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新世紀エヴァンゲリオンの二次創作物、小説「Ihr Identität」を掲載するサイトです。初めての方は「このサイトについて」をご参照下さい。小説をご覧になりたい方はカテゴリーからEpisode#を選んで下さい。この物語はフィクションであり登場する人名、地名、団体名等は特に断りが無い限り全て架空のものです。尚、本ホームページに使用した「新世紀エヴァンゲリオン」の画像は(株)ガイナックスのガイドラインに沿って掲載しています。配布や転載は禁止されています。
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第13部 A love / A challenge letter 手紙


(あらすじ)
翌日。アスカはシンクロテスト前の精密検査を受けるためネルフ本部に行った。シンジは学校で昨夜の出来事を考えていた。今まで見たことのないミサトとアスカの険悪な雰囲気…
一体…何があったんだろう…
シンジにとっても大切な居場所になっている葛城家を突然襲った冷たい空気に戸惑っていた。
掃除の時間になり分担の場所に向かっていたシンジは不意に後ろから呼び止められる。振り返るとそこにはアスカにボールをぶつけた張本人とされる利根が立っていた。
「君、2年A組の碇君だろ?」
「はい・・・」
(本文)

新しい一週間の始まり。何故か憂鬱な月曜日。

シンジは自分の席に座って頬杖をついて教室の窓から校庭を見ていた。今日はアスカは本部で精密検査を受けるため学校を休んでいる。

シンジの二つ前にはレイが同じように座っている。

レイは時々右手を動かしている。恐らく本を読んでいてページでも捲っているのだろう。

シンジは昨日の夕食の時の光景を思い浮かべていた。




ミサトとアスカはお互いに終始無言で黙々とシンジが作った市販の冷麺を食べていた。

どうしちゃったんだろ…二人とも…

シンジはいつもなら二人で馬鹿騒ぎするミサトとアスカの間に只ならぬ険悪な空気があることに気が付いていた。

それも僕が起きてミサトさんの部屋に行ったときにアスカから「出ろ」って言われてからだし…一体、二人に何があったんだろう…

一言も言葉を発しないまま三人はあっという間に食事を終えてしまった。ミサトもさすがに二日酔いがしんどかったのか迎え酒はしなかった。

シンジが風呂の準備をして洗い物をしているとアスカがキッチンに入ってきた。やっぱりいつもの元気がない。

ミサトは自分の部屋に戻って布団に横になっている。

「あ、あのアスカ…」

シンジはありったけの勇気を振り絞ってアスカに声をかけた。アスカはコーラーのペットボトルを手に取ったままやや空ろな目をシンジに向ける。

「なによ…」

「あ、あのさ…何かあったの?」

アスカの顔が少し強張っていくのが分かった。

「別に…アンタには関係のない話よ…心配する振りなんかしないでよ…」

アタシに興味のないアンタに何を相談すればいいわけ?アタシがこの話をすればアンタきっと引くでしょ?無責任な質問をしないでよ…アンタのそういうはっきりしない態度がアタシを傷つけるのよ…

アスカはコーラをグラスに注ぎながら心の中で呟いていた。

シンジはシンクの前でそのまま立ち尽くしていた。

アスカは時々そうやって僕を突き放す…僕が何か出来る訳じゃないけど…苦手なんだよな…いや…そうじゃない…僕はアスカのことを怖いって思う時がある…そうだ…この感覚…怖いんだ…僕は…

アスカはグラスを持って自分の部屋に向かおうとしたがシンジの様子が気になってちらっと横目で見る。

シンジはまだ下を向いていた。

アンタは何も悪くないのに…ミサトとアタシのことでアンタなりに気を使って…トラブルを引き起こしたアタシがアンタに冷たくするのはおかしな話よね…

アスカは再びシンジの方に歩いていった。グラスをテーブルの上に置いてどんどん近づいていく。アスカに気づいたシンジはハッとして顔を上げる。

「ど、どうしたの?何か忘れものでも…うぶっ」

アスカは何も答えずにシンジの目の前まで来るとそのまま首に腕を巻きつけていきなりシンジの唇を奪った。

アスカはシンジから顔を離してシンジの目をじっと見る。

何やってるんだろう…アタシ…自分のことも分からない…アンタにどう接していいかも分からない…ただ…自分勝手にアンタに頼ってる…情けない自分に対する怒りを近くにいるアンタに向けるしかない…

勝手でバカな女って思ってるんでしょうね…何もないアタシがアンタに出来ることって…こんな事くらい…

腕はまだシンジの首に巻きつけたままだった。

シンジは突然のことに面食らって顔を真っ赤にしていた。シンジの呼吸は荒かった。

「アンタ…いきなりこんな事をするアタシをふしだらな女だと思う?」

「えっ…そ、そんなの…」

「本当のこと言っていいわよ。怒らないから…」

「お、思わないよ…」

「どうして?アタシが他の人にも同じような事をするかもしれないじゃない?」

「それは…あまり重要じゃないと思うんだ…だって…キスは気持ちが大切なんだし…」

「気持ち…?」

「うん…行為そのものには意味はなくて…その…その時の気持ちが大切なんだと思う…だから…アスカがどう思っているか…が大切なんじゃないかな…」

アスカはシンジの意外な言葉に驚いていた。

ビックリだわ…シンジがこんな事を言うなんて…そうよ、大切なのはその人の事を想う気持ちよ…気持ちが通じ合う事でお互いを幇助し合い、そして慈しみ合う。天が二人を分かつ時まで…

「そうね…アンタの言う通りね…大切なのは気持ちよ…ミサトとアタシのことはアンタが気にしなくていいわ。すぐ元に戻ると思うし…多分…」

アスカはすっと腕を解くとそのままシンジに背を向けてグラスを手にとってキッチンを後にしていった。

その気持ちにアンタに気が付いて欲しいって思うアタシはおかしいの…?勝手な言い分だけど…アタシから言い出せばいいんだろうけど…

プライドを捨てることって…今のアタシにとって自分が潰れてしまうことと同じ…




 
シンジはアスカの後姿を脳裏に思い浮かべていた。

「碇君…」

シンジは不意にレイに名前を呼ばれてハッとする。いつの間にかシンジの目の前にレイが立っていた。

「あ、綾波…どうかしたの?」

「これを…セカンドに渡してほしいの…」

見るとレイは家庭科の授業中に配られたプリントを手に持っていた。ぱっと見たところ実習でエプロンと体操着入れを作る予定になっていて布を各自で用意する様にという内容だった。

「ああ。うん分かった。ありがとう。綾波」

「ありがとう…」

レイはシンジにプリントを手渡すとそのまま自分の席に戻っていく。

「あ、綾波…?」

シンジはレイの後姿に躊躇いがちに声をかけた。レイはシンジの方を見る。

「何?」

「あ、あのさ…最近、髪が綺麗だよね…」

レイはシンジの言葉を聞いて頬を赤らめた。

「この前…セカンドにブラシをもらったから…」

「え!アスカが?綾波に?」

シンジはビックリして思わずレイの顔と髪を交互に見比べた。レイが無言で頷いた。

「髪の梳き方…教えてくれたわ…」

「そ、そうなんだ…何かとっても素敵だよ…」

レイは口に手を当てると慌ててシンジから目を逸らしてそのまま何も言わずにシンジから離れて行く。
あ、綾波…もしかして照れてるのかな…

シンジはレイの反応に驚いていた。感情を表すことなど滅多にないレイがシンジに髪を褒められて見せた仕草は初めて見るものだった。

それにしても…何だって最近、アスカは綾波を構う様になったんだろう…ブラシまでプレゼントするなんて信じられないや…

これまでの3人の仲はシンジを中心にして辛うじて纏まっている様に見えた。アスカとレイの間がほとんど没交渉に近かったからだ。

それが微妙に状況に変化が生じていた。




3人は基本的に一週間のうち6日は誰か一人が必ず本部に待機しなければならなかった。

どういう訳かこれまで使徒は日曜日に襲来する事はなく、月曜日から土曜日の間に不定期に現れていた。世界を創造した神が6日で世界を作り7日目に休息を取ったという話に関係があるのだろうか。

とにかくその傾向から6日を稼働日として3人でシフトを組んで必ず初動体勢が取れるようにネルフに出勤していたのだ。

シンジたちはこれを「当番」と呼び合っていた。

特に取り決めた訳ではないが3人の中で学校に出席したものは「当番」に学校の伝達事項や時に板書のコピーなどを渡すことが暗黙のルールになっていた。

しかし、その役目を履行するのは常にシンジであった。

シンジはレイからアスカ、アスカからレイの間を仲介していたから基本的にシンジがアスカとレイのメッセンジャーであるという認識が学校はおろかネルフ内でも定着していた。

顕著な例がシンジの先日の「当番」だった。

シンジはミサトに呼び止められると「シンちゃん。悪いんだけどさあ、アスカにこれを渡しといてよ。それから世界異種格闘技の録画も頼んどいてね。予約忘れちゃったのよ」と言われて数枚のCDやDVDが入った紙袋を手渡された。

一番上にあったDVDはアスカの字で「Music Square / 01 Okt, 2015」と書かれてあった。どうやらミサトがアイドルの新曲を完璧にマスターする片棒をアスカが担いでいたらしいことが伺えた。

シンジが紙袋を提げてパイロットの更衣室に向かっていると今度はマヤに出会う。「シンジ君。本部待機お疲れ様ね。これレイに渡すの頼まれてくれないかしら?」と言われて数読パズルのゲームソフトの入ったビニール袋を渡された。

どうやらレイをゲーマーにするきっかけを与えていたのはマヤらしい。その後、青葉から何の対価かは不明だがアスカ宛に1500円が入った茶封筒まで手渡された。

アスカも綾波も「当番」の時に本部でいつも何やってるんだろう…

シンジはさすがに預かり物で一杯になった自分のスポーツバッグを見てやや閉口した。

ところがボール直撃事件後、誤差程度の話ではあるがアスカからレイにコンタクトする回数が明らかに増えていた。

シンジの考えごとは昼休憩終了の予鈴でかき消された。再び喧騒が教室を支配していく。
 




学校の授業が全部終わって掃除の時間になった。

シンジの班は今週の持ち場である校庭の掃除に向かっているところだった。

「君、2年A組の碇君だろ?」

シンジは不意に後ろから声をかけられた。

振り返ってみるとそこには既にサッカー部のユニフォームを着た利根俊吾が立っていた。利根は爽やかな笑顔を湛えていた。シンジより15cmは背が高くて体つきもがっしりしていた。

やはり誰が見てもかなりかっこいい。

シンジは平均的な体格をしていて決して小さいわけではなかったが典型的な文化系の少年で全体的に線が細かった。

来日当初からアスカの方がシンジより5cm程度背が高いから利根はアスカと比べても10cm程度は背が高いことになる。

「はい…そうですけど…」

シンジは面食らって思わず戸惑った表情を顔に浮かべていた。

「悪いんだけどちょっと君と話がしたいんだ。これからいいかな?」

「えっ、今からですか?」

シンジがケンスケたちの方をチラッと見る。トウジがケンスケの後ろからシンジに話しかけてきた。

「シンジ。ほな、俺らは先に行ってやっとくさかいに」

「でも…掃除が…」

「シンジ、先輩さんが呼んでんねやで?お前、行った方がええんとちゃうか?掃除のことは気にせんでもええから」

「う、うん…じゃあ後で行くよ」

シンジは正直なところ掃除を口実に利根の呼び出しを断りたかったのだが、気の利かない友人たちの言葉で渋々ながら利根について一団と離れていった。

シンジと利根という異色の組み合わせはかなり耳目を集めていた。

利根がアスカに先週の木曜日にボールをぶつけてしまった事は普通にアスカをおぶえばいいものをわざわざお姫様抱っこして医務室に運んだことやその後にバラの花束を贈ったことで有名になっていたし、その利根に呼び出されているシンジはアスカと一つ屋根の下で同居していて毎日一緒に登校してしかもアスカの弁当を作って渡していることで有名だった。

その二人が相対するのである。注目を集めるのは当然の成り行きだった。

シンジと利根は体育館とテニスコートの間にある桜並木の前までやって来た。シンジは知るはずも無いが奇しくもアスカが阿武隈から告白を受けた場所に程近かった。

「この辺りでいいかな…」

独り言のように利根が呟くと後ろを離れてついて来ていたシンジを向き直る。

やはり爽やかな笑顔を浮かべていた。

漫画だったら歯が光る笑顔だよな…これって…

シンジは利根の屈託のなさにやはり戸惑っていた。

あまりにも自分と住む世界が違う、そんな感じだった。

第一中学校のクラス編成は非常に特殊だった。A組は全学年を通して日本全国から何らかの選考基準で選ばれた少年少女が集まっていたが、B組以降は基本的にごく普通の地元学区の子弟で構成されていた。

B組の利根も第三東京市出身で両親はかなり裕福だと聞いていた。少なくともシンジにとっては色々な意味で結構苦手なタイプだった。

「実はさ。今日、惣流さんにこれを渡そうと思って持ってきたんだけど休みだっていうからさ…」

照れるでもなく利根はややクリームがかった如何にも高そうな封書を自分のスポーツバッグのポケットから取り出してシンジに見せた。

間違いなくラブレターだった。

シンジはどう反応していいのか困惑した。利根は笑顔を絶やすことなくじっとシンジの様子を観察しているようだった。

「今日は…アスカは…その…精密検査を一応念のために受ける事になってて…それで休んでいるんです」

シンジの「アスカ」という呼び方に微妙に利根は反応したが笑顔は崩さない。

「ああ、そうだったんだ。悪いところは特にないとは如月先生から聞いてはいたけど。念のためにってことなんだね?」

「はあ…まあ…調子は悪くないみたいですから…」

本当を言うとボールが直撃して以来、シンジはアスカの様子が特に精神面でおかしい事に引っかかっていたがこれは常日頃から寝食を共にしていないと分からない事だった。

敢えてそれを利根に言う必要はないと思いシンジは黙っていることにした。

「で、申し訳ないんだけどこれを君に言伝たいんだけど頼まれてくれないかな?」

そう言って利根は封筒をシンジに差し出す。

「どうして僕がそんな事をしないといけないんですか?」と喉元まで言葉が出掛かったが内気なシンジは言い出せない。

シンジは一昨日、昨日とアスカと既に二回キスをしていたが、シンジにはアスカの真意がどこにあるのかよく分からなかった事も微妙に影響していた。

いつもの悪ふざけだったかも知れないし、どちらにしても「僕たちはキスまでした仲なので」というのもおかしい。やはりそれを「絆」とは一般的にも言わないだろう。

結局、利根の申し出を断ることが出来きずおずおずと利根から封筒を受け取る。

「ありがとう。助かるよ。こういうものは直接渡したいんだけど生憎と明日から引退試合で第二大阪市に遠征に出てしまうからね。今日しかチャンスがなくてさ。まさか下駄箱の中に入れるわけに行かないだろ?第一、汚いしさ。惣流さんの気持ちも分かるよ。ははは!」

言われてみれば確かに下駄箱の中に手紙を入れるというのはおかしな風習だった。

アスカは学校指定の黒い合皮の靴を毎日綺麗に掃除していたし、制服、体操着や水着の類に至るまでデオドラントも徹底していた。上履きも必ず一週間に一度は持ち帰って風呂場で洗う。

アスカにシンジは自分の上履きもスニーカーも手入れをする様に強要されていた。とにかくアスカは汗臭さの類が嫌いだった。

そんなアスカではあったが利根が言う様な”汚い”という理由でラブレターを焼却処分している訳ではない事をシンジは知っていた。

この人…相手の立場に立って考えるタイプじゃないんだろうな…多分…それに…どうして僕にこれを渡してくるんだろう…

シンジはどことなく利根に対して不快感を覚え始めていた。

挑発行為か、観測気球なのか…いずれにしても露骨な挑戦と考えてよさそうだった。

そうなんだろうか…素直に受け取った僕って…最悪なんだろうか…

他人と接する事に慣れていないシンジはただ戸惑い、困惑するしかなかった。そんなシンジに構うことなく利根は対照的に明るく話始める。

「惣流さんの来週の都合がいい日に放課後にでもまた会って直接話もしたいと思っているんだけどね」

「あ、あの…放課後は一寸まずいと思います。基本的に…」

「どうして?」

「その…アスカは16時から”将軍吉宗が往く”を絶対に見ることにしていますから…」

「吉宗って…もしかして時代劇の…?」

「ええ、まあ…」

「そうなんだ…何かイメージとずいぶん違うんだね…やけに渋いものが好みなんだなあ…」

利根は手を顎に当てて少し思案顔になる。

「あの…僕…そろそろ掃除に行かないと…」

「ああ、そうだね!済まなかったね、時間を取らせちゃって。それは宜しく頼んだよ。じゃあ」

利根はそういうと颯爽と校庭の方に向かっていく。シンジは利根のラブレターを制服のポケットに仕舞ってトウジたちのいる掃除の分担地区の方に歩き始めた。

何やってるんだろう…僕…アドバイスまでして…

大きなため息を一つついていた。
 
 
 
 
 
 Ep#05_(13) 完 / つづく
 
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