新世紀エヴァンゲリオンの二次創作物、小説「Ihr Identität」を掲載するサイトです。初めての方は「このサイトについて」をご参照下さい。小説をご覧になりたい方はカテゴリーからEpisode#を選んで下さい。この物語はフィクションであり登場する人名、地名、団体名等は特に断りが無い限り全て架空のものです。尚、本ホームページに使用した「新世紀エヴァンゲリオン」の画像は(株)ガイナックスのガイドラインに沿って掲載しています。配布や転載は禁止されています。
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第5部 I need you... 側にいるだけで…
(あらすじ)
普段とは違うアスカの様子と初めて見せるレイの感情に戸惑うシンジ。複雑な気持ちを互いに抱える3人…二人きりになったアスカとシンジは些細な事から口論を始める。荒々しく席を立つシンジ。
「アンタしかいないのよ!頼れるのは!」
「…」
「何も聞かないでよ…アタシの中に入ってこないでよ…ただ隣に居てくれるだけでいい…それじゃ…ダメなわけ…?」
シンジは何も言わず…
(本文)
Seid umschlungen, Millionen! Diesen Kuß der ganzen Welt!
抱き合おう、諸人(もろびと)よ!この口づけを全世界に!
病室に差していたオレンジ色の光が徐々に赤みを帯びていき、やがて消えていった。
TV台の下には白い洗面器に入れられたかすみ草と色とりどりのカーネーションが無造作に置かれている。足の悪いアスカの替わりにシンジとレイが生けたものだ。
レイは明日が退院日らしい。
レイ、アスカ、シンジの三人は特に何か会話を交わす訳でもなく一緒にTVを見ていた。夕方のニュースも終わり、今は明日の天気予報をやっている。
明日も雨は降らないらしい。
「明日も降らないみたいね…」
アスカが独り言の様に呟いた。パイプ椅子を引き出してアスカとレイのベッドの間に座っていたシンジが少し遅れてそれに応じる。
「そうだね…雨が降らないとそろそろヤバイんじゃないかなあ…」
「どうして?」
「芦ノ湖の水位もだいぶ下がってるみたいだし…干上がる事はないと思うけど…でも昔のお茶碗とかお金とかが出てきてるみたいだよ?」
「ふーん…」
再び沈黙が訪れる。
途切れがちな会話の波はこれで何度目だろうか。
赤い瞳、青い瞳、黒い瞳、三様の視線がTVに向けられていた。まるでTVの中から無理やり会話の種を探る様な不自然な空気が漂う。
もうすぐ夜の7時になる。レイは相変わらず無言のままだった。
シンジは横目でレイを見、そしてアスカを見た。二人の少女も心なしか俯き加減に画面の中の人物を目で追っている様に見えた。
いつの間にかシンジはじっとアスカの横顔をそのまま見つめていた。アスカもその雰囲気を察しているようだったがわざと気付かない振りをしていた。
シンジはいつもなら一人で喋り続けるアスカが殆ど言葉を発しない事が気になっていた。得体の知れない焦燥感の様なものがシンジの心に横たわっていた。
さっき…僕のことを碇君と呼んだ…東シナ海にやって来た国連軍の空母にアスカを迎えに行った時…アスカと初めて会った時ですらそうは呼ばなかった…
タイトな濃紺のジャケットに長ズボンの国連軍第一種軍装を身に纏った少女はミサトに対して背筋を伸ばして最敬礼をしていた。
ミサトが鷹揚に返礼するまでその姿勢を炎天の下で保ち続けていた。額から玉の様な汗を滲ませながら。
その全てが今までミサトに対して反抗的な態度をとり続けていたシンジには異様であり、全く自分とは異質なものに思えた。自分と同年代のその少女は綺麗な亜麻色の髪を他の女性士官と同様に後ろに束ねていた。
少女はシンジの同居人を「Major(陸軍少佐)」と呼び、生活能力の欠如した同居人は少女を「Second Lieutenant (陸軍少尉 / 実際の階級章は准尉)」と呼んだ。並々ならぬ雰囲気が二人の間にはあった。
その時、シンジは初めてパイロットとは何か、何のために自分は戦うのか、ということを真剣に考え始めた。全く目標も目的もない無軌道な戦いを続けていたシンジにとっても少女との出会いは一つの転機になっていた。
ミサトが加持と共に国連軍曳航艦隊司令官に挨拶に向かい子供達だけになった後、アスカは初めて笑顔を見せた。眩しいほどの笑顔だった。シンジは慌てて目を逸らした。
はじめまして!アタシ、惣流・アスカ・ラングレー。よろしくね!あなたがサードチルドレンでしょ?すぐ分かったわ。だってこの三人の中であなたが一番スマートそう(賢そう)に見えたから。
え?えっと…そ、そうかな…でも…正解だよ…僕がサードチルドレンだ…
Ah So(え?ホントにそうなんだ)? アタシの希望を適当に言っただけだったのに。よかった!あなたで。ところであなた名前は?
僕…僕は…碇…シンジ…
ふーん…イカリシンジね…覚えとくわ…みんなからは何て呼ばれてるの?ミドルネームとかニックネームみたいなものはあるの?
ニックネームって言うか…結構、みんなからはシンジとか、碇君とか…
じゃあ、あなたのことシンジって呼んでもいい?アタシね、ドイツ以外の国は初めてなんだけど…何か…暗いわね…あなたって…いつもそうなの?
それ以来…ずっとシンジ…だった…初めて会った時のアスカは国連軍の制服を着ていたから僕らと同じチルドレンだとは全然思わなかった…
アスカは髪を後ろで巻いていた…髪が長いことを知ったのは使徒が攻めて来て一緒に着替えた時だった…
シンジは自分にレイの視線が注がれている事に気が付かなかった。
シンジは自分にレイの視線が注がれている事に気が付かなかった。
シンジ…どうでもいいけど…どうしてアンタはプラグスーツを持ってきてないわけ?それでもパイロット?やる気ないんじゃないの?
(いきなりあなたからアンタに格下げだ…)仕方が無いじゃないか…使徒が来ると思わなかったし…それにこれ(弐号機)に乗る予定だってミサトさんから聞いてたわけじゃないし…
Was?アンタばかぁ?ミサトは関係ないでしょ!パイロットのくせにどうして最新型Evaに興味が無いわけ?普通は乗せてくれ!とかって自分で言うもんじゃないの?アタシはそのつもりで思考モードをわざわざ日本語にしていたのよ?アンタのために!(ったく…何て傲慢なのかしら…これもエースパイロットという自負がそうさせるのか…)
仕方が無いからさあ…君だけで弐号機に…
ば、バカ言わないでよ!今までアンタが使徒を倒してきたのよ?戦闘においては敵情を把握することが如何に重要か、分かってる?アンタには使徒対処に関する知識があってアタシは戦術面をカバー出来るでしょ?この場合はダブルエントリーが最良と判断したからサードチルドレンであるアンタに提案してるのよ!それを一人で行って来いって…(コイツ…可愛い顔してなんて底意地が悪いのかしら…お手並み拝見ってこと?段々ムカついてきたわ…こうなったらアタシ一人で…いや…冷静に…冷静に…加持さんと約束したんだから仲良くしなくちゃ…)
ち、知識って言っても…コアを探して…そこを狙えばいいだけだし…何で僕が…それに通常兵装なのに海に落ちたら大変だよ…(溺れたらどう責任とってくれるんだよ…冗談じゃないよ…)
あーもう!アンタとはディスカッションにならない!!こうなったら嫌でも一緒に来て貰うわよ!アタシには第一特殊機甲師団少尉相当の資格がある!国連軍規則有事規定に基きアンタの身柄はアタシの管理下に置くことにする!アンタにはアタシに協力する義務があるの!さあ出撃するわよ!
管理下?!ちょっと待ってよ!(な、何で僕が…僕は軍人じゃないのに…何か…この子は勘違いしてるよ…絶対…)
るさい!アンタに拒否権は無い!
そ、そんなのメチャクチャだよ!本当にコアを本部の指示通りに狙ってるだけなんだよ…僕は何も特別な事をしてないからいても仕方が無いと思うよ?それにさっきから何度も言ってる様にプラグスーツもインターフェースもないしさ…急に言われても無理だよ…基本的に…
(こ、コイツ!何てネガティブなのかしら!ネガティブなだけじゃない…すっごい頑固だ…とても同じパイロットとは思えない…でも…この子が今まで一ヶ月の間に3体の使徒を殲滅したのは揺るぎの無い事実…それを無視するわけには行かない…未知の敵に対する情報は貴重だ…どうしよう…今は恥かしがってる場合じゃない…後で長時間滅菌消毒すればいいか…)ほら!アタシの…これ貸してあげるから!さっさと着替えて!早く迎撃しないと友軍に無駄な被害が出る!!
ええ!!き、君のプラグスーツを着るの…?しかも…こんなとこで?恥かしいよ!
うるさい!!大声出すな!!し、死ぬほど恥かしいのはアタシの方よ!!今まで自分の着ていたものを男の人に触らせた事なんて一度もなかったのに…仕方が無い…ホラ!さっさと脱いでよ!もうサイテー…ちょっと…今…こっち振り返ったら本当に殺すからね…脅しじゃないわよ…
(最悪なのはこっちの方だよ…)わ、分かってるよ…あれ…?あ、あのさ…
何よ…?
君って…髪…長かったんだね…
キャー!!Scheisse!!こ…こんのヘンタイ!!見たわね!!アンタ、アタシを見たでしょ!!
み、見てないよ!!ただ…弐号機に反射して勝手に…その君が見えたっていうか…
Nein!!ほらやっぱり見えてるんじゃないの!!許せない!!何処まで見たのよ!!信じられない…生き殺しか、生殺しか、半殺しか、特別にどれかをアンタに選ばせてあげるわ…どれ?さっさと選びなさいよ!
そ…その3つって…それぞれどう違うのさ…
っるさい!!基本的に殺すってことよ!!もうイヤだ…鳥肌が立ってきた…アンタって本当にミサトのところのエースパイロットなの?Scheisse…Scheisse…こんなところで見られるなんて…アンタのこの痴漢行為は正式にクレームするわ!所属はどこよ?
エース?所属?あの…よく意味が分からないんだけど…
はあ?何処の大隊かくらい分からないの?そういえば…国連軍にしては変な制服だったわね…ネルフ本部の職員ってみんなそんな格好なの?
あれは第一中学校の制服だよ…
ちゅ、中学校!?え?え?どっかの士官学校の制服ってこと?じゃあ階級は?
階級なんてないよ…それに士官学校っていうか…普通の公立中学校なんだけど…
な…じゃあ民間人なの?なのにミサトの部下?!アンタの話…さっぱり意味が分からないんだけど…
僕も君の言ってることがよく分からないよ…
はっ!第一種警戒態勢に切り替わった…近いのか…もういい!!時間が無い!じゃあ本作戦の指揮はアタシが執る!文句は無いわね?それからアタシのことは惣流准尉と呼びなさい!分かった?
ええ!?そ、惣流准尉?何か…すっごい言い難いんだけど…
いちいちうるさい!無印がアタシに溜め口聞くな!不敬に問うぞ!言い難ければ“サー“と呼べ!分かったか!っていうか…アンタ、男の癖にまだ着替えてなかったわけ?遅いわよ!
お、男とか女とか関係無いだろ!さっきから一方的に!何なんだよ!君は!
そして第6使徒を僕たちは一緒に倒した。
ふう…危なかった…アンタ…やるわね…
はあはあ…よく分からないけど…勝手に身体が動いただけだよ…
いや…咄嗟の判断であれだけのことをやるのはやっぱり普通じゃないわ…悔しいけどアンタの(戦績)はやっぱり偶然じゃない…
そ、そうかな…(何か…さっきとは打って変わって…急に何なんだ…本当に勝手な子だ…まるで小さなミサトさんだよ…)
(こんな短期間で…この子は相当の訓練をミサトの下で積んだに違いない…アタシと同じ様に…いやもしかしたらアタシ以上の地獄を見てきたってことか…)アタシのこと…今度からアスカって呼んでいいわよ…
え?う、うん…分かった…その方が呼びやすいかな…
プチンッ
突然のその音にアスカを凝視していたシンジはふと我に返る。レイが右手にTVのチャンネルを持っているのが目に入った。
TVの画面が真っ暗になっていた。
「ちょ、ちょっと…何でいきなり消すのよ?見てるのに」
アスカが驚いてレイの方を見る。
レイは誰とも視線を合わせず自分のベッドから立ち上がるとすたすたとTVの前まで歩いて行き、チャンネルを台の上に置く。決して粗雑な所作ではなかったがレイにしては珍しい行為だった。
アスカは訝しそうな表情を一瞬浮かべるが台の上に右手を伸ばしてチャンネルをTVに向けた。再びTVが付く。
天気予報は既に終わっており騒々しいCMが部屋に流れてきた。
シンジはTV台から離れていくレイの姿を目で追った。レイは自分のベッドの前を過ぎてシンジの隣を通り過ぎていく。不意にレイがシンジに視線を合わせてきた。
「あ、綾波…」
レイの視線が冷たく感じられた。レイは再び視線を正面に戻すと部屋の扉に向かって歩いていく。その様子に気が付いたアスカがレイを呼び止める。
「ねえ…アンタ何処に行くつもり?」
「外…」
「え?外って?」
「部屋の外…」
「何で?もうすぐアンタが見たいって言ってた…」
「…見ていたくないから…」
「はあ?ちょっと待ちなさいよ、レイ。TVがウザいならそう言ってくれれば…」
ゴロゴロゴロ
アスカの言葉が終わるよりも早くレイは扉を開けて廊下に出て行った。半自動扉は静かに閉まっていく。レイの姿は舞台の幕引きの様に消えていった。
アスカは突然の事に呆気に取られていた。
「…どうしちゃったのかしら…あの子…急に…ヘンなの…」
シンジは腰を浮かしたがレイの後を追いかける訳でもなく、さりとて座りなおすでもなく、ただ如才げにその場に立っていた。シンジは俯く。
部屋の外には綾波がいて…ここにはアスカがいる…帰るに帰れないし…このままここに居続けるのも何か…
入院患者専用のワンピース状のパジャマを着たアスカの背中を見詰めた。細い肩だった。前をマジックテープで前を止めるだけの簡素な作りのパジャマの背中がチャンネルのザッピングと一緒に揺れている。
不意にシンジの脳裏に病室のベッドに横たわるアスカの白い裸体が浮かび上がってきた。
な、何想像してるんだ…僕…
進退窮まったシンジの複雑な雰囲気を察したのかアスカがTVから視線を外すことなく口を開いた。
「レイのところに行ってあげれば?アタシは一人でも平気だから…お見舞いありがとう…碇君…」
「え?でも…」
「お花ありがとうってヒカリに言っといてよ…嬉しかったって…みんな覚えていてくれてたんだ…アタシのこと…」
「何言ってるんだよ。アスカのことをみんなが忘れる訳ないじゃないか」
アスカはそれには答えずチャンネルをザッピングを続ける。
「あの…アスカ…」
「…何?」
アスカがかなり遅れて返事をする。
「さっきから気になってたんだけど…その…」
どうして僕のことを「碇君」って呼ぶんだよ…
シンジは喉下まで出かかった言葉を飲み下す。
初めに聞いた時は聞き間違いだと思った…二回目に聞いた時は冗談を言ってるのかと…そして三回目で不安は確信に変わった…何かが気に入らないんじゃないかと…僕が一体何をしたのか…思いつかないけど…知らず知らずのうちにやっぱり君を傷つけてしまう何かが僕にあるなら…それを…言って欲しい…
「何か…悪い事をしたかなって…」
「何もしてないわよ…」
「でもさ…」
「だから…何でもないって…いいから行ってあげてよ…レイが待ってる」
シンジは視線を自分の足元に落した。
変わらないと思っていた…僕たちは…助け合ってここまで来た…それが…いや…それも失ってしまうのか…壊れてしまうのか…
レイの不可解な行動にシンジは一種の後ろめたさを感じていた。しかし、目の前にいるアスカに対しても複雑な気持ちを抱えてもいた。それがシンジをただ根の生えた立ち木の様にその場に留めさせていた。
夢なのか現実なのか分からない世界を見た僕はどうすればいい…今という瞬間があって…一方で余りにも残酷な未来がある…それに僕はどう向き合えば…いや…綾波やアスカに僕は今…どう向き合い…何を話し…そして何をしてあげられるのか…
僕は今まで自分のことしか考えてこなかった…自分が一番不幸な人みたいに…でも…そんなことは問題じゃない…大切なのは「信じること」だった…そして…多分…支えてあげる事なんだ…分かってる…それは分かってる…でも…どうして…僕は…
ムカついてるんだろう…
ポーン
間の抜けた電子音とともに騒々しいバラエティー番組のオープニング画面が垂れ流される。アスカは黙ってお笑い芸人のMCの姿を目で追っていた。
バラエティーなんか嫌いだって言ってた癖に…誤魔化すみたいに見て…何が気に入らないんだよ…
「どうしてそんなことを言うのさ…今まで綾波のことを名前で呼んだこと無いし…行ってあげてなんて言ったこともないじゃないか…今までにしたこともないことをしてまで僕を避けてるってこと?まだ許してないってこと?」
一瞬、アスカの肩が動いたように見えた。
違う…そんなんじゃない…そんなつもりはない…あなたはアタシの心…本当は居て欲しい…でも…居て欲しくない…これ以上関わればどうかなってしまう…壊れてしまいそうで怖い…もうアタシは何も失いたくない…今は時間を空けたほうがいいの…
「許すも許さないもないわ…ただ…アタシはそうしてあげたらって言ってるだけじゃない…?怒らないでよ…アタシ、何かヘンなこと言ってる?」
「アスカ…」
どう言えばいいの…どう呼べばいいの…かつてアタシがあなたのことを何て呼んでいたのか…思い出すから…必ず思い出すから…それまで待っていて欲しい…アタシ達は何を語り…何を分かり合ってきたのか…重ねた時に長いも短いもない…この瞬間が永遠だってこともある…あなたを悲しませたくない…
「早く行ってあげて…アタシも見ていたくないから…碇君が悩むところ…」
何なんだよ、アスカ…さっきから嫌味みたいに…僕をからかっているのか…いつもそうだ…何が気に入らないのか、言わないのはアスカの方じゃないか…そうやって自分が気に入らなければ僕に…
シンジは僅かに拳を握り締める。
「碇君が…」
「いい加減にしろよ!アスカ!」
突然のシンジの怒号にアスカはビクッと肩を動かす。
「さっきから…何なんだよ…碇君、碇君ってさ!呼んだこと無いじゃないか!綾波のマネなんかするなよ!」
僕…何に腹を立ててるんだ…本当は励まさないといけないのに…優しくしないといけないのに…どうして僕は…怒ってるんだ…
「…」
「何なんだよ…何がいけないんだよ…教えてよ…アスカの言うとおりにするよ…ちゃんとするから…」
シンジに背中を向けたままでアスカがTVのリモコンを両手で握り締めるのが見えた。
「だからさ…」
「気持ち悪い…」
「え?今何か言った?」
アスカが不意にシンジを振り向いた。今にも泣き出しそうな顔に見えた。しかし青い瞳は乾き切っていた。
「だから…気持ち悪いこと言わないでって言ってるのよ!もういい加減にしてよ!いちいちアタシの顔色見ないでよ!バカ!」
TVのリモコンを今にもシンジに投げつけそうな勢いで右手を振り上げる。シンジは避け様ともせずアスカを睨みつけていた。
「どうしていちいちアタシに聞いてくるのよ!なんでもないって言ってるでしょ?もう放っておいてよ!うるさいわね!」
「じゃあ…なんで僕のことを…」
「アタシがあなたのこと…どう呼ぼうと…」
呼びたくても呼べない…アタシが知っている事…それはレイがあなたの事を碇君って呼んだ事だけ…それが分かっただけでも嬉しかった…違和感があることくらい…最初のあなたの戸惑った表情を見ればすぐ分かる…でも…それしか…
「どう呼ぼうと…なんだよ…」
その言葉にアスカは再びキッとシンジの顔を見た。
「うるさいわね!アンタにアタシの気持ちなんてわかる訳ないのよ!自分の気持ちすらはっきりしない人に!」
「ああそうだよ!そんなの分かるもんか!僕の気持ちって言うけど自分だって何も言わないじゃないか!それが勝手って言うんだよ!傷つくのは自分だけじゃないんだ!」
シンジは思わず二歩、三歩とアスカの方に向かって歩いていった。
「どうして僕を避けるんだよ!どうして拒絶するんだよ!」
「避けてなんか…避けてなんかいないわよ!アタシにはアンタしかいないのよ!頼れるのは!」
「…」
「避けてなんか…避けてなんかいないわよ!アタシにはアンタしかいないのよ!頼れるのは!」
「…」
いつの間にか二人の間は手を伸ばせばすぐに届くほど縮まっていた。
「何も聞かないでよ…アタシの中に入ってこないでよ…ただ隣に居てくれるだけでいい…それじゃ…ダメなわけ…?」
コッチ コッチ コッチ
TVから流れてくる笑い声が空しかった。時計の針は容赦なく時を刻み付けていく。
「…ごめん…僕…」
アスカはベッドの上で左足だけ折り曲げて両手で抱えていた。
「本当は力になりたいって思っていたのに…何でだろ…自分でもよく分からないっていうか…」
あなたは悪くない…間違ってない…鈍感とか価値観とかそういう問題じゃない…どんな間柄であっても言葉にしなければ分からない事だってある…何も言わず相手の気持ちを汲むってことは本来相手に対して望む事では無い…でも…話せない事ってある…あなた誰?って聞けっていうの?そんなの残酷過ぎる…
「アスカ…あのさ…」
もういいの…言葉は要らない…口を開けば開くほど…言葉を尽くせば尽くすほど…遠ざかってしまう事もある…
「もういいから…」
「いや…そうじゃなくて…一瞬だけ…目を閉じていて欲しいんだけど…」
「え?目を?何を言って…」
アスカが驚いて顔をシンジの方に向けるといきなり唇を唇で塞がれた。一瞬の出来事だった。シンジはアスカと目が合いそうになると脱兎の如く部屋の外に駆け出して行く。
「ちょっと待…」
荒々しく病室の扉を開け放つとシンジは脇目も振らずに人気の無い廊下を全力疾走して行った。何処をどう走ったのか全く覚えていなかった。気が付くとリニア駅に向かうバイパス通路の真ん中に立っていた。
唇にはまだ柔らかい感触が残っていた。シンジは恐る恐る右手を自分の唇に当てた。
「最低だ…俺って…」
ジオフロントには夜の帳が下りていた。外灯の中をシンジは一人歩き始めた。
暗闇の中に浮き上がる人工の灯火をレイは静かにその瞳に映していた。
「わたしは…何を…見たくなかったの…悲しそうな瞳…誰かを見詰める瞳…離れていく瞳…」
この日から2日後の土曜日の早朝、渚カヲルは第二東京市の南に位置する第二新東京国際空港(旧松本空港)の到着ロビーにその端麗な姿を現していた。
「再び巡り合う…約束の時は近い…エリザ…」
Brüder, über'm Sternenzelt Muß ein lieber Vater wohnen.
兄妹よ、この星空の上に父なる神が住んでおられるに違いない
Ep#08_(5) 完 / つづく
(改定履歴)
16th June, 2009 / 表現修正
02nd July, 2009 / 表現修正
11th Aug, 2009 / 表現修正
28th Nov, 2012 / 表現修正
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