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新世紀エヴァンゲリオンの二次創作物、小説「Ihr Identität」を掲載するサイトです。初めての方は「このサイトについて」をご参照下さい。小説をご覧になりたい方はカテゴリーからEpisode#を選んで下さい。この物語はフィクションであり登場する人名、地名、団体名等は特に断りが無い限り全て架空のものです。尚、本ホームページに使用した「新世紀エヴァンゲリオン」の画像は(株)ガイナックスのガイドラインに沿って掲載しています。配布や転載は禁止されています。
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第14部 A tense atmosphere 無言劇


(あらすじ)

利根のラブレター(挑戦状)を携えて帰宅の途に付くシンジの足取りは重たい。マンションに着いたシンジが玄関に入るとアスカの歌声が聞こえて来た。
ブラームスの子守唄(das Wiegenlied)だった…
シンジの帰宅に気が付いたアスカとシンジの間に緊迫した空気が流れる。すれ違う二人の気持ちは日増しに痛みを倍化させていた。心の支えを失って不安定なアスカの忍耐は限界に達しつつあった。
(本文)

学校からミサトのマンションに帰るシンジの足取りは重かった。

トウジたちと別れていつもの様にタイムサービスの時間を狙って大安吉日堂で食材の買出しをする。今日は朝の折込チラシで秋刀魚が安いことをチェックしていた。

シンジはデジタルの腕時計を見ると無機質な数字が夕方の6時を示していた。

時間的にアスカは「吉宗」の録画を見ている頃合だ。ネルフの本部待機は朝9時から夕方5時までを一日と集計するからネルフに行く日は録画するしかなかった。

今日は本来ならシンジが「当番」だったが本部で精密検査を受けるアスカとついでということもあって交代していた。

特に深い理由はなかったが出勤するネルフ職員でごった返すジオフロント線と呼ばれるリニアの中で朝の通勤ラッシュに揉まれるのがシンジは苦手だった。何か言われるかもしれない、という心配をよそにアスカはあっさりとOKしてくれた。

しかし…

学校に行ったら行ったで面倒なことが起こる…どうしてこうなるんだろう…僕を放っておいて欲しい…

三鷹市の叔父夫婦の家に5歳からずっと預けられていたシンジは学校を好きなときに自由に休んでいた。特に苦手な水泳の授業があるときは必ず休んだ。

学期末の三者面談で担任からきまってシンジは素行について注意を受けていた。何かにつけて厳しかった父ゲンドウとは対照的に「先生」と呼んでいた叔父から叱られた記憶は一度もなかった。

友達もいない。特に会いたいと思う人がいる訳でもない。楽しいと思う教科がある訳でもない。そんな怠惰な毎日があくる日もあくる日も続いていた。

面倒臭い…

それがいつしかシンジの口癖になっていた。

嫌なことがあれば休めばいい。面倒臭いことがあれば家から出なければいい。そうやってずっと生きてきた。これからもずっとそうして生きていけばいい。楽しいことだけを紡いで生きていけばいい。そう思っていた。

どうせ…僕は…必要とされていないんだから…いない方がよかったんだ…僕みたいなやつ…誰にも会いたくない…誰とも関り合いたくない…

他人と関われば関わるほど面倒なことが起こる。それは決まって楽しくなかった。

こんな僕を…頼る方がおかしいんだ…自分で渡せばいいじゃないか…こんな手紙…JP(日本郵便株式会社)で出せばいいのに…どうして僕なんだよ…

シンジは表現できないムカつきを感じていた。普段は気にならないセミの鳴き声が今日はやけに耳障りだった。

イライラが増してくる。

アスカも…いつも僕のことを頼りないって言う…そうだよ…僕は頼りないし…情けないんだ…僕はみんなから嫌われているんだ…だから…捨てられる…父さんみたいに…僕に近づいてきて…人は僕を知った瞬間に…嫌いになって…そして…捨てていくんだ…だから…

足元ばかり見ていたシンジはやがてユニゾン特訓の時に飛び出して行ったアスカがいた公園まで帰って来たことにも気が付かなかった。

だから…僕は…アスカが…怖いんだ…時々…怖くなるんだ…僕をいつもバカにする…ほんとにバカだから仕方がないけど…僕を嫌ってるくせに…嫌いなくせに…バカにするくせに…

シンジはミサトのマンションの前まで来るとようやく顔を上げる。10メーター先にSGの車が止まっているのが目に入った。シンジはまたため息をつく。今日はこれで何回目のため息になるだろうか。

なんで僕に…僕に…キスなんかするんだよ…アスカは僕にちょっかいを出していつも困らせる…僕を混乱させて楽しんでるんだ…僕でストレスを解消してるのかな…だとしたら…許せない…父さんと・・・父さんと同じじゃないか…僕の気持ちをそうやって…裏切るんだ…

しかし、シンジは利根の依頼を果たさないといけないという責任を被ってしまった自分が一番腹立たしかったし、情けなかった。

やれやれだなあ…こんな事になるんならアスカと交代せずに当番に行ってた方がよかった…巻き込まれないで済んだのに…

「あーあ…面倒臭いなあ…」

思わずシンジはエレベーターの中で独り言を呟いていた。

これを渡すのは気が重い…でも…ラブレターなんてアスカにとって特別なものじゃないし…いつももらってるじゃないか…そのまま普段通りに処分するかもしれないし…

シンジは少しずつ楽観的に考える様にはなっていたがどこかすっきりしなかった。不意にシンジの脳裏にアスカとのキスの光景が過ぎる。

一抹の不安が心のどこかにあった。

まさか…怒ったりしないと思うけど…大丈夫だろうか…

いつもよりミサトのマンションに早く着いた気がした。考え事をしていたせいだろうか。シンジは制服のポケットからカードキーを取り出す。

プシュッ

「ただいま…」

シンジは今にも消えそうな弱々しい声で玄関に入る。返事は聞こえなかった。

玄関先にアスカの革靴が揃えて置いてある。当番から帰って来ている証拠だ。

シンジはしゃがみこんでスニーカーの靴紐を緩める。今日に限ってきつく結んでいた。

やれやれ…

シンジはハッとする。リビングの方からアスカの歌声が聞こえてきていた。アスカの声は昨日より明るかった。

シンジはスニーカーを脱ぐと廊下で暫くそば耳を立てる。

あれ?このメロディはブラームスの子守唄だ…英語じゃないよな…多分、ドイツ語…

Guten Abend, gute Nacht, mit Rosen bedacht,
Mit Näglein besteckt, schlüpf unter die Deck!'
Morgen früh, wenn Gott will, wirst du wieder geweckt
Morgen früh, wenn Gott will, wirst du wieder geweckt
Guten Abend, gute Nacht, von Englein bewacht
Die zeigen im Traum, dir Christkindleins Baum
Schlaf nun selig und süß, schau im Traum 's Paradies
Schlaf nun selig und süß, schau im Traum 's Paradies

アスカが歌ってる…

アスカの歌声を聞くのは珍しいことではない。

ミサトと歌番組「Music Square 2015」を見ているときにアスカが好きなグループの歌を歌詞の誤認識で目茶目茶に歌うのを隣で何度となく聞かされていた。

シンジはアスカの歌声が嫌いではなかった。

普段は甲高い声で捲くし立てるアスカが苦手なシンジだったが落ち着いたトーンで歌う時のアスカの声は心地よく感じていた。

僕の知らないアスカがまだいる…僕たちは…何も知らない…お互いのことを…知らないことの方が多い…

シンジが廊下からキッチンに入ると赤いタンクトップとショートパンツをはいたアスカがリビングで足の爪に水色のマニキュアを付けているのが見えた。

アスカは珍しくヘッドセットを外していた。

アスカが靴下で見えない足の方には濃い目の色、手の方には学校の風紀委員に咎められない程度に非常に薄いピンク色を付けることをシンジは知っていた。

付け終わるとアスカは足に息を吹きかけてその場で足をバタつかせ始める。後ろから見るその姿は愛らしく滑稽だった。

こんな可愛い所があったんだ…

アスカの動きが止まる。膝を抱えたまま自分の足元を見ている様だった。そしてキッチンにいるシンジにも聞こえる様な大きなため息を一つつく。

「ママ…アタシ…どっちのアタシが本当のアタシなの…」

呟く様な小さな声だったが透き通る様なアスカの声がはっきりとシンジの耳に届いていた。

どっちのあたし?

シンジは思わず一歩をアスカの方に踏み出していた。

アスカはまだシンジの存在に気が付いていない。やがて自分の横に置いてあったヘッドセットをさっと手に取ると手際よく鏡も見ずにさっと付ける。そのままゴロッとリビングにアスカはキッチンの方に頭を向けて寝転んだ。

その時、じっとアスカの所作を見ていたシンジとばったり目が合った。アスカは思わず起き上がる。

「う、うわっ!ちょっと!アンタいつからそこにいたのよ!びっくるするじゃないのよ!」

「えっ…あ、あの…」

アスカは顔を真っ赤にしている。裸を見られたかの様な恥ずかしがりかただった。

シンジも突然のことで咄嗟に言葉が頭に浮かんでこない。

「か、帰ってきたんなら…その…ただいまくらい言いなさいよね!」

「えっと…その…ご、ごめん…でも…一応言ったんだけど…」

「え!本当に?聞こえなかったわよ!」

「ちゃんと言ったってば…アスカが歌ってたから…その聞こえなかったんじゃないかな…」

シンジの口から「歌っていた」という言葉が飛び出してアスカは大きく目を見開く。アスカにしては珍しく取り乱している様に見えた。

歌って…そんなに長いこと…そこに立ってたってこと?うそ…一体どこから聞いてたっていうのよ!

「ちょっと!ずっと立ち聞きしてたってこと?アンタ!変態じゃないの?」

「た、立ち聞きなんて…その…僕が帰ってきた時に…歌が聞こえて来たんだ…それで僕の声が聞こえなかったんだよ…きっと…」

「な、何よ、アタシの歌のせいだっていうの?アンタ、それでも男?アタシの歌で聞こえなくなる様な小さい声で挨拶すんじゃないわよ!」

アスカは焦りでどぎまぎしているシンジの弁明を聞いて内心ホッとしていたものの振り上げた拳を急には下ろせなかった。勢いそのままにシンジに激しい言葉をぶつけてしまった。

しまった…アスカがそう思った瞬間だった。シンジは途端に静かになって下を向いた。

「そんな…そんな言い方って…無いじゃないか…」

シンジは学校での出来事もあったが、「男らしくない」という類の事を言われるとすぐに落ち込むところがあった。みるみる顔を曇らせていくのがアスカからも見えた。

結局…みんな僕を利用するだけなんだ…誰も助けてなんかくれないし…僕をわかってくれ様ともしない。バカにするだけなんだ…

アスカは自分の気まずさを誤魔化す為に勢い余ってシンジに絡んでしまったことを後悔し始めていた矢先だった。シンジの様子を見てハッとするとシンジの顔から目を逸らしてバツの悪そうな表情を浮かべた。

「ごめん…今のは言いすぎた…ちょっと…アタシ…今、イライラしてるから…ごめん」

「アスカ…」

シンジはこの時ようやくアスカの「ごめん」という言葉に思いが至って顔を上げた。

来日当初はとにかく刺々しくてただでさえ気の弱いシンジは一方的にアスカに怒鳴られるだけだった。それが共同生活を通してアスカの同居人に対するバリアがどんどん薄れ、夏祭り辺りでお礼を言うようになり、そして今の様に自分から非を認めて謝るようにもなっている。

その為なのか…始めは苦痛だった共同生活。

シンジもミサトとアスカの姉妹喧嘩の様な掛け合いでミサトと二人暮らしの時よりもかなりこの家での生活が心地よくなってきていた。

アスカが謝るなんて…

シンジはユニゾン特訓の時に隣に寝ていたアスカにキスしようとしたことがあった。出来心だった。当時のアスカはシンジに対してガードが固かったし、誰に対しても対抗心むき出しで刺々しかった。

アスカに対して思春期の少年として無関心で入られなかったのだ。そのアスカは日々の生活の中で大きく変わっていた。シンジに対しても今の様に謝る。

シンジは誰でもいいから自分を受け入れて欲しい、必要として欲しいという気持ちを常々持っていた。あれほど手厳しかったアスカの口から漏れた「ごめん」という言葉はシンジの琴線に触れていた。

シンジはキッチンのテーブルに食材と自分のかばんを置くとリビングの中に入ってきた。

アスカはシンジから顔を背けたまま喋り始めた。

「アタシさ…この前バカしちゃったからさあ、明日が久しぶりのシンクロテストなの…それに最近、あまりいい事なかったしさ…だから、アタシ…」

怖いのよ…堪らなく…アタシは誰にも負ける訳には行かない…トップじゃないと意味がない…じゃないとその時点でアタシは終わりだから…価値がなくなる…もし明日Evaを動かせなかったら…その時アタシは全てを失ってしまう…この生活とも…アンタともお別れ…そんな弱音をアンタに聞かれたかと思うと…裸を見られるより恥ずかしかった…

アスカはシンジの気配を察してシンジの方をはっと見る。

シンジ…アタシはアンタのことが…好き…でも…アタシはそのアンタにも負けることは出来ない…ねえ…アタシはどうしたらいいの…アンタにどう接したらいいの…アンタがいつまでもアタシのものにならないなら…全部がアタシのものにならないなら…何にもいらない…そう思わないと…アタシは…このままだと…何の支えもなくなってしまう…本当に全てをなくしてしまう…

シンジは尚も近づいてくる。もうすぐそこに立っていた。

シンジ…今すぐにでも…それが分かるならアタシはこれ以上傷つかなくて済む…アンタとも気兼ねなく戦うことが出来る…でも!でも!今のアンタにアタシはどう接すればいいわけ…お願い…答えて…アタシだけ見てよ…そんなに近くにいるなら…そのまま抱き締めて欲しい…

アスカがこれまで自分から誤ったり御礼をうやむやにしたりしていたのは相手を認めることで自分が負けたくないという気持ちの裏返しだった。その対抗心は基本的にシンジやレイという同じチルドレンに対してある意味今でも向けられていたが来日当初ほどではなくなってきていた。

始めはとにかくその異常な激しさにあの冬月でさえ当惑していたのだ。

「キョウコ君も勝気ではあったが…やはり…親子とは言っても…母親のそれとは少し違うようだな…」

アスカのチルドレン内における優位性のバロメーターは唯一絶対的な指標である「シンクロ率」だった。

来日以降ずっと定期/不定期問わずアスカはトップを維持していたが、最近はシンジの追い上げが著しいのも事実でアスカの中でシンジに対する想いは時間の経過と共に複雑化していた。

アスカは停職処分やパイロットの入れ替わり試験などで明日のシンクロテストが久しぶりになる。唯でさえビハインドがあるのに加持やミサト、そして目の前にいるシンジと、自分の周囲との摩擦に苦しんでいた。

心はどんな小さなことでも悲鳴を上げていた。それにアスカはひたすら耐えていた。

そのシンジが目の前に立っていた。

アスカはどうして僕とキスなんかを…アスカは何を思って僕なんかと…頭もいいし、キレイだし、身長も僕より高いし…僕にはよく分からないよ…アスカはどう思っているの?

「アスカ…ごめん…ちょっと考え事していたから声が小さかったかもしれない…」

「そんなこと…どうだって…いいじゃない…」

アスカはシンジの言葉を聞いて体中の血が逆流して来るのを感じていた。そしてふつふつと怒りがこみ上げて来ていたがそれを必死に抑えていた。

「べ、別に…盗み聞きしようとしたわけじゃないんだ…たまたまだったんだ…」

「…わかったから…」

それだけを言いに…アタシの目の前にいるわけ…?アンタ…アタシはここにいる…

アスカは思わず右手の中でネイルキットの小さな金属製のカッターを力一杯握る。鋭利な金属の切っ先がアスカの白い人差し指の付け根辺りを切りつけて行く。

ジレンマの痛みだった。

「何か…僕…嫌われたんじゃないかって…ちょっと…心配になったから…」

シンジ…アンタはアタシの気持ちを分かっていない…いや理解しようともしていない…アンタの気持ちが何処にあるっていうのよ?いや…本当に自分すらそこにいるのかしらね…アタシがどう思うかが重要なんじゃない…アンタがどう生きるかよ…

アタシも自分がないから、ある意味アンタと同じ…でもアタシとアンタが決定的に違うところ…それが今はっきり分かった…

アタシは今をちゃんと生きてる…何もないことを理由に今を…この瞬間を逃げたり…目を背けたり…しない…アンタは…逃げてる…そう…アタシからも自分からも…逃げてるのよ…

シンジはアスカが俯いて無言なのが気になっていたがそのまま微笑みかけるばかりだった。

アスカの心には無理解という絶望感が広がっていた。アスカは右手に一層力を込める。血がアスカの拳の中に溢れていた。

もう十分だわ…自分からも逃げるアンタ…アタシがバカだったってこと…?アンタを好きになるなんて…それがそもそもの間違いだったってこと…?アンタはただのバカシンジってこと…?

何も答える事無くアスカはぷいっとシンジに背中を向けると自分の部屋へと向かっていった。

その様子にシンジはビックリする。

「あ、アスカ…?」

ふとシンジが自分の足元を見ると血の滴った様な後が3つ、4つカーペットに付いているのが見えた。

「えっ…何でこんな所に…まだ新しい…」

シンジがリビングにあるティッシュで血の跡を拭く。アスカは自分の部屋に戻ると部屋の真ん中にしゃがみ込んだ。アスカの目は空ろだった。

「一人で生きていく…しかない…のかな…じゃないと何もかも失ってしまうし…アタシにはあまり時間がない…」
 
 
 
 
Ep#05_(14) 完 / つづく

(改定履歴)
2011.09.02 / リンク切れ修正
2012.09.02 / リンク切れ修正
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