新世紀エヴァンゲリオンの二次創作物、小説「Ihr Identität」を掲載するサイトです。初めての方は「このサイトについて」をご参照下さい。小説をご覧になりたい方はカテゴリーからEpisode#を選んで下さい。この物語はフィクションであり登場する人名、地名、団体名等は特に断りが無い限り全て架空のものです。尚、本ホームページに使用した「新世紀エヴァンゲリオン」の画像は(株)ガイナックスのガイドラインに沿って掲載しています。配布や転載は禁止されています。
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第12部 A heartrending sorrow 切な過ぎて
(あらすじ)
次の日の日曜日。ミサトは激しい二日酔いに襲われていた。かいがいしく面倒を見るアスカだったが、ミサトが昨日、加持からもたらされた「アスカの記憶」のことを聞くと激しく動揺する。
おかしい!絶対おかしいわ!一体どういうこと?アスカと加持の間には絶対何かある!
ミサトの心に疑念の黒い雲が湧き上がっていた…
(あらすじ)
次の日の日曜日。ミサトは激しい二日酔いに襲われていた。かいがいしく面倒を見るアスカだったが、ミサトが昨日、加持からもたらされた「アスカの記憶」のことを聞くと激しく動揺する。
おかしい!絶対おかしいわ!一体どういうこと?アスカと加持の間には絶対何かある!
ミサトの心に疑念の黒い雲が湧き上がっていた…
(本文)
「くううう…頭いたーい…気持ちわりーい…アスカ~、みずぅ…」
水の入ったコップをミサトの部屋に運んで来たアスカはミサトの布団の横に荒々しく胡坐をかいた。アスカもようやく眼帯が外せるくらいに回復していた。
「ちょっと!アンタ、昨日一体どれだけ飲んだのよ!いくらパーティーでも羽目を外しすぎじゃないの?ほんと、ばっかみたい!」
「ううう…ちょっとお…あんたさあ…ガミガミ言わないでよ…頭に響くじゃないのよ…」
ミサトは枕で頭を隠す。
「わ、悪かったわよ。ほら!水よ、ミサト」
まるで亀が甲羅から頭を出すようにミサトは青い顔を枕から突き出すとコップに差してあるストローを弱々しく吸い始めた。
「ミサト…アンタがこんなになるなんて信じられないわ…昨日、何かあったの?」
「あたしも二日酔いは久し振りよ…情け無いわ…」
ミサトは再び枕に顔を埋めた。
「何があったか知らないけどさ。アンタがいればアタシもシンジも満足なんだしさ。だから…早く元気になってよ…」
アスカは布団の横からミサトの枕元に移動してそこにしゃがみこんだ。
「やけにあんた…今日は優しいじゃないの…」
「えっ?そ、そうかしら?アタシはただ…アンタが二日酔いになるのが信じられないだけよ」
暫くするとミサトは僅かに肩を震わせ始めた。
「ミサト?ちょっと…アンタもしかして…泣いてるの?」
枕の中からくぐもったミサトの嗚咽が漏れている。アスカは驚く。
ミ、ミサトが…泣いている…アタシが第三支部の最後の起動試験中の事故で意識を失った時もミサトは泣いていた…あの時以来だ…
「ミサト…」
アスカはミサトの頭にそっと左手を置いた。
昨日、やっぱり何かあったんだ…ミサトが泣くなんて…絶対変だ…
「アスカ…」
「な、何?どうしたのよ?」
ミサトは顔を枕に埋めたまま自分の頭の上にあるアスカの左手を右手で握ってきた。
「あんた…ピアノ弾くんだってね…」
「ええっ!ど、どうしてそれを…」
アスカは思わず体を硬直させる。顔に明らかな動揺の色が現れていた。
昨日の夜も…加持さんがシンジの前でどうして仄めかすような事を言ったのか…アタシには分からなかった…二人だけの秘密…だった…けど…
それに…「野ばら」か「ます」を選ぶ時が来るって…野ばらは加持さんが好きな歌でよく口ずさんでいたし…何度か…二人だけの合図で使ったこともある…
「昨日、加持のやつから聞いた…」
ミサトのこの一言にアスカの目は大きく見開かれる。
う、うそだ…まさか…だからミサトは泣いてるってこと?じゃあ…アタシと加持さんのことも知ってしまったんだ…ミサトが加持さんとよりを戻したから心配はしていたけど…何でなの!加持さん!何で…
アスカは気を失いそうになっていた。貧血の様にめまいを感じる。
よりによってこんな時に…アタシ…このまま今の生活を大切にしたいって…そう思ったばかりなのに…こんな形で…そんなのってない…また…一人ぼっちになる…
「ミサト…加持さんからアタシの事を聞いたのね?じゃあ…アンタ全部知ってるのね…」
その時だった。
「ミサトさん…あのう…調子はどうですか?」
不意にアスカの背後からシンジの声が聞こえてきた。ようやく起き出したシンジが寝ぼけ眼を擦りながらミサトの部屋の入り口に立っていた。
アスカはハッとしてシンジを見る。アスカの表情は強張っていた。
「ちょ、ちょっと!アンタばかぁ?今、男がこの部屋に入って来るんじゃないわよ!」
「は、はいい!」
アスカの鋭い声にシンジは思わず背筋を伸ばして直立不動の体勢になる。それを見届けることなくアスカは思いっきり襖をピシャッと閉めた。
「…アスカ…頭が…割れる…」
「ご、ごめん。でももう大丈夫よ。余計なものは排除したから…」
ミサトはアスカの手を握っていた手に力を込める。
「アスカ…ごめんね…あたし…馬鹿だった…」
「えっ?ミ、ミサト?アンタが何でアタシに謝るのよ…」
謝るのはアタシの方なのに…加持さんとミサトの関係を知っていながらアタシ…
アスカは心の中で呟いていた。胸が締め付けられそうだった。
「ごめん…アスカ…」
「ミサト…」
アスカは喉元まで出ていた言葉を思わず飲み込んでしまった。
いつかはバレると思って覚悟はしていた筈なのに…やっぱりアタシからは言い難い…でもミサトが全てを知ってしまった以上、もうアタシはここには居づらい…シンジに知れたら軽蔑されるに決まってる…
「あたしは…あんたにとって最悪のメッセンジャーだったわ…わざわざゲッティンゲンまで行ってさ…嫌がるあんたを殴ったわ…あの時のあたしは…狂ってた…あたしは自分の都合しか考えてなかった…あんたのことを何も考えてなかった…」
え…?な、何で今…ゲッティンゲンの時の話なんて…
「ミサト…アンタ、そんな事をどうして今更…それはもう過ぎたことじゃない。アタシ何とも思っていないわ。むしろあのままだったとしても生きる屍みたいなものだったし…初めは確かに嫌だったけど結果的にアタシはアンタのおかげで生きる価値を見つける事が出来たわ。むしろ感謝してる。どうしていきなりそんな話を…アンタ…やっぱり何か変よ?」
ミサトはゆっくりと顔を上げてアスカの顔を見る。
何か微妙に話が噛み合ってないわね…アスカは加持が言う通り戸惑ってる感じがない…でもこの様子だとごく最近、記憶の片鱗を取り戻したとは思えない…じゃあ…いつから?
ミサトはぐるぐる回っている頭の中で思いを巡らそうとしていた。考えが纏まらないうちにミサトの疑問は思わず口を継いでいた。
「アスカ…じゃあ、あんた自分がピアノ弾けることに…結構前から気付いてたの?」
アスカは困惑の表情を浮かべていた。しかし、明らかに何かを言い淀んでいる雰囲気が見て取れた。
「ええ…確かに最初はアタシも戸惑っていたわ。どうしてこんな事が出来るんだろうって…でもそれが重要なことなんだって気が付かせてくれたのは加持さんだし…」
「なんですって!加持が!」
ミサトが思わずがばっと起き上がる。ミサトの目は充血していたがさっきまでの弱々しさはなかった。
その勢いにアスカは思わず驚いて上体を仰け反らせた。ミサトは起き上がるとアスカの両肩をガシっと掴む。
「ちょっと!アスカ!それはどういうことよ!」
アスカは思わず顔を横に向けてミサトの視線から逃れるような仕草をした。アスカの目は伏し目がちだった。
おかしい!絶対におかしいわ!加持とアスカで言うことがまるで180度違うじゃない!一体どういうこと?アスカと加持の間には絶対何かある!
ミサトはアスカの肩をつかんでいる手に力を込める。頭はハンマーで殴られた様にぐわんぐわんしていた。そして胃の辺りに得体の知れないムカつきを覚えていた。
「アスカ!あんた!何か隠してない?どうしてそこで加持が出てくるのよ!」
「ごめんなさい…アタシ…ミサトを騙すつもりは無かった…加持さんに…この事は誰にも言うなって…ずっと言われていたから…」
ミサトはアスカの肩を持って激しく前後に揺する。
「口留めされていたって事?どうしてあんた達がそんな事をする必要があるのよ!」
「だって…」
「だって何よ!」
「ミサト…あまり大きな声を出さないでよ…シンジに聞かれたくない…」
ミサトはハッとした顔をして思わず襖の方に目をやる。そして声を落とす。
「ご、ごめん。で?あんたの記憶と加持とどういう関係があるわけ?」
「…」
アスカはさっきからぜんぜんミサトと目を合わせようとしなかった。ドイツ生まれのアスカがこんな態度を意味なく取ることは絶対に考えられない。
ミサトの心は疑念の黒い雲でどんどんと覆われていく。
「ちょっとアスカ!」
強く促されてアスカは静かに目を閉じておずおずと口を開く。
「ミサトが使徒との戦いに備えて帰国する前…アタシが13歳の時よ…加持さんとアタシはテンプルホフにあるママのお墓にお祈りに行ったの…その時に加持さんは楽譜を一杯持っていてそれを見せられた…アタシは今でもママの事や昔のことを思い出そうとするとひどい頭痛がするの。立っていられないほどのね…ピアノに関連して昔のことを思い出そうとしてもやっぱりその時も同じで駄目だった…」
「頭痛の話はあたしも加持から昨日聞いたわ…あんた…昔の記憶がない…っていうか…」
ちょっとさすがにこんな事はここで言えないわ…あんたは一体何者なのかってね…それはあんたが一番知りたいわけだしね…
「でも…ミサトが帰る前の最後の弐号機起動試験の時よ。覚えてるでしょ?ミサトも…」
「そりゃ、よく覚えてるわよ…起動試験中に事故が発生してあんたが弐号機に取り込まれかけたわよね…」
「そうよ…その時、アタシはEvaに乗りながらふと加持さんに見せられた楽譜のことを考えていたのよ。そしたら急に弾ける様になってて次々と色んな曲が頭の中に浮かんで来てとても気持ちがよかったわ…この世のものとは思えないほどの心地よさだった…誰かが遠くでアタシを呼んでいた。そしてアタシのピアノをその人が優しく褒めてくれたわ…あんな経験初めてだった…誰にも必要とされていないと思っていたアタシを褒めてくれたの…」
「その時のあんたは異常なシンクロ率を出したのよ。第三支部の実験環境は本部ほど優れてなかったから値を振り切って測定不能になってしまったし…リツコがいたわけじゃなかったしさ。記録としては抹消されてるけど…」
「それからよ…アタシが弾ける様になったのは…弾いても頭痛はしないの。でもアタシの記憶は戻らなかった…」
ミサトも加持がアスカの記憶の断片を楽譜で引き出そうとしていた事を理解した。そして初めは加持の試みは奏功しなかったが偶然の産物でアスカは一部を取り戻していたのだ。
時間が経っているから自分の中でも気持ちの整理が付いていたのだろう。平然としている様に見えて、実はその現実を受け止めているだけに過ぎなかった。
それにしても…別に加持が心当たりなさそうに振舞う必要性が一体どこにあるっていうのよ…確かに一部記憶を失っているっていうのも得体の知れない第三者機関が絡んでいるって言うのもネルフにとっては懸念事項ではあるけど…
ミサトは頭痛を我慢しながら必死に考えを整理しようとしていた。アスカはミサトにかまうことなく再びボツボツと話し始めた。
「アタシがセカンドチルドレンになって下宿することが初めて許されて第3支部のトレーニングセンターを出たのは覚えてるでしょ?」
「勿論よ。決裁したのはあたしだもの」
「その時の住所を…ミサト、覚えてる?」
ミサトは眉間に皺を寄せた。
さすがにいちいちアスカが見つけてきたアパルトメントの住所やドイツ特有の非常に細かくて冗長な賃貸契約書の中身まではチェックしていない。していたとしても覚えているわけがなかった。
その様子を察してアスカがおずおずと答える。
「メンデルスゾーン公園の近くのAnhalter strasseのアパルトメント…だったの…」
アンハルターストラッセ…メンデルスゾーン公園って…
ミサトは遠い記憶の中でその名前だけには心当たりがあった。
「ちょ、ちょっと待ってよ…そのストラッセ(通り)は聞いた記憶があるわ…えーと…うーん、頭いてえ…」
そうだ、思い出した!その公園ってあたしが加持とよく待ち合わせに使っていた場所じゃないの…どうしてアスカがそんなところに…偶然にしては…
あれこれ逡巡していたミサトの思考を遮るようにアスカが覚悟を決めて目を閉じてミサトに言った。
「アタシ…加持さんとそのアパルトメントで一緒に住んでいたの…」
「えっ…」
ミサトは一瞬頭から足の先までまるで稲妻に打たれた様な衝撃を感じていた。
加持はとにかくドイツ滞在の時は住所不定で連絡は付いてもあたしでさえ加持がどこに住んでいるのかまるで分からなかった。情報部員だしあまり深く考えてなかったけど…でも時折、加持から女物の香水の匂いがしていたし、ホテル暮らしにしてはラフな格好していることも多かったから、どっかの女と同棲しているんだろうなとは思ってたけど…
「ま、まさか…あんたが…」
「ごめんなさい…ミサトと加持さんの事は知ってたけど…」
ミサトは激しい虚脱感に襲われて力なくアスカの両肩を掴んでいた手を離して呆然と自分の部屋の天井を見ていた。
ミサトはネルフに入省して加持と再会したものの再び喧嘩別れして第三支部から本部への帰任を契機に没交渉になっていたことを思い出していた。
その時の加持は人が違っていた様に同棲している女に執着している様な雰囲気があった…だからあたしはその態度にどこかムカムカしていたのよ…
その後、弐号機の本部配備で国連軍空母の艦上で加持とアスカにミサトは再会した。そして程なくミサトは再び加持と縁りを戻して現在に至っていた。
「アスカ…あんただったの…あいつがドイツ時代にずっと拘っていた女って…」
アスカはミサトの枕元で両手を突いてうな垂れていた。二人は暫く無言のままで身じろぎ一つしなかった。
沈黙を破ったのはアスカだった。
「ミサト…ごめん…アタシ…ここを出て行く…」
アスカ…あんたって子は…
ミサトはアスカを不憫に思って抱き締めたいと思う反面、どこかで疎ましく感じている自分にも気づいていた。
何とも言えない複雑な心境だった。
それがミサトから感情を奪って淡々とした態度をとらせた。
「その必要は無いわ、アスカ。残念だけど…もうあんたにはこの家しかこの世界で行くところは無いわよ」
「えっ?ど、どうして?」
アスカはミサトの言葉に驚いて思わず顔を上げた。ミサトは布団の上に座っていたが視線は自分の膝に置いていた。
「あんたがこの前起こした乱闘騒ぎの早期解決の代償として実はあんたの日本での居住許可要件の変更要求を飲まざるを得なかったの。A-56発令ってのがあってね。ネルフ職員の特例地位協定の制限措置なんだけど。つまりあんたはあたしと同居してあたしが常にあんたの素行を管理監督すると言うことを条件にあんたの日本滞在が担保されているの。だからこの家を出て行くということは今のあんたにとってネルフを去るのと同じ意味になる」
「ミサト…」
アスカは弱々しくミサトの方を見る。
「出て行きたいならせいぜいこの部屋から出て行くくらいね…」
ミサトは顔をアスカから背けている。
アスカは力なくゆっくりと立ち上がるとミサトの部屋を出て行き音もなくふすまを閉じた。
こんなアタシを…シンジが…あのシンジが…助けてくれる…わけ…ない…
また一人ぼっち…
ミサトは今までの人生の中でも最悪に近い日曜日を迎えていた。
「くううう…頭いたーい…気持ちわりーい…アスカ~、みずぅ…」
水の入ったコップをミサトの部屋に運んで来たアスカはミサトの布団の横に荒々しく胡坐をかいた。アスカもようやく眼帯が外せるくらいに回復していた。
「ちょっと!アンタ、昨日一体どれだけ飲んだのよ!いくらパーティーでも羽目を外しすぎじゃないの?ほんと、ばっかみたい!」
「ううう…ちょっとお…あんたさあ…ガミガミ言わないでよ…頭に響くじゃないのよ…」
ミサトは枕で頭を隠す。
「わ、悪かったわよ。ほら!水よ、ミサト」
まるで亀が甲羅から頭を出すようにミサトは青い顔を枕から突き出すとコップに差してあるストローを弱々しく吸い始めた。
「ミサト…アンタがこんなになるなんて信じられないわ…昨日、何かあったの?」
「あたしも二日酔いは久し振りよ…情け無いわ…」
ミサトは再び枕に顔を埋めた。
「何があったか知らないけどさ。アンタがいればアタシもシンジも満足なんだしさ。だから…早く元気になってよ…」
アスカは布団の横からミサトの枕元に移動してそこにしゃがみこんだ。
「やけにあんた…今日は優しいじゃないの…」
「えっ?そ、そうかしら?アタシはただ…アンタが二日酔いになるのが信じられないだけよ」
暫くするとミサトは僅かに肩を震わせ始めた。
「ミサト?ちょっと…アンタもしかして…泣いてるの?」
枕の中からくぐもったミサトの嗚咽が漏れている。アスカは驚く。
ミ、ミサトが…泣いている…アタシが第三支部の最後の起動試験中の事故で意識を失った時もミサトは泣いていた…あの時以来だ…
「ミサト…」
アスカはミサトの頭にそっと左手を置いた。
昨日、やっぱり何かあったんだ…ミサトが泣くなんて…絶対変だ…
「アスカ…」
「な、何?どうしたのよ?」
ミサトは顔を枕に埋めたまま自分の頭の上にあるアスカの左手を右手で握ってきた。
「あんた…ピアノ弾くんだってね…」
「ええっ!ど、どうしてそれを…」
アスカは思わず体を硬直させる。顔に明らかな動揺の色が現れていた。
昨日の夜も…加持さんがシンジの前でどうして仄めかすような事を言ったのか…アタシには分からなかった…二人だけの秘密…だった…けど…
それに…「野ばら」か「ます」を選ぶ時が来るって…野ばらは加持さんが好きな歌でよく口ずさんでいたし…何度か…二人だけの合図で使ったこともある…
「昨日、加持のやつから聞いた…」
ミサトのこの一言にアスカの目は大きく見開かれる。
う、うそだ…まさか…だからミサトは泣いてるってこと?じゃあ…アタシと加持さんのことも知ってしまったんだ…ミサトが加持さんとよりを戻したから心配はしていたけど…何でなの!加持さん!何で…
アスカは気を失いそうになっていた。貧血の様にめまいを感じる。
よりによってこんな時に…アタシ…このまま今の生活を大切にしたいって…そう思ったばかりなのに…こんな形で…そんなのってない…また…一人ぼっちになる…
「ミサト…加持さんからアタシの事を聞いたのね?じゃあ…アンタ全部知ってるのね…」
その時だった。
「ミサトさん…あのう…調子はどうですか?」
不意にアスカの背後からシンジの声が聞こえてきた。ようやく起き出したシンジが寝ぼけ眼を擦りながらミサトの部屋の入り口に立っていた。
アスカはハッとしてシンジを見る。アスカの表情は強張っていた。
「ちょ、ちょっと!アンタばかぁ?今、男がこの部屋に入って来るんじゃないわよ!」
「は、はいい!」
アスカの鋭い声にシンジは思わず背筋を伸ばして直立不動の体勢になる。それを見届けることなくアスカは思いっきり襖をピシャッと閉めた。
「…アスカ…頭が…割れる…」
「ご、ごめん。でももう大丈夫よ。余計なものは排除したから…」
ミサトはアスカの手を握っていた手に力を込める。
「アスカ…ごめんね…あたし…馬鹿だった…」
「えっ?ミ、ミサト?アンタが何でアタシに謝るのよ…」
謝るのはアタシの方なのに…加持さんとミサトの関係を知っていながらアタシ…
アスカは心の中で呟いていた。胸が締め付けられそうだった。
「ごめん…アスカ…」
「ミサト…」
アスカは喉元まで出ていた言葉を思わず飲み込んでしまった。
いつかはバレると思って覚悟はしていた筈なのに…やっぱりアタシからは言い難い…でもミサトが全てを知ってしまった以上、もうアタシはここには居づらい…シンジに知れたら軽蔑されるに決まってる…
「あたしは…あんたにとって最悪のメッセンジャーだったわ…わざわざゲッティンゲンまで行ってさ…嫌がるあんたを殴ったわ…あの時のあたしは…狂ってた…あたしは自分の都合しか考えてなかった…あんたのことを何も考えてなかった…」
え…?な、何で今…ゲッティンゲンの時の話なんて…
「ミサト…アンタ、そんな事をどうして今更…それはもう過ぎたことじゃない。アタシ何とも思っていないわ。むしろあのままだったとしても生きる屍みたいなものだったし…初めは確かに嫌だったけど結果的にアタシはアンタのおかげで生きる価値を見つける事が出来たわ。むしろ感謝してる。どうしていきなりそんな話を…アンタ…やっぱり何か変よ?」
ミサトはゆっくりと顔を上げてアスカの顔を見る。
何か微妙に話が噛み合ってないわね…アスカは加持が言う通り戸惑ってる感じがない…でもこの様子だとごく最近、記憶の片鱗を取り戻したとは思えない…じゃあ…いつから?
ミサトはぐるぐる回っている頭の中で思いを巡らそうとしていた。考えが纏まらないうちにミサトの疑問は思わず口を継いでいた。
「アスカ…じゃあ、あんた自分がピアノ弾けることに…結構前から気付いてたの?」
アスカは困惑の表情を浮かべていた。しかし、明らかに何かを言い淀んでいる雰囲気が見て取れた。
「ええ…確かに最初はアタシも戸惑っていたわ。どうしてこんな事が出来るんだろうって…でもそれが重要なことなんだって気が付かせてくれたのは加持さんだし…」
「なんですって!加持が!」
ミサトが思わずがばっと起き上がる。ミサトの目は充血していたがさっきまでの弱々しさはなかった。
その勢いにアスカは思わず驚いて上体を仰け反らせた。ミサトは起き上がるとアスカの両肩をガシっと掴む。
「ちょっと!アスカ!それはどういうことよ!」
アスカは思わず顔を横に向けてミサトの視線から逃れるような仕草をした。アスカの目は伏し目がちだった。
おかしい!絶対におかしいわ!加持とアスカで言うことがまるで180度違うじゃない!一体どういうこと?アスカと加持の間には絶対何かある!
ミサトはアスカの肩をつかんでいる手に力を込める。頭はハンマーで殴られた様にぐわんぐわんしていた。そして胃の辺りに得体の知れないムカつきを覚えていた。
「アスカ!あんた!何か隠してない?どうしてそこで加持が出てくるのよ!」
「ごめんなさい…アタシ…ミサトを騙すつもりは無かった…加持さんに…この事は誰にも言うなって…ずっと言われていたから…」
ミサトはアスカの肩を持って激しく前後に揺する。
「口留めされていたって事?どうしてあんた達がそんな事をする必要があるのよ!」
「だって…」
「だって何よ!」
「ミサト…あまり大きな声を出さないでよ…シンジに聞かれたくない…」
ミサトはハッとした顔をして思わず襖の方に目をやる。そして声を落とす。
「ご、ごめん。で?あんたの記憶と加持とどういう関係があるわけ?」
「…」
アスカはさっきからぜんぜんミサトと目を合わせようとしなかった。ドイツ生まれのアスカがこんな態度を意味なく取ることは絶対に考えられない。
ミサトの心は疑念の黒い雲でどんどんと覆われていく。
「ちょっとアスカ!」
強く促されてアスカは静かに目を閉じておずおずと口を開く。
「ミサトが使徒との戦いに備えて帰国する前…アタシが13歳の時よ…加持さんとアタシはテンプルホフにあるママのお墓にお祈りに行ったの…その時に加持さんは楽譜を一杯持っていてそれを見せられた…アタシは今でもママの事や昔のことを思い出そうとするとひどい頭痛がするの。立っていられないほどのね…ピアノに関連して昔のことを思い出そうとしてもやっぱりその時も同じで駄目だった…」
「頭痛の話はあたしも加持から昨日聞いたわ…あんた…昔の記憶がない…っていうか…」
ちょっとさすがにこんな事はここで言えないわ…あんたは一体何者なのかってね…それはあんたが一番知りたいわけだしね…
「でも…ミサトが帰る前の最後の弐号機起動試験の時よ。覚えてるでしょ?ミサトも…」
「そりゃ、よく覚えてるわよ…起動試験中に事故が発生してあんたが弐号機に取り込まれかけたわよね…」
「そうよ…その時、アタシはEvaに乗りながらふと加持さんに見せられた楽譜のことを考えていたのよ。そしたら急に弾ける様になってて次々と色んな曲が頭の中に浮かんで来てとても気持ちがよかったわ…この世のものとは思えないほどの心地よさだった…誰かが遠くでアタシを呼んでいた。そしてアタシのピアノをその人が優しく褒めてくれたわ…あんな経験初めてだった…誰にも必要とされていないと思っていたアタシを褒めてくれたの…」
「その時のあんたは異常なシンクロ率を出したのよ。第三支部の実験環境は本部ほど優れてなかったから値を振り切って測定不能になってしまったし…リツコがいたわけじゃなかったしさ。記録としては抹消されてるけど…」
「それからよ…アタシが弾ける様になったのは…弾いても頭痛はしないの。でもアタシの記憶は戻らなかった…」
ミサトも加持がアスカの記憶の断片を楽譜で引き出そうとしていた事を理解した。そして初めは加持の試みは奏功しなかったが偶然の産物でアスカは一部を取り戻していたのだ。
時間が経っているから自分の中でも気持ちの整理が付いていたのだろう。平然としている様に見えて、実はその現実を受け止めているだけに過ぎなかった。
それにしても…別に加持が心当たりなさそうに振舞う必要性が一体どこにあるっていうのよ…確かに一部記憶を失っているっていうのも得体の知れない第三者機関が絡んでいるって言うのもネルフにとっては懸念事項ではあるけど…
ミサトは頭痛を我慢しながら必死に考えを整理しようとしていた。アスカはミサトにかまうことなく再びボツボツと話し始めた。
「アタシがセカンドチルドレンになって下宿することが初めて許されて第3支部のトレーニングセンターを出たのは覚えてるでしょ?」
「勿論よ。決裁したのはあたしだもの」
「その時の住所を…ミサト、覚えてる?」
ミサトは眉間に皺を寄せた。
さすがにいちいちアスカが見つけてきたアパルトメントの住所やドイツ特有の非常に細かくて冗長な賃貸契約書の中身まではチェックしていない。していたとしても覚えているわけがなかった。
その様子を察してアスカがおずおずと答える。
「メンデルスゾーン公園の近くのAnhalter strasseのアパルトメント…だったの…」
アンハルターストラッセ…メンデルスゾーン公園って…
ミサトは遠い記憶の中でその名前だけには心当たりがあった。
「ちょ、ちょっと待ってよ…そのストラッセ(通り)は聞いた記憶があるわ…えーと…うーん、頭いてえ…」
そうだ、思い出した!その公園ってあたしが加持とよく待ち合わせに使っていた場所じゃないの…どうしてアスカがそんなところに…偶然にしては…
あれこれ逡巡していたミサトの思考を遮るようにアスカが覚悟を決めて目を閉じてミサトに言った。
「アタシ…加持さんとそのアパルトメントで一緒に住んでいたの…」
「えっ…」
ミサトは一瞬頭から足の先までまるで稲妻に打たれた様な衝撃を感じていた。
加持はとにかくドイツ滞在の時は住所不定で連絡は付いてもあたしでさえ加持がどこに住んでいるのかまるで分からなかった。情報部員だしあまり深く考えてなかったけど…でも時折、加持から女物の香水の匂いがしていたし、ホテル暮らしにしてはラフな格好していることも多かったから、どっかの女と同棲しているんだろうなとは思ってたけど…
「ま、まさか…あんたが…」
「ごめんなさい…ミサトと加持さんの事は知ってたけど…」
ミサトは激しい虚脱感に襲われて力なくアスカの両肩を掴んでいた手を離して呆然と自分の部屋の天井を見ていた。
ミサトはネルフに入省して加持と再会したものの再び喧嘩別れして第三支部から本部への帰任を契機に没交渉になっていたことを思い出していた。
その時の加持は人が違っていた様に同棲している女に執着している様な雰囲気があった…だからあたしはその態度にどこかムカムカしていたのよ…
その後、弐号機の本部配備で国連軍空母の艦上で加持とアスカにミサトは再会した。そして程なくミサトは再び加持と縁りを戻して現在に至っていた。
「アスカ…あんただったの…あいつがドイツ時代にずっと拘っていた女って…」
アスカはミサトの枕元で両手を突いてうな垂れていた。二人は暫く無言のままで身じろぎ一つしなかった。
沈黙を破ったのはアスカだった。
「ミサト…ごめん…アタシ…ここを出て行く…」
アスカ…あんたって子は…
ミサトはアスカを不憫に思って抱き締めたいと思う反面、どこかで疎ましく感じている自分にも気づいていた。
何とも言えない複雑な心境だった。
それがミサトから感情を奪って淡々とした態度をとらせた。
「その必要は無いわ、アスカ。残念だけど…もうあんたにはこの家しかこの世界で行くところは無いわよ」
「えっ?ど、どうして?」
アスカはミサトの言葉に驚いて思わず顔を上げた。ミサトは布団の上に座っていたが視線は自分の膝に置いていた。
「あんたがこの前起こした乱闘騒ぎの早期解決の代償として実はあんたの日本での居住許可要件の変更要求を飲まざるを得なかったの。A-56発令ってのがあってね。ネルフ職員の特例地位協定の制限措置なんだけど。つまりあんたはあたしと同居してあたしが常にあんたの素行を管理監督すると言うことを条件にあんたの日本滞在が担保されているの。だからこの家を出て行くということは今のあんたにとってネルフを去るのと同じ意味になる」
「ミサト…」
アスカは弱々しくミサトの方を見る。
「出て行きたいならせいぜいこの部屋から出て行くくらいね…」
ミサトは顔をアスカから背けている。
アスカは力なくゆっくりと立ち上がるとミサトの部屋を出て行き音もなくふすまを閉じた。
こんなアタシを…シンジが…あのシンジが…助けてくれる…わけ…ない…
また一人ぼっち…
Ep#05_(12) 完 / つづく
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