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新世紀エヴァンゲリオンの二次創作物、小説「Ihr Identität」を掲載するサイトです。初めての方は「このサイトについて」をご参照下さい。小説をご覧になりたい方はカテゴリーからEpisode#を選んで下さい。この物語はフィクションであり登場する人名、地名、団体名等は特に断りが無い限り全て架空のものです。尚、本ホームページに使用した「新世紀エヴァンゲリオン」の画像は(株)ガイナックスのガイドラインに沿って掲載しています。配布や転載は禁止されています。
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「ツェッペリン (Die Zeppeline)」はドイツでは飛行船(英:Airship)の代名詞になっているほど有名な言葉です。Evaの世界ではもちろんアスカの母親である惣流・キョウコ・ツェッペリンがすぐ思い浮かびます。このツェッペリンの名前の由来はドイツの空母「グラーフ・ツェッペリン」であることが紹介されていますが、この「グラーフ・ツェッペリン」はさらに飛行船の父と呼ばれるフェルディナント・フォン・ツェッペリン伯爵の名前に実は因んで名づけられているんです。

現在、飛行船は環境に関心が集まる中で再び見直しをする機運が高まってきています。飛行船と言われて頭に浮かぶイメージは「LED ZEPPELIN」のアルバムジャケットか、下の「ヒンデンブルク号爆発事件」の衝撃的な写真のどちらかでしょう。

Zeppelin
 
1937年5月6日米国ニュージャージー州レイクハースト空軍基地

1937年5月6日にヒンデンブルク号はドイツのフランクフルトからの2日半の空の旅を終えてアメリカのニューヨーク近郊にあるレイクハースト空軍基地に到着しました。到着したヒンデンブルク号が着陸用のロープを地上に下ろした(投錨)瞬間に船尾から出火、たちまち燃え広がって墜落、乗員・乗客97名中35名が死亡、地上作業員1名が犠牲になる事故が発生しました。

一説には水素ガスを浮遊ガスに用いていたから爆発したとも言われていますが今日では船体に蓄積された静電気が投錨と共にスパークして船体外皮(酸化鉄・アルミニウム混合塗料が塗布されていた)が直接発火したのが原因というのが定説になっています(水素の代わりにヘリウムを使っていたとしても爆発したということです)。

この事件以降、飛行船は飛行機に取って代わられたと言われています。しかし、この飛行船こそが今日の大量輸送時代の幕を開いた大きな存在であった事は間違い無く、そしてそれは一人のドイツ人、フェルディナント・フォン・ツェッペリン伯爵から始まったのです。

ちょっとこの辺の事を今日はお話ししたいと思います。Eva的にはトリビアでしょうか…

(飛行船の父 フェルディナント・フォン・ツェッペリン伯爵)

フェルディナント・フォン・ツェッペリン伯爵はドイツ南部、スイスとの国境に跨るボーデン湖の畔にあるコンスタンツの町に生まれます。1838年7月8日の事です。当時のドイツはまだドイツ諸侯(連邦)とプロイセン王国の合併によって成立するドイツ帝国(第二帝国)の前の時代であり、ドイツ連邦内のヴュルテンベルク王国(カール1世の治世)と呼ばれる地域でした。

少しややこしいのですがドイツ連邦(ドイツの領主たち)は神聖ローマ帝国皇帝を代々盟主として仰いで来ていたため盟主は元々オーストリア=ハンガリー帝国の皇帝という事になります。つまりハプスブルク家です。帝国内の領主とプロイセン王国内の領主では歴然とした「格」の違いがあるため、プロイセン王国は当時、軽んじられていました。しかも元を糺せばホーエンツォレルン家はドイツ連邦の一領主(選帝侯ブランデンブルク伯)がどさくさに紛れて王号を名乗ってやがる(は言い過ぎか…)、くらいの勢いがあったかもしれませんね。

ところがこの神聖ローマ帝国はナポレオン戦争時代に徹底的にフルボッコにされたため1806年にハプスブルク家のフランツ2世が退位してしまって事実上、滅亡してしまいました。ナポレオン1世の命令によりライン同盟という連邦国家が成立しました。ツェッペリン伯爵が生まれた当時はこのライン同盟の後を受けたドイツ連邦の一つの国だった、という事です。

何故この話をするかと言うと後にドイツ連邦はプロイセン王国と1871年に合併して第二帝国の一部となりますが旧プロイセン勢力が主流派を占める政治体制になり、伯爵などのドイツ連邦系の貴族は非主流派として扱われる事になります。これが後々の飛行船開発の方向性を決める要因の一つになります。



(名家 ツェッペリン家)

Zeppeline家の名前は元々、ドイツの北部メクレンブルク(Meklenburg)州にある地名の「Zepelin」に因んでいると言われています。さらにこの Zepelin という地名は、スラヴ語源でポーランド語の Czaplin 「サギのいる場所(place of heron)」と関係があると言われています。メクレンブルクはプロイセンの一州です。前述の通り王国はドイツ騎士団領が前身であり、元を糺せばポーランド諸侯に招聘された事に端を発しているのであながちあり得ない話ではないでしょう。

このメクレンブルク州ですが歴史は非常に古く1348年にはメクレンブルク公領が成立、以降、プロイセン王国に属するまで続きます。1701年に公領はシュヴェリーン大公系とシュトレーリッツ大公系の2系に分かれます。ツェッペリン家はこのメクレンブルク州内に領地を持つ封建貴族として(公領成立以前から)長い歴史を重ねる一方で傍流がドイツの各地に広がり、その一流がドイツ南部のシュトゥットガルト近郊のギルスベルク農場を経営するに至ったものと考えられます。

このヴュルテンベルク一帯にはプロイセン王を輩出したホーエンツォレルン家、バーテン辺境伯など神聖ローマ帝国に属する有力貴族勢力がひしめいており、間を縫う様にして南ドイツでも家名を存続してきたのでしょう。ツェッペリン伯爵は16歳でヴュルテンベルク王国に騎兵少尉として出仕する様になります。



(軍人を退役して飛行船事業を興す)

ツェッペリン伯爵は中将まで進級しますが軍人としての資質には必ずしも恵まれてはいなかったようで辞職に追い込まれます。また、先に述べた様に本人もプロイセン主流の第二帝国内では立身出世に限界を感じてもいた様です。ともかく軍を退役すると飛行船の開発事業に本格的に取り組み始めます。

飛行船の発想自体は伯爵以前にもロシア人が考案していたのですが実用化には至っていませんでした。飛行船の開発は決して平坦なものではなく何度となく資金不足に陥り、その都度私財を売り払ったりまた出資金(宝くじ)を募ったりしてなんとか存続させ、そしてついに1898年には飛行船振興株式会社を設立、LZ1(1号機)を世に送り出します。途中、LZ4(4号機)が墜落するというハプニングに見舞われますが当時としてはまさに壮大なロマンである空の旅に世間はすっかり心酔してしまっていました。義援金が集まったそうです。1908年に正式にドイツ帝国軍が採用し、1909年までに1600回以上の飛行を無事故、累計3万7250人の乗客を運ぶという金字塔を打ち立てました。会社設立から10年でまさに彼は「旅客空輸時代」を作り上げたのでした。

因みにシェリーフェン・プランで有名なドイツ帝国軍参謀総長シェリーフェン伯爵はかのクラウゼヴィッツの戦争論に心酔した大モルトケ(普仏戦争の英雄)の後任を任された人物でツェッペリン伯爵と面識を持っています。ツェッペリン伯爵が飛行船開発計画への協力を求めるために彼を訪れますが色よい返事はもらえなかった様です。

※ ツェッペリン伯爵の生い立ち紹介だけでも相当な紙片になるので詳しく知りたいかたは こちら をご参照ください。



(ツェッペリン伯爵の晩年とその後のドイツ)

ツェッペリン伯爵は1917年に亡くなります。第一次世界大戦が終結する前年の事でした。ドイツはキールで発生した水兵の反乱から端を発したドイツ革命が勃発、ドイツ皇帝ヴィルヘルム2世が退位してオランダに亡命したためドイツ第二帝国は崩壊、1919年のパリ講和会議を経てヴェルサイユ条約が1920年に発効、ドイツは天文学的数字の賠償金支払いを強いられ暗黒の時代を迎える事になります。

超インフレでドイツ国内の経済は壊滅状態に陥り、その反動はやがて先鋭化の一途を辿りナチス政権の誕生へと進んでいくことになります。ヒンデンブルク号が爆発したのは伯爵が誕生して98年、約100年が経とうかというタイミングでした。

飛行船時代の終わりと共に地球は加速度的に小さくなっていくのです。




(結び)

不屈の闘志で己の志を貫徹させたツェッペリン伯爵の生き方には敬服させられます。もちろん、単なる空想家でもロマン家でもなくしたたかさを感じさせますが、実業家としての才覚(が物凄くあったかは別にして)、そして人々を「夢」「希望」で互いに結びつける魅力があったことも大きかったのではないでしょうか。

そして現在・・・飛行船は見直されつつあり、再び21世紀の空に羽ばたいています。

ツェッペリン伯爵はこの物語の設定でアスカのご先祖様を描くにあたってモデルにさせて頂いた人物でもあることを最後に便乗で申し添えて終わりにしたいと思います。



 

(文責) 管理人 東郷太一

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