新世紀エヴァンゲリオンの二次創作物、小説「Ihr Identität」を掲載するサイトです。初めての方は「このサイトについて」をご参照下さい。小説をご覧になりたい方はカテゴリーからEpisode#を選んで下さい。この物語はフィクションであり登場する人名、地名、団体名等は特に断りが無い限り全て架空のものです。尚、本ホームページに使用した「新世紀エヴァンゲリオン」の画像は(株)ガイナックスのガイドラインに沿って掲載しています。配布や転載は禁止されています。
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第7部 Unilateral patience 絆…
(あらすじ)
眼帯をした状態で帰宅したアスカを気遣うシンジだがアスカはそのまま自室に引き篭もってしまう。対照的にアスカを全く気遣うことなくミサトはアスカを散々バカにする。一時的にカンフルにはなるもののやはり何処か元気がないアスカ。「何か惣流のやつ…悪いもんでも拾うて食うたんか?センセ?」「いや、何か企んでるんじゃないのか?気をつけた方がいいぞ」「う、うん…」気にはなっても聞き出せないシンジ。そんな折、アスカにボールをぶつけた犯人は第一中学校ナンバーワンのイケメンの利根であることが判明する。全く興味を示さないアスカだったが周囲は勝手に騒ぎ始める。一方、アスカとレイは二人で対峙していた。「いきなりだけどさあ、アンタ、シンジのことどう思ってるわけ」「絆…」「それがアンタのシンジに対する気持ちと思っていいのかしら?」睨み付けるアスカだった。
Tartini - Sonata in G Minor ”The Devil's Trill” / Vanessa Mae
(あらすじ)
眼帯をした状態で帰宅したアスカを気遣うシンジだがアスカはそのまま自室に引き篭もってしまう。対照的にアスカを全く気遣うことなくミサトはアスカを散々バカにする。一時的にカンフルにはなるもののやはり何処か元気がないアスカ。「何か惣流のやつ…悪いもんでも拾うて食うたんか?センセ?」「いや、何か企んでるんじゃないのか?気をつけた方がいいぞ」「う、うん…」気にはなっても聞き出せないシンジ。そんな折、アスカにボールをぶつけた犯人は第一中学校ナンバーワンのイケメンの利根であることが判明する。全く興味を示さないアスカだったが周囲は勝手に騒ぎ始める。一方、アスカとレイは二人で対峙していた。「いきなりだけどさあ、アンタ、シンジのことどう思ってるわけ」「絆…」「それがアンタのシンジに対する気持ちと思っていいのかしら?」睨み付けるアスカだった。
Tartini - Sonata in G Minor ”The Devil's Trill” / Vanessa Mae
(本文)
「あら気が付いたようね、惣流さん」
医務室の如月医師がベッドのカーテンを捲って中に入ってきた。そしてヒカリの隣にやって来た。ヒカリはすらっとした如月に椅子から立ち上がって一礼する。
「大したことは無いわ。軽い脳震盪で気を失ったのよ、あなたは。そこに居る洞木さんがテキパキと運動部の男子たちに指示してあなたをここに運んできたのよ。ちゃんと後でお礼を言って置きなさいね」
年の頃は30前半だろうか、如月はかけていた銀縁めがねを長い指で持ち上げる。ミサトよりも少し年上らしいが名門の新東京医科歯科大学を卒業していながら何故か医局に残らず中学校の保険医をしているという変り種で赴任当初から何かと話題に上る女医だった。
まだ未婚で第一中学校の男性教諭と男子に限らず女子生徒からの人気も高い。
「それから申し訳ないけどあなたはパイロットだからこの事はネルフの総務部に連絡しておいたわよ。詳しい事はネルフ本部から指示があるでしょうけど、少なくとも次回の出勤のタイミングで本部か付属病院のどちらかでヘルスチェックを受けるようにね」
「わかったわ・・・」
「OK!それじゃもういいわよ。酷くはないけどちょっと左目がパンダさんみたいになってるから眼帯をして冷やして置いた方がいいわね。あなたも嫌でしょ?そんな顔を彼氏に見られるのは。ふふふ。目にも異常は無いけれど一度視力検査を受けた方がいいわね。それじゃお大事に!」
「ありがとうございました・・・」
アスカとヒカリは如月にお礼を言う。
そしてアスカはヒカリの肩を借りながら上履きを履くと医務室を後にした。
2年A組の教室には誰もいなかった。ヒカリが帰りの準備をしている背中を見つめていたアスカはハッとして赤い合皮のバンドの腕時計を見る。無情にも時計の針は4時を過ぎていた。
小さいため息をつく。
あーあ、今日は本当にサイテー…怪我はするし…ヨシムネは見逃すし…やな夢は見るし…アタシにボールをぶつけるなんていい度胸してるわ。犯人を突き止めてヨシムネの借りを倍にして返してやるんだから!
でも…それにしても何よ、あの先生…彼氏って…意味分かんないわ…
「お待たせ!」
「あ、ああ、じゃあ帰りましょ!」
アスカはヒカリに付き添われる様に教室を後にする。
そして二人は取り留めのない話をしながら帰路につき、リニア駅の北口から南口に抜けてロータリーに出る。家が近づいて来るにつれてアスカは段々さっき如月に言われたあの一言が気になって来ていた。
ヒカリは駅前商店街の手前を折れて表通りに沿って帰るコースのため、一緒にいる間に聞きだすとすればあと少ししか猶予はなかった。
「あ、あのさ・・・ヒカリ?」
「どうしたの?アスカ」
「ちょっと・・・訊きにくいんだけど・・・」
「何?そんなにモジモジしちゃって。アスカらしくないわよ?」
「う、うん…その…アタシさ、学校で寝てた時にうなされているって言ってたでしょ?」
ヒカリはアスカの意図を察したのか、笑うのをやめてやや真剣な面持ちになる。
「その時に何か…あの…寝言とか言ってたの?アタシ」
アスカの言葉を聞いてヒカリはアスカから目を逸らすと少し思案顔になった。
やっぱり…アタシ、何か喋ったんだわ…
二人は南口ロータリーのバスターミナルの近くに立ち止まっていた。ややあって意を決したかの様にヒカリが再びアスカに視線を戻す。
少し戸惑った様な表情だった。
「あのね…アスカ。アスカが寝ている時にうわ言だけどしきりに名前を呼んでいたの…」
「やっぱりね…もしかしてママとか、加持さんとか言ってたの?」
ヒカリは首を小さく振った。
「ううん。その…碇君の名前をずっと呼んでいたわ…」
「えっ!あ、アタシが?ま、マジで?ウッソー!」
アスカは驚いて思わず空いていた右手を口に当てる。突き指をかばって左手にかばんと弁当箱が入った赤い巾着袋を持っていた。
「本当よ。だって如月先生が冷やすために眼帯をしている時だったから…先生もビックリしてたわよ…惣流さんって彼氏がいるの?って…あたしは…よく分かりませんって答えたけど…」
アスカは顔を引きつらせていた。
だから医務室の先生は「彼氏」とか言っていたんだ…ホントに今日はサイテーの日だわ…もしこの話が広がったらヤバイじゃん…あの先生、ミサト級に口軽そうだし…
さ、最悪だ…これでもし億が一にアタシがファーストに敗れ去ったら…学校辞めるしかないじゃん!髪の毛ボサボサ女にKOされたバカ女…ナヨナヨバカシンジにフラれた咬ませ犬…
「そんなのイヤー!有り得なーい!」
アスカは力いっぱい叫ぶと思わず頭を抱えてその場にしゃがみこんだ。
「ちょ、ちょっと!アスカ!や、止めてよ!こんなところで!」
アスカの声にバス停に並んでいた帰宅途中の主婦や学生が一斉に二人の方を見る。ヒカリはアスカの手を引いて思わずその場を離れる。
アスカはヒカリに手を引かれながら不意にシンジに押し倒された夢のことを思い出していた。
でも…どうしてアタシはシンジの名前なんか呼んだのかしら…夢の中でアタシ…シンジにあんな事されてたのに…
駅前商店街の入り口付近までやって来るとようやくヒカリがアスカの手を離した。
「もう!アスカったら!恥ずかしいじゃない!あんなところで叫ぶなんて!どうしちゃったのよ?」
「あ、ああ…ごめん…ちょ、ちょっと妄想が…」
「変なアスカ!でも…アスカってやっぱり…碇君のことが好きだったのね」
ヒカリはにっこり笑ってアスカの方を見る。
「えっ!ちょ、ちょっと…ヒカリ!何を急に…アタシがどうしてあんなヘンタイでスケベでバカなヤツのことを!そ、そんなわけ…」
アスカは顔を真っ赤にして慌てて手を振ったが、やがて観念したかの様に静かに手を下ろす。アスカは否定する言葉を無意識のうちに飲み込んでいた。言葉にした瞬間に何かが壊れてしまいそうな気がしたのだ。
「て…言っても無駄よね。この状況じゃ…ヒカリの言う通り…アタシもしかしたらアイツに恋してるかも…」
「そうだったのね、やっぱり!まあ、今までのアスカの様子を見てたら何と無くそうじゃないかなあ、なんて思ってたけどね。今日だって何かヤキモチを綾波さんに焼いてる様な感じだったしさ」
レイの名前を聞いて思わずアスカはヒカリの方を見る。
「あ、アタシが優等生なんかにヤキモチなんて!その…二人だけの世界をいきなり作るしさ!ちょっと…悔しかっただけじゃん…」
「それって思いっきりヤキモチじゃん」
「…」
ヒカリの放った直球でアスカはぐうの音も出なかった。思わず俯いてしまった。
も、もう駄目だ…これだけの状況証拠が揃ってるのに否認するのは頭が悪すぎるわ…それにヒカリに隠し事なんかしたくないし…
アスカは顔を赤くしたまま俯いていたがおずおずと顔を上げてヒカリの方を見る。
「あの…その…この事は二人だけの秘密にしてくれない?」
「勿論よ。誰にも言わないって約束するわ」
「ありがとう、ヒカリ!」
「その…アスカ…」
「えっ?何?」
「頑張ってね…」
ヒカリもアスカと同じ様に顔を赤くしていた。
ありがとう、ヒカリ…でも、頑張るかどうかは分からないわ…アタシ…夢は勿論夢でしかないのは分かるけど…何か…軽く受け流すにはリアル過ぎるし…微妙に引っかかる部分が多くて気になってしまう…
それに…
アスカはヒカリと分かれるとそのまままっすぐミサトのマンションに直行した。眼帯をした状態で知り合いの多い商店街を抜けるのは面倒臭かったため敢えて一本裏通りを通って少し迂回した。
アスカの足取りは重たかった。
それに…
夢のことがなかったとしても…シンジのファーストへのあんな接し方を見せつけられるとね…正直…痛かった…まるで抉られたみたいに…自分のこと以外であんな痛みを感じたのって…アタシ…今日が初めて…
ミサトのマンションの前まで来ると10メーター先にネルフのSGの乗った黒いRV車が見える。アスカが玄関にカードキーを当てるのとほぼ同時に車が走っていく音が聞こえてきた。
きっとシンジはもう帰っている筈ね…何か…気まずいな…
「ただいま…」
アスカがミサトのマンションに戻るとシンジは怯えながらアスカを迎えた。暫く無言でじっとアスカはシンジの顔を見つめる。
シンジにみるみる緊張が走っていくのが分かった。
「お、おかえり…あ、あのさ…委員長から携帯で教えてもらってたんだけどさ…トウジたちともう南口にいたから学校には行かなかったんだけど…」
ボツボツとシンジはアスカに話し始める。
アスカはシンジのその場を取り繕うかの様な態度に始めはイラつきを覚えていたが、それは徐々に恐怖に変容していった。背筋に悪寒を感じてアスカは思わず小さく身震いする。
手を伸ばせばアンタに触れられるほど近くなのに…こんなにアンタは近くにいるのに…何故かアンタが遠い…ここにアンタがいないみたい…
「それで?」
「あ、あの…だから…迎えに行かなくてゴメン…」
シンジは相変わらず目を合わせようとしない。靴を脱いだアスカが一歩シンジに近づいていく。それに合わせてシンジは一歩後退する。
二人の距離は縮まらない。
「それだけ?」
「えっと…その…大丈夫だった?左目は怪我したの?」
アスカは更にシンジに近づいていく。シンジはアスカと視線が合いそうになると思わず目を泳がせる。
「あ、あのさ…右手も…右手も怪我したんだね?」
「ただのつき指よ…」
シンジは廊下の壁にへばり付いてスペースを空けた。
行くなら行け…か…その通りね…アンタが正面にいるとアタシが部屋に入れないものね…
でも、何かを受け止める気持ちくらい…あってもいいんじゃないの?アンタは言葉であれ…アタシ自身であれ…そうやってかわして行く…
それを逃げているって言われてるのに気が付かない…
アスカは小さくため息を付いた。
「心配してくれてありがとう…特に目に問題はないって医務室の先生が言ってたわ…あのさ、怒ってないからそんなに緊張しないでよ…」
ポツリとアスカはシンジに言う。それ以上何も言わなかった。
自分の部屋に向かっていった。シンジはアスカの後姿が見えなくなるまで目で追う。襖が完全に閉められるのを見てシンジは思わず呟いていた。
「どうしちゃったんだろ…全然元気がないや…頭を相当強く打ったみたいだしな…いつもなら怒鳴り散らす筈なのに…何か心配だな…」
アスカは自分の部屋に入って襖を閉めると思わず両腕で自分の肩を抱き締める。そのまま床に力なくしゃがみ込んだ。
アタシ…初めてだ…シンジのことを怖いって思ったの…やっぱり何かが違う…アタシ達…
今日のミサトは普段よりも早く帰ってきた。
シンジが食卓に夕食の鯖の味噌煮を九谷焼の鉢皿に盛り付けたところでミサトが小走りでキッチンに現れた。
シンジが食卓に夕食の鯖の味噌煮を九谷焼の鉢皿に盛り付けたところでミサトが小走りでキッチンに現れた。
「たっだいまー!アスカは?アスカはどこに行ったの?ひひひ」
ミサトはかなり邪悪な笑みを顔に浮かべている。シンジはその表情を見て思わず体をのけぞらせた。
「お、お帰りなさい…ミサトさん、今日はやけに早いんですね…」
「当ったり前田のクラッカーよ!アスカが学校でぶっ倒れたって総務から聞いてさあ、もうそりゃ心配で心配で…慌ててすっ飛んで帰ってきたのよ。くひひ」
どう見てもミサトの顔は全くアスカを心配している様には見えない。
絶対、からかいに帰ってきたに決まってるよ…
シンジはため息をつく。
「ミサトさん…アスカは家に帰ってから自分の部屋にいますよ。多分…寝てるんじゃないかなあ…何かちょっと元気ないみたいだし…委員長の話だとサッカーボールが校庭から飛んできて顔面直撃だったらしいし…」
「サッカーボールが?顔面に?直撃?ぶっはははは!ホントに?だっさー!」
し、しまった!余計なネタを提供しちゃった…どうしよう…
ミサトはネルフの制服のままで腹を抱えてげらげら笑い始めた。その様子を見てシンジはますます気が滅入る。
そのうちミサトはアスカがキッチンにもリビングにもいないと分かると自分の部屋に戻って着替え始めた。ミサトの部屋では時折笑い声が聞こえてくる。
やれやれ…アスカがあんなに調子悪そうなのに…ミサトさんも大人気ないよ…
シンジは心の中で呟きながら手際よく配膳をする。そして葛城家の夕食が始まった。ミサトは眼帯をつけたアスカがキッチンに入ってくるやいなや指を差して笑い始めた。
「なによ~!あんたその顔!本当に顔面直撃したわけ?何でよけなかったのよ。ひひひ!」
「うっさい女ね!人の不幸がそんなにアンタ楽しいわけ?性格悪いんじゃないの?ちょっと考え事してて油断しただけよ!」
アスカはキッチンの入り口でミサトに向き直ると勢いよくテーブルを拳で叩く。テーブルの下で鯖のあらを食べていたペンペンがビクッと体を動かして円らな瞳でアスカの様子を伺う。
「まあまあ!別に楽しかないわよ。あんたにさあ、もしもの事があったら怒られるのはあたしなんだしさ。心配してるわよ。思いっきり!でもさあ…くくく…ひひひ!だっさー、あんた!まじダサいわ!」
「ムカつく~!何よ!指差してダサいダサい言わないでよ!けが人なのよ!アタシは!」
「だってさあ。ひひひ!あんたが時代劇なんか見てるから悪いんじゃん!本当に老化が進んできたんじゃないの?ははは!やばい…腹が捻れかけてる…」
「じ、時代劇は関係ないでしょ!ったく…なんて女…もうサイテー!」
「だめ…死にそうなくらい痛いわ…ひひひ…明日…飲み会なのにぃ!」
「そのまま死になさいよ!ホントに!人類のためだわ!何が飲み会よ!お祝い事なのに!やな女!」
アスカは頬を膨らませて荒々しくシンジの横に座るとネコのキャラクターが入った愛用しているピンク色のお茶碗をシンジの目の前に無言で突き出した。シンジはいそいそとそれを受け取ると山盛りにして恭しくアスカに手渡す。
「ていうかさ、ミサト!アンタさあ、ホントにアタシのことを心配してるわけ?」
アスカが赤い塗り箸でミサトを差しながら言う。
「してるわよ!あったり前じゃん!涙が出るくらいしてるじゃないの、ひひひ…でも、あんたもさあ。口では偉そうな事を言うけどさあ、サッカーボールの一つも避けれないとはねえ。いくらなんでも人として直撃はないわよね。直撃は」
「サッカーボール…ですって?」
アスカは鯖の味噌煮を一切れ赤い塗り箸で取って取り皿に置いていた手を止めると隣に座っていたシンジの顔をじろっと横目で睨む。アスカの視線に驚いてシンジが思わず上体を反らす。
「シンジ…アンタ、もしかしてミサトに何か喋ったわね?何でアタシが知らないことまでミサトが知ってるのよ!」
「ご、ごめん…知ってるものだと思ってついさっき口が滑っちゃったんだ…」
「シンジ!アンタはアタシの味方をしてくれない訳?そろそろいい加減にアンタも態度をハッキリしなさいよ!」
「えっ?」
アスカはピンクのお茶碗と赤い塗り箸を荒々しくテーブルに置くとシンジの顔をじっと見つめる。シンジはアスカの目を見てドキッとする。語勢こそ荒々しいもののアスカの目は訴えかける様な眼差しだったからだ。
シンジはミサトとアスカのやり取りの過程でこんな目をするアスカを今までに見たことがなかった。
「えっと…その…」
「いいじゃん、別に。シンちゃんに当たることないじゃん。自分のダサさを棚上げしといてさ。何かさ、あんたの顔面にぶち当たったのはサッカーボールだったらしいわよ。普通ならヘディングとかしてサッカー場に返すわよ」
返事に窮していたシンジは渡りに船とばかりにミサトの方に視線を向ける。
「ミサトさん…さすがにそれはないと思いますけど…」
シンジが目を逸らすのを見るとアスカはシンジから目を離す。再びお茶碗と箸を手に取る。
また逃げるのね…
「もういいわよ…アンタなんか…あーあ、ホント今日はサイッテーだったわ!」
ミサトもアスカをからかうのに飽きてきたのか、鯖の煮込みをつまみに缶ビールを煽り始めた。シンジも鯖の味噌煮に箸を伸ばすが、チラチラとアスカの様子を横目で伺った。
やっぱり何かがおかしいよ…あんな目で僕を見るなんて…いつもなら威嚇するのに…
「あんたさあ。シンクロテストが近いんだからさあ。ちゃんとその前に本部で精密検査受けんのよ。多分、明日辺りに総務から指示があると思うけどさ」
「分かってるわよ!」
二人の様子を見ながらシンジはアスカの微妙な変化が気になっていた。
何で僕を見るんだろう…
ミサトとアスカは9月から始まっている今人気の連続ドラマ「痛快OLストーリー新東京市物語」の話で盛り上がり始めた。
次の日、アスカは左目に眼帯をつけた状態で登校した。クラスメートの女子生徒たちはアスカを見る度に気遣いをしてくれるが内心アスカはそれらを鬱陶しく感じていた。
アスカがヒカリと一緒に教室に入ると自分の机の上に赤いバラの花束が置いてあるのに気が付いた。
アスカがヒカリと一緒に教室に入ると自分の机の上に赤いバラの花束が置いてあるのに気が付いた。
「何かしら…これ…」
「まあ、バラの花束じゃない。結構高いんじゃないかしら?」
ヒカリがアスカの横から覗き込む。そしてクラスメートの女子生徒たちがアスカの席に集まり始める。アスカとヒカリの後から入ってきたシンジは自分の席にとりあえず向かうとアスカの席の様子を伺う。しかし既にアスカの周りには鈴なりの人だかりが出来ていてほとんど何も見えない。
バラの花束は初めてのパターンだなあ…またラブレターの類かな…それにしてもアスカは本当によくモテるな…
アスカが花束を持ち上げるとひらひらとカードが落ちてきた。アスカはそのカードを手に取ると眉間に皺を寄せた。
「誰かしら…3年B組は分かるけど…アタシ読めないわ。ヒカリこれ誰って書いてあるの?」
ヒカリはアスカからカードを受け取ると思わず口に手を当ててビックリした様な表情をした。
「これって!利根俊吾先輩からよ!アスカ!」
ヒカリが名前を読み上げた途端、アスカとヒカリを取り囲んでいた女子生徒たちが一斉に騒ぎ始めた。アスカは周りの雰囲気にやや気圧されてきょとんとした表情をしている。
「え?誰それ?トネシュンゴ?」
「惣流さん、ホントに知らないの?第一中学校で一番イケメンの先輩じゃない!」
「そうよ!成績優秀でついこの前まで生徒会長もしていたのよ」
「おまけにサッカー部のキャプテンだし。もうかっこいいんだから!」
女子生徒たちが口々に利根を絶賛し始める。アスカはその勢いにタジタジになる。
「そ、そうなんだ…でも…何だってそんな人がアタシなんかにバラの花束なんか…」
「もう!何でそんなに鈍いの?惣流さん、絶対これは利根先輩からの…あーん、ちょっとあたしショックだあ!」
ヒカリがアスカにカードに書いてあったメッセージを手短に伝えた。どうやらアスカにサッカーボールをぶつけたのは利根らしかった。利根がフリーキックの練習をしていた時に流れ弾の一つが折り悪くアスカを直撃してしまったのだという。カードでは丁寧にアスカに謝罪して、このお詫びを是非したいという趣旨のことが書かれていた。
この話を聞いた女子生徒たちはまるでわが事のように盛り上がる。
「ちょっと…アンタたちがぶつけられたわけじゃないのよ…」
アスカはいつになく弱々しく突っ込むがその声は喧騒にかき消された。しかし、アスカの声をシンジは聞き取っていた。
シンジは学校一の人気を誇る利根からの贈り物というのも多少気懸かりだったが、今はそれ以上にアスカの様子がやっぱりおかしいという事の方が気になっていた。
やがてホームルームが始まるチャイムが鳴りアスカの席の周りから女子生徒たちがクモの子を散らすようにいなくなる。ようやくシンジとアスカを遮るものがなくなった。
アスカは暫く自分の席に座ってじっとバラの花束を凝視していたがセカンドバッグを机の中から取り出すと丁寧に花束をバッグの中に入れていた。
アスカが花束を入れ終わったところでその様子をじっと見ていたシンジと目が合った。アスカは気まずそうにシンジの顔を一瞬見るとすぐ正面を向く。
アスカ…大丈夫かな…
シンジは暫くアスカの様子を見ていたがアスカのすぐ後ろの女子生徒と視線がぶつかると慌てて正面に向き直った。
丁度、担任の最上が教室に入ってきたところだった。
そういう目で見るからなのか、アスカはかなり変わった様にシンジには思えた。明るく振舞ってはいるが無理に作った笑顔のように見えて仕方が無い。
ユニゾン特訓の時の笑顔に似てる…いつも強気だったけどどこか壊れそうだったあの笑顔…
一番変ったのはレイに対する接し方だった。アスカは今までレイとは完全に没交渉だったが今日はちょっとした事でも因縁をつけては絡んでいた。
明らかにレイは戸惑っていた。決して友好的な接し方ではないため端から見ればアスカとレイがいがみ合っている様にしか見えないが、二人の関係をよく知るシンジから見れば話しかけること自体が既に異常だった。
まるでアスカがレイに話しかける口実をあえて作っている様にシンジには見えた。それに何処とははっきりは言えないが全般的に毒気が減ったような印象がある。
トウジとケンスケも同じような感慨らしい。
「センセ…惣流のやつ、どないしたんや?何か悪いもんでも拾うて食うたんか?」
「昨日、サッカーボールが顔面を直撃したらしいじゃないか。その時に頭の線のどっかが切れたんじゃないのか?あんな大人しい惣流は有り得ない。頭がおかしくなったか、それとも何か企んでるか…どっちにしても気をつけたほうがいいんじゃないのか?シンジ」
「う、うん…そうだね…」
シンジは適当に相槌を打ってトウジとケンスケの言葉を聞き流していた。
ほとんど授業は寝ているかよそ見をしていることが多いアスカだが今日はずっと下を向いたままだ。気にはなるがシンジはなかなか聞き出せなかった。
土曜日のため午前中で授業が終わり放課後になっていた。
正午過ぎ。レイはコンビニで買ったおにぎり2つを食べ終わるといつもの様に校庭と校舎の間にあるベンチに座って読書を始めた。
授業と授業の間のトイレ休憩や昼休みにレイは誰とも話すわけでもなく、ただひたすら一人で本に目を走らせるのが常だった。そんなレイに話しかけるクラスメートはほとんどいない。
レイは文学から流行作家に至るまでジャンルを問わずに手当たり次第に図書館の本を読み漁っていた。あまりのノンジャンルぶりに貸し出し当番の生徒はレイの貸出履歴を見て決まって怪訝な顔付きをした。
まるで何かの空白を穴埋めするかの様な作業に近い状態だった。
今読んでいる本は内村鑑三の著書「余は如何にして基督信徒になりしか」である。中学生の読む本としてはかなり難解な部類に入るだろう。
しおりを外して少し読み始めると人影がレイの読んでいるページにかかった。レイは顔を上げることなく影から逃れる様に本の位置を変える。
するとその影は本を追いかける様にまた光を遮った。同じことが二回起こって戸惑ったレイはちらっと目だけを上げた。
そこには左目に眼帯をしたアスカが立っていた。アスカはレイと目が合うと不敵な笑みを口元に浮かべた。
正午過ぎ。レイはコンビニで買ったおにぎり2つを食べ終わるといつもの様に校庭と校舎の間にあるベンチに座って読書を始めた。
授業と授業の間のトイレ休憩や昼休みにレイは誰とも話すわけでもなく、ただひたすら一人で本に目を走らせるのが常だった。そんなレイに話しかけるクラスメートはほとんどいない。
レイは文学から流行作家に至るまでジャンルを問わずに手当たり次第に図書館の本を読み漁っていた。あまりのノンジャンルぶりに貸し出し当番の生徒はレイの貸出履歴を見て決まって怪訝な顔付きをした。
まるで何かの空白を穴埋めするかの様な作業に近い状態だった。
今読んでいる本は内村鑑三の著書「余は如何にして基督信徒になりしか」である。中学生の読む本としてはかなり難解な部類に入るだろう。
しおりを外して少し読み始めると人影がレイの読んでいるページにかかった。レイは顔を上げることなく影から逃れる様に本の位置を変える。
するとその影は本を追いかける様にまた光を遮った。同じことが二回起こって戸惑ったレイはちらっと目だけを上げた。
そこには左目に眼帯をしたアスカが立っていた。アスカはレイと目が合うと不敵な笑みを口元に浮かべた。
「何読んでるの?ファースト」
「…」
レイはアスカの顔を見ていたが戸惑いの表情を崩さない。アスカは無言のレイをじっと見ていたが大袈裟にため息を一つついた。
「隣に座ってもいいかしら?」
レイはアスカから視線を外すと思案顔になっていたがやがて困惑した様な表情を浮かべた。
「アンタが返事するのを待っていたら日が暮れるから勝手に座るわよ!」
そういうとアスカはレイの横に荒々しく座ってベンチの背もたれに肘を架けた。
「ねえ、アタシ一つアンタに聞きたいことがあったのを思い出したのよ」
レイは本を手に持ったまま視線を自分の足元に落としていた。表情にほとんど変化はないがさきほどから見せている困惑の色は消えていない。
「どうして…わたしに…今日はそんなに話しかけるの?セカンド…」
レイが初めて口を開いた。
「別に…深い意味なんてないわよ。ただ、アンタと会話を楽しみたいだけじゃん。つまんないけど」
「…」
アスカはレイに少しにじり寄ると肘をベンチに架けたまま上体をレイに向けた。挑発する様な笑みを口元に浮かべる。
「ねえ。いきなりだけどさあ、アンタってシンジのことをどう思ってるわけ?」
「碇君…大切な人…」
「大切な…」
アスカの顔から笑いが消える。
「それって…好きって事?」
「好き…?」
「だからさあ!好意を持ってるって事は分かったけどさ。アタシはそのレベルが知りたいのよ」
「好き…ということはどういうこと?レベルがあるものなの?」
「その…レベルって言い方はよくないかもしれないけどさ、好きにも色々あるじゃん。例えばキス位なら許しちゃおっかなーとかさあ。お風呂くらいなら一緒に~とか…色々あるでしょ!」
「そんな事をして…何になるの?…」
「な、何になるって…アンタ…アタシはただ…アンタがシンジのことをどれくらい想ってるのか知りたいだけよ!」
「そんな事を聞いて何の意味があるの?…」
アスカはレイのサバサバした対応にイライラを募らせていた。
何よ…この女…アンタのそういう余裕をぶっこいた様なところが一番気に食わないのよ!アタシは眼中にありませんってそういうこと?イラつくわ…
「はあ…アンタと話しているとまるで人形とおしゃべりしてるみたいだわ…」
「…」
「じゃあ、質問を変えてあげる。アンタとシンジの間の「絆」って何?アンタの言うところの「絆」って何な訳?」
「絆…」
「そうよ!変な話だけどアンタがアタシに夢の中で…ちょっとストップ!やっぱこの話は止めとくわ。それよりも…前にアンタってさ、シンジに言ってたわよね?1ヶ月前くらいのシンクロテストでね。忘れたとは言わせないわよ。アタシはちゃんと聞いてたんだからね!」
「どうして…そんなことを聞くの?」
「だから…意味なんてないわよ!アタシはね。今、「絆」っていう言葉がやけに気になるだけよ。特にアンタがいう「絆」にね!」
レイは黙ったまま正面を見ていたが少し間をおいてアスカに視線だけを送ってきた。
「な、何よ…」
「絆…人と人の間の繋がり…離れがたい結びつき…」
アスカはレイの言葉が終わると同時にじろっと眼光鋭く睨みつけた。
「それが…アンタのシンジに対する気持ちでもあるって受け止めていいのかしら?それとも何か一般論なわけ?」
「…」
アスカはため息を付くとレイから視線を外した。暫く二人は無言のままベンチに座っていた。
よく分かったわ…シンジ次第ってことね…アタシとアンタが別に予め話をつけておく様な話じゃない。でもアタシがアンタのことを嫌いな理由が分かったわ。シンジのこととはまた別の問題があるってことね…
「じゃましたわね、ファースト…」
アスカはすっと立ち上がるとそのまま一瞥もすることなく下足箱の置いてあるエリアに向かっていった。レイは暫くじっとその場に座っていたが再び何事も無かったかのように読書を始めた。
アスカは一人、鞄を持って正門を後にした。
トリルのジレンマ…特に半端なヴァイオリニストが陥りやすい自己欺瞞…
美しく着飾ることに気を取られて上辺だけを装えばたった一つのトリル(装飾音符)が命取りになり…かといって無難に弾けば曲が生気を失い味気ないものになる…
分かってはいても人はどちらかを見落とし…時には全てを失う…だから、最後には何もしない方がマシだったとすら考えて自分の中に閉じこもってしまう…でも、逃げてばかりの人生には何もない…
人生はトリルの連続…悪魔のいざなうトリルばかり…都合のいいことだけを繋ぐことは出来ない…
Ep#05_(7) 完 / つづく
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