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新世紀エヴァンゲリオンの二次創作物、小説「Ihr Identität」を掲載するサイトです。初めての方は「このサイトについて」をご参照下さい。小説をご覧になりたい方はカテゴリーからEpisode#を選んで下さい。この物語はフィクションであり登場する人名、地名、団体名等は特に断りが無い限り全て架空のものです。尚、本ホームページに使用した「新世紀エヴァンゲリオン」の画像は(株)ガイナックスのガイドラインに沿って掲載しています。配布や転載は禁止されています。
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第19部 鉄の雨、赤い涙 (Part-4)


(あらすじ)

リツコと長良は地階の中央実験室のデータと資料の処分に手間取り逃げ遅れていた。また、異変に気が付くのが遅れたトウジは炎に包まれた地上階で間一髪のところを周防に救われる。炎と戦自に挟まれた周防たちは地階に追い込まれて逃げ場を失っていた。反目し合っていた周防とリツコだが周防の献身に思わずリツコは涙する。そして参号機の起動に踏み切った。一方、MAGIを操作していた加持は使徒化する参号機、そしてF306発議の存在に気が付いて二重に驚いていた。研究棟に国連軍と共に飛び込んだミサトは実験場に到着した弐号機に突然襲い掛かる参号機の姿を目の当たりにする。
「嘘でしょ…こんなのって…」
 

Engel können fliegen.. [Lass mich fliegen]

(本文)


研究棟の2階の奥まった二人部屋のベッドで一人で寝ていた鈴原トウジは寝ぼけ眼を擦りながら窓辺に向かう。

「なんや…騒々しいのう…10時消灯とか言っておいて…自分らは打ち上げ花火かいな…」

窓の外には信じられない光景が広がっていた。向い側の斜面から次々に迫撃砲が撃ち込まれ、ヘリポートと広大な実験場の敷地は炎に包まれていた。

「お…おれ…悪い夢でも見てるんやろか…」

銃声が響き、時折耳を塞ぎたくなる様な叫び声が聞こえてくる。トウジが茫然と窓の外を眺めていると突然、下の階の窓ガラスが割れる音が立て続けにしてくる。

「う、うわ!な、何や今の…」

何やろ…めっちゃやな予感がするで…

動物的直感が働いてトウジは急いでベッドに戻るとジャージに着替えてスニーカーを履く。

と、とにかく逃げな…ここにおったらヤバいで…ホンマ…

トウジが部屋のドアを開けて廊下に飛び出すと電気はすっかり消えて非常灯しかついていなかった。そして足元に煙がスモークの様にたちこめているのが見えた。

トウジは慌てて口を右手で押さえる。

「あ、アカン!これ吸ったら死ぬっちゅうヤツちゃうんか!これ!」

その時、轟音と共にガラスが割れる音が響く。火の手があちこちから上がり始めた。

「う、うわー!今度はなんや!冗談きっついで!この作者!ちょっとサディスティックちゃうんか!!」

余計なことを言うな、トウジ…さっさと走って逃げろ…作者の気が変わって”やられキャラ”にされないうちに…

「言われんでも走るわい!あほー!」

トウジは研究棟の中央階段目指して火の付いた廊下のカーペットを疾風の様に駆け抜けて行く。

階段近くまで来た時、一階から荒々しく駆け上がってくる足音が響いていた。日本語ではないかけ声、無線機の音、そして何よりもガチャガチャという金属同士の触れ合う音、その全てがネルフ職員とは到底思えない。

足音は既に一階と二階の踊り場に達している雰囲気だった。トウジは咄嗟に足を止めるとすぐ近くにあった男子トイレの中に飛び込む。

な、何なんや…あいつら…一体…

トウジはトイレの片隅で息を殺す。ドアの向こうでは数人の人間の足跡が聞こえている。

は、はよ…葛城センセに連絡せな…

トウジはジャージのズボンのポケットから昨日、支給されたばかりのネルフの携帯電話を取り出す。携帯のディスプレーを見たトウジの目が思わず大きく見開かれる。

チルドレンの緊急呼集を示す着信履歴が12件も入っていた。

う、うそやろ…なんでやねん!ほ、ほな…おれ…気付かずに…今の今まで…

トウジは爆睡していたためミサトの緊急呼集の指示を完全に見落としていた。

トウジはすぐさま緊急事態の時に押せと教えられていた携帯の横に付いている小さなボタンを連射する。

突然、男子トイレのドアが蹴破られる音が響く。屋内戦闘用に開発された小型小銃を構えた兵士が一人入ってきた。

ど、どないしょ…まさかいたいけな中学生を殺さんとは思うけど…せやろ?おっさん!

お前は一体…誰に話しかけている…トウジ…それから口は災いの元だぞ…

兵士の手がトウジのいる掃除用具入れのドアの取っ手に触れた時だった。


パシン!パシン!パシン!パシン!


「ひっ!」

銃声が狭い空間で幾重にも反響する。そしてどやどやと複数の人間が入り込んでくる音が聞こえて来た。

掃除用具入れのドアが荒々しく開かれる。そこには顔中すすだらけになった周防が立っていた。

「おう。悪がきがこんなとこにいやがったか。迎えに来たぜ」

「お、おっさん!!」

「ラッキーだったな、お前!便所の前を通りがかった途端、こいつがいきなりてめえの緊急信号をキャッチしやがってよ!」

周防はぶっきら棒に首から提げていた携帯GPS受信機を突き出す。

「お、おっさん!おれ…俺…」

「おっと!感動のシーンは後回しだぜ!それより早くこれを付けろ!ガス吸うと死ぬぞ!」

周防はトウジにガス吸着カートリッジがついた簡易の防毒マスクを渡すとトウジを廊下に促した。足元に迷彩服を来た兵士が赤い水溜りを作ってその中に倒れているのが見えた。

「うえ…」

「おいゲームと違うんだ!お子様が見るんじゃねえ!マスクの中にゲロぶちまけんじゃねーぞ!それしかねえんだからよ!」

トウジの後ろからネルフの迷彩戦闘服を着た若い作戦部員が叫ぶ。

「三佐!メイン階段はもう火の海です!」

「ちっ!仕方がねえ!非常階段から外に非難だ!」

周防たちは来た道を引き返す事も叶わず更に建物の奥にある非常階段の方に向かって一斉に駆け出した。再びトウジが宿泊していた部屋の前に差し掛かる。

せ、せや…あいつへの土産が…

「お、おっさん!俺!連れへの土産が…」

「バカヤロウ!諦めろ!てめえが無事なのが一番の土産なんだよ!饅頭もらって本気で喜ぶヤツなんかいるわけねえだろ!」

「ま、饅頭ちゃうけど…まあ…そうやな…」

トウジは炎の中を作戦部の大人たちに囲まれながら走っていた。

アホやな…俺…死ぬかもしれへん時に…何で土産のことなんか…手ぶらでは会わせる顔が…いや…俺らの帰る場所って…何処なんやろか…


ガガガガガガガガ!


後ろからいきなり銃声が響いてきた。

「ひっ!」

「ぐあ!」

トウジのすぐ後ろにいた作戦部員が防毒マスクから鮮血を噴出して崩れ落ちる。

「武藤!野郎!やりやがったな!」

周防が振り向き様にマシンガンを乱射する。

「三佐!自分がここは!早くフォースを参号機に!」

「すまねえ!おい!もたもたすんじゃねえ!」

「は、はい!!」

炎と銃声が響く中、トウジは周防と二人で非常階段に飛び込んだ。非常階段に入ってくる作戦部員は誰もいなかった。

「完全に囲まれたな…迂闊に外に出ると蜂の巣だ…こうなったらとりあえず地下まで行って救援を待つしかねえ…か…」

周防は重厚な金属製の扉の前まで立つと取っての横にあるデジタル錠にキーコードを打ち込む。扉が開いたとき、二人の頭上からドカドカと足音が響いてきた。

周防は扉を勢いよく閉めると再びロックする。

「ここもいつまで持つか…プラスチック爆弾一個で簡単に吹き飛んじまう…」
 






リツコは地下一階の中央実験室でパソコン端末を慌しく叩いていた。

傍らでは第二研究室長の長良が次々と分厚い書類の束をシュレッダーの中に押し込んでいる。ミサトの退避命令に伴って若い技術部員達は周防の指示で既に建物を後にしていたが二人は作業を中断しなかった。

松代でのオペレーションに一体何の意味があったんだ…いや…そもそも何で僕達(ネルフ)が襲われなければならないんだ…

汗だくになりながら長良は一連のことをあれこれ考えていた。考えながら書類をファイルから引き千切る。


ズズーン!


地響きの様な音が聞こえて来た。

ぱらぱらと壁紙の間からコンクリートの白い粉末が雪の様に降ってくる。少しの間、長良は手を止めて天井を仰ぎ見ていたが机を挟んで座っているリツコの方を見る。

「部長…後は私が引き受けます…ですから部長は…」

「もう手遅れよ…逃げ道なんて無いわ…」

「え?」


ゴトッ


硬い冷たい音がした。長良がふと見るとリツコが無造作にデスクの上にS&W M36 Ladysmithを置く姿が見えた。

「ぶ、部長!?」

長良は驚愕して思わずリツコとLadysmithを交互に見た。

「心配要らないわ…貴方の分も弾はあるから…無様に敵に撃たれるくらいなら…これでわたしは行きたいの…こっちは終わったわ…」

あの人が…わたしにくれたものはそんなに多くはないけど…これは…

リツコはデスクトップのパソコンを床に荒々しく落すと机の上にいきなり腰掛けてタバコを取り出した。長良は呆然とその様子を眺める。

この人は…ここに残った時から…いや…始めから死ぬつもりで…ここ(松代)に来たのか…いや…まさか…

タバコを燻らせながらリツコは小さくため息をつく。

哀しいほど遠い目をしていた。
 





「これを…お前に渡しておく…」

「こ、これは…」

国連総会から戻ってきたゲンドウはまるで土産でも渡すかの様にリツコの目の前にLadysmithを置いた。

「一体…何のつもりですか…」

ゲンドウは司令長官室の窓に向かって歩き始めた。リツコは手を震わせながらその背中を射る様に目で追った。

「参号機の起動試験は第二実験場で行うことにした…」

「え!セントラルドグマのケージに搬入するのでは!?」

ゲンドウは眼下に広がる地底湖の湖面を凝視していた。

「参号機を既に松代に送るように葛城に指示した」

「どうして松代に…ここ(ジオフロント)からかなり距離もあります!それに加持リョウジの一件もあり内外共に状況は深刻です!遠隔地での実験はリスクが…」

「だから…お前にそれを渡すんだ…」

ゲンドウの言葉にリツコは思わず絶句する。

「わたしに…死ねって…あなたはおっしゃるの…」

「そうとは言っていない…だが…使い方はお前次第…だ…」

リツコは思わず右手を口に当てて漏れそうになった声を押し殺す。そして引っ手繰るようにしてLadysmithを掴むと走って司令長官室を後にした。

ヒールの音だけが殺風景な部屋に響いていた。

リツコは冷たい銃身を両手で押し抱きながら右手で何度も何度も涙を拭っていた。

 


長良は暫くリツコの背中を見ていたがシュレッダーが空になったのに気が付いて再び紙を入れ始めた。

何てマヌケなんだろう…人間のやる事というのは…これが…人生最後にやる事なのか…今まで生きていて僕は一体何が出来た…何も成しえていないじゃないか…僕は所詮は負け組ってやつか…脇目も振らず研究し続けてきたというのに…

すると廊下の方から足音が近づいてくるのが聞こえてきた。長良は思わず書類を抱えて身構える。

「ま、まさか…ロックが破られたのか!ぶ、部長!」

リツコは緩慢な動作でデスクの上にあったLadysmithを引き寄せていた。

「ぶ、部長!」

長良が叫んだ時、中央実験室のドアを蹴破る勢いで自動小銃を持った周防とトウジが入って来た。

「ひええ!!す、周防さん!?ホントに周防さん…?一体…何故あなたが…」

長良は周防とリツコを交互に見る。リツコはLadysmithを右手で握り締めていた。

「そいつはこっちの台詞ってやつだな!先生方!俺の指示が聞こえなかったのか?退避命令を出した筈だぜ」

周防はリツコが右手にLadysmithを持っているのを認めると顔を顰める。

「赤木博士…その物騒なもんは一先ず仕舞って下さいよ…」

「あなたの指示はいちいち受けないわ」

リツコはLadysmithを白衣のポケットにゆっくりと入れた。周防は忌々しそうにその様子を見る。

「けっ!相変わらず可愛げのねえ女だぜ…」

「まあまあ…周防さん…ところで上はどんな状態なんですか?みんなは無事ですか?」

「ああ…どうにかな…技術部の連中は今頃、国連軍の護衛で松代市役所の野戦病院にとりあえず向かっている筈だ。残念ながら…途中で待ち伏せに遭って3名ほど撃たれちまった…すまねえ…」

「そうですか…それにしても暴漢が乱入した状態でよくここまで…」

「暴漢って…先生よ…そんな可愛いもんじゃねえぜ…連中はテロ戦のプロ集団だ…」

「テロ戦のプロ…」

「そうだ…生半可なやつらじゃねえ…」

「じゃ、じゃあ…て、テロリストって言う事ですか?!だから僕は言ったんだよ!松代ってことがばれた時から…」

「相手は日本人ですか?」

リツコが長良を遮るように周防の方を見て言った。

「いや…マスクを引っぺがして見たが日本人じゃなかった…アラブ系から白人まで…専門訓練を受けたれっきとした戦闘集団なんだが…不思議な事に認識票を付けてねえんだ…」

「認識票?」

リツコが眉間に皺を寄せる。

「ああ…ドッグタグっつってよ…戦闘員はこういうタグみたいなものをいつも首から提げてんだよ。映画とかで見たことあんだろ?」

周防はそういうとアルミ製の自分の認識票を首から外すと長良に向かって放り投げた。

「確かに…若い子もファッションでたまに付けていたりしますよね…」

「ああ…実際は死んだ兵士を死体袋に入れてそれがタグの役割をするってわけよ…あまり気持ちのいいもんじゃねえがな…」

「あ、あなたは…鈴原君…」

リツコが周防の後ろに立っているトウジの存在に気が付いた。

「こ、こんばんは…赤木先生…」

「あなたがこんなところにいるなんて…ミサトは何をしていたのかしら…こんな状態でダミープラグで起動も何もないわ…」

リツコが吐き捨てる様に言うと大袈裟にため息をつく。

「赤木先生よ、こんな時に申し訳ないが事態はかなり深刻だ…この建物の上は火の海で制圧部隊が地下に入ってくるのも時間の問題…地上に展開しているうち(ネルフ)の部隊や国連軍は外からの激しい攻撃に曝されて制圧部隊にまで手が回らねえんだ…参号機を起動して少しでも…」

「参号機の起動?フォースがここにいるのに?」

「だからさっきも相談したけどよ…」

「ダミープラグによる起動なんて正気の沙汰とは思えないわ!ミサトもあなたも何を考えてるの!実機でテストをした事もないのに!」

「何もしないで死ぬよりは遥かにマシだろ?」

「そういう問題ではないわ!それに…ここにある端末は機密保全のために既に潰したわ!参号機をオペレーションしようとすればMAGI-00しかないわね」

「じゃあMAGIのとこまでよ…」

「ふざけないで!」

「ふざけてるのはそっちだろうがよ!!死ぬかも知れねえって時に!何のために文明の利器ってやつはあるんだよ!学者先生は何のためにそれを生み出したってんだ!!え!!言ってみろよ!」

周防の剣幕に一瞬部屋の中は静まり返った。

「人を生かすためなんじゃねえのかよ?人の夢を育てるもんじゃねえのかよ?俺は頭がワリーからよ、難しい事はよくわからねえけどよ!テメーが幸せ感じるって事はよくわかるぜ!」

「幸せ…」

「そうだよ!幸せのために…大した幸せじゃねえけどよ!そのために科学っていうか、その文明ってやつはあるんじゃねえのかよ!人のためにならねえ科学なんざあ、必要ねえぜ!!これはその最たるもんだ!」

周防はリツコと長良に向かって小銃を放り投げた。

「俺はバカだからよ…そういうものしか扱えねえけどよ…あんたらは頭いいんだろ?俺よりもよ!すげー大学も出てよ!そんなあんたたちが作り出すものはこんなもんじゃねえ…ネルフはきっと俺なんかよりももっと多くの人を救ってくれる、幸せにしてくれる!そう信じてんだよ!だからこうして俺は先生達を助けにきたんじゃねえかよ!!人の救えねえ科学何ざあ、くそくらえだ!!!」



ドゴオオン!!



突然、耳を劈くような轟音と猛烈な爆風が襲ってきた。部屋の出入り口に一番近かったトウジは爆風で部屋の内部に吹き飛ばされていた。

「くっそー!遂に来やがった!ここは危険だ!早く地下へ!」

周防の後にリツコ、長良、トウジがついて行く。あたりにはもうもうと煙が立ち込めていた。
 
「周防さん…」

「何だよ?赤木先生」

「ゴメンなさい…」

「そんなのはナシだぜ、先生よ…それよかみんなを助けてやってくれよ…俺の頭の中はそれしかねえよ…」


F306強制発議による第二実験場爆破まであと55分32秒…





 

同じ頃…ミサトは爆発音を研究棟の手前で聞いていた。研究棟からコンクリートの破片が飛び散っていたが激しい銃撃戦が止む事はなかった。

「あの爆発音は…」

ミサトの隣にいた第11武装小隊長のアンダーソン少尉が呟く。

「多分…地階へのアクセス通路を爆破で開いたんだ…こうなったら一刻の猶予もない…こちらサンダー…ルーテナント(陸軍中尉)聞こえるか?拠点確保を急ぐ。貴方の07部隊主体で血路を開く。2430時になったら攻撃開始!」

「了解!」

ミサトはレシーバーを口元から外すと視線を背後に向けた。

F兵装の弐号機が南側の尾根に激しい砲撃を加えながら遂に実験場の敷地内に入ってきているのが見えた。

南側の山々は次々と荒れ狂う炎に包まれて天を赤々と焦がしている。熱に焙られた陽炎の中を細身の筈の弐号機は腕と向う脛、そして胴体に重厚な装甲を施したアーマードパーツを付けており背中に大型の戦斧を下げ、更に腰にはハンドガンとランチャーがぶら下がっていた。

重装甲化と携行火力の重点化が目的になっているF兵装は赤のカラーリングを基調としている弐号機に対して灰色の下地の色がそのまま放置してあるため荒ぶる戦神の様な異形を放っていた。

弐号機はマシンガンによる砲撃を中断すると参号機至近からアンビリカルケーブルを取り出してF兵装を介して背中に装着しているのが見えた。

アスカ…あんた…

ミサトは小さく頷くと再びレシーバーを口元に戻す。

「軍曹!そっちの状況は?」

「組織的な攻撃はなくなりました。敵は退却を始めたものと思われます」

「よし!深追いはするな!そのまま油断なく南側に詰めていろ!」

「了解!」

一折交信が終わるとミサトはレシーバーを隣にいたアンダーソン少尉に投げて返した。途端にグレネードランチャーによる砲撃が開始される。

「今だ!突入するぞ!」

ミサトは第11武装小隊を率いて燃え盛る研究棟の正面玄関に向かって小銃を連射しながら駆け出していた。

アスカ…そっちは頼んだわよ…
 






内部電源から外部電電に切り替わったことを示すインジケータをアスカは確認すると再び実験場の南側の生命反応を確認していた。歩兵部隊は炎に追われる様に逃げ惑っていたがほとんど行き場を失って次々にモニターから消えていく。

「これでどうにか…持ちこたえる事が出来る…」

アスカは途端に軽いめまいに襲われる。弐号機は実験場内で片膝を付いていた。

軟禁されて以来、ほとんど食事らしい食事も摂らず実質的に点滴の投与だけで生を繋いできていたアスカは流石に極度の緊張から激しい疲労を感じていた。

自分でも不安になるほど鼓動が高鳴っている。アスカは思わず右手を胸に当てていた。肩で呼吸していた。

エントリープラグの内部はアスカの荒い呼吸の音しか聞こえない。

「はあ…はあ…もう少し…もう少しだ…しっかりして…アスカ…今…アタシは倒れるわけに…いかないのよ…」

肺は貪欲に酸素を求めていたが息苦しさは時間と共に増すばかりだった。

その時、不意にロスト状態だった本部との一般回線(双方向通信システム)が回復した。モニターには青葉とマヤ、そしてその後ろに冬月の姿が映っていた。

「一般回線が…どうして…」

「アスカ、聞こえる?」

マヤの声が聞こえて来た。

「聞こえるわ…」

すると入れ替わるように冬月がマイクを手に取る姿が見えた。

「アスカ君。冬月だ。先ほど日本全土に非常事態宣言を発令した」

「非常…事態…宣言…」

「そうだ。日本国内における全ての通信回線は全てネルフの管理下に置かれたためこうして交信が君とも出来るんだ」

「そう…だったんですか…」

アスカは激しい疲労感に襲われて意識が朦朧としていたが必死になって平静を装っていた。しかし、神経パルスなどの各指標を誤魔化す事は出来ない。

冬月の隣にいるマヤの顔色がみるみる曇っていくことからもそれは伺い知れた。

お願い…マヤ…黙っていて…この作戦が終わるまで…アタシは…戦いを止める訳にはいかないの…

「ミサト君とリツコ君の所在は?」

「今まで…通信ロストが…続いていたため…安否は未確認です…」

「そうか…ならば確認を急いでくれ。いいかね?一刻も早く松代を…」

冬月がそこまで言いかけた時、マヤと青葉が一斉に叫び声を上げる。

「さ、参号機の起動を…か、確認!」

「な、何だって?」

「ダミープラグによる起動です!!」

青葉の言葉に冬月が思わず振り返る。

「ば、バカな!!そんな指示はこちら(本部)は出していないぞ!」

え?参号機が起動?ど、どういうこと…?

アスカが背後にいる参号機の姿を確認しようとして振り返った瞬間だった。



グオオオオオーン!



身の毛もよだつ様な雄叫びと共に参号機が弐号機に向かって突進してくるのが見えた。

「きゃあああ!!」


ゴキン!!


アスカは頭部に激しい痛みを感じる。参号機が弐号機の頭部を殴りつけていた。不意を疲れた弐号機はたまらず防戦一方となる。

「アスカ!」

「あ、アスカ君!!大丈夫かね!?何が起こったんだ!!すぐに参号機を停止させろ!!」

「さ、参号機!!制御不能!!停止信号を受け付けません!!」

青葉が冬月に向かって叫ぶ。

「何だって?ぼ、暴走か?」


ブチ! ザー!


弐号機は何度も頭部の攻撃を受けついに通信システムが損傷していた。紫色の液体が額から流れ出る。

「…つう…はあ…はあ…ちくしょう…なんて素早いの…こんなもの(F兵装)をつけていたら…」

弐号機はあっという間に背後を取られるとそのまま左腕を掴まれて後ろ手に捻(ひね)られる。

「あぐ!」

そのままなす術も無く実験場の敷地に弐号機は組み伏せられる。参号機は容赦なく弐号機の腕を引き千切らんばかりの勢いで締め上げてくる。


ミシ…ミシ…ミシ…


「うぐぐぐ…ああ…」

左肩に鋭い痛みが走りアスカは苦痛で思わず顔を顰めて声にならないような声を上げていた。

か、肩を決められている…これって…さ、サブミッション…?いままでの敵(使徒)とは…まるで違うわ…
 




一方、弐号機と参号機の戦いを研究棟の地上一階の廊下でミサトは呆然と見詰めていた。

「さ、参号機が…嘘でしょ…何が起こってるの…」



 
F306強制発議による第二実験場爆破まであと42分14秒…



 
同じ頃、加持とシンジはMAGI-00のオペレーションルームにいた。部屋についた加持はMAGIの操作端末を使って忙しくキーボードをずっと叩いている。

傍らで眺めていたシンジは目の前で繰り広げられている光景が全く理解できなかった。

「あの…加持さん…いま、何やってるんですか…?」

「MAGIのオペレーションは普通にインテリジェントOSシステムをパソコンの様に操作すればいいが、それはあくまでMAGIのOS上に存在するアプリケーションプログラムを操作しているに過ぎないんだ。少し応用した操作をしようとすればMAGI専用のプログラミング言語の知識が必要でね…」

「はあ…」

シンジは首を傾げていた。加持は話している間も手を休めない。

「あの…マクロみたいなもんですか?」

「ちょっと違うが…まあそんなイメージ…かな…よし!これでいいぞ」

加持がMAGIのオペレーション画面からログインしているのが見えた。OSが起動すると同時に各種アプリケーションが立ち上がりインジケーターが次々と周りにあるモニターに映し出されていく。

手元の画面を見ていた加持の顔がどんどん険しくなっていく。

「どういうことだ…このMAGIは…完全に…ローカル状態に置かれている…いや…それだけじゃない…何なんだ…この強制発議F306というのは…」

「か、加持さん!!」

シンジの叫び声に加持の思考はかき消される。ふと顔を上げると弐号機が参号機に組み敷かれている姿が実験場のライブカメラを通して映し出されていた。

「バカな…何で参号機が…」

ふと加持はシンジが言っていた参号機が使徒化するという話を思い出していた。

ま、まさか…そんなことが…

「間に合わなかったんだ…アスカが…アスカ!!」

「どうやって参号機を起動させたんだ…な、なんだ!この実験場内からダミープラグのエントリーで起動させたのか!」

「ダミープラグ…」

「ああ、そうだ。どうやらシンジ君の友達はあの中には乗っていないらしい。聞いた話と少し違うみたいだが…それはともかく…DNAパターン…青…参号機は確かに使徒だよ…」

こんなことが世の中にあるのか…細々した所は違うが大筋のところで話が一致するというのは返って気味が悪い…狙ってそうしてるなら大した役者だが…な…

加持は自分の隣で呆然と画面を眺めているシンジの横顔をちらっと見ると再び思い出した様に画面を操作し始めた。

「参号機の起動をダミープラグで…しかもリモートアクセスでMAGIにその指示を出してオペレーションさせるとはな…こんな離れ業を簡単にやってのけるヤツはこの世でただ一人…」

そうだ…MAGIの全てを知り尽くしているリッちゃんしかいない…でも…あの慎重居士のリッちゃんがどうしてダミープラグなんか…一体…何があったというんだ…しかも…まだこの地階に避難せずにいるとは…

「僕…これから地上に…」

「駄目だ!シンジ君!ここから迂闊に離れない方がいい!こっちを見てみろ!」

加持が指差す画面の方にシンジが視線を向けると研究棟の周りで銃撃戦が繰り広げられているのが見えた。

「う、撃ち合いしてるんですか!?そ、そんな…」

「もう待った無しだ…ここは戦場のど真ん中ってヤツさ…」

シンジは呆然と立ち尽くしていた。

アスカ…ミサトさん…僕は…僕はどうすればいいんだ…







Ep#07_(19) 完 / つづく


(改定履歴)
7th June, 2009 / 誤字修正
28th May, 2010 / ハイパーリンク先の修正
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