新世紀エヴァンゲリオンの二次創作物、小説「Ihr Identität」を掲載するサイトです。初めての方は「このサイトについて」をご参照下さい。小説をご覧になりたい方はカテゴリーからEpisode#を選んで下さい。この物語はフィクションであり登場する人名、地名、団体名等は特に断りが無い限り全て架空のものです。尚、本ホームページに使用した「新世紀エヴァンゲリオン」の画像は(株)ガイナックスのガイドラインに沿って掲載しています。配布や転載は禁止されています。
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第9部 Wind-blown agonizing… 風が運んで来たもの
(あらすじ)
アスカの心境は不安定になり始め今までしたことがないような奇行(?)が見られる様になってきていた。そんなアスカの変化にまるで気が付かない葛城家の住人たち。
休校になった日の夕方、アスカはチャンネルをザッピングしていると偶然に老人向けの時代劇を見つける。ヨーロッパでは依然として人気の高い「サムライカルチャー」にアスカは…
(本文)
学校が面倒臭いって言ったけど外に出られないと結構退屈だなあ・・・
ガラス戸を見るとお昼頃に比べれば幾分か風雨共に和らいではいたがそれでもとても傘などさせる状態ではない。
アスカは今朝、近くのコンビニに朝食のパンを買いに行った時にミサトの家にあった透明のビニール傘を持って外に出たが、傘を差した瞬間ビニールが風をはらんであっという間に骨だけにされてしまったことを思い出していた。
仕方がなくアスカは嵐の中を傘も差さずに濡れるに任せて朝食を買いに行ったのだ。その時に自分のパン以外にシンジの朝食も買って嵐の中を再び戻った。
頼まれもしないシンジの朝食を持って…
家に戻ったアスカは全身ずぶ濡れだった。羽織っていたパーカーの裾を玄関で絞るとポタポタと雫が落ちた。下着まで濡れていた。
何で…アタシがこんなことしないといけないのよ…シンジが買ってくればいいんじゃない…いや…ご飯を炊いといてくれればこんな目に遭わないで済んだのに…
「ばっかみたい!あ~ん、ビショビショじゃーん!風邪引いちゃ~う!」
アスカは玄関先で大声を上げる。部屋からは全く人の気配がしない。
「ばーか…」
アスカはミサトのビーチサンダルを脱ぎ捨てる。
そしてそのままキッチンを突っ切って浴室に向かう。荒々しくアコーディオンカーテンを閉めると濡れた衣類を全て脱ぎ捨てた。熱めのシャワーを浴びる。シャワーを浴びながら考えていた。
何でアタシはシンジを起こさなかったんだろう…可哀相だったから?…アタシのせいでみんなの当番が大変だし…それとも…嫌われたくなかった…から…
「あ~やだやだ。シンジのグジグジが移ってきたのかしら。飲まなきゃやってられないわ…」
アスカはシャワーを止めると脱衣場に出る。脱衣場には昨日二人がそれぞれで使ったバスタオルが干してあった。赤いバスタオルと新東京銀行と大きなロゴが入った白いバスタオルだった。アスカは赤いタオルに伸ばしかけた手を止めると一瞬迷う素振りをしたが白いバスタオルを引っ手繰るようにして手に取った。
「天罰よ!湿ったタオルを使ってショックを受けるといいのよ!」
アスカは髪や体を白いバスタオルで拭くとそれを体に巻いてアコーディオンカーテンを開ける。篭っていた湯気と一緒にキッチンに出るとちらっとリビングを見る。相変わらず台風の騒々しい音以外になにも聞こえない。
「いつまで布団とシンクロするつもりかしら・・・バーカ・・・寝るより楽しいことがあるかもしれないのに」
白いタオルを巻いた状態で冷蔵庫を開けるとミサトのボアビールの缶を取り出す。プルトップを開けるとグビグビと一気に飲み始めた。
「ふう…苦い…ビールってもう少しフルーティーかと思ってたのに…幻滅ね…ファーストキスと同じ…甘いかと思えば苦かった…うまい!さすがアタシ!クッション一枚!ひひひ」
一人でにやけるアスカを見て巣から出ようとしていたペンペンは身の危険を感じたのかそのまま奥に引き返す。
アスカは空になったビールの缶をゴミ箱に投げ入れると自分の部屋に入って服を着替え始めた。身に着けていた白いバスタオルで再び髪を拭き、日本で買ったドライヤーのスイッチを入れる。そして意味不明な節回しでアスカは歌い始めた。
「バーカ。バーカ。バカシンジ。布団が恋人。さびしいヤツぅ・・・」
やがてドライヤーを静かに自分の傍らに置いた。
「でーも…でーも…一番のバカは…この…アタシィ…何やってんの…」
膝の上にあった白いバスタオルをいきなり丸めるとポンと廊下に放り投げる。
「別に…抱き締められてる…わけ…じゃ…ないのにねぇ…」
アスカはため息を付くとソファに寝転ぶ。
変なこと思い出したらますます気が滅入るわ…何か気晴らしになるようなものやってないかなあ…
カーペットの下に無造作に置いてあったTVのリモコンを手に取るとスイッチを入れる。
平日のこの時間帯は学校帰りにヒカリと寄り道などをせずにまっすぐ帰れば家にちょうど帰宅出来るが、普段は滅多に家にいないためどこでどんな番組をしているのか見当が付かなかった。
アスカは忙しくチャンネルをザッピングする。
すると突然アスカの目の中にちょん髷を結った俳優の姿が飛び込んできた。
「な、何…今の…これって…サムライじゃん!」
アスカは思わず飛び起きてチャンネルを慌てて戻す。どうやらサムライの時代をモチーフにしたドラマのようだった。
ドイツでも中世の庶民の暮らしや騎士の時代を扱ったドラマは作られて放送されているが一般的にかなり不人気で、しかも明らかに低予算で出来が悪い上に内容が陳腐だった。
少なくともアスカの様なティーン世代は絶対に見ない。
この種の番組は洋の東西が違うだけで事情は何処も同じらしいが、外国人が立場を交代してそれぞれの番組を見れば興味深いところはそれなりにある筈だった。
アスカの場合がまさにそれだった。主人公はどうやら「ショーグン ヨシムネ」という昔の日本のキングの様だった。そしていきなりキングは自ら極悪非道な悪い領主とチャンバラで戦い始めるではないか。しかもめちゃくちゃ強い。この設定は明らかにドイツの時代劇とは一線を画していた。
100人くらいを一人で片付けてるじゃないの!あの剣は聖剣エクスカリバーみたいなものかしら・・・アーサー王みたいな感じの物語ってとこね・・・
「す、素晴らしいプログラムだわ・・・」
アスカは俳優たちが殆ど何を言っているか分からなかったが、基本的には日本語を喋っているという事は認識できていた。しかし、極めて難解で今まで聴いたことがない様な日本語がそこかしこに散りばめられている。
「セッシャって何なのかしら・・・決め台詞はタイギデアッタらしいわね・・・」
アスカは予告編のナレーションが明日もこの時間帯にすることを告げるのを聞き取ると急いでTVを操作して番組情報を呼び出す。そしてBilingualモードに切り替えて英語で今後の放送予定とあらすじをチェックした。
「アタシ、この番組これからも絶対見るんだから!タイフーンのお陰ね!素敵なプログラムが見れたわ」
アスカはまさに飛び上がらんばかりに上機嫌になっていた。
「やっほー。アスカ!たっだいまー。オネーサンがいなくて寂しかったでしょ?」
ミサトはそういうと缶を片手にアスカにウィンクしてきた。
「ミサト!アンタ、ホントに久しぶりね。一週間前かしら?会ったのって」
アスカは頭に赤いタオルを巻きおわると食卓の椅子を引き出して向かい合わせに座る。既に台風は過ぎ去って時折吹く拭き返しだけになっていた。
「だってさあ、第三射出口がもう目茶苦茶だったのよ。ホント嫌になるわよ・・・でもそれ以上にムカつくのがさあ、総務の連中からグジグジ言われることなのよね!あたしがまるで壊したみたいにいうのよ?あたしに壊せる訳無いっつーのよ。あたしはEvaか!ったく」
ミサトはアスカに仕事で溜まったストレスを一気にぶちまけると缶ビールを立て続けに煽る。
「それに司令が出してる別の仕事の方もめんどいしさ。マコっちゃんがいなかったら終わってたわ、あたし。事務仕事って嫌いなのよね・・・」
「ふーん、アンタも忙しいのねえ・・・」
「でも、あんたの元気そうな顔を見たらほっとしたわ。グレてるんじゃないかと思って心配してたのよ。タバコ吸ったり、ビール飲んだり、したりしてないかってね」
アスカの顔が思わず引きつる。
「あ、アタシがそんなことするわけないじゃない…バ、バケーションを満喫してるわよ…」
「そう、なら安心ね」
ミサトのヤツ…まさかビールの数をカウントしてたのかしら…ずぼらだと思って油断したわ…何か適当に話題をかえなくちゃ…そうだ!あの言葉を・・・えーと、何だったっけ・・・
「お仕事、タイギデアッタ!」
アスカが変なアクセントで言い放った瞬間、ミサトは大きく目を見開くといきなり咳き込み始めた。
「げほっげほっ!ちょ、ちょっとあんた、やけに渋いことを言うじゃないの。なにそれ?何処で覚えたのよ?」
「何処って…TVでやってたのよ。ショーグン ヨシムネよ」
「よ、吉宗え?もしかしてあの時代劇の?"将軍吉宗が往く"でしょ?」
「そうそう!そんな感じのタイトルだったわ。今日の夕方やってたのよ。最高だったわ!あのサムライドラマ!」
ミサトはビールの缶を自分の目の前に置くと腹を抱えて笑い始めた。テーブルの下で足をばたつかせている。ミサトの履いていたスリッパが脱げてアスカの膝に当たって落ちた。
「な…何がそんなにおかしいのよ?」
「マジで?あんたさあ・・・くっくっく・・・あの番組って日本じゃあ65歳以上のお年寄りしか見ないわよ?基本的に!ひっひっひ。お腹が壊れるわ・・・」
「えっ?そうなの?もったいないわよ。どうして見ないのよ?凄い番組じゃない!」
「ひひひ、凄くなんか無いわよ。何処が面白いのよ?ああ、駄目・・・あたし死ぬわ・・・」
ミサトは両目から涙を流している。しかも若干よだれまで垂らしつつ、アスカを指差して笑い続ける。同性とは思えない間抜け面で明らかに自分を馬鹿にして笑っているミサトにアスカはだんだん腹が立ってきた。
「な、なんでそんなに笑うわけ?ばっかじゃないの?アンタ!」
「ああ・・・久しぶりに笑ったわ・・・ちょっと!今あんた話しかけんじゃないわよ!お腹を早く休ませないと・・・まだ結婚もしてないのにあんたに殺されたくないわ・・・」
ミサトは涙とよだれを自分のタンクトップの裾を捲り上げて拭いた。
「ちょっと!ブラが見えてるわよ!アンタ、ホントに女?イヤラシイ!」
「あんたが悪いんじゃないの・・・ああ痛い・・・あんたさあ、あたしを殺す気?大体ね、時代劇を絶賛してるのってこの瞬間、日本であんただけだと思うわ。はっきり言って」
ミサトは胸に右手を当てながらゆっくりと缶ビールを再び飲み始めた。
「そうかしら?日本の時代劇って凄く完成度が高いわ。お金もかかってるし。ドイツの時代劇とは比べ物にならないわ」
「へえ。ドイツでも時代劇ってあるの?日本だけかと思ってたわ」
「そうだ、ミサト!アンタ、ちょっと教えてよ。気になってる単語があるのよ。セッシャってなに?」
「セッシャ?ああ、わたしっていう意味よ」
「じゃあ、ソレガシは?」
「それもわたしよ」
「それからキョウエツシゴクは?」
「キョウエツシゴク・・・ちょっとそれはあたしも分かんないわね・・・」
「えー、何よそれ?アンタ、日本人何年やってるわけ?」
おつまみの裂きイカを摘もうとしていたミサトがピクッと手の動きを止めてアスカの方を見る。
別に年齢の事を指摘された訳ではないが三十路目前の未婚女性にそれを連想させる類の言葉は禁句だった。どうやらミサトはアスカの挑戦と受け取ったらしい。
「あんたねえ・・・じゃあさあ!あんただってさあ!ラテン語とか読めるわけ?」
「ラ、ラテン語?神父様くらいしか使わないわよ?そんなのうそよ!絶対嘘よ、そんなの!それとは違うんじゃないの?適当なこと言って誤魔化さないでよ!」
アスカはミサトの思わぬ反撃に珍しく取り乱した。
似非に近いカトリック教徒であるアスカはこれまで教会関係から面倒臭がって逃げていた手前もあって、ラテン語という単語には若干の引け目があった。敬虔なカトリック教徒は教義の原点を厳しく追及する為、信仰を深めれば深めるほどラテン語、あるいはヘブライ語に傾斜する人が現れるからだ。
口語では既に通用しない様な古代言語が未だに残っているのはカトリック教会が脈々と世の中の変遷に左右されずに保ってきているからで、それとキョウエツシゴクはニュアンスが異なると感覚的に掴んでいるのはさすがDNAのなせる業であろうか。
「いーや!それと似た様なもんよ。基本的に昔の言葉なんだからさあ。現代人がわかる訳無いじゃん!あんたに日本人歴何年だって言われる筋合いは無いの!」
「だ、だって・・・ドラマの中で普通に使ってたのに・・・会話の中でどうしてラテン語みたいなものをわざわざ使う必要があるのよ・・・いくら時代劇でもおかしいわよ・・・」
「ふ、そんなもんよ。世の中ってあんたが考える以上に無情なのよ。でも、それにしてもあんたが時代劇にはまるなんてね。こりゃ傑作だわ。そっちの話の方がよっぽどか面白いわよ。ひひひ。全く若年寄とはまさにあんたのことよ」
「ワカトシヨリ?どういう意味よ?それ」
「若いくせに既に老化が始まってる人のことよ。ひひひ」
ミサトが教えた意味はまるで間違っているが、アスカのプライドを傷つけるには十分な効果があった。
「な、何ですって!もういいわ!アンタには頼まないわ!みてなさいよ!絶対、勉強してアンタのギバン(欺瞞のいい間違え)を暴いてやるんだから!」
そういうとアスカはずかずかとキッチンを後にしてシンジの部屋に向かう。
絶対、ミサトは適当な事を言ってアタシが素人だと思ってやり込め様としてるんだから!
口では色々いうアスカではあったが今のアスカが頼れるのはミサトかシンジしかいなかった。この二人がいる場所がアスカの唯一の居場所だった。
そんなことくらい分かってるわよ…
アスカはもう一つの居場所を求めてシンジの部屋のドアノブに手をかけた。
アスカは自分の部屋のラップトップでメールやインターネットをしていたが、それが終わると再びリビングに戻ってきた。
シンジの姿はない。
自分の部屋で漫画でも読んでいるのだろう。
アスカは時計の針を見る。午後の4時を丁度回ったところだった。
シンジの姿はない。
自分の部屋で漫画でも読んでいるのだろう。
アスカは時計の針を見る。午後の4時を丁度回ったところだった。
学校が面倒臭いって言ったけど外に出られないと結構退屈だなあ・・・
ガラス戸を見るとお昼頃に比べれば幾分か風雨共に和らいではいたがそれでもとても傘などさせる状態ではない。
アスカは今朝、近くのコンビニに朝食のパンを買いに行った時にミサトの家にあった透明のビニール傘を持って外に出たが、傘を差した瞬間ビニールが風をはらんであっという間に骨だけにされてしまったことを思い出していた。
仕方がなくアスカは嵐の中を傘も差さずに濡れるに任せて朝食を買いに行ったのだ。その時に自分のパン以外にシンジの朝食も買って嵐の中を再び戻った。
頼まれもしないシンジの朝食を持って…
家に戻ったアスカは全身ずぶ濡れだった。羽織っていたパーカーの裾を玄関で絞るとポタポタと雫が落ちた。下着まで濡れていた。
何で…アタシがこんなことしないといけないのよ…シンジが買ってくればいいんじゃない…いや…ご飯を炊いといてくれればこんな目に遭わないで済んだのに…
「ばっかみたい!あ~ん、ビショビショじゃーん!風邪引いちゃ~う!」
アスカは玄関先で大声を上げる。部屋からは全く人の気配がしない。
「ばーか…」
アスカはミサトのビーチサンダルを脱ぎ捨てる。
そしてそのままキッチンを突っ切って浴室に向かう。荒々しくアコーディオンカーテンを閉めると濡れた衣類を全て脱ぎ捨てた。熱めのシャワーを浴びる。シャワーを浴びながら考えていた。
何でアタシはシンジを起こさなかったんだろう…可哀相だったから?…アタシのせいでみんなの当番が大変だし…それとも…嫌われたくなかった…から…
「あ~やだやだ。シンジのグジグジが移ってきたのかしら。飲まなきゃやってられないわ…」
アスカはシャワーを止めると脱衣場に出る。脱衣場には昨日二人がそれぞれで使ったバスタオルが干してあった。赤いバスタオルと新東京銀行と大きなロゴが入った白いバスタオルだった。アスカは赤いタオルに伸ばしかけた手を止めると一瞬迷う素振りをしたが白いバスタオルを引っ手繰るようにして手に取った。
「天罰よ!湿ったタオルを使ってショックを受けるといいのよ!」
アスカは髪や体を白いバスタオルで拭くとそれを体に巻いてアコーディオンカーテンを開ける。篭っていた湯気と一緒にキッチンに出るとちらっとリビングを見る。相変わらず台風の騒々しい音以外になにも聞こえない。
「いつまで布団とシンクロするつもりかしら・・・バーカ・・・寝るより楽しいことがあるかもしれないのに」
白いタオルを巻いた状態で冷蔵庫を開けるとミサトのボアビールの缶を取り出す。プルトップを開けるとグビグビと一気に飲み始めた。
「ふう…苦い…ビールってもう少しフルーティーかと思ってたのに…幻滅ね…ファーストキスと同じ…甘いかと思えば苦かった…うまい!さすがアタシ!クッション一枚!ひひひ」
一人でにやけるアスカを見て巣から出ようとしていたペンペンは身の危険を感じたのかそのまま奥に引き返す。
アスカは空になったビールの缶をゴミ箱に投げ入れると自分の部屋に入って服を着替え始めた。身に着けていた白いバスタオルで再び髪を拭き、日本で買ったドライヤーのスイッチを入れる。そして意味不明な節回しでアスカは歌い始めた。
「バーカ。バーカ。バカシンジ。布団が恋人。さびしいヤツぅ・・・」
やがてドライヤーを静かに自分の傍らに置いた。
「でーも…でーも…一番のバカは…この…アタシィ…何やってんの…」
膝の上にあった白いバスタオルをいきなり丸めるとポンと廊下に放り投げる。
「別に…抱き締められてる…わけ…じゃ…ないのにねぇ…」
アスカはため息を付くとソファに寝転ぶ。
変なこと思い出したらますます気が滅入るわ…何か気晴らしになるようなものやってないかなあ…
カーペットの下に無造作に置いてあったTVのリモコンを手に取るとスイッチを入れる。
平日のこの時間帯は学校帰りにヒカリと寄り道などをせずにまっすぐ帰れば家にちょうど帰宅出来るが、普段は滅多に家にいないためどこでどんな番組をしているのか見当が付かなかった。
アスカは忙しくチャンネルをザッピングする。
すると突然アスカの目の中にちょん髷を結った俳優の姿が飛び込んできた。
「な、何…今の…これって…サムライじゃん!」
アスカは思わず飛び起きてチャンネルを慌てて戻す。どうやらサムライの時代をモチーフにしたドラマのようだった。
ドイツでも中世の庶民の暮らしや騎士の時代を扱ったドラマは作られて放送されているが一般的にかなり不人気で、しかも明らかに低予算で出来が悪い上に内容が陳腐だった。
少なくともアスカの様なティーン世代は絶対に見ない。
この種の番組は洋の東西が違うだけで事情は何処も同じらしいが、外国人が立場を交代してそれぞれの番組を見れば興味深いところはそれなりにある筈だった。
アスカの場合がまさにそれだった。主人公はどうやら「ショーグン ヨシムネ」という昔の日本のキングの様だった。そしていきなりキングは自ら極悪非道な悪い領主とチャンバラで戦い始めるではないか。しかもめちゃくちゃ強い。この設定は明らかにドイツの時代劇とは一線を画していた。
100人くらいを一人で片付けてるじゃないの!あの剣は聖剣エクスカリバーみたいなものかしら・・・アーサー王みたいな感じの物語ってとこね・・・
俳優の見事な殺陣、そしてニンジャという諜報員まで出てくるてんこ盛りの内容だった。このニンジャは殆ど万能で5メーターくらいの壁は軽々と登り、そしてスパ〇ダーマンのようにロープ一本でオエドという首都を駆け巡るのである。しかも爆弾まで所持していた。
だが…なんと言っても白眉はショーグン ヨシムネである。
だが…なんと言っても白眉はショーグン ヨシムネである。
「す、素晴らしいプログラムだわ・・・」
アスカは俳優たちが殆ど何を言っているか分からなかったが、基本的には日本語を喋っているという事は認識できていた。しかし、極めて難解で今まで聴いたことがない様な日本語がそこかしこに散りばめられている。
「セッシャって何なのかしら・・・決め台詞はタイギデアッタらしいわね・・・」
アスカは予告編のナレーションが明日もこの時間帯にすることを告げるのを聞き取ると急いでTVを操作して番組情報を呼び出す。そしてBilingualモードに切り替えて英語で今後の放送予定とあらすじをチェックした。
「アタシ、この番組これからも絶対見るんだから!タイフーンのお陰ね!素敵なプログラムが見れたわ」
アスカはまさに飛び上がらんばかりに上機嫌になっていた。
その夜。
アスカが風呂から出てくると久しぶりにミサトがキッチンで缶ビールを飲んでいた。
アスカが風呂から出てくると久しぶりにミサトがキッチンで缶ビールを飲んでいた。
「やっほー。アスカ!たっだいまー。オネーサンがいなくて寂しかったでしょ?」
ミサトはそういうと缶を片手にアスカにウィンクしてきた。
「ミサト!アンタ、ホントに久しぶりね。一週間前かしら?会ったのって」
アスカは頭に赤いタオルを巻きおわると食卓の椅子を引き出して向かい合わせに座る。既に台風は過ぎ去って時折吹く拭き返しだけになっていた。
「だってさあ、第三射出口がもう目茶苦茶だったのよ。ホント嫌になるわよ・・・でもそれ以上にムカつくのがさあ、総務の連中からグジグジ言われることなのよね!あたしがまるで壊したみたいにいうのよ?あたしに壊せる訳無いっつーのよ。あたしはEvaか!ったく」
ミサトはアスカに仕事で溜まったストレスを一気にぶちまけると缶ビールを立て続けに煽る。
「それに司令が出してる別の仕事の方もめんどいしさ。マコっちゃんがいなかったら終わってたわ、あたし。事務仕事って嫌いなのよね・・・」
「ふーん、アンタも忙しいのねえ・・・」
「でも、あんたの元気そうな顔を見たらほっとしたわ。グレてるんじゃないかと思って心配してたのよ。タバコ吸ったり、ビール飲んだり、したりしてないかってね」
アスカの顔が思わず引きつる。
「あ、アタシがそんなことするわけないじゃない…バ、バケーションを満喫してるわよ…」
「そう、なら安心ね」
ミサトのヤツ…まさかビールの数をカウントしてたのかしら…ずぼらだと思って油断したわ…何か適当に話題をかえなくちゃ…そうだ!あの言葉を・・・えーと、何だったっけ・・・
「お仕事、タイギデアッタ!」
アスカが変なアクセントで言い放った瞬間、ミサトは大きく目を見開くといきなり咳き込み始めた。
「げほっげほっ!ちょ、ちょっとあんた、やけに渋いことを言うじゃないの。なにそれ?何処で覚えたのよ?」
「何処って…TVでやってたのよ。ショーグン ヨシムネよ」
「よ、吉宗え?もしかしてあの時代劇の?"将軍吉宗が往く"でしょ?」
「そうそう!そんな感じのタイトルだったわ。今日の夕方やってたのよ。最高だったわ!あのサムライドラマ!」
ミサトはビールの缶を自分の目の前に置くと腹を抱えて笑い始めた。テーブルの下で足をばたつかせている。ミサトの履いていたスリッパが脱げてアスカの膝に当たって落ちた。
「な…何がそんなにおかしいのよ?」
「マジで?あんたさあ・・・くっくっく・・・あの番組って日本じゃあ65歳以上のお年寄りしか見ないわよ?基本的に!ひっひっひ。お腹が壊れるわ・・・」
「えっ?そうなの?もったいないわよ。どうして見ないのよ?凄い番組じゃない!」
「ひひひ、凄くなんか無いわよ。何処が面白いのよ?ああ、駄目・・・あたし死ぬわ・・・」
ミサトは両目から涙を流している。しかも若干よだれまで垂らしつつ、アスカを指差して笑い続ける。同性とは思えない間抜け面で明らかに自分を馬鹿にして笑っているミサトにアスカはだんだん腹が立ってきた。
「な、なんでそんなに笑うわけ?ばっかじゃないの?アンタ!」
「ああ・・・久しぶりに笑ったわ・・・ちょっと!今あんた話しかけんじゃないわよ!お腹を早く休ませないと・・・まだ結婚もしてないのにあんたに殺されたくないわ・・・」
ミサトは涙とよだれを自分のタンクトップの裾を捲り上げて拭いた。
「ちょっと!ブラが見えてるわよ!アンタ、ホントに女?イヤラシイ!」
「あんたが悪いんじゃないの・・・ああ痛い・・・あんたさあ、あたしを殺す気?大体ね、時代劇を絶賛してるのってこの瞬間、日本であんただけだと思うわ。はっきり言って」
ミサトは胸に右手を当てながらゆっくりと缶ビールを再び飲み始めた。
「そうかしら?日本の時代劇って凄く完成度が高いわ。お金もかかってるし。ドイツの時代劇とは比べ物にならないわ」
「へえ。ドイツでも時代劇ってあるの?日本だけかと思ってたわ」
「そうだ、ミサト!アンタ、ちょっと教えてよ。気になってる単語があるのよ。セッシャってなに?」
「セッシャ?ああ、わたしっていう意味よ」
「じゃあ、ソレガシは?」
「それもわたしよ」
「それからキョウエツシゴクは?」
「キョウエツシゴク・・・ちょっとそれはあたしも分かんないわね・・・」
「えー、何よそれ?アンタ、日本人何年やってるわけ?」
おつまみの裂きイカを摘もうとしていたミサトがピクッと手の動きを止めてアスカの方を見る。
別に年齢の事を指摘された訳ではないが三十路目前の未婚女性にそれを連想させる類の言葉は禁句だった。どうやらミサトはアスカの挑戦と受け取ったらしい。
「あんたねえ・・・じゃあさあ!あんただってさあ!ラテン語とか読めるわけ?」
「ラ、ラテン語?神父様くらいしか使わないわよ?そんなのうそよ!絶対嘘よ、そんなの!それとは違うんじゃないの?適当なこと言って誤魔化さないでよ!」
アスカはミサトの思わぬ反撃に珍しく取り乱した。
似非に近いカトリック教徒であるアスカはこれまで教会関係から面倒臭がって逃げていた手前もあって、ラテン語という単語には若干の引け目があった。敬虔なカトリック教徒は教義の原点を厳しく追及する為、信仰を深めれば深めるほどラテン語、あるいはヘブライ語に傾斜する人が現れるからだ。
口語では既に通用しない様な古代言語が未だに残っているのはカトリック教会が脈々と世の中の変遷に左右されずに保ってきているからで、それとキョウエツシゴクはニュアンスが異なると感覚的に掴んでいるのはさすがDNAのなせる業であろうか。
「いーや!それと似た様なもんよ。基本的に昔の言葉なんだからさあ。現代人がわかる訳無いじゃん!あんたに日本人歴何年だって言われる筋合いは無いの!」
「だ、だって・・・ドラマの中で普通に使ってたのに・・・会話の中でどうしてラテン語みたいなものをわざわざ使う必要があるのよ・・・いくら時代劇でもおかしいわよ・・・」
「ふ、そんなもんよ。世の中ってあんたが考える以上に無情なのよ。でも、それにしてもあんたが時代劇にはまるなんてね。こりゃ傑作だわ。そっちの話の方がよっぽどか面白いわよ。ひひひ。全く若年寄とはまさにあんたのことよ」
「ワカトシヨリ?どういう意味よ?それ」
「若いくせに既に老化が始まってる人のことよ。ひひひ」
ミサトが教えた意味はまるで間違っているが、アスカのプライドを傷つけるには十分な効果があった。
「な、何ですって!もういいわ!アンタには頼まないわ!みてなさいよ!絶対、勉強してアンタのギバン(欺瞞のいい間違え)を暴いてやるんだから!」
そういうとアスカはずかずかとキッチンを後にしてシンジの部屋に向かう。
絶対、ミサトは適当な事を言ってアタシが素人だと思ってやり込め様としてるんだから!
口では色々いうアスカではあったが今のアスカが頼れるのはミサトかシンジしかいなかった。この二人がいる場所がアスカの唯一の居場所だった。
そんなことくらい分かってるわよ…
アスカはもう一つの居場所を求めてシンジの部屋のドアノブに手をかけた。
Ep#04_(9) 完 / つづく
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3rd Sept, 2011 / ハイパーリンク先の修正
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