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新世紀エヴァンゲリオンの二次創作物、小説「Ihr Identität」を掲載するサイトです。初めての方は「このサイトについて」をご参照下さい。小説をご覧になりたい方はカテゴリーからEpisode#を選んで下さい。この物語はフィクションであり登場する人名、地名、団体名等は特に断りが無い限り全て架空のものです。尚、本ホームページに使用した「新世紀エヴァンゲリオン」の画像は(株)ガイナックスのガイドラインに沿って掲載しています。配布や転載は禁止されています。
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第1部 The rush hour train 雑踏の中で


(あらすじ)

シンジが目を覚ますとマンションは静まり返っていた。アスカは一人で既に出かけた後だった。こんな事は共同生活を始めて以来なかった。今までに感じた事のない朝が始まっていた。
(本文)

シンクロテスト当日の朝。

アスカはいつも通りの時間にシンジを一度起こすと自分一人でトーストとコーヒーで簡単に朝食を済ませてそのまま一人でミサトのマンションを後にした。

まるで最低限度の義理を果たすかの様だった。

「バカ…いつまで寝てるつもり…」

何で…アタシが…こんな嫌な思いしないといけないのよ…ちゃんと起こしたんだから…それでも起きないシンジが悪いんじゃない…

アスカはミサトのマンションのエントランスロビーで後ろ髪を引かれる思いを感じている自分にイライラを募らせる。

こんなの…こんなのって不公平よ!知るもんか!アタシはちゃんと一人で生きてる!一人がいいって言うんなら自分でちゃんと責任を果たしなさいよ!バカシンジ!

アスカは駆け出した。全力疾走で。全てを振り払うかの様に。




シンジは二度寝してしまいあわやという所で目覚ましのスヌーズ機能で目を覚ます。

「うーん…うわっ!たっ大変だ」

シンジは慌てて制服に着替えるといつも持っていくスポーツバッグを引っ手繰ってキッチンに向かう。

「アスカ!遅刻しちゃうよ!あれ…?」

マンションはひっそりと静まり返っていた。

シンジはテーブルの上にコーヒーメーカーが置いてあるのを見て、アスカが自分を置いて一人でネルフに行った事を悟る。

共同生活を始めてこんなことは初めてだった。鈍い痛みが胸に走った。

ガラス製のコーヒーサーバーには一人分のコーヒーが残されてあり保温スイッチが入っているのが目に入る。

残されたコーヒーがかえって嫌味に感じられる。

シンジはコーヒーメーカーのスイッチを切ると何も食べないままマンションを飛び出していった。

何だよ…置いていくこと…ないじゃないか…

シンジは二度寝してしまった自分が悪いのは分かっていたが置いていかれた事にどこか釈然としない思いが残っていた。

今までに味わった事のない朝が始まった。シンジは朝の喧騒に向かって駆け出していた。


 
アスカは第三東京市リニア駅からジオフロント行きのリニア乗り場に向かっていた。

ラッシュアワーで駅の中は人でごった返している。第三東京市自身はまだそのほとんどが建設中でどちらかというとベッドタウンのような街だった。多くはこれからリニアに乗り換えて第二東京市や新横須賀市に向かう人たちの群れだ。

第三東京市のリニア駅は第二東京市駅と並ぶ乗り入れ線の多い大型の駅として発展しつつあった。第二東京市、第三東京市を始めとしてセカンドインパクト後の日本の主要駅を結ぶ「リニア本線」が主要な機能になり、これに加えて各ローカル線が既に乗り入れていた。

そして…

これとは別にネルフ関係者専用の「ジオフロント線」と呼ばれるリニアが就航していた。同じリニアでも一般人は決して入ることが出来ない特殊な路線だった。

このリニアに乗るためにはネルフが発行するセキュリティーカードで改札ゲートをまずくぐり、更にその後にある保安検査場でネルフ保安部の検査を受けなければならない。その後でリニアのプラットホームに向かう仕組みになっていた。

ジオフロント線には22層からなる特殊装甲の各レベルに停車する普通電車と主要階層に止まる快速、そして直接本部に向かう特急の3つが存在していた。

アスカが特急のプラットホームにエスカレータで降りてきた。

ほとんど地下鉄と錯覚してしまうが特務機関ネルフによって完全に運営は管理され、MAGIによりその運行は制御されていた。

プラットホームには既に出勤する多くのネルフ職員たちが次の特急列車を待っている。こうして見るとほとんど地上にある一般のプラットフォームとなんらも替わるところがないが、ここで列車を待っているという事はその人間が何等かな形でネルフに関わっている証拠だ。

その一群の中に同じ第一中学校の制服を着た女子生徒が混ざっているのを見つける。

「ファースト…」

アスカは自分でも昨日のことで浮かない顔をしているのが分かっていた。

どうしよう…こんな顔をよりによって見られたくない…

レイはちょうどアスカが乗ろうと思っていた前側の車両の停止位置に立っている。足が鉛のように重たい。

何でアタシがこんなにあちらこちらで遠慮しないといけないのよ!

アスカはレイの後姿を睨むように見始めた。まるでわざと自分をムカつかせてバイタリティーを無理やり引き出すかのようだった。

体温が上がるのを確認してからアスカはずかずかとさっきとは違う足取りでレイの隣に並ぶ。ふてぶてしい態度でレイを横目で見るが何処となく痛々しかった。

「モーゲン(Morgen)!優等生!」

「…セカンド…」

レイは目をアスカに向けたがすぐに人影を探す様な顔をする。アスカは意地悪そうな顔を浮かべるがいつもの勢いは無かった。

「お生憎様ねえ!シンジならいないわよ。そのうち慌ててやって来るんじゃないの?せっかく起こしてやったのにさ。また寝ちゃうからよ。グズに付き合ってたらこっちまで遅刻しちゃうわ」

レイはアスカの言葉の意味を図りかねたのか、アスカの顔を射る様にじっと見る。

アスカはシンジを置いて来た事に対して自分でも後ろめたい気持ちがあったためレイに無言の非難を受けている様に感じた。

「な、何よ。アタシが悪いっていうの?中学生にもなってちゃんと起きれない方が悪いんじゃなの。アタシは知らないわよ!」

レイは何も言わずそのまま正面を向く。アスカはわざとらしいため息を付くとレイの隣に並んだ。

「あーあ、アンタって本当に朝から暗いわね!もっと人生楽しめば?」

レイはそれでも無言だった。アスカはレイの顔から髪に目を向ける。

何もして無いかと思ったら…教えたら意外と忠実にそれを実行するのね…アンタって…綺麗にしちゃってさ…アンタは嫌がってたけどブラシするだけでこんなにサラサラになるんだから…ったく、アンタも素直じゃないわね…アタシに少しは感謝しなさいよね…

心の中で呟くとアスカも正面を見る。

アンタが綺麗になると…ますますアタシは無視されるかもって始めは思ったけど…関係なかったわね…結局、アタシ自身が全てを壊してしまったから…

ごぉぉぉ

突然、風が顔に当たってアスカは驚いた。リニアが入ってきていた。そして目の前の扉がゆっくりと開く。二人はどちらからともなく他の職員たちと一緒に乗り込んだ。

アスカとレイは並んで座席に座る。これまでに無いパターンだった。

アスカはレイと同じ車両になることを避けてシンジと二人で別の車両に乗るようにしていた。そのためシンジがレイを人ごみの中から見つけない様にわざとネルフ職員のラッシュアワーにあたる時間帯を選んでいたのだ。

それでもシンジは不思議と人ごみの中からレイをよく見つけた。その度にシンジはレイに声をかけていた。

アスカはその度に自分を雑踏の中に置きざりにしてレイにわざわざ近づいていくシンジの後姿を黙って見つめるしかなかった。アスカはレイに接する時のシンジの態度が妬ましかった。

アタシといる時は見せない、リラックスした様なあの素振り…アタシには無くてファーストにあるものがシンジの中に存在する限り、いや、アタシ以外のものがアンタの中にある限り、アタシはアンタを受け入れることができない…

シンジとレイが一緒にいる時はそう思いながらアスカは一人で欲求不満を抱えていた。今まではそれが切り付けられる様に胸が痛んでいた。

しかし…

もはや今のアスカにはレイの存在は関係がなくなっていた。

アスカは周りばかりを気にして自分を見せない、ハッキリしないシンジの態度の方についに耐えられなくなった。シンジのメッセンジャーの様な行動はそのきっかけになったに過ぎない。

シンジに恋してる…

そう認めた時からアスカはシンジとの日々の生活が苦しみに変わりつつあった。

このままの状態でずっといると…アタシ…本当に駄目になってしまうかもしれない…そう思った…でも…それとも昨日でケリが着いた…

アスカはレイが隣にいるのを忘れて一人で内省を繰り返していた。

アタシとキスしといて…他の男のラブレターをアタシに渡してきたシンジ…どう受け止めればいいのよ…メッセンジャーをしたということがその答えってことでしょ?

これでハッキリしたわ…望みが叶ったのよ…アタシはアイツの気持ちが知りたかったのよ…アタシは今日から一人って事ね…頼れるものは結局自分しかなかったのよ…

「セカンド…あなた…どこか具合でも悪いの?」

アスカはレイに話しかけられてハッと我に帰る。そして思わずレイの顔を見た。レイが自分から話しかけてきたことに心底驚いていた。

ファースト…アンタの方からアタシに?な、何なのよ…これ…

自分の心の中を覗かれた様な錯覚を覚えて不快感がこみ上げて来ていた。アスカはキッとレイを見る目に力を込める。

「ば、バカ言わないでよ!アタシの何処が調子悪く見えるのよ!絶好調に決まってるじゃない!余計なこと言わないでよね!」

「そう・・・ならいいけど…」

レイはまたすぐ視線を戻す。

入れ替わる様に二人の前に立っていた中年の男性職員がアスカの声に驚いて思わず読んでいた新聞からアスカに視線を落す。その視線に気が付いてアスカは小さく肩を竦めた。

な、なによ…アンタから声をかけてくるなんて驚きだわ…それだけアタシが同情されるほど情けないって事か…ちくしょう!

「あーあ。明日は雪かしら?アンタから話しかけてくるなんて。アタシも焼きが回ったわね。アンタに心配されるようじゃオシマイね!」

「…」

レイは何も応えず正面を向いたままだった。アスカはチラッと正面の男性職員の様子を伺う。新聞に目を走らせている姿を確認するとため息を一ついて視線を自分の足元に落した。

まるで針山の上に座らされているみたい…全身がピリピリ痛い…Evaに乗るのを怖いって思うなんて…アタシはパイロットなのに…もうアタシには失うものなんて何もない…頼れるものは自分しかいないんだから…ここで踏ん張らないと…ネルフを放り出されたら…その自分自身も取り戻せなくなる…

レイは一点だけを見つめて黙りこくっているアスカの横顔を密かに盗み見ていた。

セカンド…あなたは何をそんなに恐れているの?心を通わせなければEvaはあなたに何も応えてくれないわ…あなたは少しずつだけど確実に心を閉ざしつつある。

レイは静かに目を閉じた。

ごめんなさい…こんな時…あなたにどう声をかければいいのか…わたしには分からない…
 
 


 
Ep#06_(1) 完 / つづく
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