新世紀エヴァンゲリオンの二次創作物、小説「Ihr Identität」を掲載するサイトです。初めての方は「このサイトについて」をご参照下さい。小説をご覧になりたい方はカテゴリーからEpisode#を選んで下さい。この物語はフィクションであり登場する人名、地名、団体名等は特に断りが無い限り全て架空のものです。尚、本ホームページに使用した「新世紀エヴァンゲリオン」の画像は(株)ガイナックスのガイドラインに沿って掲載しています。配布や転載は禁止されています。
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第15部 Passing each other 好きなのに…
(あらすじ)
シンジとアスカは二人だけの夕食を取っていた。
シンジがおずおずと見せた一通の手紙…
それを見たアスカは…
(あらすじ)
シンジとアスカは二人だけの夕食を取っていた。
シンジがおずおずと見せた一通の手紙…
それを見たアスカは…
(本文)
「よし!今日は美味く焼けたな」
すると葛城家の固定電話がなり始めた。時計は七時を回っていた。
「はい、葛城ですが…」
「もしもし、シンちゃん?あたしだけど…」
「ああ、ミサトさん。どうしたんですか?」
「ごめーん。あたし今日はちょっち野暮用があってさあ。今日は帰れないから。アスカと食べといてよ」
「えっ…帰れないって…そうなんですか?」
「ごめんね、じゃあね」
ミサトは一方的に用事だけをシンジに伝えると電話を切った。遅くとも六時半過ぎには今まで必ず一報を入れていたミサトにしては珍しいパターンだった。
「誰だったの?今の電話。ミサトからだったの?」
「ひっ!」
不意に後ろから声をかけられたシンジはビックリして受話器を落としそうになった。そこには右手に包帯を巻いたアスカが立っていた。
「あ、アスカ。びっくりした…」
「何よ失礼ね。Ladyに向かって。ミサトだったの?」
アスカは横目でシンジの顔を見ながら戸棚からガラスコップを2つ取り出す。麦茶のボトルを冷蔵庫から取り出してコップに荒々しく注いだ。
「うん…今日は帰れないって。今さっき電話があったんだ」
シンジの言葉を聞いていたアスカは眉間に皺を寄せる。
「帰らないでしょ…?」
「え?そ、そうだったかな…あまり気にして聞いてなかったから…」
「そうよ…そうに決まってるわ…」
諺、格言類はまだ駄目だが微妙な言い回しや変化をアスカは使いこなせる様になっていた。シンジは受話器を置くと同じく戸棚から自分とアスカのお茶碗とお椀を取り出す。
シンクの方に歩いて行くシンジと入れ替わる様にしてアスカが食卓の椅子に片膝を着いて座った。
「右手どうかしたの?」
「…別に。足の爪を手入れしている時にちょっと切ったのよ…大したこと無いわ」
「そうなんだ…ならいいけど…」
シンジがアスカの目の前にご飯となめこ汁を置く。
やっぱり…面と向かっては聞き難いなあ…気にはなるけど…
二人だけの夕食が始まった。
シンジはアスカの右手の包帯を見ながらチラチラと様子を伺っていた。
「アスカ、それはそうとさ。今日の検査の結果はどうだったの?」
「全然問題ないわ。どこも異常なし。至って健康だそうよ」
「そうなんだ。それはよかったね」
アスカはそれには答えずラッキョを一つ赤い塗り箸でつまむと口の中に放り込んだ。
「あ、そうだ。学校の伝達事項。はいこれ」
シンジはアスカにレイから預かった家庭科のプリントをアスカに見せた。アスカは関心なさそうに箸でプリントを摘むと自分の前まで持っていった。
「ふーん。今度はエプロンと体操着入れか…」
「あれ?アスカ、漢字が読めるの?」
「読めるわけないじゃん…ファーストが漢字に全部読み仮名を打ってくれてるのよ。ほんっとマメね、あの女。こういう細かい地味な作業をやらせると抜群だわ。ったく」
表現こそ荒々しいがアスカがレイのことを微妙にでもポジティブに言うのをシンジは初めて聞いた。アスカはそのまま自分の横にプリントを置いて秋刀魚の盛り付けてある大皿に手を伸ばす。
「あーあ…つまんない…ねえ、他には何か面白い事とか学校で無かったの?鈴原のバカがドブに落ちたとかさ」
「…うーん…そんなに頻繁に面白い事なんて起きるわけないじゃないか…普段通りだったよ…」
「そうなんだ…」
アスカは大根おろしを赤い塗り箸でつまんでサンマの横に置き、その上に勢いよく醤油をかける。椅子の上で器用に胡坐をかいていた。
行儀は決して良くないが何処にでもいそうな日本人の女の子がそこにはいた。
納豆やにくじゃが、日本特有の微妙な薄味を楽しむ料理はまだ少し苦手だったが。
「変わったことと言えば…そうだね…」
シンジは自分からは切り出し難かった利根からの「預かり物」の事を頭に思い浮かべていた。
どうしよう…このまま放置しても…
「なーに?どうしたの?もったいぶっちゃってさあ…」
何でもいい…気晴らしになるような事なら…明日は…勝負なんだから…
「う、うん…その…」
シンジはアスカに促されて思案が纏まらない内に口を開いていた。
「実はさ…今日、利根先輩に呼び出されたんだ」
「利根先輩?誰それ?ぜんぜん知らなーい」
アスカは興味なさそうにサンマの身と骨を器用に箸で分けて口に放り込んだ。
「知らないって…」
薔薇の花束とかもらってたじゃないか…それに…かっこよくって…頼り甲斐ありそうだし…心当たりが無いわけ…ないじゃないか…
「ほら、アスカがボールをぶつけられたサッカー部の先輩だよ」
「サッカーボール?ああ…なんだ…加害者Aのこと?」
「うん…今日の掃除の時間にその人と会ったんだけど…」
「あ、そう…別に面白くなさそうね、それ…」
誰かと思えば…何だ…つまんない…どうでもいいじゃん…そんなヤツ…
「そ、そうだね…もうやめよっか…たいした話じゃないし…」
「別に途中で止めなくてもいいじゃん。で?何でアンタが呼び出しを受けたわけ?イシャリョウでもくれるって?」
アンタの話が聞きたいのに…
「い、慰謝料?そんなんじゃないけど…その時にこれを預かったんだ…」
シンジはそういうとおずおずと利根から渡されたクリーム色の封筒をアスカの目の前に置いた。
「なにこれ?お金でも入ってるの?」
アスカは始め訝しげに封筒を見ていたが、愛用している赤い塗り箸を置いて右手に取る。
中学生の癖にお金で解決って…キモイわ…そんなわけ無いか…なにが入ってるの…?これ…便箋…?手紙って事・・・?
その瞬間だった。思わずハッとした表情をする。
「ま、まさか…これって…」
「うん…ラブレターじゃないかなあとは思ったんだけど…」
アスカはずきっとした鋭い痛みを胸に感じて絶句する。その反応を見たシンジは焦りを感じた。
や、やっぱり…まずかった…のか…な…
取り繕うように箸とお茶碗をテーブルに置くとわざとらしく声のトーンを上げる。
「あ、あとさ…来週にまた直接会って話がしたいって言ってたけど…利根先輩は今週一杯遠征に行くらしくて留守みたいだし…」
アスカの表情がどんどん険しくなっていく。シンジはそれを見て居た堪れなくなっていく。
何か…何か…適当な言葉は…ただの手紙だし…早く話題を…でも…何を話せば…
「ま、まあ…それだけなんだけど…その…た、大して面白くないよね…」
シンジの言葉は続かなかった。静寂が突然訪れた。サンマのあらを食べ終わったペンペンは自分の巣の中に入っていく。
唯一の音もついに消える。
これを…アタシは…どう受け止めれば…
「…」
「あ、あのさ…アスカ…」
「それだけ…?」
「えっと…」
「アンタの話は…終わったの…?」
「うん…」
アンタって…本当にバカ…バカ!バカシンジ!
シンジの様子をじっと見ていたアスカは左手に持っていたお茶碗をテーブルに荒々しく置く。
「アンタ…じゃないかなあ…じゃないわよ!これは明らかにラブレターじゃないのよ!どういうシチュエーションだったらそうは思わないわけ?」
アスカはがたんと席を立つとテーブルに右手を突いてシンジの目の前に利根のラブレターを突きつける。軽く受け流すかもしれないというシンジの期待は完全に裏目に出ていた。
「それに…どうしてアンタがこれをアタシにわざわざ届けるのよ!!」
他の誰でもない…アンタが…
アスカの剣幕にシンジは思わず上体を仰け反らせた。
「ご、ごめん…ちょっと断り辛かったし…それに…」
「それに何よ!!」
「そ、その…断る理由も…無かったし…」
アスカはその瞬間、体中から力が抜けていくのを感じた。体中がまるで神経痛の様にぴりぴりと痛い。青い目を見開き、そして口は半開きの状態でシンジの目を見ていた。怒りを通り越していた。
シンジも気まずいのか思わずアスカから視線を逸らす。
「アンタは…アンタは…これをそのままアタシに伝えるわけ…?」
「だって…」
「だってじゃないわ…それじゃ…それじゃアンタはただのMessenger boyじゃないの…」
「だって仕方が無いじゃないか…」
アスカは思わず左手に持っていた利根のラブレターを後ろの方に放り投げると左手でシンジの胸倉を掴んで前後にゆっくり、しかし強く揺する。
「アンタは…アタシと…アタシとキスしたじゃない・・・一昨日も!昨日も!一体、どういうつもりでアタシとキスなんかしたのよ!アタシの気持ちなんか何も分かってないくせに!どうして…どうしてキス何かするのよ…」
してきたのは…しようって言い出したのは…アスカじゃないか…どうして僕を責めるのさ…僕が頼んだわけじゃない…僕だって分からないよ…何て言えっていうんだよ…勝手…勝手だよ…
「・・・」
「何黙ってるのよ…また逃げる気?何とか言いなさいよ!このバカシンジ!」
アスカの言葉にシンジはキッとアスカを睨みつける。
バカ、バカって!勝手なこと言うなよ!いつも!いつも!ちゃんと謝ったじゃないか!
内気なシンジだがその分一度キレると自制を失い易かった。
「だって…仕方が無いじゃないか!僕にどうしろってアスカは言うんだよ!」
シンジが胸倉を掴んでいたアスカの左手首を握り締める。
そうやって僕をからかって…僕をバカにして!そうやって嫌いになるんだ…そうやって僕を捨てていくんだ!
強い力だった。
「アンタがキスは・・・キスは気持ちだってアタシに言ってくれたんじゃない!」
シンジはアスカから顔を背ける。
「アスカはいいよ…だって慣れてるみたいだし…僕は一昨日が初めてだったんだ…こんなの良く分からないよ…こんなの…じゃあ!僕はどうすばよかったんだよ!」
シンジが鋭い視線をアスカにぶつけてくる。二人はどちらも視線を逸らさない。
強くお互いを睨み付ける。アスカが胸倉を掴んでいた手に力を込めてシンジの上体を強く押す。
「どうしてアタシに聞くのよ!アンタが自分で考えないといけないことでしょ!アンタは結局逃げてるだけじゃない!何処にアンタの気持ちがあるっていうのよ?アタシの気持ちをアンタの事実にしないでよ!」
シンジがアスカの押す力に対抗する様に手首を掴む手に力を込める。
「違う!逃げてなんかいないよ!」
シンジは「逃げている」という言葉に激昂する。
「逃げてるわ!今も!今もアタシから逃げてるじゃない!アタシの気持ちはアタシだけのものなんだから!いつまで逃げ続けるのよ!アンタ!」
「逃げてなんかいないよ!!逃げたりするもんか!」
「そうやってアンタは全てから逃げてる!自分さえもここにいない!だからアンタはいつも一人なのよ!」
「一人…僕は…逃げたりなんか!勝手にみんなが僕を捨てていくんじゃないか!!」
シンジは思わずカッとなって立ち上がるとアスカの右肩を横から押す。不意を突かれたアスカはバランスを崩して椅子にドサッと倒れこむがそのまま滑って床に尻餅をついた。
カラン…カラン…
アスカの目の前に赤い塗り箸が音を立てて落ちてきた。思わず赤い箸を拾い上げるとしゃがみこんだままそれを両手で握り締める。
それは二人にとって唯一の旅の思い出になっている浅間山で箸使いが苦手なアスカのためにシンジがプレゼントしたものだった。
シンジ自身はそれを完全に忘れていたがアスカはずっと大切に使っていた。
赤い塗り箸だった…
そう言ってぎこちなく微笑んでシンジはアスカに渡してきた。旅館の鄙びた土産物屋の隅で埃を被っていて決して高価なものではなかったがそれ以来ずっとアスカはこの箸を使っていた。
フォークを主に使っていたのをやめてひたすらこの箸だけを使うようになった。使い方もみるみる上達していったのだ。
こんなのってあんまりだ…あれはアタシの…
アスカは心の中で叫ぶ。
もう嫌だ…こんなのって…シンジもミサトも勝手よ…アタシのことなんか…みんな嫌いになればいいんだわ!アタシが…バカだった…
シンジは自分の両手が小さく震えているのに気が付いていた。それが怒りでそうなっているのか、あるいは恐怖からなのか…
自分でも分からなかった。思わず右手で左手を掴む。
何で…僕…震えてるんだ…
箸を右手に持ったままでアスカはすっと音も無く立ち上がるとシンジを睨みつける。
アスカ…ぼ、僕…そんなつもりは…
「アンタに一ついいこと教えてあげる!ミサトが帰ってこない理由、アンタ知ってる?」
「えっ?ミサトさん・・・?」
自分を見失いかけていたシンジがアスカの言葉に一瞬怯む。
「アタシはね…アタシは日本に来るまで…ベルリンで…加持さんと…」
「加持さん…?」
アスカはシンジから思わず目を逸らした。
シンジから怒りの感情をもう感じなかった。大きな黒い瞳でアスカを見ている。さっきの荒々しさとは全く別の色を湛えていた。
アンタのその目…その目が…アタシを苦しませる…逃げないってアタシが決めても…アンタの方から遠ざかって行く…結局…アタシの物には…ならない…
「アタシ…加持さんと…同棲してたのよ…だからミサトはアタシの顔なんか見たくないのよ…」
もうメチャクチャになればいい…アンタがアタシから完全にいなくなればいい…ミサトもそう…アタシは…一人で生きていく…アタシは一人で…自分一人でアタシを取り戻してみせる…一瞬でも…アンタに縋ったアタシがバカだった…
「うそだ…そんなの…アスカだってまだ子供じゃないか!」
何が子供よ…そんなことどうだっていいじゃない!アタシの…アタシの気持ちを知ろうともしないで!自分勝手にアタシを汚しといて!助けてもくれないじゃない!アタシは一人で生きていく。子供じゃ…
「子供じゃないわよ!アンタとは違うのよ!アタシは!だからガキは嫌いだって言ってるのよ!」
シンジは言葉の意味も分からずただその場に立ち尽くすしかなかった。どう反応していいのかも分からなかった。
ただ、怒りだけが静かに込み上げていた。
やっぱり…加持さんが好きなんじゃないか…加持さんといた方がいいってずっと思ってるくせに…僕をからかってキスをして…それなのに僕を責める…勝手なんだ…そうやって僕をバカにして!裏切って!捨てていく!
「いつもいつも!勝手なことばかり!アスカだって勝手じゃないか!自分のことは何も言わない!それで分かれっていう方がおかしいよ!僕のせいにするなよ!何なんだよ!自分は!」
「何よ!アンタなんか…アンタとキスなんてするんじゃなかったわ!バカシンジ!」
「加持さんが好きなくせに!僕をからかうためにキスなんかして!僕を…僕を・・・」
「アンタってホンットに救い様の無いバカだわ!顔も見たくない!」
アスカはそう言い放つと赤い箸をキッチンの床に投げつけた。
シンジが何かを言いかけた時、アスカはキッチンから飛び出して行った。再び静寂が訪れた。
空しく壁掛け時計の秒針の音だけが響いていた。
「みんな…裏切るんだ…」
シンジは呻いた。
アスカは自分の部屋に飛び込むとそのままベッドにうつ伏せになって呻いていた。
「泣きたいのに涙が出ない…涙が出ないって便利だと思っていたけど…今はむしろ辛くて痛いわ…」
アタシは涙が出ない…昔の記憶と一緒に枯れてしまったから…
シンジは3匹の秋刀魚をグリルで焼き終わるとそれを大皿に乗せた。
「よし!今日は美味く焼けたな」
すると葛城家の固定電話がなり始めた。時計は七時を回っていた。
「はい、葛城ですが…」
「もしもし、シンちゃん?あたしだけど…」
「ああ、ミサトさん。どうしたんですか?」
「ごめーん。あたし今日はちょっち野暮用があってさあ。今日は帰れないから。アスカと食べといてよ」
「えっ…帰れないって…そうなんですか?」
「ごめんね、じゃあね」
ミサトは一方的に用事だけをシンジに伝えると電話を切った。遅くとも六時半過ぎには今まで必ず一報を入れていたミサトにしては珍しいパターンだった。
「誰だったの?今の電話。ミサトからだったの?」
「ひっ!」
不意に後ろから声をかけられたシンジはビックリして受話器を落としそうになった。そこには右手に包帯を巻いたアスカが立っていた。
「あ、アスカ。びっくりした…」
「何よ失礼ね。Ladyに向かって。ミサトだったの?」
アスカは横目でシンジの顔を見ながら戸棚からガラスコップを2つ取り出す。麦茶のボトルを冷蔵庫から取り出してコップに荒々しく注いだ。
「うん…今日は帰れないって。今さっき電話があったんだ」
シンジの言葉を聞いていたアスカは眉間に皺を寄せる。
「帰らないでしょ…?」
「え?そ、そうだったかな…あまり気にして聞いてなかったから…」
「そうよ…そうに決まってるわ…」
諺、格言類はまだ駄目だが微妙な言い回しや変化をアスカは使いこなせる様になっていた。シンジは受話器を置くと同じく戸棚から自分とアスカのお茶碗とお椀を取り出す。
シンクの方に歩いて行くシンジと入れ替わる様にしてアスカが食卓の椅子に片膝を着いて座った。
「右手どうかしたの?」
「…別に。足の爪を手入れしている時にちょっと切ったのよ…大したこと無いわ」
「そうなんだ…ならいいけど…」
シンジがアスカの目の前にご飯となめこ汁を置く。
やっぱり…面と向かっては聞き難いなあ…気にはなるけど…
二人だけの夕食が始まった。
シンジはアスカの右手の包帯を見ながらチラチラと様子を伺っていた。
「アスカ、それはそうとさ。今日の検査の結果はどうだったの?」
「全然問題ないわ。どこも異常なし。至って健康だそうよ」
「そうなんだ。それはよかったね」
アスカはそれには答えずラッキョを一つ赤い塗り箸でつまむと口の中に放り込んだ。
「あ、そうだ。学校の伝達事項。はいこれ」
シンジはアスカにレイから預かった家庭科のプリントをアスカに見せた。アスカは関心なさそうに箸でプリントを摘むと自分の前まで持っていった。
「ふーん。今度はエプロンと体操着入れか…」
「あれ?アスカ、漢字が読めるの?」
「読めるわけないじゃん…ファーストが漢字に全部読み仮名を打ってくれてるのよ。ほんっとマメね、あの女。こういう細かい地味な作業をやらせると抜群だわ。ったく」
表現こそ荒々しいがアスカがレイのことを微妙にでもポジティブに言うのをシンジは初めて聞いた。アスカはそのまま自分の横にプリントを置いて秋刀魚の盛り付けてある大皿に手を伸ばす。
「あーあ…つまんない…ねえ、他には何か面白い事とか学校で無かったの?鈴原のバカがドブに落ちたとかさ」
「…うーん…そんなに頻繁に面白い事なんて起きるわけないじゃないか…普段通りだったよ…」
「そうなんだ…」
アスカは大根おろしを赤い塗り箸でつまんでサンマの横に置き、その上に勢いよく醤油をかける。椅子の上で器用に胡坐をかいていた。
行儀は決して良くないが何処にでもいそうな日本人の女の子がそこにはいた。
納豆やにくじゃが、日本特有の微妙な薄味を楽しむ料理はまだ少し苦手だったが。
「変わったことと言えば…そうだね…」
シンジは自分からは切り出し難かった利根からの「預かり物」の事を頭に思い浮かべていた。
どうしよう…このまま放置しても…
「なーに?どうしたの?もったいぶっちゃってさあ…」
何でもいい…気晴らしになるような事なら…明日は…勝負なんだから…
「う、うん…その…」
シンジはアスカに促されて思案が纏まらない内に口を開いていた。
「実はさ…今日、利根先輩に呼び出されたんだ」
「利根先輩?誰それ?ぜんぜん知らなーい」
アスカは興味なさそうにサンマの身と骨を器用に箸で分けて口に放り込んだ。
「知らないって…」
薔薇の花束とかもらってたじゃないか…それに…かっこよくって…頼り甲斐ありそうだし…心当たりが無いわけ…ないじゃないか…
「ほら、アスカがボールをぶつけられたサッカー部の先輩だよ」
「サッカーボール?ああ…なんだ…加害者Aのこと?」
「うん…今日の掃除の時間にその人と会ったんだけど…」
「あ、そう…別に面白くなさそうね、それ…」
誰かと思えば…何だ…つまんない…どうでもいいじゃん…そんなヤツ…
「そ、そうだね…もうやめよっか…たいした話じゃないし…」
「別に途中で止めなくてもいいじゃん。で?何でアンタが呼び出しを受けたわけ?イシャリョウでもくれるって?」
アンタの話が聞きたいのに…
「い、慰謝料?そんなんじゃないけど…その時にこれを預かったんだ…」
シンジはそういうとおずおずと利根から渡されたクリーム色の封筒をアスカの目の前に置いた。
「なにこれ?お金でも入ってるの?」
アスカは始め訝しげに封筒を見ていたが、愛用している赤い塗り箸を置いて右手に取る。
中学生の癖にお金で解決って…キモイわ…そんなわけ無いか…なにが入ってるの…?これ…便箋…?手紙って事・・・?
その瞬間だった。思わずハッとした表情をする。
「ま、まさか…これって…」
「うん…ラブレターじゃないかなあとは思ったんだけど…」
アスカはずきっとした鋭い痛みを胸に感じて絶句する。その反応を見たシンジは焦りを感じた。
や、やっぱり…まずかった…のか…な…
取り繕うように箸とお茶碗をテーブルに置くとわざとらしく声のトーンを上げる。
「あ、あとさ…来週にまた直接会って話がしたいって言ってたけど…利根先輩は今週一杯遠征に行くらしくて留守みたいだし…」
アスカの表情がどんどん険しくなっていく。シンジはそれを見て居た堪れなくなっていく。
何か…何か…適当な言葉は…ただの手紙だし…早く話題を…でも…何を話せば…
「ま、まあ…それだけなんだけど…その…た、大して面白くないよね…」
シンジの言葉は続かなかった。静寂が突然訪れた。サンマのあらを食べ終わったペンペンは自分の巣の中に入っていく。
唯一の音もついに消える。
これを…アタシは…どう受け止めれば…
「…」
「あ、あのさ…アスカ…」
「それだけ…?」
「えっと…」
「アンタの話は…終わったの…?」
「うん…」
アンタって…本当にバカ…バカ!バカシンジ!
シンジの様子をじっと見ていたアスカは左手に持っていたお茶碗をテーブルに荒々しく置く。
「アンタ…じゃないかなあ…じゃないわよ!これは明らかにラブレターじゃないのよ!どういうシチュエーションだったらそうは思わないわけ?」
アスカはがたんと席を立つとテーブルに右手を突いてシンジの目の前に利根のラブレターを突きつける。軽く受け流すかもしれないというシンジの期待は完全に裏目に出ていた。
「それに…どうしてアンタがこれをアタシにわざわざ届けるのよ!!」
他の誰でもない…アンタが…
アスカの剣幕にシンジは思わず上体を仰け反らせた。
「ご、ごめん…ちょっと断り辛かったし…それに…」
「それに何よ!!」
「そ、その…断る理由も…無かったし…」
アスカはその瞬間、体中から力が抜けていくのを感じた。体中がまるで神経痛の様にぴりぴりと痛い。青い目を見開き、そして口は半開きの状態でシンジの目を見ていた。怒りを通り越していた。
シンジも気まずいのか思わずアスカから視線を逸らす。
「アンタは…アンタは…これをそのままアタシに伝えるわけ…?」
「だって…」
「だってじゃないわ…それじゃ…それじゃアンタはただのMessenger boyじゃないの…」
「だって仕方が無いじゃないか…」
アスカは思わず左手に持っていた利根のラブレターを後ろの方に放り投げると左手でシンジの胸倉を掴んで前後にゆっくり、しかし強く揺する。
「アンタは…アタシと…アタシとキスしたじゃない・・・一昨日も!昨日も!一体、どういうつもりでアタシとキスなんかしたのよ!アタシの気持ちなんか何も分かってないくせに!どうして…どうしてキス何かするのよ…」
してきたのは…しようって言い出したのは…アスカじゃないか…どうして僕を責めるのさ…僕が頼んだわけじゃない…僕だって分からないよ…何て言えっていうんだよ…勝手…勝手だよ…
「・・・」
「何黙ってるのよ…また逃げる気?何とか言いなさいよ!このバカシンジ!」
アスカの言葉にシンジはキッとアスカを睨みつける。
バカ、バカって!勝手なこと言うなよ!いつも!いつも!ちゃんと謝ったじゃないか!
内気なシンジだがその分一度キレると自制を失い易かった。
「だって…仕方が無いじゃないか!僕にどうしろってアスカは言うんだよ!」
シンジが胸倉を掴んでいたアスカの左手首を握り締める。
そうやって僕をからかって…僕をバカにして!そうやって嫌いになるんだ…そうやって僕を捨てていくんだ!
強い力だった。
「アンタがキスは・・・キスは気持ちだってアタシに言ってくれたんじゃない!」
シンジはアスカから顔を背ける。
「アスカはいいよ…だって慣れてるみたいだし…僕は一昨日が初めてだったんだ…こんなの良く分からないよ…こんなの…じゃあ!僕はどうすばよかったんだよ!」
シンジが鋭い視線をアスカにぶつけてくる。二人はどちらも視線を逸らさない。
強くお互いを睨み付ける。アスカが胸倉を掴んでいた手に力を込めてシンジの上体を強く押す。
「どうしてアタシに聞くのよ!アンタが自分で考えないといけないことでしょ!アンタは結局逃げてるだけじゃない!何処にアンタの気持ちがあるっていうのよ?アタシの気持ちをアンタの事実にしないでよ!」
シンジがアスカの押す力に対抗する様に手首を掴む手に力を込める。
「違う!逃げてなんかいないよ!」
シンジは「逃げている」という言葉に激昂する。
「逃げてるわ!今も!今もアタシから逃げてるじゃない!アタシの気持ちはアタシだけのものなんだから!いつまで逃げ続けるのよ!アンタ!」
「逃げてなんかいないよ!!逃げたりするもんか!」
「そうやってアンタは全てから逃げてる!自分さえもここにいない!だからアンタはいつも一人なのよ!」
「一人…僕は…逃げたりなんか!勝手にみんなが僕を捨てていくんじゃないか!!」
シンジは思わずカッとなって立ち上がるとアスカの右肩を横から押す。不意を突かれたアスカはバランスを崩して椅子にドサッと倒れこむがそのまま滑って床に尻餅をついた。
カラン…カラン…
アスカの目の前に赤い塗り箸が音を立てて落ちてきた。思わず赤い箸を拾い上げるとしゃがみこんだままそれを両手で握り締める。
それは二人にとって唯一の旅の思い出になっている浅間山で箸使いが苦手なアスカのためにシンジがプレゼントしたものだった。
シンジ自身はそれを完全に忘れていたがアスカはずっと大切に使っていた。
赤い塗り箸だった…
「上手くなるといいね…」
そう言ってぎこちなく微笑んでシンジはアスカに渡してきた。旅館の鄙びた土産物屋の隅で埃を被っていて決して高価なものではなかったがそれ以来ずっとアスカはこの箸を使っていた。
フォークを主に使っていたのをやめてひたすらこの箸だけを使うようになった。使い方もみるみる上達していったのだ。
こんなのってあんまりだ…あれはアタシの…
アスカは心の中で叫ぶ。
もう嫌だ…こんなのって…シンジもミサトも勝手よ…アタシのことなんか…みんな嫌いになればいいんだわ!アタシが…バカだった…
シンジは自分の両手が小さく震えているのに気が付いていた。それが怒りでそうなっているのか、あるいは恐怖からなのか…
自分でも分からなかった。思わず右手で左手を掴む。
何で…僕…震えてるんだ…
箸を右手に持ったままでアスカはすっと音も無く立ち上がるとシンジを睨みつける。
アスカ…ぼ、僕…そんなつもりは…
「アンタに一ついいこと教えてあげる!ミサトが帰ってこない理由、アンタ知ってる?」
「えっ?ミサトさん・・・?」
自分を見失いかけていたシンジがアスカの言葉に一瞬怯む。
「アタシはね…アタシは日本に来るまで…ベルリンで…加持さんと…」
「加持さん…?」
アスカはシンジから思わず目を逸らした。
シンジから怒りの感情をもう感じなかった。大きな黒い瞳でアスカを見ている。さっきの荒々しさとは全く別の色を湛えていた。
アンタのその目…その目が…アタシを苦しませる…逃げないってアタシが決めても…アンタの方から遠ざかって行く…結局…アタシの物には…ならない…
「アタシ…加持さんと…同棲してたのよ…だからミサトはアタシの顔なんか見たくないのよ…」
もうメチャクチャになればいい…アンタがアタシから完全にいなくなればいい…ミサトもそう…アタシは…一人で生きていく…アタシは一人で…自分一人でアタシを取り戻してみせる…一瞬でも…アンタに縋ったアタシがバカだった…
「うそだ…そんなの…アスカだってまだ子供じゃないか!」
何が子供よ…そんなことどうだっていいじゃない!アタシの…アタシの気持ちを知ろうともしないで!自分勝手にアタシを汚しといて!助けてもくれないじゃない!アタシは一人で生きていく。子供じゃ…
「子供じゃないわよ!アンタとは違うのよ!アタシは!だからガキは嫌いだって言ってるのよ!」
シンジは言葉の意味も分からずただその場に立ち尽くすしかなかった。どう反応していいのかも分からなかった。
ただ、怒りだけが静かに込み上げていた。
やっぱり…加持さんが好きなんじゃないか…加持さんといた方がいいってずっと思ってるくせに…僕をからかってキスをして…それなのに僕を責める…勝手なんだ…そうやって僕をバカにして!裏切って!捨てていく!
「いつもいつも!勝手なことばかり!アスカだって勝手じゃないか!自分のことは何も言わない!それで分かれっていう方がおかしいよ!僕のせいにするなよ!何なんだよ!自分は!」
「何よ!アンタなんか…アンタとキスなんてするんじゃなかったわ!バカシンジ!」
「加持さんが好きなくせに!僕をからかうためにキスなんかして!僕を…僕を・・・」
「アンタってホンットに救い様の無いバカだわ!顔も見たくない!」
アスカはそう言い放つと赤い箸をキッチンの床に投げつけた。
シンジが何かを言いかけた時、アスカはキッチンから飛び出して行った。再び静寂が訪れた。
空しく壁掛け時計の秒針の音だけが響いていた。
「みんな…裏切るんだ…」
シンジは呻いた。
アスカは自分の部屋に飛び込むとそのままベッドにうつ伏せになって呻いていた。
「泣きたいのに涙が出ない…涙が出ないって便利だと思っていたけど…今はむしろ辛くて痛いわ…」
アタシは涙が出ない…昔の記憶と一緒に枯れてしまったから…
Eva参号機の受け取り準備をこなした日向は帰国の途に着く。そしてEva参号機は空輸によって松代の試験場へと送り届けられることも決定した。一方のSeeleは参号機の接収を急いだゲンドウの態度に疑問を持ち、E計画のアップグレードコードS計画の実行を総力を挙げて目指していた…
約束の時は確実に近づいていた。
約束の時は確実に近づいていた。
Ep#05_(15) 完 / Episode#05 おわり
次回予告
Episode#06 ディラックの海
シンジとアスカの気持ちは離ればなれになってしまう。
そんな険悪な雰囲気の中でのシンクロテストは無情にもアスカをますます追い詰めていく。
心に蟠りを残したままのシンジ、アスカ、そしてミサト。
ゲンドウと冬月は国連総会出席のために本部を後にするが、
その留守を見計らったかの様に第12使徒が襲来。
バラバラな気持ちのまま臨む使徒戦で3人が見たものは…
リツコからもたらされたアスカの情報に下したゲンドウの答えとは…
そして加持の運命は…
Episode#06 ディラックの海
シンジとアスカの気持ちは離ればなれになってしまう。
そんな険悪な雰囲気の中でのシンクロテストは無情にもアスカをますます追い詰めていく。
心に蟠りを残したままのシンジ、アスカ、そしてミサト。
ゲンドウと冬月は国連総会出席のために本部を後にするが、
その留守を見計らったかの様に第12使徒が襲来。
バラバラな気持ちのまま臨む使徒戦で3人が見たものは…
リツコからもたらされたアスカの情報に下したゲンドウの答えとは…
そして加持の運命は…
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