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Ep#06のスタート共に「Ihr Identität」の本編作品のサイドストーリー「der Berg Asama(書き下ろし)」をお届けします(不定期更新)。
「Ihr Identität」本編は第10使徒殲滅から3日後の夏祭り(Ep#01)からスタートしていますが、この「der Berg Asama」はそれ以前の第8使徒戦後のエピソードになります。
また何らかの理由で本編作品に盛り込まれなかったものも「番外偏」としてこちらのカテゴリーに今後、逐次格納していきます。
※ 尚、この「番外偏」に収録する作品は書き下ろし作品であったり、「規格外」であったり、という事情もあって不要な混乱を避けるために各種サーチに登録する予定はありません。基本的に当サイト閲覧者のみを対象に作品公開するものです。予めご承知置きください。
番外編 / der Berg Asama 思い出 (1)
(本文)
Loving you / Minnie Riperton
バーカ…
無理しちゃって…
ゲンドウが人類補完委員会に提案した使徒捕獲作戦は結局、第8使徒殲滅作戦に変更されて弐号機によって作戦は遂行された。
ネルフの公式作戦記録にはそう書かれているためか、浅間山から帰って来たアスカは「当番」で本部に出勤すると職員たちから激励や賞賛の声をかけられた。
声をかけられる度にアスカは先日の第7使徒戦の時とは打って変わって曖昧に微笑んで軽く会釈するだけだった。その変化に多くの職員は気が付かなかった。
自尊心が強くプライドの塊の様なアスカを知るミサトや経歴ファイルでアスカを「正確無比かつ沈着冷静にミッションをこなす人間兵器」と想像していたリツコには少し意外な反応に映っていた。
特にミサトは使徒殲滅後に浅間山近くの鄙(ひな)びた温泉街を予約して短い1泊旅行をアスカたちとしていた。その帰り道からアスカの様子が少しおかしい事が気になっていたのだ。
それがミサトの中で確信に変わったのは「当番」のアスカを職員専用のカフェテリアで見た時だった。
アスカは赤いプラグスーツを着て一人で窓辺の席に座ってじっと地底湖の湖面を見つめていた。手付かずの日替わり定食がピンク色のトレーの上に置いてあるのが遠めに見える。
おっ!今日の当番はアスカじゃん!
自分がシフトを決めているにも拘らずミサトは全く覚えていなかった。大盛りラーメンライスを持ってアスカと同じ席に座ろうと近づいていった。アスカのすぐ後ろまで来た時だった。
「はあ…」
物憂げなアスカの姿を見た時、ミサトは驚きのあまりラーメンを溢しそうになった。ミサトに気が付いたアスカはすぐにその場を取繕うかのようにはにかんだ笑顔でミサトを迎えた。
ミサトはアスカのその表情を見て顔を僅かに曇らせた。わざとらしく話しかけてくるアスカの調子に合わせてメンマを口に放り込んだものの味がしなかった。
何で…?あんたがそんな…表情豊かに笑うなんて…らしくないじゃないの…あんたのそんな顔…久し振りに見たわ…泣く子も黙る第三支部のトレセン(チルドレン養成所)であんたに面会に来た加持に会った時もそんなはにかんだ笑いをしていた…
それに…
使徒捕獲作戦に立候補した時のあんた…変だった…まるで挑みかかる様なあの眼差し…あんな感情をむき出しにしたあんた…今まで見た事なかったわ…結局、あんたのしつこさに根負けしたけど…
ミサトは音を立ててスープをすする。すすりながらも視線はアスカから離さなかった。
ゲンドウの捕獲方針に基づいてミサトが作成した作戦要領書では捕獲作業者は当初レイになっていた。使徒を出来るだけ刺激せずに地味に粘り強く作業を進めるのに性格的にレイが適任と判断したためだった。
しかし、技術部の見解書では「耐熱耐圧のD兵装及びそれに付随するパイロット用プラグスーツも弐号機の使用を前提している事」「ファーストチルドレンの弐号機へのエントリー実績が無く実作業への支障が懸念される事」の2点を勘案して「セカンドチルドレンが好ましい」とMAGIが判断しているということだった。
これを予め知っていたミサトだったが敢えてチルドレン達を集めた時に「立候補」を募った。この時に現場的な冷静な判断をすればレイという意見が出る事が期待出来た。
ミサトは長い付き合いになるアスカを横目で見る。しかし、アスカはミサトの期待とは真反対の反応を示した。
「はーい!はーい!はーい!アタシがやる!大丈夫よ!簡単じゃーん!」
その軽薄とも取れる様なアスカの言動にもミサトは内心驚いていた。
全く頭を使った答えとは思えないこの態度…上っ面だけ…ミッションの目的やストラテジー(戦略)を考慮している様に見えない…どうしたっていうのよ…あんたらしくないわ…アスカ…
結局、ミサトは技術部の面々がいる手前もあってアスカをアサインせざるを得なくなったのだ。それを改めて思い出すと…
ぶっちゃけムカつく…結果オーライとはいえ…
「あの子、今回はやけに大人しいわね」
ミサトはリツコの声でフッと我に返った。
「へ?えっと…?あの子って?」
「アスカに決まってるでしょ…今日はあの子が当番だから。さっき会ったけどちょっと様子がね…」
リツコは大袈裟にため息をつくと仕方が無いわね、と言う様に自分の隣に座ってボーっとしているミサトを見る。
二人は定例の幹部(部長級)会議の後、長いエスカレータに乗る前に地上階にある職員談話室で誘い合ってカップのコーヒーを飲んでいるところだった。
ミサトのコーヒーは殆ど空だったがリツコは一口飲んだところで顔をしかめて飲むのを止めていた。ミサトが目ざとくそれを見つける。
「リツコ、飲まないなら頂戴」
「えっ?いいけど…」
リツコは少し驚いたような表情を浮かべてミサトを見る。
よく飲めるわね…こんなコーヒー…
ミサトは勢いよく煽るとため息混じりの吐息を一つ吐き出した。
「何か引っかかるのよね…」
「えっ?」
リツコは急にミサトの声のトーンが下がったのに気が付いてミサトの横顔をしげしげと見つめた。リツコの言葉に思わず胸の内を吐露し始めた、そんな印象だ。
「アスカのことよ…」
「どうしたっていうの?まさか今頃保護者としての自覚に目覚めたのかしら?」
「そんなんじゃないけどさ…」
ミサトは空になった紙カップをゴミ入れに向かって放り投げる。カップはプラスチックボックスの端に当たって見当違いな方向に飛んでいく。
「浅間山から帰ってきてから…何て言ったらいいのかなぁ…上手く説明出来ないんだけどさ…今まで見た事が無い様な雰囲気なのよね…」
「雰囲気?」
リツコが怪訝そうな表情を浮かべる。
「まあ…あんたが言う通りでさ、やけに大人しいじゃん?いつもなら「見た?見た?アタシの実力!」とか言っちゃってさ、あっちこっちで騒ぐ筈じゃん?」
ミサトは裏声を使ってアスカの声色をまねる。ほとんど奇声に近かった。
「そうね…良くも悪くも自己顕示欲が強い子ですものね。典型的なO型よね」
リツコは口元に僅かに笑みを浮かべる。皮肉の笑みなのかミサトの振る舞いが滑稽だったからなのか、恐らくその両方だろう。
「まあ…途中で引き上げケーブルが切れて危うくマグマの中に沈降しかけたらしいじゃない?そこをシンジ君に助けられたそうだし。完勝ってわけじゃないから自分に納得がいかないんでしょ?」
「うーん…それもあるとは思うんだけどさあ…」
同意が得られると思っていたリツコはミサトの重たい反応に僅かに眉を吊り上げる。
「違うの?」
「いやそれだけじゃないのよね…うまく説明出来ないんだけどさ…」
リツコはため息をつくとすっと立ち上がる。
「いつも傍にいるあなたが分からないんじゃ、私たちにはもっと分からないわね…そろそろ下(セントラルドグマ)に行く時間よ、ミサト…」
「うーん…」
「何よ。いつまでも唸ってたって仕方が無いでしょ?たいした問題じゃないんなら別に構わないじゃないの」
「まあね…問題って訳じゃないけどさぁ…」
「じゃあいいじゃない。そんな事より早く戻りましょ。発令所でサンダルフォンのデータを検証する予定でしょ?」
「はあ?さんだるふぉん?なんだそりゃ?」
リツコはミサトを振り返ることなく談話室の出口に向かって歩き始めた。
「先週、浅間山にあなた達がわざわざ出張して倒した第8使徒のことよ。昨日、(人類補完)委員会から公式に通達があったわ」
「ああ…そうなんだ。どうでもいいけどさあ、相変わらずダッサイ名前ね…どういうセンスしてんのかしら」
リツコは思わず笑い声を上げる。
「さあね。委員会が決める事だから私たちには分からないわ。大の大人がどんな顔をして決めてるんだか」
ミサトは自分が飲んでいた紙コップを手に取ると今度は慎重に狙いを定めてゴミ箱に投げる。紙コップはまた箱の端に当たって向こう側の床に転がる。
「ちっ」
小さく舌打ちをするとミサトは小走りにリツコの後を追う。
「でもさ…死んだ後に名付けられるなんてねぇ…戒名みたいね…」
横に並んだミサトの方を律子はチラッと伺う。
「そうね…あまり必要性はないのかもしれないわね…」
ほとんど名寄せ(確認)作業みたいなものですものね…裏死海文書との…
二人はセントラルドグマに通じる長いエスカレーターがあるエントランスロビーに出た。
その裏死海文書も歴史に翻弄された聖地エルサレム同様に完全ではないと言われているけど…ね…Seeleは裏死海文書の記述に忠実だけど…その裏死海文書も800巻とも言われる死海文書の一部…2000年もの間手付かずだったという保証はない…
事実…一部を失っている可能性すら取り沙汰されている…ユダヤ人に迫害を受けたイエス、そのイエスのルーツに教義を置くヴァチカンとSeeleが一線を隔す理由は分かり易いけど、Seeleにとって最大の失敗になっているテンプル騎士団との関係は複雑…
Seeleは恐れている…テンプル騎士団が持ち去ったとされる「終末の書」の存在を…だから徹底的にテンプル騎士団に纏わるものは歴史から消されていった…テンプル騎士団に関わるものも同様に…ね…
リツコはため息を一つつくと物憂げな目をセントラルドグマに通じるエスカレーターに向けた。
人類を新たな歴史を俺と一緒に作るんだ…いいな…
リツコの脳裏にゲンドウの声が響いていた。リツコは目を閉じた。
神をも恐れぬ男がいる…世界を不幸のどん底に落しても己の野望を遂げようとする男がいる…例え地獄の業火に焼かれ様ともわたしはついて行くしかない…
あの人の目指しているものは今までに世間を騒がせた荒唐無稽な終末思想とは一線を隔する、「新終末思想」とも言うべき新しい歴史。それを確実に完成するためには「終末の書」の記述が参考になる筈…
それが無かったとしても出来なくはないでしょうけどね…あれが私たちの忠実な人形である限りは…ね…でも…
忘れないで…あれは人形なのよ…人の言う事を何時如何なる時でも聞くという保証は無いわ…あなたにはわたしの力が必要になる…筈…
ミサトもリツコも終始無言だった。やがて二人の目の前に地階のフロアが見えてきた。
der Berg Asama_(1) 完 / つづく