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新世紀エヴァンゲリオンの二次創作物、小説「Ihr Identität」を掲載するサイトです。初めての方は「このサイトについて」をご参照下さい。小説をご覧になりたい方はカテゴリーからEpisode#を選んで下さい。この物語はフィクションであり登場する人名、地名、団体名等は特に断りが無い限り全て架空のものです。尚、本ホームページに使用した「新世紀エヴァンゲリオン」の画像は(株)ガイナックスのガイドラインに沿って掲載しています。配布や転載は禁止されています。
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第22部 One more kiss サヨナラ


(あらすじ)

第12使徒は突然の初号機の暴走によって粉砕された。
シンジはエントリープラグから救出される。
Episode#06 完結です。
(本文)


既に夜が訪れていた。

第三東京市を見下ろす丘陵地に仮設されている国連軍司令部 兼 特務機関ネルフ 対使徒作戦野営発令所のテント群の一角では重苦しい空気が流れていた。

テント内の蛍光灯ランプの下でミサトは腕を組んだままモニターに写る二体のEvaの配置を見詰めていた。

「N2爆雷の調達が…完了しました」

日向がパイプ椅子に腰掛けたまま背後にいるミサトを見る。

「そうか…いよいよね…」

ミサトはため息混じりに呟く。

本当に…これでいいのかしら…あたしは間違っていないのか…まだ…迷っている…あたしは本当に最善が尽くせているのか…あたしが迷う時は…決まってどこかで納得していない…自分を無理やり納得させようとはしてないか…

押し黙ったままのミサトをリツコが野営テントの片隅からじっと見ていた。

ミサト…この期に及んで何を躊躇っているの…確かにあなたじゃなければこんな短時間でこの作戦を実行できない事はよく分かっているわ…でも…あなたに選択の余地は無いわよ…ただ…言われた通りにすればいいのよ…レイの様に…

リツコはキッとミサトを見る目に力を込める。

だから…あなたもアスカもネルフで生き残るためには「あの人」に従わないといけないのよ!!

ミサトはリツコの刺す様な視線に気が付いていたがあえて無視していた。業を煮やしたリツコはため息をつくと日向と青葉が座っている方に歩いて行く。

ミサトの前をあえて横切った。

「パイロットが生きている望みのあるうちに作戦を実行するわよ」

「…」

何を白々しい…生きていてもそれを葬ってしまうかもしれない作戦だって言うのに…

リツコの声をミサトは黙って聞いていたが沸々と怒りが込み上げてくるのを自覚していた。ミサトがリツコの後姿に言葉をぶつけようとした瞬間に「それ」は何の前触れもなく訪れた。

野営テントの外から突然ざわめきが聞こえて来た。そして幾つものざわめきが束になり悲鳴に変わりつつあった。それとほぼ同じタイミングで日向が野営テント全体に響く声で叫ぶ。

「し、使徒内部で高エネルギー反応を確認!空間にひずみが生じ始めています!」

「な、何ですって!?ドライブフォースは何!?」

リツコが驚愕の表情を浮かべて思わずモニターにかぶりつく。ミサトは咄嗟に外に飛び出そうと駆け出していた。背後からアスカの声が聞こえてくる。

「な、何?何が始まったの?本部、上空に浮かぶ使徒の内部に異変が発生!解析結果を送って!」

ミサトは一瞬足を止めると中央にある大型モニターに向かって大音声を上げる。

「アスカ!聞こえる?こちらも使徒の異変をキャッチしたわ!現在解析中よ!とにかく!その位置をレイと確保することを最優先して!!」

「で、でも…使徒が!」

「スッさん!各国の戦爆編隊の到着は?」

「後3分だ!」

白髪交じりの周防の顔には色が無かった。

「アスカ!レイ!スッさんの声聞こえた?このタイミングを外すと初号機内での生存確率がゼロになってしまうわ!やり直しはもう効かない!3分何とか持ちこたえて!」

「了解!」

レイとアスカの声を聞くとミサトはテントを飛び出した。

周りにいた国連軍の面々も驚きの声を上げている。上空に浮かぶ球体がまるで内部に生き物がいるかのように不気味なふくらみをあちこちにつくる。中から突き上げているかのようだった。

「一体…何が始まったのよ…」

ミサトの後を追いかけるようにしてリツコとマヤがテントの外に出てきた。ミサトの隣でリツコが呆然と呟く。

「ま、まさか…初号機が…あり得ないわ…エネルギーは完全にゼロの筈よ…」

その時だった。突然、使徒から鮮血が噴出す。

「う、うわー」

国連軍のあちらこちらから叫び声が聞こえて来る。まるでシーツを引き裂くかのようにボディーを真っ赤に染めた初号機が姿を表した。

「しょ、初号機が!!暴走?!い、いや…それとは違うわ…」

ミサトはハッとすると手に持っていたレシーバーで叫ぶ。

「国連軍攻囲部隊に緊急電!使徒に異常行動が確認された!直ちに使徒の包囲を解除!Evaを残して全軍作戦区域から退避!それから戦爆編隊に高高度で作戦空域上空での旋回待機を指示する!急いで!」


グオオオオオオオオオ


「な、何だ!?」

初号機は使徒を引き裂くと身の毛もよだつ様な雄叫びを上げた。それはまるで悪魔(Lucifer)の様だった。

使徒の鮮血が零号機、弐号機にも赤い雨となって降り注いでくる。

「アタシ…あんなのに乗ってるの…?」

アスカは呆然とその光景を見上げていた。

初号機は使徒の返り血を浴びながら夜の帳が下りた第三東京市に降り立った。血の雨が市内に降り注ぐ。

「碇君…」

レイは初号機を静かに凝視していた。

「ここまでね…リツコ!強制サルベージ作戦は中止を提案するわ!通常指揮権の発動を要請する!」

初号機はそのままピクリとも動かない。リツコの口は半ば開いたままその場に呆然と立ち尽くしていた。

「あたしたちは…なんて恐ろしいものをコピーしたの…」

リツコは初号機の姿に戦慄していた。そのリツコを冷めた目で見つめるミサトがいた。

何を今更…

ミサトは小さく舌打ちをするとリツコをその場に残して次々と指示を飛ばし始めた。

「ネルフコード121(Grade S issue発生時の特別指揮権発動)の破棄を宣言する!強制サルベージ作戦中止を全軍関係者に指示する!アスカ、レイ。初号機の使徒内部からの脱出を確認したわ!直ちに中和ポイントから撤収して!」

「了解…」

レイはチラッと弐号機の方を見る。アスカから返事は返って来なかったが弐号機も指示通り離脱を開始していた。それを見届けるとレイは操作レバーを引いた。
 





初号機は国連軍の協力の下、無事回収することが出来、シンジはエントリープラグから救出された。

ミサトは救出されたシンジに意識があることを確認すると取り縋って人目を憚らずに泣いた。

レイはその傍らに無言で立っていたがアスカの姿は見えなかった。ひとしきりミサトは涙を流すとさっと目を制服の袖で拭ってエントリープラグから出てきた。

レイと目が合うとミサトは照れ臭そうに微笑んだ。

「歳とるとさ、涙もろくていけないわね…」

「そんな…こと…ありません」

レイはミサトから視線を逸らした。

「あらぁ?レイ。いつからあんたはお世辞を言う様になったのかしらね…」

「それは…」

レイは戸惑いの表情を浮かべている。ミサトは微笑むとレイの肩にポンと手を置く。

「お疲れ様、レイ…今日は本当に長い一日だったわね…」

「はい…」

「今、医療班がこっちに向かってるからさ。あんたはシンちゃんの傍にいてあげて」

ミサトはレイに軽くウィンクをする。

「わかりました…三佐…」

「じゃあ後は宜しく!あたしは残務処理が山ほどあるからさ!また徹夜の日々が続くわ!それにしても…うっさいな!この携帯!」

レイはミサトの後姿に視線を送る。

三佐も…心はまだ…泣いている…人はどうして…心とは違う姿を他人に見せるの…

ミサトが荒々しくポケットから携帯を取り出して電話に出ようとした瞬間、思わずその場に立ち尽くした。

暗がりの向こうから両脇を黒服を着た諜報課員に固められたアスカがプラグスーツに身を包んだままやって来ているのが見えた。

「あ、アスカ…あんた…」

ミサトは携帯を持っていた手を呆然と下ろす。

アスカの両手には手錠が厳重に掛けられていた。

ミサトの表情が歪む。

「ミサト…シンジは…無事…?」

「え…ええ…気を失ってるだけで命に別状は無いけど…」

「そっか…よかった…」

アスカはぎこちなく微笑む。それはかつて浅間山から帰った後に見た笑顔に似ていた。ミサトの感情は決壊寸前だった。

「バカ!!アスカ…何で…何であんたがそんな目に遭わないといけないのよ!どうなってるのよ?!」

ミサトは携帯を足元に落すとアスカに向かって駆け出した。それを見た諜報課員の一人がズイッとミサトの進路を阻んだ。

「ちょっと!邪魔よ!そこどきなさいよ!じゃないとあんた!怪我するわよ!」

ミサトがじろっと睨み付ける。諜報課員は女トール(Thor / 北欧神話の雷神)に怯むことなく淡々とミサトに告げる。

「作戦完了と同時にセカンドの管理は我々の管轄に入ります。接見をご希望であれば司令長官室長の決裁を受けてからに願います。葛城作戦部長」

「決裁だぁ?自分の部下に会うのに何の決裁だ!寝言言ってんじゃねーぞ!くそったれ!」

ミサトが悪態を付く。

アスカは暫くミサトと諜報課員のやり取りを見ていたが諦めた様に小さくため息をつくとエントリープラグに向かって歩き始めた。

アスカはミサトの横を通り過ぎていく。

「アスカ!」

ミサトが叫ぶ。アスカは通り過ぎざまにミサトに声をかける。アスカの目は正面のエントリープラグを見据えていた。

「ごめん、ミサト…勝手なことばかりして…」

「バカ!勝手なのはあたしの方よ!あんたや…シンちゃんに…結局…何もしてあげられなかった…」

ミサトがアスカに近づこうとするが諜報課員がミサトを押さえる。

「葛城部長。ご自身の立場をわきまえて頂きたい」

ミサトは諜報課員に構うことなくアスカに必死になって語りかける。叫び声に近かった。

「なのに!何でよ!どうしてよ!どうして…あんたが謝るのよ!アスカ!」

「葛城部長!」

「うるせえ!!」

ミサトは尚も抵抗して諜報課員と激しく揉み合う。

「ごめん…もう…いいの・・・」

アスカは軽くミサトに微笑むとエントリープラグに向かって再び歩き始めた。

「アスカ…」

ミサトは抵抗を止めるとじっとアスカの背中を見送る。涙でアスカの後ろ姿がおぼろげになっていく。

諜報課員の一人がアスカの背中に向かって冷たく言い放つ。

「セカンド。分かっていると思うが2分だ。それ以上の滞在は認めないからそのつもりでいろ」

「分かってるわよ…いちいち念押ししなくたって…」

アスカはエントリープラグの入り口に立つと傍らにじっと立っているレイの方を見る。レイの表情は暗くてよく見えなかったが見ようによっては悲しそうな顔にも見えた。

「セカンド…」

「アンタ…悪いんだけどさ…1分でいいからここからちょっと離れててくれない?」

レイはじっとアスカの目を見ていたが小さく頷いた。

「…分かったわ…」

「ありがと…」

アスカが屈んでエントリープラグの中に入ろうとするとレイが不意に声をかけてきた。

「アスカ…」

「…何よ?」

「忘れないで…あなたの心を…今のわたしにはそれしか言えない…」

「…」

レイはアスカに背中を向けると音もなくその場を立ち去って行く。

アスカは小さくなっていくレイの後姿を横目で見ていたが慎重にエントリープラグの中に入っていく。

エントリープラグの中はL.C.L.の水溜りが出来ていた。そして操縦席には毛布をかけられたシンジが目を瞑ったままで座っているのが見えた。

まるで眠っているかの様だった。

アスカはシンジの傍らに両膝を付いて座る。

「ほんとバカよね…アンタって…でもよかった…無事で…」

生きていれば…生きてさえいれば…きっと…そうでしょ?加持さん…

遠くの方から医療班のサイレンの音が近づいてくるのが聞こえてくる。

「早くしなくちゃね…」

アスカは不自由そうに操縦席の横に拘束された両手首を置くとシンジの顔に顔を近づけた。そしてシンジの唇に自分の唇を重ねた。

「ごめんね…これはお詫びよ…」

再び離した唇を重ねる。

「そして…これはお別れのキス…勝手にアタシ一人で盛り上がっといてさ、こんな事言うとアンタまた怒るかもしれないわね…でもアタシ…一人で頑張る事に決めたの…」

アスカはすっと立ち上がるとエントリープラグから出る。

「じゃあね…バカシンジ…」

アスカと入れ替わる様にして医療班がシンジに殺到する。

「セカンド、時間だ。もたもたするな」

「分かってる…もう用事は済んだから何処でも大人しく行くわよ…」

「ふん。殊勝な心がけだな。余計な手間をかけるなよ」

諜報課員はグイっとアスカの背中を無愛想に押した。一瞬、アスカの目に怒りの色が浮かんだがすぐに目を閉じてとぼとぼと歩き始めた。

「アスカ!」

名前を呼ばれてふとアスカはミサトの方を見る。ミサトもアスカの顔を見詰める。

「きっとあんたを!必ず…必ず迎えに行くから!だから…それまで…」

「うん…待ってる…」

「早くしろ!もたもたするな!」

アスカは再び諜報課員に促されて車の方に歩き始める。

シンジを運ぶ担架と連行されるアスカはミサトを境にして左右に分かれていく。

アスカは諜報課の車の後部座席に乗せられるとその場を後にした。

ありがと…ミサト…でも…その気持ちだけで十分だよ…

ミサトはただ遠ざかっていく二台の車のテールランプを見詰めるしかなかった。遠くの方で携帯だけがなり続けていた。




 
シンジはネルフ本部の敷地内にある付属病院にそのまま緊急搬送された。

一方、初号機はネルフ作戦部によって回収されセントラルドグマ内で洗浄処理を施されていた。その作業を見ながらリツコは携帯電話でゲンドウと会話をしていた。

「わたしは今日ほどEvaを恐ろしいと思ったことはありません…」

「そうか…」

リツコの目の前には使徒の返り血を全身に浴びた初号機があった。まるで睨まれている様な気さえする。

「それから…葛城三佐は何かに感づいている様子です…」

「…加持と繋がったか…だが構わん…今はそのままでよかろう」

「はい…」

「それよりも行方をくらませた加持の捜索を急がせろ。諸々の事は帰国次第、裁定を下す事になるだろう」

「わかりました…」

「それからセカンドチルドレンの代替要員の選定は進んでいるのか?」

「はい…ほぼ候補は絞り込みました…が…」

「が?何だ?」

「あなたとドリューの間には何があるんですか?」

「…」

「ゲオルグが先日の会議でデリケートな問題だと言っていましたわね?ベルリンで何が…」

「赤木博士…」

「は、はい…」

「その件は君が関知する問題ではない…」

「し、しかし…」

「君の質問に答える必要は無い。フィフスの選定をとにかく急ぎたまえ。でなければ老人たちからフィフスチルドレンを引き受けなければならなくなる。その前に我々で選定を進めるのだ」

「分かりました…」

威嚇するようにゲンドウは言うと電話を一方的に切った。

「…これで…お別れかしらね…アスカ…」





Ep#06_(22) 完 / Episode#06 ディラックの海 おわり





(次回予告)
 
Episode#07 あれかこれか


ゲンドウの第12使徒戦の戦後処理がミサト、アスカ、シンジに下される。
特にミサトに対する処遇は苛烈を極める。
一方、行方をくらました加持は単身、第二東京市に姿を突然表していた。
加持の目的は何か?
またその背後に迫る影の正体とは?
そして第4、第5の適格者は?




 

(改定履歴)
6th Mar, 2009 / 表現修正
12th June, 2009 / 表現修正
29th May, 2010 / ハイパーリンク先の修正
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