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新世紀エヴァンゲリオンの二次創作物、小説「Ihr Identität」を掲載するサイトです。初めての方は「このサイトについて」をご参照下さい。小説をご覧になりたい方はカテゴリーからEpisode#を選んで下さい。この物語はフィクションであり登場する人名、地名、団体名等は特に断りが無い限り全て架空のものです。尚、本ホームページに使用した「新世紀エヴァンゲリオン」の画像は(株)ガイナックスのガイドラインに沿って掲載しています。配布や転載は禁止されています。
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第12部 Falling in Love... アタシの心、全部あげる


(あらすじ)

アスカはスタジオから逃げ出した後、偶然にも加持と再会する。思わずその場に立ち尽くすアスカを自然にコーディネートする加持だった。

(本文)

音楽スタジオから脱兎の様に逃げ出してきたアスカは脇目も振らずに走り続けた。そして5つ目の角を曲がったところでようやく足を止めた。人と車の往来が多い新日比谷の表通りに出る。

「はぁ…はぁ…はぁ…」

ここまで来れば…これだけの人の目があるところで…アタシをいきなり襲ってこないとは思うけど…それにしても…何だったのかしらあのおじさん・・・変質者じゃなかったみたいだけど・・・

アスカが辺りを見回すと見慣れたエンペラーホテルのすぐ近くにいることが分かる。

こんなところまで逃げてきちゃったのか・・・参ったな…楽譜を置いてきちゃった・・・どうしよう…あれがもしネルフに知れたら…アタシ…追放どころじゃない…殺される…今更取りにも行けない…

吹雪に対してアスカが逃走を選んだ理由…それは自ら手を下して警察沙汰にする事もSGに連絡することも出来なかったからだった。進退窮まって逃げ出す他なかったのである。

アスカは加持との約束を破ったことを今更ながらに後悔していた。

アタシ…加持さんに…何て言えば…どうすればいいの…
嫌よ…このまま…何もしないまま…死ぬのなんて…
死ぬのは絶対イヤ!!





アスカが国連軍の空母から新横須賀港を眺めていると隣に加持がやって来た。

「ようやく…着いたね…」

加持がドイツ語で話しかけてきた。二人と同じように周囲には近づいてくる日本本土をテラスから眺めているアメリカ軍や日本の自衛隊スタッフが大勢いた。それに対する用心だった。

アスカはにっこり微笑む。

「うん…まさかホントに日本に来るなんて思わなかった…」

加持はアスカの腰に手を回すとそっと頬にキスをする。

「ようこそ…日本へ…」

「加持さん…ミサトに見られたら…困る…」

「ははは!心配性だな。これくらいで葛城が怒るわけないじゃないか」

「だって…」

アスカは顔を赤らめて加持の手から逃れようとする。加持がそれを制する。そしてアスカを力強く引き寄せるとそのまま抱き締めた。

「Meine Prinzessin(僕のお姫様)…リーゼルの誓いは始まってしまった…それを忘れない様にね…」

「…分かってる…会えなくなるのは辛いけど…」

「大丈夫…俺の方からの連絡を待つんだ…それまでの辛抱だ…」

「加持さん…アタシ…分かっていても…もう耐えられない…」

アスカは加持の背中に荒々しく手を回す。

「ここに君の記憶の欠片がある…それが果たして幸せを呼ぶのか、あるいは地獄の始まりか…正直なところ俺にもわからない…」

「もう…それは言わない約束…アタシが自分で選んだの…アタシはドイツを捨てて来たわ…あそこにはもう何もないの…今、ここにあるものだけがアタシの全てよ…」

「分かっていても言わずにはいられないよ…Meine Prinzessin・・・俺は君のRitterとして生きる…それだけは忘れないでほしい…」

「加持さん…ありがとう…Liebe Mein Ritter・・・」

「さようなら…Meine Prinzessin・・・」

「・・・アタシ…駄目だ…言えないよ…言えない…」

アスカは思わず手に力を込めた。

「無理して言う必要はない、Meine Prinzessin・・・これから本当の自分を見つけるんだ。ドイツで拾い集めた欠片は大切にね。日本で決して外に持ち出してはいけないよ。特にネルフには見つからない様に。命が危なくなる…」

「うん…」

imgf60c85f7zik5zj.jpg新横須賀港の岸壁が目前に迫っていた。

ボォオオオオオ!




大きな汽笛の音が聞こえてくる。その音にあわせて陸上では楽隊が「星条旗よ永遠なれ」を奏で始める。

「運命はかくの如く扉をたたく…」

いつまでも加持とアスカは抱き締め合ったままだった。





アスカがふっと顔を上げると反対側の通りの向こうからベージュのジャケットにクラッシュさせたブルーのポケットチーフを入れ、ストライプのイタリアンカラーのシャツに白いジーパンを合わせた長身の男の姿が目に飛び込んできた。

素敵な格好した人・・・日本人にしては珍しくファッショナブルね・・・あ、あれは・・・

それは紛れも無く加持その人だった。

加持は斜向かいで信号待ちをしていたが同じ様にアスカに気が付いたようだった。ニコッと微笑むとアスカに手を振ってきた。

アスカの鼓動が早くなる。

加持さん…あ、アタシ…こんな時に…

アスカは俯いてその場に立ち尽くすしかなかった。加持がゆっくりと近づいてきてそしてアスカの目の前にやって来た。

「これはこれはMeine Prinzessin。ご機嫌麗しく・・・」

そう言って加持は人目も憚らず片膝をアスカの前について左手をすっと取るとそっと口付けをした。それは騎士のLadyに対する儀礼であった。

アスカは顔を真っ赤にして俯いたままだった。

「珍しいところで会うね。元気にしていたかい?」

「か、加持さんこそ・・・連絡・・・一つもくれないし・・・アタシ…待ってた…ずっと待ってたんだから…」

「これは大変なご無礼を・・・お詫びの印に美味しいアップルパイでもどうかな?そこの店のはまた格別でね。一緒にどうだい?お昼はまだ食べてないんだろ?」

アスカは無言でコクッと頷いた。

「じゃあ…こちらへどうぞ…」

加持はアスカの肩に自然に腕を回すと街角の洒落た造りのカフェにエスコートしていった。





「それにしてもちょっと見ない間にすっかりLadyらしくなったね」

「ほ、ホントに・・・?」

二人の間には焼きたてのアップルケーキをカットしたものが置いてあった。加持はエスプレッソをそっと自分に引き寄せた。

「うん。とっても綺麗になったよ。何か最近いいことがあったのかな?ははは」

加持さん・・・アタシの事を初めて可愛いじゃなくて綺麗って言ってくれた・・・

アスカはアイスミルクティーを飲む手を休めて頬を朱に染めた。

「ところでどうして一人でこんなところをウロウロしていたんだい?まさか俺に会いに来てくれた訳じゃないだろ?ふふふ」

「だって・・・加持さんの居場所なんてよく分からないし・・・」

「ははは、冗談だよ」

アスカは伏し目がちに囁く様に加持に言った。

「実は・・・アタシ・・・音楽スタジオに行っていたの・・・」

「え?音楽スタジオに・・・一人でかい?」

アスカは頷いて加持にトートバッグを手渡した。バッグをアスカから受け取ると加持は中身を見る。そこにはショパンのスケルツォの楽譜が一冊入っていた。

加持は一瞬驚いた様な顔をしてアスカの顔とバッグの中を交互に見比べた。

「これは驚いたな・・・お姫様がまたピアノを自分から・・・まさか・・・ヴァイオリンも?」

アスカは俯いたまま首を横に振った。

加持は自分でも少し動揺しているのを感じていた。自分を落ち着ける為にもタバコを吸いたいところだったが加持はアスカといる時は極力吸わない事にしていたため二人は禁煙席に座っていた。

仕方がなく加持はエスプレッソを一気に煽る。

葛城からお姫様の変化については色々聞かされてはいたが・・・まさかここまでとは・・・

「加持さん・・・ごめんなさい・・・アタシのこと・・・呆れてるんでしょ?」

「どうして?」

「だって…約束を破って外に持ち出してしまったし…それに…人にも見つかってしまった…」

加持のアスカを見る目が鋭くなる。

「ネルフじゃないよね?」

「うん…多分…一般の人だと思う…アタシのピアノを天才だって言って名刺をアタシに見せてたけど…アタシ…漢字読めないし…」

「そうか…その音楽スタジオの電話番号分かるかい?」

「うん…これ…」

アスカはネルフ支給の携帯とは違う携帯を取り出す。加持がユニゾン特訓の差し入れを持ち込んだ時にこっそりとアスカに渡していたプリペイド携帯だった。

「ちょっとここで待っててくれるかい?俺が連絡をしてみよう」

「ごめんなさい…」

加持はすっと立ち上がると店の外に出て電話を始めた。その様子をアスカは心配そうにテラス越しに眺めていると加持が手でOKサインを出して軽くウィンクをしてきた。

その様子を見てアスカの表情がパッと明るくなる。

加持さん…

加持がアスカの隣にやって来るとそっとアスカの肩に手を置き背後からアスカの耳に口を寄せる。

「忘れ物を届けてくれた親切な紳士がいたらしい。ちょっとこれから取りに行って来るからここで待っててくれるかい?」

「うん…加持さん…ごめんなさい…」

すると加持は返事の替わりにアスカの耳にフッと息を吹きかける。アスカが思わず顔を加持から離す。

「あん…もう!加持さんったら!アタシがそこ弱いの知ってるくせに!ひどい!」

「ははは!まあヘマをしたバツってところだな。好きなものを注文していいよ。じゃあ、ちょっと行ってくる」

加持はそのままアスカを振り返ることなく店を後にした。





「今後、楽譜は迂闊に外に持ち出さないことだな。とにかく手元に戻ってよかった」

そういうと加持は楽譜をトートバッグの中に入れてアスカに手渡す。

「ごめんなさい…」

「それからその楽譜に挟んであった吹雪という人の名刺だが…」

「えっ?だれそれ?」

「どうやら東京音楽アカデミーのピアノ科の教授先生らしいな。すっかりアスカの演奏に惚れ込んでしまった様だ。名刺の裏にドイツ語でメッセージが書いてある」

そういうと加持は名刺をアスカの前に置く。アスカはそっと手に取るとメッセージを読み始めた。そして見る見るうちにアスカの表情が曇ってくる。加持はアスカの表情をじっと見ていた。

「加持さん…アタシ…どうすれば…」

「その名刺は俺がもらってもいいかい?」

「うん…」

「俺が時機を見てこの人にあって話をしてみるよ。アスカが今、この人と会うのはまずい。SGにこの人と会っていることを気取られると面倒だ。折角の手がかりを失う事になりかねないしね」

アスカは無言のまま加持の言葉に静かにうなづく。

「いい子だ…」

やがて二人の前にスモークサーモンを挟んだバケットサンドと生ハムのサラダが置かれた。心配事がなくなったアスカはパッと表情が明るくなり加持にしきりに話かける。

まるで今まで我慢していたものを一気に吐きだすかの様に。

加持さん…加持さん…アタシ…辛かったんだから…ずっと待ってた…会えるのを…いつまでもこうしていたい…このまま全てが終わって欲しい…

加持は静かに微笑んでアスカの話をじっと静かに聞いていた。アスカの話の中心は学校での出来事だった。

「…それでその鈴原ってダッサイやつにアタシとシンジは夫婦みたいだって言われてからかわれたのよ!ホント、恥ずかしかったわ。デリカシーの欠片もないんだから!」

「ははは。夫婦か。まあ喧嘩をするほど仲がいいと言うからな。日本では。それにしてもさっきからシンジ君の話ばかりだね」

「えっ!」

アスカは加持の指摘に驚いて思わずサラダから視線を上げた。加持はエスプレッソのカップを持って相変わらず優しく微笑んでいた。

「そ、そんなこと…あ、アタシはいつもあのヘンタイと一緒にいるから!その…いつも一緒のことが多いし…アタシには…加持さんが…」

「ははは。気にしなくていいよ。別に深い意味があって言ったわけじゃない」

「ねえ。加持さん信じてよ。アタシそんなんじゃ…」

アスカが思わず立ち上がりかけた時、アスカの肘がスパークリングウォーターの入ったワイングラスに当たってテーブルの上にひっくり返る。水が加持の白いジーパンを濡らす。

「きゃあ!ご、ごめんなさい!アタシったら…本当にごめんなさい!加持さん」

「おっとっと!いや、大丈夫、大丈夫。大したことないよ」

アスカがトートバッグの中から薔薇の柄が入った薄いピンクのハンカチを取り出して加持の元に駆け寄る。加持も自分のジャケットから青と白のストライプ柄のハンカチを取り出して自分のジーパンを拭き始めた。

アスカは加持の前にしゃがみ込むと濡れた加持の膝を一緒になって拭き始めた。ふと加持が持っているハンカチが目に入ったアスカは思わず表情を引きつらせた。

こ、このハンカチは…アタシが…アタシが第三支部時代に…ミサトの誕生日にあげたハンカチだ…同じものが日本にある訳ない!これはベルリンにしか売ってないんだから…





加持はテーブルの下にしゃがんだまま呆然とするアスカに気がついていなかった。

「もう大丈夫だよ。ありがとう」

加持の声に弾かれた様にアスカはハッとして立ち上がる。そしてぎこちなく笑顔を作る。

「ごめんなさい。加持さん。アタシってドジね。今日はどうしちゃったのかな」

「まあ長い人生の間にはツキがない日もあるさ。何をやっても裏目に出る時は誰にでもある。結果オーライだから気にすることはないさ」

何となく…そんな気がしてた…アタシはひたすら加持さんの連絡を待ち続けていたけど…ミサトと加持さんがすぐ寄りを戻した様な気がしてた…第7使徒を倒した後…すぐに…

アタシ…それで我慢できなくて加持さんに電話したの…悔しかったから…あの時…本当にミサトのことが憎かった…水着を買いに行こうとしたのも加持さんに会うための口実…

でも…結局…加持さんからもらった携帯で電話をしても…加持さんは取ってくれなかった…

この電話の後でアスカはシンジを誘ってショッピングモールに出かけていた。ここでもシンジのコーディネート振りに腹を立てたアスカはミサトとシンジに対して共同生活を解消することを決心していたのだ。

その直後に発生した第8使徒戦で使徒捕獲に立候補したのもミサトの鼻を明かそうとした反動だった。結局、使徒は倒したものの無理が祟ってマグマの中に沈降しかけた時にシンジに危ういところを救われて自分の無鉄砲さを反省した、という経緯があり、共同生活は今も続いていた。

加持さんの中にミサトがいる…アタシよりも大きな存在なんだ…分かってた筈なのに…加持さんにはミサトがいるって…でもアタシをいつか想ってくれるって…信じていた…だからアタシ…

「ねえ加持さん・・・」

「ん?どうしたんだい?」

加持は顎に手を当てて少し思案顔をしていたが不意にアスカに声をかけられて現実に引き戻された。加持は加持でやはりアスカが楽譜を持ち出したことを気にしていた。

命に関わるということは十分に分かっていた筈…リスクを犯してまでどうして…アスカらしくない…

「加持さん…アタシ…自分なりにここまで頑張ってきたつもりよ・・・」

「えっ?そりゃ勿論だよ。お姫様の努力はみんな知っているさ。何たって今じゃ押しも押されもせぬ輝けるエースじゃないか!葛城に紹介した俺も鼻が高いというもんだよ」

「違うの・・・」

加持はじっとアスカの顔を見た。こんなにハッキリしないアスカを見るのは加持も第三支部付属のトレーニングセンターで訓練中に面会した時以来だった。

しかもついさっきまで機嫌よく一人でずっと一方的に話していたが、今のアスカはかなり気落ちした様子だった。その急激な変化にも加持は驚いていた。

「アタシ・・・加持さんにアタシの事だけを想ってもらおうとしてゲッティンゲンから出る決意をしたし、パイロットにもなった・・・日本にも言われた通りに来たわ・・・共同生活にも耐えて・・・そして今も命懸けで戦っているのは・・・全部、加持さんのため・・・だから・・・」

アスカは一旦言葉を切ると加持から目を逸らした。

「でも・・・加持さんはアタシの事をアスカって呼んでもくれない・・・アタシ・・・今まで加持さんだけを待ち続けた・・・きっと連絡してくれるって信じていた・・・加持さんは・・・加持さんは・・・いつになったらアタシだけを愛してくれるの?」

加持は14歳の少女を目の前にして少し焦っている自分に戸惑いを感じていた。常に冷静だったアスカから思わず溢れ出て来る感情の波。さすがの加持にも押さえる術がなかった。

急に…ここはとりあえず宥めるしかない…かな・・・参ったな・・・しかし、こんなにアスカが自分の感情を素直に吐露するとは一体・・・これは本当の心からの叫びだ・・・実に危うい・・・今まで築いてきた心の防護壁が決壊してしまった様な感じだな・・・悪影響が出なければいいが・・・

「こいつは参ったな。ごめん、ごめん。そんなつもりは全然なかったんだけどな。気に触っていたならこの通りだ。謝るよ」

加持は大袈裟にテーブルに両手をついて頭を下げる。しかし、アスカは加持を見ようともせずポツポツと話し続ける。

「加持さんはいつになったらRitterじゃなくなってくれるの?アタシを・・・アタシを一人の女として愛してくれないの?アタシをいつになったら迎えに来てくれるの?アタシだけを抱き締めて欲しい…」

百戦錬磨の加持もさすがにアスカのこの言葉にはタジタジだった。

参ったな・・・葛城にすら関係をはっきりしろと迫られたことは無いのに・・・相変わらずダイレクトアプローチだな・・・美人になるのは間違いないんだが・・・

しかし、加持は色恋沙汰以上の問題をアスカと抱えているのも事実だった。むしろそちら側の方がはるかに大きな問題だった。

一言で言い表す事は出来ないが・・・アスカが今は一人の女である以前にチルドレンであるのと同様に、俺は一人の男である以前にアスカのRitterという立場を今は踏み外す訳には行かない・・・この現実をしっかり受け止めてもらう必要があるが・・・今のアスカにそれを言うのが吉と出るやら凶と出るやら・・・

アスカの視線はじっと加持の顔に注がれていた。

仕方が無いな・・・ここまで言われて態度をあやふやにするわけにもいくまい・・・

「アスカ・・・俺は君を護るRitterとして生きる、とリーゼルの誓いをしただろう?それは君も受け入れてくれたんじゃなかったかな?」

リーゼルの誓い・・・そ、そんな・・・あの誓いでアタシたち・・・もう…終わりなの…?

アスカの大きな青い瞳は一層大きく見開かれた。

「この誓いはね、君を悪魔の城から救い出して悪いドラゴンを倒す。全ては君の悪夢を断ち切るためのものだと言った筈だ・・・君が選んだ道でもある・・・だろ?」

加持は常に公安当局や各国機関の諜報員の監視に晒されていることも意識しなければならない立場でもあった。かなり慎重に言葉を選んでいた。

周囲には加持の抽象的な表現は二人が痴話喧嘩をしている様にしか聞こえなかった。

「そんなの嫌!嫌よ!」

アスカは両手で顔を覆うと肩を大きく左右に揺らした。

「アスカ・・・頼むよ」

「こんなことなら・・・こんなことになるんだったら・・・アタシ・・・アタシ・・・加持さんの誓いを受け入れなかった!これでおしまいないて…アタシ達…今まで何だったの…あんまりよ!あまりに残酷すぎるわ・・・」

「アスカ、ここは大人になって・・・」

「嫌!触らないで!加持さんなんか大っ嫌い!」

加持の手がアスカの肩に置かれた瞬間、アスカは加持の腕を勢いよく振り払うと店を飛び出して行った。

加持の前にはアスカの花柄のトートバッグと白い帽子が残されていた。

いつの間にか一回り以上も違う二人の語らいは店中の耳目を集めていたらしい。残された加持は一人でその好奇の視線を浴びていた。

「参ったな・・・別れ話って訳じゃないんだがな・・・」

加持は頭を掻いて近くにあった伝票を手繰り寄せた。





 
店を出ると加持は歩きながらタバコに火を付けた。歩きタバコは基本的にしない事にしていた加持だがさっきのアスカとの一悶着で思わず吸わずにいられなかった。

それにしても・・・ファラオの揺さぶりでユニゾン以来、共同生活をあえて続けさせてみたものの・・・まさかあのアスカが心を開くとはな・・・こいつは正直、誤算だったな・・・

アスカの明るさが偽りである事を加持は出会った当初から見抜いていた。天才少女と言われて将来を渇望されながら暗転して行った少女の人生・・・大人たちの都合に振り回されて生きなければならなかったのだ。

そんな少女が幼いながらに生きる知恵として身に付けたもの。それが心の平衡を保つための心の防護壁だった。それがあるからアスカは常に冷静、いや理性的でいられたといってもよかった。それが自分の記憶を奪われたという屈辱にも耐えさせてもいた。

加持がアスカの存在を知ったのは特務機関ネルフの情報部員として各国機関との情報戦を展開する中で起こったある事件がきっかけだった。

キョウコ・ツェッペリンの自殺・・・いや、殺されたんだ・・・謀略の犠牲になって・・・な・・・

加持がこの事件を追っているのは下手な同情によるものではない。そこに当時のバレンタイン体制が発足して間もない頃のEvaとTIPを巡っての陰謀の影がちらついていたからだ。調べているうちに加持はキョウコの忘れ形見であるアスカに行き着いたのだ。ミサトに紹介する1年前のことだからアスカが9歳の時の事だ。

いくら精神を患っていたとはいえカトリック教徒が自殺というのは基本的に考えにくい・・・それだけじゃない・・・わが娘と心中なんて図るだろうか・・・おまけに離婚調停だ・・・

首を吊った母親が発見された時、アスカは同じ部屋で虫の息だった。九死に一生を得て現在に至っているのだ。しかし、母親の死の真相に迫ろうとすればアスカは決まって原因不明の頭痛に襲われた。口を封じられている、そうとしか思えなかった。

なぜキョウコ・ツェッペリンは死なねばならなかったのか・・・そしてどうしてアスカは口を封じられなければならなかったのか・・・実に謎の多い事件だった・・・ただ分かっている事は・・・

その後の第三支部でのEva弐号機の開発があれほどの事故を起こして置きながら順調に推移した事だ。弐号機の開発で主体的な役割を果たしていたツェッペリンを巡ってそこに何らかのことがあったとしても不思議ではなかった。その時のプロジェクトの責任者が碇ゲンドウゲオルグ・ハイツィンガーだったのだ。

きな臭い二人に迫る為には・・・その謎を解く鍵を握るのはアスカ一人・・・

そのアスカが弐号機を駆って使徒と戦ってネルフを守っているというのは何と言う皮肉だろうか。しかもそのアスカは碇ゲンドウの一人息子のシンジと同居しているのだ。これ以上の揺さぶりは無い筈だった。

だが加持の目論みは崩れていた。

ゲンドウは尻尾すら見せなかった。逆にシンジをも囮に使っている節が見受けられる。加持にとってシンジとアスカの共同生活は年頃の男女という事はあるにしてもそれほど懸念のあるものではなかった。

ところが、それは加持の想像を遥かに上回る思わぬ事態を招来していたのだ。

シンジ君・・・父親に似ずその優しさで君は・・・まるでカラカラに乾ききった荒涼とした大地の様なアスカの心を癒していたんだな・・・アスカの心の防護壁を破って凍えていた本来のアスカを解放したのはシンジ君、君なんだ。君にその自覚があるかどうかは別にしてね・・・

それ故にこれからが本当の試練になるんだよ・・・何も身を隠すものが無くなった裸のアスカを君は受け止めることが出来るのかい?その覚悟があるのかい?これからアスカはどんどん外の刺激に対して敏感にそして鋭く傷ついていくだろう・・・

その反動は・・・アスカを解放したシンジ君、君自身が受けないといけなくなる・・・

「あのすみません・・・」

加持の思考は目の前に立っている小柄な如何にも公務員という風体の中年男性の声によってかき消された。

「はい、何でしょうか?」

「新千代田区は歩きタバコ禁止と条例で決まってまして・・・罰金1000円になりますが・・・」

「ええっ!そうなんですか?どうも済みませんでした・・・」

加持はタバコを携帯灰皿で消して懐からおずおずと財布を取り出す。

やれやれ・・・ここも段々むかしの東京みたいになってきたな・・・





アタシ・・・もうボロボロだ・・・

アスカはリニアにのって第三東京市に帰ってきていた。ずっと待ち焦がれていた加持にやっと会えたのもつかの間、加持とミサトが寄りを戻していることが決定付けられてアスカは打ちのめされていた。これまでの唯一の心の支えを失った様な心境だった。

ここまでやってきたのは加持さんがいたからなのに…結局…アタシとは…何でもなかった…お遊びみたいだったってこと…でも…こうなることは分かってた…加持さんの中にミサトがいること…分かってた筈よ…アタシ…

このまま自分がどんどん崩壊していく恐ろしさを感じていた。一人に耐えられなくなってマンションで取り乱し、そしてEvaのことだけを見ていた自分の集中力はつとに低下し、ありとあらゆる心理面が混乱していた。

アタシはこれからどうなるんだろう・・・

この精神状態ではEvaとのシンクロ率に悪影響が及ぼされる可能性は十分考えられた。

怖い・・・Evaに乗れなくなったら・・・その時点でアタシは終わりだ・・・Evaに乗れないアタシに価値は・・・

アスカはふらふらしながらリニア駅の中央改札を出た。こんな弱々しい自分はアスカにとって屈辱だった。しかし、加持が占めていた部分が心の中でスッポリ抜け落ちた喪失感の方が遥かに勝っていた。

虚ろな状態でアスカが南口ロータリー方面に歩いているとアスカの目に懐かしい見覚えのある後姿が飛び込んできた。

半そでの白い綿シャツとスリムのジーンズにスニーカー。右肩からスポーツバッグを提げている色白の少年の姿があった。

シンジ・・・シンジだわ・・・

その時、急に胸を締め付けられるかの様に苦しくなった。アスカは思わずシンジの後姿めがけて駆け出した。シンジに抱き締められたい、その一心でアスカは走り始めた。

すると近づいて来る靴の音に気が付いて不意にシンジが後ろを振り向いて二人の視線がぶつかった。

アスカは思わず立ち止まった。シンジもそこにアスカがいることに驚いていた。

「あ、アスカ?どうしてこんなところに?」

シンジに後ろから抱き付こうとしていたアスカはふと我に返って顔を真っ赤にした。舞い上がってしまってシンジに話す言葉が浮かんでこない。

「・・・べ、別に・・・ちょっと用事があって・・・その・・・何よ!」

「い、いや・・・その・・・も、もしかして迎えに来てくれた・・・とか?」

「か、勘違いしないでよ!アタシもリニアに乗って出かけていたのよ!何でアタシがアンタなんかを・・・アンタなんか・・・」

アスカは思わず俯いてしまった。

情けない…どうしていいのか分からない…どんな顔をしていいのかも分からない…子供同士なら…こんな時どうすれば自然なの…どうやったらアイツの…シンジにの胸に…飛び込んでいけるの…アタシには分からない…それ以前に…アタシから逃げるかもしれないじゃない…

立ち尽くすしかなかった。シンジは下を向いたままのアスカの様子が気になっていた。シンジがそっとアスカに近づいてきて声をかける。

「そっか・・・そうだったんだ・・・でも一緒に帰るでしょ?」

シンジがアスカに微笑みかけて来た。アスカははっとして思わずシンジの顔を見た。シンジの大きな黒い瞳。その中に吸い込まれそうだった。アスカは思わず恥ずかしくなりシンジから顔を背ける。

「あ、アンタがそう言うなら・・・仕方が無いけど・・・付き合ってあげてもいいわよ・・・」

そう言ってアスカはシンジの横に並ぶと自分からシンジの手を握ってきた。シンジは思わずビックリしてアスカの横顔を見た。アスカは構わず体をシンジに寄り添わせる。

アスカから僕の手を・・・

「さっさと行くわよ。グズね!アンタってホント!」

アスカの顔は本当に嬉しそうだった。シンジは歩きながらもじっとアスカの横顔を見ていた。シンジの視線に気が付いたアスカが思わずシンジの方を向く。

「な、何見てるのよ?」

「いや、何かアスカが嬉しそうな顔をしてるから・・・その、僕も嬉しくなったんだ・・・」

「えっ・・・」

シンジの優しい微笑みが夕日に照らされていた。その笑顔の中にある瞳をアスカは今度は目を逸らさずにずっと見つめた。

アタシ…ずっとアンタのこの目からずっと逃げていた…アタシも逃げていたんだ…

どんなに鼓動が激しくなっても息苦しくなってもシンジの顔をじっと見続けた。

「ど、どしたの?…アスカ…どうして…そんなに…」

シンジ・・・その優しい目・・・その優しい顔・・・その優しさがアタシだけのものになればどんなに…アタシ・・・やっぱり・・・恋してたのね・・・

その時、アスカの耳にミサトの車の中で言われたあの声が聞こえてきていた。

-今のあんたは惚れてるわよ。誰かさんに-

アスカは思わずシンジの手を握っている手に力を込めた。

それは・・・シンジ・・・アンタだったのね・・・アタシはシンジに恋してたんだ・・・加持さんだととずっと思っていたけど・・・変だと思った・・・新たに加持さんに恋する訳ないものね・・・アタシ・・・アンタのその目からもう逃げない…

その瞬間、アスカの心の中には遮るものが何も無くなっていた。
 
いいわ…アタシの心…アンタに…全部…あげる…





Ep#04_(12) 完 / Episode#04 おわり 




次回予告 

Episode#05 覚醒



(改定履歴)
29th June, 2009 / 表現修正
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