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新世紀エヴァンゲリオンの二次創作物、小説「Ihr Identität」を掲載するサイトです。初めての方は「このサイトについて」をご参照下さい。小説をご覧になりたい方はカテゴリーからEpisode#を選んで下さい。この物語はフィクションであり登場する人名、地名、団体名等は特に断りが無い限り全て架空のものです。尚、本ホームページに使用した「新世紀エヴァンゲリオン」の画像は(株)ガイナックスのガイドラインに沿って掲載しています。配布や転載は禁止されています。
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第拾七部 夏の雪(Part-8) / 心に棲む魔物(前篇)

(あらすじ)

おぞましい姿をした第15使徒に捉えられたアスカを救出すべく、マリは伍号機を駆って深海の中で激しい戦いを繰り広げていた。一進一退の状況の中、不意を付かれたマリは使徒の攻撃によって海底に叩き付けられたがその時に”制裁者”を倒すためにゲンドウが使用を命じた”聖槍”を偶然にも拾い上げる。
「同じ槍が二本…だと…!?」
一方、伍号機と完全にはぐれてしまった特殊潜航艇イラストリアスは遅れて仮設堤防の工事現場に現れ、その信じ難い惨状に全員が戦慄していた。

人の心に潜む魔物の正体とは何か…原始以来、人類が持ち続けるそれは人を狂気の渕に誘う…

“卵”と渾名されていた第15使徒は直径200メートルほどの歪な球形の胴体を持ち、その周囲に等間隔に9本の長い脚を持つ不気味な深海生物のような姿をしていた。

以前にアスカとシンジが戦った“制裁者ゼルエル”も3体の使徒が融合した後で似たような楕円状の姿をしていたがあの時とは全く異質の雰囲気を帯びていた。その最大の特徴はこの第15使徒全体が決して強くはないが淡い光に覆われていることだった。その光は使徒の胴体から無数に伸びている体毛の様な“触手”から放たれていた。

マリを載せた伍号機は前面に海神の三叉矛を押し立てて躊躇なく飛び込んでいく。

「きめええええ!キモいんだよ!てめえはよお!!うらああ!!」

エントリープラグの中にマリの声が響く。マリの登場を察知したのか、今まで緩慢な動きを見せていた使徒の9本の足が一斉に持ち上がったかと思うと次々と伍号機の周囲に殺到する。

足の太さが既にEva1体の肩幅にほぼ匹敵する大きさの巨大な足が水中の抵抗をものともせずに襲い掛かってくる。

ブワッ!!

マリの耳元で鈍い水を切る音がする。それらを紙一重のタイミングでかわしながらマリは猛然と胴体目掛けて突っ込んでいく。

「遅い!遅いぞ!あたしのEvaは3倍早いのだよ!死にさらせえええ!!」

最後の一本をかわしたマリは水辺に生い茂る葦の群れを薙ぎ払うように白く光る使徒の触手目掛けて矛を振るった。

ブチ!ブチ!ブチ!ブチ!

僅かな抵抗と共に矛先で引き千切られた触手の破片が飛び散っていく。

「ドリューを……返せっ!!!く~!いっぺん言ってみたかったんだよね!これ!DVDで見てカッケーって思ってたからな!」

まるで戦うことに、いやEvaに乗ることに対して一切の迷いも躊躇いもマリからは感じられなかった。パイロットとしての自分の立場やあるいはEvaそのものに対する考え方や感じ方に違いはあれど等しく葛藤し続けているシンジやアスカとは全く好対照と言ってもよかった。

伍号機の帯びるATフィールドが壁を突き破るように強引に使徒のそれを中和していたため、ATフィールドに開いた穴を中心にして周囲の水が変換されたエネルギーの影響で渦を巻きつつあった。マリは自分の頭上で右往左往しているように見える巨大な使徒の脚を見上げて不敵に笑う。

「くっくっく…計画通り!!さすがにここ(使徒の胴体近傍)まで踏み込まれたら自分で自分を殴るわけにはいかないよね。そんなことよりドリューだよ!ドリュー!!どこにいるんだよ!!さっさ引き揚げるぞ!!」

マリが先に進もうとした瞬間、無数の触手が足下に見える使徒の本体から延びてくる。まるで行く手を遮ろうとしているかのようだった。

「しゃらくせえええ!!」

マリは矛を縦横無尽に振りまわしながら尚も使徒本体にせまる。みるみるうちに不気味な色を放つ触手が所構わず伍号機によって刈り取られていくが同じ様な早さ、いやそれ以上の速度で次から次へと新たに生えてきては伍号機の周りに殺到する。

「ちぃっ!!!これじゃキリがないんだぜ!!こっちとら電源パックに限りがあるってのに…チート設定のゲームにあたしは萎えるタイプなんだよねぇ…」

マリは伍号機の背中に取り付けられているキャビティージェットから空になった電源パックを外すと忌々しそうに足元の使徒に向かって投げ付けた。

「電源あと1コしかねえよ…ダマで20分…暴れまわって5分がせいぜい…どうすんだこれ…う、うわっ!!」

突然、死角から現れた触手が伍号機の右足首に絡みつく。反射的に矛をふるって断ち切ったものの巻きついた残骸が別の生き物のようにクネクネと尚も足先で踊る。

Evaの出力をコントロールするペダルの上にある右足に違和感を感じたマリは足元に視線を落とすと信じられない光景を目の当たりにして驚きの声を放った。

「う、うげええ!!なんじゃこりゃあああ!!オレの足からキノコが生えるとか!?そうか…ちみは侵食型だったな…アダムベースの素体を持つEvaなら尚更親和性も高いってわけだ…こいつはちょっと厄介かもな…」

伍号機のATフィールドが指向性なのは仕様だし…軍事転用以前のEOS(Eva Operation Systemの略)で制御する等方的フィールドはカバー範囲が広い反面、DFIDensity of Field Intencityの略。ATフィールドの単位面積当たりの強さはFI値で定義されるが指向性ATフィールドは局所的な結界を張ることが可能なため同レベルのFI値でも密度は高くなる。但し、フィールドの影響範囲は狭くなる)が低いからねえ…

「弐号機が侵食喰らうのも無理は無い、か…おっと!感心してる場合じゃねえな…」

けたたましい警報音が断続的に鳴り、おまけにエントリープラグ内では赤色灯が点滅を繰り返していた。マリがペダルを踏み込むと伍号機は矛先を下げて急浮上し始める。

「神経接続を介してパイロットの肉体にまで干渉してくるとは…このままだと全体を乗っ取られちまう…同人のNTRシチュは嫌いじゃないけどリアルではマジ勘弁だな…はあ…」

使徒の本体から離れると伍号機は高々と三叉矛を持ち上げて矛先を既に足首まで侵食を受けている自分の右足に向ける。像脚病患者の様に伍号機の足首から先は倍程度に肥大化しているが見えた。マリは深く長いため息を一つ付くと閉じていた目をカッと見開く。

「足一本の借りはでかいぜ…うらああああ!!」

ザシュッ!!

マリは躊躇なく自機(伍号機)の足首に矛を付きたてて切断していた。

「うがあああ!!いてえええ!!神経接続カット忘れてたじゃねえか!!全部おまえのせいだぞ!!ちくしょーーーー!!」

顔を真っ赤にしてマリは歯を食いしばる。しかし、耐え切れなくなったのか、今度は自分の周囲にあるディスプレーを兼ねるエントリープラグの壁をを両手で手当たり次第に激しく殴りつける。涙目になったマリは両肩で荒々しく息をしながら鬼のような形相で自分の真下にいる使徒を睨みつけていた。

「久々に切れちまったよ…行こうぜ…海上に…」

じわじわと浮上している使徒に合わせていた伍号機のオペレーションシステムが深度が既に1000メートルを割っていることを報せていた。

「下から串刺しにしてやるぜ!!」

マリは操作レバーを思いっきり引くと使徒を少し迂回しながら急速潜航し始めた。再び伍号機の接近を察知した使徒は巨大な脚で応戦してくる。

「ワンパターンなんだよ!!カスがあああ!!」

グオオオオオオオオオン!!

伍号機が牙を剥くように大きく口を開いて発した雄叫びは海中で幾重にも鈍く響いていた。目の前に迫ってくる脚に向って伍号機は避けることなく真っ直ぐ突進していくと渾身の力を込めて矛をバットのように振り抜く。

ベキッ!!ベキッ!!ベキ!!

使徒の脚は中ほど辺りで関節とは真逆の異様な方向に折れ曲がり、赤紫色の液体が周囲に靄を作りながら激しく染み出していた。間髪を入れず折れ曲がった部分に向って伍号機が矛を突き立てる。薄皮一枚で辛うじて繋がっていた使徒の脚はやがて自分の重さに耐えかねて千切れていく。

「目には目を!足には脚だ!!クソが!!」

マリはL.C.L.にすっかり溶けてしまってある筈が無い目じりの涙を荒々しく拭(ぬぐ)うと吐き捨てるように言い放つ。

キレたんなら仕方が無い…
「意図的な“裏コードAngel’s wingの開放(最終シンクロ形態)”は神の許しがないと使えねえ禁じ手だが…アドレナリン全開で勝手にトライデントの方が覚醒するビーストモード(別名:第一獣化形態)なら文句はあるめえ!!これで当分は電源も心配せずにてめえと遊んでやれるぜ!!うらああ!!」

マリの激情(逆ギレ?)にまるで呼応するかの様に伍号機の動きはさっきまでとは比べ物にならないほど鋭敏になっていた。エントリープラグのディスプレーの片隅に表示されている電源パックの残量を示すインジケータのカウントダウンが異常なほど緩慢になっているのが見えた。

下から上に突き上げようとする伍号機の意図を見抜いたのか、使徒は一転して振り上げていた脚を一斉に下ろし始める。

「おせーよ!!その脚ももらった!!頂きマンモス!!」

伍号機の行く手を阻もうとする使徒の脚がマリの目の前に唸り声を上げて現れると伍号機は片手で長い海神の矛を水車のように振り回しながら突進していく。

ブシュウウウウウウ!!

鋭く一刀の下に斜めに切り下げると水中火山の噴火のように赤紫色の液体が噴出する。視界は見る見る悪化していくがずば抜けた水中索敵能力を誇る伍号機に全く影響はなかった。息を付く暇も与えず更に至近の脚に向ってマリは切りかかる。

「もういっちょ!!」

無意識の内に水中で右足を踏ん張ろうとした途端、右足首から下を失っている伍号機は突然バランスを崩す。

「う、うわっ!!マジかよ!!こんな時にぃいい!!し、しまっ…」

一瞬制御を失った機体を立て直そうとしたマリだったが使徒の方が僅かに早かった。高層ビルが倒れ掛かってくる様な錯覚に襲われる。

ばきいぃぃぃぃぃぃんんっ!!!!

頭上から巨体を浴びせられた伍号機の機体は海底に向かって弾き飛ばされる。

「…いっつぅ……く、くそ……」

頭を強打された衝撃で激しい耳鳴りと一時的に視界を失ったマリは何度も左右に頭を振りながらほとんど闇雲状態で懸命に伍号機を立て直そうとしたが全く無意味だった。反射的にキャビティージェットを逆噴射させるが一向に速度は緩まない。ようやく戻った視界に最初に飛び込んできたものは猛烈な勢いで数字が上がっている深度を示すインジケーターだった。

「マジっすか!!もう終着駅(海底)だし!!」

ずがああああああん!!

伍号機は身体を半ば泥の中に埋没させていた。背中を強打したマリの呼吸が止まる。

「ぐはっ!!げほっ!!げほっ!!げほっ!!くそ!!絶望した!!こんなかわいいメガネっ娘に全く手加減しない使徒(及びこの作品)に絶望した!!」

目を覚ましたマリは漆黒の夜空に僅かに見える小さな星のように淡い妖光を放つ使徒の姿を確認すると痛む身体に鞭打って必死に起き上がろうとする。いつ高エネルギー砲などのビーム攻撃をしてこないとも限らないからだ。しかし、水中を疾駆するのとは打って変わって右足首を失っている伍号機をマリは思うように動かせず何度もひっくり返る。

幸いなことに“制裁者”の時に見せたラミエルをはるかに凌ぐ手強かったビーム攻撃を使徒が仕掛けてくることはなかったが、それでも焦りの心の方が遥かに思考に勝っていた。

「く、くそ!こいつダメだ。早く何とかしないと…ん??」

やっとの思いで仰向けの状態からうつ伏せになった伍号機が手当たり次第に辺りをまさぐっていると一瞬だが右手の指先が何か固い金属のような冷たいものに触れる。

「な、なんだ…なんかあるぞ…」

マリは水を吸い過ぎてヘドロのようにヌルヌルになった関東ローム層の海底の泥を手で荒々しく掃く。やがてマリは金属性の長い棒状のものを探り当てた。

「ラッキー!!災い転じて福となすってかあ!得物もどっかにいっちゃってたし丁度いいや!!」

マリは勇んで柄のようになっている部分を掴んで一気に泥の中から引き揚げるとそれを支えにしてようやくのことで海底に立ち上がる。

「ふー。ガチでヤバスだったんだぜぇ…(ネルフ)本部からパクった第14使徒の情報だと射程5000を超えるビームをぶっ放すとか書いてあったし、正直、的にされたら堪らんかったけど…」

大袈裟に額を拭うとマリは自分が手に持っているものに目を向ける。

「それにしてもよくもまあ…タイミングよくこんなところにこんな槍みたいなものが……っていうか思いっきし槍じゃん…しかもあんたとは以前どこかでお会いしましたっけ???初めて見る気がしないんですけどお…」

伍号機の全長よりもやや長く…まるで二重螺旋のようにお互いに絡み合っている柄…そして何より特徴的な二又に別れた先っちょ…

そのどこかで見たような姿にマリの全身は電気で打たれる。

「にゃ、にゃにぃ!?同じ槍が二本…だと…!?間違いないよ…あの中国艦が運んでいた例の槍にそっくりだ…何が一体どうなってんだ??」

マリの脳裏には沖縄沖で第七艦隊所属の駆逐艦隊と交戦した時に自分が不思議な槍を振るった光景が浮かんでいた。

そうだ…この槍には何か不思議な力が宿っているんだよ…肉体を持つものはこいつを向けられるだけでL.C.L.のようになって溶けていったんだ…何故かは分からないけど…ん?

「こいつ完全コピーってわけじゃないのな。前のは右巻きだったけどこっちは左巻きか…」

暫くの間、マリは二又の槍をしげしげと見詰めていたがいきなり口元を綻ばせるとほくそ笑み始めた。

「よく分かんないけど…あたしの記憶が確かならば右巻きなら人間に作用して…左巻きなら使徒に効くとか…そんな感じなんじゃないのかなぁ…だとすると…」

口元を真一文字に結ぶとキッと遠ざかっていく使徒の小さな光を睨みつける。

「テメーできっちし試してやんよ!!ててててー!てってってー!

マリが踏み潰すかのような勢いで出力ペダルを踏み込むと夥(おびただ)しい気泡を撒き散らしながら伍号機が猛烈な勢いで上昇する。

「マリはレベルが上がったぞ!!ごらああああ!!会心出にくいけど急所突きじゃあああ!!」



使徒とマリが死闘を繰り広げている一方で伍号機と離れ離れになってしまった“母艦イラストリアス”の方はようやく特務機関ネルフと国連軍が共同管理している仮設堤防の工事現場に現れていた。

「た、大変です!!中尉がエリア1238の隔離堤防にミサイル攻撃仕掛けた模様です!!」

イラストリアスのCIC室でオペレーターの一人が血相を変えてポンソンビーを振り返った。

「な、なんだと!?何を考えてるんだアイツは!!一人で戦争を起こす気か!!管理は?管轄はどこだ!?」

度重なる失態でもはやポンソンビーを見るCIC内の目は極めて寒々しかったが目を背けたくなる現実が幸か不幸か空中分解寸前の彼らを辛うじて一つに繋ぎ止めていた。

「特務機関ネルフ作戦部と国連軍日本派遣軍所属の工兵部隊です!いずれも国連軍コードで“Valentine条約Chaputer 7に基づく隔離措置”として該当コードが発給されています!」

「エリア1238上空に飛行物多数!ネルフ所属の大型輸送ヘリが何かをしきりに最深部一帯に投下中!恐らく使徒への爆雷攻撃かと思われますが…目の前にある大破した工作船の発するノイズの影響で衝撃波の確認は出来ません」

オペレーター達は口々にもはや“木偶の坊”にしか見えないポンソンビーに報告を叩き付けた。その耳を塞ぎたくなる情報に当のポンソンビーは大方の予想通り立っているのもやっとというあり様だった。

「Unbelievable…条約区域に無差別攻撃を加えるなどと…ど、どう始末を付けるつもりだ…こんな状況で我々がもし英国所属だということがバレてしまえばタダではすまないぞ…」

うわ言の様にポンソンビーは何度も呟き、そして一人頭を抱え込んでいた。その情けない姿をオペレーター達は冷ややかに見詰めながら互いに囁き合い始めた。

「今更何を言ってやがるんだ、このバカ…だいたい測量を終了した時点でさっさと(相模)トラフに戻ってさえいればこんなことにはならなかったんだ…それを…無意味に迂回なんかしてるから湾(旧東京湾)の出口を抑えられちまったんじゃねーかよ…」

「全く同感…海上封鎖の相手が日本政府(戦自と同意)だろうと第七艦隊だろうとそんな事はもう問題じゃないぜ…幾ら本国政府がお得意の三枚舌(※ 英国の外交は昔から皮肉を込めてこう呼ばれることが多い)を駆使したところで正体がバレでもしたらヤバイどころの騒ぎじゃない…」

「ヤバイっていうことだよ?」

「おまえバカ…?よく考えろよカス…ここが太平洋ならまだしも旧東京湾のど真ん中だぜ?どう考えても英国は“管轄外”だろ…俺達は今現在、ここに存在しちゃいけないだ…全く説明が付かないじゃないか…それに…」

諦めたような顔を浮かべた若い情報士官の一人はレシーバーを外すとお手上げとばかりに両手をあからさまに挙げておもむろに隣に座っている彼の同僚の顔を見た。

「沖縄沖で退役して揚陸艦になっていたとはいえ曲がりなりにも正規空母1隻とイージス駆逐艦3隻、おまけに攻撃潜水艦2隻を沈めておきながら今更“道に迷いました”とでも言うつもりか?Admiralityも政府のお偉方もどうせ俺たちが独断でこの騒ぎを起こしました、てことで強引に幕引きするに決まってんだろ…」

「ここまで滅茶苦茶にしておいて幕引きなんか出来るわけないじゃん…どうにか助けてくれないのかなあ…」

「Fxxk!!おまえのバカさ加減にはマジむかつくんだよ…!ジェームズ・ボンドと一緒で見つかれば“当局は一切関知しない”に決まってんだろ…!」

「Fxxk!!意味わかんねーよ…!関知しないで通用すればイランもイラクも潰されなかっただろうが…!」

「Fxxk!!おまえら声でけーよ…!副長に聞かれたらどーすんだよ…!」

「Fxxk!!おまえもうるせーよ…!」

あちらこちらからリレーのように“Fxxk”だけが室内に響き始める(※ 英国人、特に若者は“Fxxk”を耳障りなほど多用する傾向がある)。

「Fxxk!でもちょっと落ち着けよ…おまえら…日本派遣とSBSによる例の“急襲作戦”はAdmiralityからの正式な命令があるじゃん?見捨てられるって決まったわけじゃないじゃね?」

「Fxxk!だから余計そうなるんじゃないか…だいたい…この日本への派遣自体が極秘裏に遂行するから意味があるんだろ?相手にチョンバレしてみろよ?話は全然変わるだろが…」

「ど、どいうことだよ…あっ!忘れるところだった!Fxxk!」

「あのな…本国政府が最も恐れているのが国際的孤立だ…幾ら(ネルフの)第三支部が裏で繋がっているとしてもそんなものは表に出る話じゃないだろ…?国際的リスクと両てんびんにかけてまで潜水艦一隻を庇うメリットが無い…いや、庇うどころか艇長以下全員、非合法にイラストリアスを占有して反乱を起こした、とか適当なことをぶち上げて切り捨てるだろうな…」

「Fxxk!じょ、冗談じゃねえぞ!俺はこの作戦が終わったら結婚する予定なのに…」

「Fxxk!ちょ…おま…盛大に死亡フラグ立てんじゃねえよ…!!」

興奮と共に室内の“囁き声”は少しずつ大きくなっていったが現在の絶望的な状況を招来する格好になったポンソンビーの耳には全く届いていない様子だった。彼は何事かをブツブツ呟いていたかと思うと突然ヒステリックに絶叫し始めた。

「Shit!! Shit!! Shit!! 何をぼやぼやしとるか!!早く潜望鏡画像を正面モニターに投影しろ!!周囲の状況を確認する!!」

「は、はい!!」

不意を突かれたオペレーター達は慌ててそれぞれの端末に戻る。そして潜望鏡が捉えていた画像が正面スクリーンに回るとその瞬間、真っ暗だったCIC室の全てが朱に染まった。その信じ難い光景にポンソンビーのみならずその場にいた全員が顔面蒼白になる。

「こ、これは!!」

「Oh my goodness……」

スクリーン一杯に真っ赤な炎に包まれて大きく傾いている巨大なクレーン船が映し出されると全員が息を呑んだ。軽く20000トンは越えていると思われる巨大なクレーン船の艦首は完全に海中に没しており、逆に艦尾は星が瞬き始めた夏の夜空に向ってまるで墓標のように高々と掲げられていた。普段は見ることの無いスクリューが天を突いている姿が一層の悲壮感を植え付ける。

まさに阿鼻叫喚の地獄絵図そのものだった。

「こ、こんな…こんな事があっていいのか…ネルフや国連軍ならまだしも…徴用された民間船にまで容赦なく攻撃を加えるとは…く、狂ってる…」

強烈なまでの自尊心で辛うじてここまで立っていたポンソンビーだったが、事ここに至って遂にガックリと冷たいCICの床に膝を落としていた。

エリア1995よりも圧倒的に深度があるエリア1238側に向ってクレーン船がゆっくりと沈んでいくのが見えた。時折、炎に巻かれた乗組員が海に向って落下していく様子が写る。

「地上の工事設備も壊滅状態です…」

すっかり日が落ちた夕闇の中で燃え上がっている湖畔の工事施設の姿はまるで幽玄な薪能(たきぎのう)の姿を思わせた。どす黒い水面にオレンジ色の光が漁火(いさりび)のように揺らめいており、目の前で起こっている凄惨な現実とは裏腹な視覚的な美しさが見る者を逃避へと追いやる妖しさを有していた。

「ど、どうしますか?浮上して負傷者の収容を……」

誰かが怯えたような震える声で呟いた。

「ダメだ!!ダメだ!!浮上は断じて認められん!!」

狂ったようにポンソンビーは膝を突いたまま荒々しく拳で床を叩く。

「し、しかし…このままでは犠牲者が増えるばかり…」

「ふざけるな!貴様!こんな状況で人道主義気取りか!今浮上してみろ!条約規定区域への無差別テロの犯人がこのイラストリアスということになってしまう!浮上した瞬間、我々は国際社会から完全に抹殺されてしまうのが分からんのか!!」

ポンソンビーが発言した情報士官を血走った目で睨みつけると再びCICに静寂が戻る。

「これを…これをすべて中尉が一人で…あんなに…あんなに明るくて可愛らしい女の子なのに…神よ…主よ…」

ジェイク・ウォーレンサーのライトブルーの瞳は赤黒く燃え盛るモニターの中の炎を静かに宿していたが、彼は何かに触れたように席を立って床にしゃがみ込むと自分の胸の前で十字を切り始めた。

恐ろしい…これはもう戦争というレベルを超えている…トライデントは“福音”なんかじゃない!悪魔だ!人類が生み出した“悪魔そのもの”だ!我々のどこにこんな悪魔が棲んでいるというのか!悪いのは…悪いのは中尉じゃない…!

中尉を…中尉を狂気へと押しやってそれを自分の野心に利用する真の悪魔が悪いんだ!!
 


一方、仮設堤防から見てちょうど反対側にいるミサト達からもこの炎は見えていた。

「信じられない…対岸から炎が上がってるぞ!!」

ミサトは無意識の内に痕が付くほど双眼鏡を目に押し付けていたが目に入るのは黒煙と天を突く勢いの真っ赤な火柱ばかりで何が燃えているのかさえはっきりと判別することは困難だった。

「仮設堤防の敷設部隊が攻撃を受けた模様です!!作戦二課の第二工兵隊との通信途絶!!状況不明!!」

「ば、バカな!!条約区域に攻撃を加えるなんてまっとうなヤツのすることじゃないわ!!くそ!随伴の国連軍の方はどうだ?何か状況は掴めないの?」

若い作戦部員が額に汗を滲ませながら蒸し暑い指揮車の中で通信機にかじり付いていたが大きく首を横に振る。

「ダメです!全く状況は分かりません!ただ…ミサイルによる誘導攻撃を受けたという交信もあれば使徒らしき化け物の襲撃という情報もあって極めて状況は錯綜しています」

「ミサイル?使徒?」

思いもかけない単語の組み合わせにミサトは困惑した表情を浮かべた。

どういうことだ…仮設堤防の敷設現場は言葉のイメージほど決して小さくない…小さい国の国家プロジェクト程度の規模は優にある…これを通常兵器だけであそこまで破壊し尽くすことは不可能だ…しかし…使徒の攻撃とも考えにくい…なぜなら・・・

「使徒は…あたしの(復讐の)全ては今…あたしの目の前にいる筈なんだ…痛っ」

両手をオペレーターデスクに突いていたミサトが前屈みの状態から上体を起こそうとした瞬間、上腕から肩にかけて鋭い痛みが走った。

「くそったれが…」

ミサトは忌々しそうに顔を顰めるとやや庇うようにして右手をゆっくりとデスクから離した。右手を置いていたあたりに薄っすらと血痕が残る。

松代で受けた銃創がまた開きやがった…いちいち面倒臭いったらありゃしない…

普通の人間ならまだ入院しているほどの傷を例の騒乱事件で負ったミサトだったが手術を受けて銃弾の摘出は行ったものの相次ぐ有事がミサトに養生生活を許さず、また自らも無養生であったため術後の経過は全く思わしくなかった。応急処置と再裂傷を繰り返すといういたちごっこを繰り返していた。

「こちらの状況も逼迫している!仮設堤防の件は至近の国連軍に作戦部長名で応援を正式要請して対処することにする!弐号機の状況はどうなっている!!上空を飛行中のピクシー隊にもう一度照会をかけろ!」

「了解しました!」

ケーブル切断後、ミサトを筆頭とするネルフ作戦部は総力を挙げて弐号機の行方を追っていたが全く手がかりを欠いていた。それとは対照的にネルフの監視衛星が使徒の活動(ATフィールドの強度を主に計測している)が指数関数的に活発化しつつあることをキャッチしており、逐一関連情報が本部のユカリやマヤから伝えられるためミサトの焦燥感は増すばかりだった。

突然、通信を担当しているオペレーターが血相を変えてミサトを振り返る。

「た、大変です部長!!本部より退却命令が既に出ています!!」

「はあ!?退却だと?使徒を放って置いてここから退避してどうすんだよ!!遂に焼きが回ったかあのオヤジめ…」

「い、いえ!退却命令が出ているのは後方のベースキャンプとサルベージ設備関係者だけです!!輸送ヘリによるサルベージ装置の搬送を最優先するようにと司令から指示が出されています!!」

「サル……な、なんだと!?ふざけんな!!今は使徒と交戦中だ!!作戦部コード(通常指揮権)に基づく殲滅行動が最優先される筈だ!!そんな寝言なんぞ却下するようにピクシー隊に伝えておけ!!」

「そ、それが…司令の強制発議によりMAGIが殲滅作戦のプライオリティー(優先権)を下げています…その、つまり…申し上げにくいことですが…」

「プライオリティー…ま、まさか…そんなバカな!!」

事の重大性に気が付いたミサトはオペレーターの言葉が終わらないうちに右肩を押さえたまま指揮車を飛び出していた。噎せ返るような熱帯夜の中に出たミサトの目に弐号機の救出のためにエリア1238の上空を飛来していた筈のネルフの大型ヘリが随時引き揚げてくる姿が飛び込んできた。

「ま、待て!!なぜだ…どうしてこんな事をするんだ!!ふざけやがって!!そんなに“使徒”の方が大切だっていうのか!!チクショー!!」

ミサトは命の温もりを全く感じさせない焦土の上に膝を落とすと思わず転を仰いで叫んでいた。周囲にいた作戦部員達はあまりのミサトの姿に声をかけることすら出来ず、ただ虚しく自分達の上空を飛び去っていく輸送ヘリの行方を目で追うしかなかった。

あたしは…また同じ過ちを犯してしまうのか…また…また大切なものを失ってしまうというの!!

頭上で美しく瞬く満天の星がみるみるうちに滲んでゆき、そして次々にミサトの視界から毀れてゆく。滲んだ星の光は帯を引いて涙と共に流れてゆく。それはまるでセカンドインパクト以来、久しく見る事のなかった雪のように見えた。


死ぬな!これは命令だ!フロイライン!おまえはあたしの命令が聞けないのか!

ママ……あれ?キャ…キャプテン……

フロイライン…よかった…本当によかった…

夢を…長い夢を…アタシ…見ていました…

フロイライン…特務機関ネルフ作戦本部所属セカンドチルドレン…同時に国連軍第一特殊機甲部隊付きの准尉を…おまえに命ずる…おめでとう…フロイライン…いいえ…アスカ…

キャプテン…どうして…どうして泣いてるんですか…

分からん…自分でも…分からないんだ…何のための…誰のための涙なのか…


「アスカ!!!!」

儚く散ってゆく夏の雪は静かに焦土に沁みこんでいた。

 
Ep#09_(17) 完 / つづく

(改定履歴)
6th Sept, 2012 / 誤字修正
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