宕、お前何か知らねーのか?」

「え!じ、自分ですか?そんな急に振られても豊田の全てを知っている訳ではないですし…」

「赤いバラか出雲先生が好きだった花だな

一瞬、川内の顔が曇った。誰も川内の微妙な表情の変化に気が付かなかった。加賀だけが目ざとくそれを見ていた。
 
「しかし、豊田がネルフの利害関係者を洗っていたのは事実でしょう?ということは出雲閣下との関係もその中に含まれているんじゃないですか?」
 
愛宕の言葉に三笠と鬼怒川が驚いて愛宕の方を見る。加賀は川内の顔をじっと見ていた。
 
「ば、バカ野郎!お前は急に喋りだしたと思ったらそんな…」
 
三笠が隣に座っていた愛宕に向き直る。川内が静かにそれを手で制する。
 
「三笠君、ちょっと待ちたまえ。愛宕君、すまないが君の意見を聞かせてくれないかね」
 
「は、はあ…自分の直感なんですがお話をずっと伺っていると出雲閣下が当初は条約批准にあたって世界的な指導力を発揮しておられたのは確かですが、どうも人類補完委員会が出てきてからというもの完全に翻弄されていると言うか…特にバレンタイン体制の確立の過程で誰かに騙されたのか分かりませんが、ご自身の意思とは裏腹に利用されてしまった様な印象を受けるんです」
 
「あ、愛宕…お前…その減らず口を…」
 
川内が三笠を目で押さえつけて愛宕を促す。
 
「例えばValentine Council入りを目指す辺りは当初のお志からかなり乖離しています。誤解を恐れず言えば妥協の産物だった様に思います。それに出雲閣下は人類補完委員会のメンバーをご存知だったんじゃないでしょうか?その間に何らかのパイプがないと例えValentine Council入りをして天下り的に特権を得られるからといって得体の知れないものが闊歩する世界秩序に黙って頭を垂れるでしょうか?自分は世代的に出雲閣下を直接見知っているわけではありませんが、バカな学生でしたが日本の政治家にもこんな熱い方がおられたということを密かに誇っていました。そのお姿と余りに違いすぎます」
 
「愛宕…」
 
三笠からは当初の険しさがなくなっていた。全員の視線が愛宕に集まっていた。ぽつぽつと愛宕は話し続ける。
 
「自分は出雲閣下は人類補完委員会から与えられたものを黙って受け取ったとは思いません。むしろ深く関わっておられたと思います。そして騙し討ちにあったのではないでしょうか?その事実はネルフやマルドゥックの中にあるんじゃないでしょうか?豊田はそれを突き止めていた。そして功を焦って一人で動き過ぎて殺されたんじゃないでしょうか?」
 
川内はじっと愛宕を見つめていたがやがて得心が行った様に静かに頷いた。
 
「愛宕君…君の言う通りだろう…君のその言葉で僕は目から鱗が落ちた様な心地だよ…僕は内務省から首相秘書官として出向してずっと出雲先生とまさに寝食を共にしていた。その自負が僕の目を曇らせていたのかもしれない…出雲先生とネルフの間で何らかの密約がないと確かに辻褄が合わないことが多い。この部分を明らかにしなければ静かなる者の政策補完は完成しないだろう。加賀君…」
 
「はい」
 
「君は内調と内務省の特報局の総力を挙げて赤い薔薇の行方を追ってくれ」
 
「行方…とおっしゃいますと…」
 
調べろ、という言葉を想定していた加賀は川内の意外な言葉に怪訝そうな顔つきをする。
 
「他言は無用だ。生涯独身を通された出雲先生だが実は内縁関係の女性がいた。もとは京都祇園の舞妓(※ ちなみに袴変えをすると芸妓と呼ばれるようになる)だったのだが名前を那智サナエという。先生はその人のことを赤い薔薇によく例えておった。僕の推測が正しければ出雲先生は何らかのものをその人に託している可能性が高い」
 
「なるほど…そういうことだったのですか…分かりました」
 
「よいか。決して(内務省)公安局と(同省)警察局外事部には悟られるな。特に公安の旗風には注意しろ。あいつは一見バカ面だが相当な切れ者だぞ」
 
「分かりました」
 
川内が鋭い視線を鬼怒川と三笠に向ける。まさに帝王の威厳そのままだった。
 
「それから鬼怒川君と三笠君、そして愛宕君は政府のA801発令とそれに伴う戦自の軍事行動を抑えるペーパー(法改正を伴わない法的検討作業)に着手しろ。これには後から外務省の国連局を合流させるが、あくまで方針は法案審議を経ない閣議決定ベースでの封じ込めを狙う。特に鬼怒川君のところは(国防省)内局主導で制服に決して気取られるな。戦自派であれ旧自派であれ統幕の筋は絶対に使うな」
 
「承りました」
 
「それらが揃い次第、僕は能登さん(内閣官房長官 / 自由党衆議院議員)に根回しをして陸奥さん(内閣総理大臣 / 自由党総裁)に決断させる」
 
川内は70歳目前の老人とは思えない鋭い眼光で一同を見渡した。
 
「よいかね。諸君。豊田君も同じ事を言っておったが、戦自がゴーストの尖兵に利用される可能性がある。その引き金を引いているのは僕が調べたところでは内務省ではない。恐らく制服の中にいるのだろう。その者が嵐世会の生駒と組んで何かを企てておる。然るべきタイミングでのA801発令とネルフ本部の排除を狙っておるのだろうがそれだけではあるまい。恐らく静かなる者の政策の粉砕を狙っておるのだろう。A801発令は自由党政権の間は凍結されているが、いまの自由党を取り巻く情勢は極めて厳しい。残念だが次はあるまい。生駒の国民党(嵐世会は国民党内の最大会派)が政権を取れば凍結は解除されると見ていい。そうなれば同時に強大なValentine Councilとしての各種特権を盾にした欲望もむき出しになることを意味する。再び世界を混乱に落とすだろう。静かなるものの政策とはこの「Valentine Council特権の良識ある凍結」に他ならんのだ。この悪魔の力を解放してはならん。諸君。頼んだぞ」
 
「いよいよ旗揚げですね。この時を待っていましたよ。川内さん」
 
三笠が涙ぐんでいた。加賀、鬼怒川、三笠、愛宕 は深々と川内に頭を下げると副長官室を慌しく後にした。
 
川内はそれを見届けた後、重厚な黒壇の執務机に痩身の身体を預けると引き出しの中から一枚の古びた写真を取り出した。それは玄武岩で作られた内務省の正面玄関前で撮られた集合写真だった。
 
写真の下には2008420日と日付が打たれ、「内務省特殊情報局第一期任官」と書かれていた。24人の精悍な顔ぶれの男たちの中に加持リョウジの姿があった。写真の外枠に出雲と川内の二人を写した写真が貼り付けてあった。
 
「長らく生き恥を晒して来た僕だが諸君らの無念に報いる時が来たようだ…僕も全てが終われば先生や諸君らの元に逝こうじゃないか…夏しかないこの世は全く味気ないよ…桜も紅葉もないんだからな…羨ましい限りだ…諸君らはあの世でさぞかし楽しんでいるんだろうな…」
 
川内はポケットからハンカチを取り出すと目頭を押さえた。
 
「加持…墓場と言われた特報局ドイツ部で生き残ったのは結局、貴君だけだな…この仕事を頼めばいかな貴君でも生き残れまい…すまんが命を預けてもらうぞ…」

川内はハンカチで目元を拭うと老眼鏡をかけて便箋を取り出した。



 
 

Ep#05_(5) 完 / つづく
 

(改定履歴)
28th May, 2010 / ハイパーリンク先の修正
28th Nov, 2012 / 補足説明追加
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