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新世紀エヴァンゲリオンの二次創作物、小説「Ihr Identität」を掲載するサイトです。初めての方は「このサイトについて」をご参照下さい。小説をご覧になりたい方はカテゴリーからEpisode#を選んで下さい。この物語はフィクションであり登場する人名、地名、団体名等は特に断りが無い限り全て架空のものです。尚、本ホームページに使用した「新世紀エヴァンゲリオン」の画像は(株)ガイナックスのガイドラインに沿って掲載しています。配布や転載は禁止されています。
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第二部 The Beast 背徳の激情…(前篇)


Fallen angel(あらすじ)

ヒト(リリン)ならば等しく背負う”恐怖”こそが心の隙間になる…カヲルはあの時呟いた。
激しい嫌悪と恐れ戦く心は…他者に対する恐怖心を育て…それが心の壁となる時…ヒトは狂気に支配される。それが人類の歩んできた闘争の歴史だった。
恐怖の産み出した狂気は知恵という名の理性を背徳の炎で焼き尽くし…忘却の彼方へと押し流していく…


その時…ヒトは…獣(KEDAMONO)と化す…
同刻…

ネルフ本部の発令所はN2爆雷20個の爆発の余波と零号機パイロットの献身という二重の衝撃により混乱の坩堝(るつぼ)と化していた。

「まだ映像は回復しないのか!警戒衛星の全てを作戦区域の監視に投入するんだ!エネルギー反応(生体反応と同義)の解析を急がせろ!」

冬月の苛立った声が辺りに響く。

「やってます!ですが爆風の影響で各種測定が非常に困難です!」

スピーカーを介して聞こえてくる青葉の声は切迫していた。その声色から万策尽きている様子が伺い知れる。

「とにかくEva2体と槍の回収を急がせるんだ!それから管制システムが復旧次第、哨戒機と攻撃ヘリを飛ばして肉眼による調査も並行して進めろ!」

「了解!」

冬月も無理を承知で声を張り上げるしかない自分に空しさを感じていたがそんな理性的な配慮よりも今は得体の知れない恐怖心の方が遥かに勝っていた。

特務機関ネルフが専守防衛を基本戦略としているのは文明の利器を駆使するためと言ってよかった。より多くを知ればそれだけ不安やひいては恐怖を取り除くことが出来る。今の冬月達にとってアスカが送ってきた現地情報はあらゆる意味で貴重だったが確証を得るには尚不足であり、限りなく不安に近い焦燥感に駆られるばかりだった。

「ふう…これは…還暦を過ぎた身体には堪(こた)えるぞ…私も歳を取ったな…」

冬月はゲンドウが座っていた椅子にどっかりと腰掛ける。

「コーヒーでも運ばせましょうか?先生。少し休まれた方が…」

冬月が自嘲交じりに自分の背後に立つリツコを見やった。突然、目が合ったリツコは不必要に戸惑い、慌てて目を逸らした。

暫くリツコの様子を眺めていた冬月だったが再び正面に視線を戻す。

「いや結構だ…それにしても…よくもまあ、あれだけの爆発がありながら直径50kmのクレーターで済んだものだな…普通なら関東平野そのものが吹き飛びかねんエネルギー量の筈だが…」

「ええ…確かに…しかし、ATフィールドが無緩衝状態(中和)で作用していなかったとはいえ中和後に空間に介在する代替エネルギーがゼロになるわけではありません。その相互作用によって些(いささ)か以上にエネルギー損失があったと考えるべきでしょう。先般のレリエル戦の時に計画した強制サルベージ作戦(
Ep#06_19)の時と同様、ATフィールドが場の理論的にエネルギー空間を形成することが分かっていましたから…その応用ですわ…」

リツコはかつて第12使徒レリエルの内部に埋没した初号機の強制サルベージ作戦でN2爆雷992個の使用を計画した事があった。使徒のATフィールドが作り出した異空間“ディラックの海”に投下して内部で炸裂させることが前提だったが、作戦実行に当たっては当然に地上環境へのダメージも考慮されていた。リツコはレリエル戦の経験を元にATフィールドが形成するエネルギー場における特異性を見出していたのである。

リツコの説明を聞きながら冬月は遠い目をしていた。

さすがはナオコ君の娘だな…血の気が多くて何かに没頭すると周囲が見えなくなる母親と違って…君は実に我慢強いな…いや…従順に見えて実はその胸中は……

冬月は僅かに肩を竦めると長く細いため息をつく。実際の年齢よりも若く見られることが多い冬月だったが今はやけに老け込んで見えた。

「そうか、そういうことか…碇もその辺りは織り込み済みだったというわけだな…」

「はい。司令は根拠、勝算のない策は採りませんから…」

リツコが淀みなく答える。それを聞いて冬月は一瞬、表情を強張らせた。


本当にこの実験は大丈夫なのかね…まだ不確定な要素も多いぞ…

大丈夫です…先生…

し、しかし…ユイ君…

私…信じてるんです…私達の…神様を…

ユイ君……

きゃああああ!!シンジ!!レイ!!


い、いかん…何を考えているんだ!こんな時に!まだ…まだゼルエルはくたばってはおらんのだぞ…それに問題は山積みじゃないか…N2の件は理屈としてはもっともだが素人目にはどう写る…これまでに複数個のN2を同時に使用した例は世界にないんだぞ…まして20個ものN2爆雷を主権国家の領土上で炸裂させて地形まで変えたとなれば…どうなる……

ミサト君が奴(ゲンドウ)の作戦に難色を示したのはレイのこともだが…恐らくその辺りの読みもあったのだろう…あの時は私も不覚にも槍のことで舞い上がってしまってそこまで考えが及ばなかった…

死んでも地獄だが生き残ったとしても…それはまた地獄の始まり…これが勝算だというのか…あまりに失うものの方が大き過ぎはせんか…碇…勘違いするなよ…俺は貴様と手は組んだが手打ちまでした覚えはない…

「ふん…勝算ねえ…まあ、いずれにしても私が予想していたよりも遥かに被害が“軽微”だったのは不幸中の幸い…いや想定の範囲…とでもいうべきなのだろうな…あの男的には、な…」

冬月の言葉には皮肉ともあるいは自虐とも取れる色が含まれている様にリツコは感じた。思わず目を細めて冬月の背中を凝視するが、初老の男の背中からは何も読み取れなかった。

「先生…」

ふと我に返った冬月だったが元来、人付き合いが得意ではない冬月は自分の気持ちを瞬間的に上手く整理することが出来なかった。

「リツコ君…すまんが下のフロアに行ってミサト君をサポートしてくれ…」

「え?ですが…まだフェーズは…」

「頼む…一人になりたいんだ…」

遮るような冬月の言葉にリツコは二の句が継げなかった。冬月の思いがけない反応にも少なからず驚いていた。

先生…急にどうしたのかしら…とはいうものの…問い詰めるのも野暮ね…

「分かりました…仰る通りにします…」

「すまんな…Evaと槍の回収は君達に任せた…」

「はい…分かりました…」

リツコのハイヒールの音が遠のいて行くのを聞きながら冬月は独り言の様に小さく呟いた。

「ユイ君…すまない…私は…私は…」

忘れようと思っても忘れることが出来ない…未だに信じられない…いや、信じたくないのかもしれない…本当に君は一瞬でも幸せを感じることが出来たのかね…あの男と一緒にいて…ユイ君…君は…

「本当に…あれでよかったのかね…君は…」
 


ミサトは贅肉一つない鍛え抜かれた足を組んで不安定なパイプ椅子に持たれかかりながら何も映っていない主モニターをただ眺めていた。

通信障害で灰色の砂嵐しか写っていない。初号機と弐号機の無事はMAGIとの通信(有機ブロードバンド)を介して既に確認済みだったが零号機に関するものは完全にゼロだった。機体は跡形もなく粉微塵になった、そう考えるのが妥当だろう。

上と下のフロアでのやり取りを放心した様にミサトは聞き流していた。

N2(爆雷)を使った代償は高く付いたな…

「あの…葛城一佐…」

名前を呼ばれたミサトはだらしなく腰掛けたまま居住まいを正すことなく視線だけを声の方に向ける。ユカリが疲れ切ったミサトの方を振り返って心配そうに見ていた。

なんだ…お前か…

咄嗟に声が出なかった。ユカリはおずおずと躊躇いがちに口を開く。

「あの…作戦二課が有志を募って決死隊を結成したと言ってきてます…作戦地域に救援に向かいた…」

「駄目だ…却下する…全部隊に通達。指示があるまで勝手な行動は厳に慎む様にと釘を刺しておけ」

間髪を入れずミサトはユカリを遮ると視線を逸らす。

「で、でも…零号機とか…」

「それなら尚更許可は出せないわね…初号機と弐号機の回収ならまだしも…」

更に言葉を繋ごうとして立ち上がりかけたユカリの肩を隣に座っていた青葉が掴んだ。

「あ…青葉一尉…」

青葉はゆっくりと顔を横に振る。ユカリは渋々と青葉に従った。

納得できないよ!こんなの!

ユカリは横目でミサトの様子を伺うとハッとした表情を浮かべた。ミサトは気配を気取られない様に慎重に両手で顔を覆っているところだった。

「ったく…人の気も知らねえで…あのおっさん……どんだけ…残業したと思ってんだ…ホント…涙が出てくるわ…」

見てはいけないものを見てしまった時の様な気まずさをユカリは感じて慌てて視線を正面のデスクモニターに戻す。

あ、あたしったら…何やってんだろ…こんな時こそしっかりサポートしなきゃなのに!葛城一佐の気持ちも知らないで…ゴメンなさい…よーし!見てて下さい!あたしだってお手伝い出来るんですから!

ユカリは猛烈な勢いで端末を叩き始める。今まで滞り気味だったら現場との受け応えにも覇気を帯びつつあった。それを見た青葉は表情を僅かに綻ばせたがすぐに表情を戻した。マヤの表情は相変わらず優れなかったがさすがにベテランだけあって作業自体はソツ無くこなしていた。

ミサトは遠くでそれらを聞きながら思考を巡らせていた。

これでよかったのかしら…あたしは何やってんだろ…何に対して怒ってる…何に…そんなに怯えてるっていうの…レイ……フィフス……あんた達…一体…何者なの…

ゆっくりと上体を起こす。ミサトは若干充血した目で遠くを見た。

加持があたしに託していったあのデータのA計画と…あんた達はどういう繋がりがあるっていうの…まるで自分の意思でシンクロ率を操る様な特異現象…リツコが言っていたネブカドネザルの鍵を全て開けば”神の子”を得るとか何とか言っていたけど…A計画とE計画を切り離して考えるのは難しいわ…

A計画とE計画が関係あるとすれば…今まで気にしてなかったけどシンクロテストもパイロットのヘルスチェック(健康診断)もただのルーチンとは思えない…事実…それなりのシンクロ率があればいい筈なのに未だにテストと称して能力向上を目指している…レイやフィフスは特に貴重なサンプルだったと考えられなくは無い…そう考えると…あれ自体が”シンクロ率向上のための人体実験”だったんじゃないかとすら思えてくるわ…ん?まてよ…

ミサトは上体を起こすと目を擦って真顔に返る。

リツコがE計画について思いがけずみんながいる前で口にしてたけど…でも…まだ分からない事はかなり多いわ…BRT(
Ep#08_17)…Cloning(クローニング)…Mental duplication(Ep#05_1)…特にBRTという文言が加持のファイルから出て来た時はさすがに自分の目を疑ったわ…監禁された時のアスカと接見した時…


BRT(処置)とかするんならアタシにしなさいよ!シンジになんか無理なんだから!記憶が欲しかったのよ!!アタシは!!トレセンでもズィーベンステルネでも何処にでも行くわよ!アタシ!お願いよ…
(
Ep#07_6)


忌々しそうにミサトは顔を顰める。

文脈からしてBRTは恐らく“自白剤”の類…第三支部のMAGIの不正アクセスは確かにアスカのアカウントが一部利用されていたけどアスカがMAGIに精通しているとは思えないわ…やはり加持の仕業ね…BRTの情報はその時に入手したんだわ…その加持と接点を持つアスカが何も知らない訳が無い…しかも…アスカをあたしに薦めてきたのは他ならない加持だ…

そうか加持は特報局の生き残り…ベルリンで死線を潜り抜けてきている……アスカと加持があたしの帰国後にベルリンで同棲していた理由を二人ともハッキリ言わないけど何かを一緒に探るためだったのか…その何かとは「奪われたアスカの記憶」に違いないわ…ズィーベンステルネという謎の組織が関与しているとすれば…だから…加持はそのベルリンに決着を付けに行ったんだ…そして殺された…

加持はマルドゥック…すなわち司令をずっと追いかけ続けていた…マルドゥックもズィーベンステルネも実は何か関係があるんじゃないのか…?だとすれば…全てが一本の線で見事に繋がる…その糸を引いているのはたった一人…碇ゲンドウ以外にない…

ミサトはズボンタイプの高級士官用の制服に忍ばせてある自分の愛銃の重さを意識していた。

あたしは司令を見誤っていた…碇ゲンドウ…あの男は軍事に疎い学者バカなんかじゃねえ…薄気味の悪い男だったけど…全てだ…この状況を含めて…奴は全て狙ってやってやがる…もはや狂信的な何かだわ…やはり…奴は…

「殺(や)らなければならないわね…」

ミサトは充血した目に力を込めると椅子から立ち上がって腕を組む。

殺すのは容易(たやす)い…でも…それで全てが片付くとは思えない…加持の言っていた“救い”ってやつを何としても阻止すべきだわ…ターミナルドグマに元凶の全てがある…アダム以外(ミサトと加持はリリスをアダムと認識している。
Ep#06_11)の何かがまだあそこにあるに違いない…まず手始めに三研(※ 技術部第三研究室)を探る必要があるな…そこに何か手がかりがある筈…それがA計画とE計画の全貌を明らかにする一歩…そしてあたしの求める答えの鍵もそこにある筈だわ…

それにしても世の中はホントに皮肉よね…心底憎んでいた使徒に今の今まで命を助けられていたなんてな…こんだけ怪しいあたしやアスカを生かしておく訳が無い…いや…“救い”の内容如何によってはチルドレン全員…Evaに関わる全ての人間があの男にとって邪魔になるんじゃないの…?どっちが先に引き金を引くか…

「ふっ…嫌いじゃないわ…そういうゲーム…上等よ…」

「葛城一佐!ポート1の管制システムがようやく復旧しました!」

ユカリが泣き腫らした目をミサトに向けてくる。

「よし…直ちに輸送隊と…救護班を差し向けて。もう活動限界を迎える筈だ」

「了解!」

ミサトの弱々しい声とは裏腹にユカリのよく通る声が辺りに響く。大きな声を出すことで何とか自分を支えようとする姿がけなげだった。入れ替わるようにマヤがミサトを振り返る。

「弐号機が活動限界!暫定放置区域(※1)に旧東京開放地区(※2)の水が流れ込んできています!」

ミサトは聞こえるような大きな舌打ちをする。

「くそ…幾らなんでも決壊が早すぎんぞ…ピクシー隊(輸送ヘリ)じゃ間に合わん!輸送機を差し向けろ!Eva機体の回収を最優先!使徒がまだ生きてるかもしれない状態であんな海みたいな場所に放置する訳には行かない!」

ユカリが驚いてミサトを見る。

「だ、駄目です!まだポート1の滑走路のチェックが終わっていません!」

「そんなもんに構ってられるか!飛ばせ!大至急だ!何のために特殊飛行訓練をしてると思ってるんだ!悪環境でもスクランブルするためだろが!」

「りょ、了解!」

マヤが引きつった様な声を上げる。

「そんな…初号機の…シンジ君のシンクロ率が…し、シンクロ率が…288.4…296…さ、300を超えました!」

「300%!?嘘でしょ…あり得ないわ!!」

ミサトは驚愕の表情を浮かべると慌ててマヤの元に駆け寄った。

な、何が起こってるのかしら!シンクロ率300%ってマジっぱねえわ!リツコの話だと400%以上のシンクロ率はもはや人智を超えた神の領域だ、みたいなことを言っていたけど…

青葉が額に市販の冷却ジェルを貼り付けながらミサトを振り返る。

「葛城一佐!初号機が本部の制御信号を受け付けません!それどこか次々とMAGIとのリンクが切れていってます!」

「何ですって!?緊急停止信号!!パイロットの状況は!?」

「停止信号受け付けません!!外部リモート全て途絶!!制御不能!!パイロットは…こ、これは!パイロットの神経パルスと初号機の間に極めて親和性の高いハーモニクスが存在します!パイロットだけではなくEva側からの干渉を受けて相互作用が起きているものと思われます!」

「相互作用によって高シンクロ率が発現したってことか…それにしても外部リモートが全部パーってことは…」

「暴走ね…」

ミサトとオペレーター達は背後からの声を聞いて一斉に振り返る。フロアの入り口にリツコが立っていた。

「リツコ…あんたいつの間に…」

「レイに引き続き…シンジ君もエネルゲイアの鍵…シンクロ率201.585%の壁を超えたみたいね…今のEvaが第二獣化形態と呼ばれる状態…」

リツコはミサトの前に立つ。

「第二獣化形態…?何それ?音の響きから野生化するようなイメージが浮かぶわ」

「当たらずとも遠からずってやつかしら。シンクロ率100%弱が理性と野生のバランスが取れて最も理想だと話したけど、それを超えれば超えるほどEvaは本来の力を発揮することになる…」

「本来の力?」

ミサトは怪訝な表情を浮かべてリツコを見る。

「レリエルの時を覚えてるでしょ?使徒の作り出した特異なエネルギー場(ディラックの海と同義)から生還した初号機の姿を見た時…流石のわたしも正直言って怖かったわ…あの時…なんて恐ろしいものを私達は作り出したのだろうって…」

「何が言いたいの…リツコ…」

「あの時はただの測定ミスだと思っていたけど…あの時のシンジ君のシンクロ率も100%を超えていたわ…つまりEvaが理性を失って野生に帰った瞬間を私達は目撃していたのよ」

「じゃあ…シンクロ率が高くなればなるほどEvaは野生化するってこと?」

「ミサト…人間が心底恐怖を感じる時って…どういう状態を言うか、知ってるかしら?」

「なにそれ?心理テスト?」

「違うわ。人間の恐怖の源は“心”の中にあるのよ…生理的あるいは心理的な嫌悪と恐怖…この4つの要素が組み合わさって出来ているのが私達の“怖い”と感じる気持ちの正体…」

「嫌悪と恐怖…」

「そう…嫌悪と恐怖は人間の理性を破壊する…理性を保てなくなった人間は極論…ケダモノと同じ…」

「獣…それじゃあ…獣化形態ってのは…嫌悪とか恐怖が引き金になって野生に戻るってこと?」

「そう…知恵と知恵が産み出した科学…これら理性的なものは結局心を超えない…つまり人は理性ではなく恐怖と嫌悪という心の隙間に支配されて生きているってことよ…この埋めがたい心の中にある隙間こそが群体の存在を空しくする元凶であり…救われたいと願う人々が現れる所以よね…」
リツコの“救い”という言葉にミサトは思わず顔を顰める。目敏くそれを見て取ったリツコは一呼吸置くとミサトから何も映っていない主モニターの方に視線を送った。

「人の心に巣食う恐怖…これが野に解き放たれた時…人は狂気に支配される…自分ですら自分自身をコントロール出来なくなる…恐怖の克服こそが究極の生命…ひいては知恵と生命の継承に繋がって行くのよ…」

「でも理性の破壊によって究極の力を得る替わりにそれを制御する術を失う…退化してるようにしか聞こえないわね…何なの…Evaって…」

ミサトは鋭くリツコを睨みつける。リツコは横目でミサトに視線だけ送ると僅かに肩を竦めた。

「退化?それは片手落ちな議論ね。確かに知恵を持つものの立場から見れば獲得した知恵を放棄する事は退化にしか見えない。でもその退化はある意味でゼロ(原点)への回帰…とも言えなくはないわね…」

「それが…誰かさんが唱える“救い”ってやつかしら?」

「さあね…所詮…知恵と生命の究極は相容れないものなのよ…理想的なのは知恵を持つ究極の生命だわ…恐怖の克服こそがその一歩となるの…人類の新たな一ページとなる」

「知恵と究極の生命…それって神以外にありえないってキリスト教徒は考えてるけどね…」

「そんなことより…暴れている“究極の生命”の方をどうにかする方が先決ね…もっとも…こうして向こうの気が済むまで眺めていることしか私達には出来ないけど…」

「随分投げやりね。とてもE計画の責任者のお言葉とは思えないわね。それはいいとして…じゃあその理屈だと今のシンジ君は何か途轍もない“恐怖心”に襲われていてそれに初号機が呼応してるってことになるわね」

「そうね…あるいは嫌悪感の方かもしれないけど…まあ…両方でしょうね…あんなことがあったんですもの…」

「くっ…」

「あ!電波障害が収まりました!映像回復します!」

青葉の声と共に突然主モニターが明るくなる。

「こ、これは…」

主モニターに映し出された映像を見た全員が思わず息を呑んだ。


うおおおおおおおおおおおおおおおおん!!


青白く全身が輝く初号機が弐号機を肩に担いで大気を切り裂くように咆哮している姿が映し出されていた。初号機の背後には巨大な渦潮がぽっかりとブラックホールの様に口を開けているのが見える。

「あ、あんな大洪水の中を一体どうやって…」

青葉が思わず呟いていた。

「マヤ…今のシンクロ率は?」

さすがのリツコも緊張した面持ちで画面に見入っていた。

「さ…325.5%…です…」

マヤは口を押さえて主モニターから眼を背けていた。

「あれが…The Beast…半獣半神の…私達の…」

激しい稲光と共に黒い雨が降り注いでいた。雨が初号機の全身に付いていた使徒のものと思われる鮮血を洗い流していく。その異様な光景に発令所は水を打ったように静まり返っていた。

The Beast…究極の生命…嫌悪と恐怖から逃れるためにのた打ち回るそれは…あたし達にとって本当に福音(Evangelion)と呼べる代物なのか…

ミサトの視線の先には初号機の姿があった。


Ep#09_(2) 完 / つづく

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