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新世紀エヴァンゲリオンの二次創作物、小説「Ihr Identität」を掲載するサイトです。初めての方は「このサイトについて」をご参照下さい。小説をご覧になりたい方はカテゴリーからEpisode#を選んで下さい。この物語はフィクションであり登場する人名、地名、団体名等は特に断りが無い限り全て架空のものです。尚、本ホームページに使用した「新世紀エヴァンゲリオン」の画像は(株)ガイナックスのガイドラインに沿って掲載しています。配布や転載は禁止されています。
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第14部 Lorelei 


(あらすじ)

「あなたの生殺与奪は司令の一存で決まるのよ」
「そんな・・・」
アスカ…あなたも私を恨むでしょうね…レイと同様に…




「お目覚めの様ね。お姫様…」

「…リツコ…」

アスカはベッドクロスを自分に引き寄せると警戒の目をリツコに向ける。アスカの様子をじっと伺っていたリツコはやがて必要以上に微笑むことなくアスカに近づいてくる。

「そんなに緊張することないじゃなの?まるでサタンと出くわしたみたいに」

サタン…神の寵愛を受けた大天使ルキフェル(Lucifer)の別名…神がアダムとイブに仕えろと命じた事に不満のあまり神にさえ背いた…でも…その実…一番恐ろしいのは…人間…

「…アタシに何したの…?」

リツコはそれには答えずアスカの隣に腰を下ろすとマグカップをアスカに向ける。

アスカはベッドクロスを両手で持ったまま視線をリツコから離さない。その様子を見たリツコはアスカに差し出したマグカップをベッド脇のナイトテーブルの上に置くとすっと立ち上がって窓辺に向かう。

「リツコ。アタシ聞いてるんだけど。アンタ、アタシに何したわけ?それによっては…」

「私を許さない…そう言いたいのかしら?」

「それは…」

リツコはアスカに背を向けたままコーヒーを一口含む。視線は地底湖に映る朝日に向けられていた。集光ビルを介していても地上と遜色ない美しさだった。

「あなた…何も覚えてないのね…」

「えっ?」

アスカは一瞬怯む。

リツコはアスカの様子から逡巡を感じ取ると窓に持たれてアスカの方を向いた。

「ふふふ。下手に記憶が曖昧だとでも言えば自分に不利になるかもって、悩んでいるわけ?」

「そ、そんなことは…」

アスカはリツコから視線を逸らす。

「折角の素敵な朝だって言うのにね…何か…興ざめね…」

リツコは再びコーヒーを口に含むとため息をつく。そしてベッドの横からソファに向かって歩き始めた。それに気が付いたアスカはリツコの背中に投げかける。

「ねえ!ちょっとリツコ!アタシに…」

「いかがわしい(下品な)事はして無いわ。安心なさい」

 リツコはため息混じりに答える。

「え…ほ、ホントに…?」

「やれやれね…お目覚めになった途端これじゃあね…トロンとしたあなた…本当に可愛らしかったから少し誘惑されそうにはなったけどね。ふふふ」

「ちょ、ちょっと…アンタ…」

「冗談よ。どういう噂があるのか知らないけど、わたしにはそういう趣味は無いわよ。但し、状況が状況だからあなたの事は隅々まで調べさせてもらったけどね」

「調べたって…」

アスカの顔が引きつっていく。リツコは構うことなくソファにどかっと腰を下ろす。

「加持君と一緒に住んでいたって聞いたからひょっとしてと思ったけど…」

そして僅かに皮肉な笑みを浮かべてアスカを見た。

「彼とはストイックだったわけ?ふふふ」

アスカは顔を真っ赤にするとベッドクロスを更に手繰り寄せる。その様子を見てリツコは笑い声を上げ始めた。

「コーヒーが冷めるわよ。何も入れていないから安心なさい」

アスカはおずおずとマグカップに手を伸ばす。まるで何かを取繕うような仕草だった。

「で?他に質問は?」

「…此処は…どこなの…?」

「ここは本部の職員宿舎の最上階にある特別室よ。ここを利用出来るのはネルフでも最高幹部クラスだけ」

「…どうしてアタシはここに…」

「諜報課(情報諜報部の下部組織)の留置室で目覚めるより遥かにマシでしょ?何か不満でもあるのかしら?」

リツコはマグカップを置くとバスローブのポケットからタバコを取り出す。口に咥えて火をつけた。

「不満…ていうか…普通…怒っても不思議じゃないと思うけど…薬まで使って…」

「怒る…ね…ふふふ。それには見解の相違があるわね」

「ど、どういう事よ」

煙を吐きながらリツコはやや威嚇するような目つきでアスカを見た。

「それはあなたがチャイルドだということに尽きるわね」

「…」

「言っておくけど単に単数、複数の違いじゃないのよ?あなたに言っても仕方が無いことかもしれないけどね。ネルフとSeeleはEvaのパイロットを明確に分けて来たの。なぜネルフがEvaの適格者をチルドレンと呼ぶのか。それは指向性コアをベースとしているからよ」

「指向性…コア…」

「そう。現行のEvaとシンクロするには相性、つまりシンクロ可能な要素であるHarmonicsが必要とされるの。誰でも言いという訳ではない。コアとパイロットの間には明確なHarmonicsが必要になる。あなたなら分かるわよね?」

リツコはクリスタルの灰皿を引き寄せると灰を落した。

「共鳴現象には倍音(Harmonics)が必ず含まれる。音楽では1;2の関係をオクターブ、2;3を5度、3;4を4度というわ…基音に対して整数倍の振動数がある時に振動(共鳴)する…」

「その通り。ネルフはEvaと同じ数だけパイロットを必要とする。適格者はこちらが用意するコアに対して何らかのHarmonics足り得る要素を持つ必要がある。つまり複数の適格者を前提とするためチルドレンというの。なぜならパイロットは変数の一つでもあるから一義的にそれは決定され得ない存在という意味を込めてね」

「…」

リツコは煙を吐きながらアスカの様子を注意深く伺っている。

「ところがチャイルドは全くチルドレンとは異なる存在…Seeleの理想とするEvaは一つのコアに対して一つの適格者があればいい、ということ…それがダミーシステムを基調とするSeries Evaの完成を目指すSeeleの考え方だから。究極には複数のパイロットは必要ではない。Harmonicsの要素を持つ二人がドナーとアクセプターの様に1対あればいい。だからチャイルド…」

恐らく…あの人は昨日のゲオルグの反応を見て新たな交渉カードにあなたが使えると思ったのね…だから生かしておく事にした…問題はあなたがどこまでその辺り(自分がチャイルドだった事、Seeleと関わりがある事)を認識しているのか…

「Series Eva…聞いた事ある…でもどうして…Series Evaはダミーシステムじゃないと…」

「SeeleはS2機関を搭載したEvaに人間が乗る事を是としていないからよ。逆を言えばSeries EvaはS2機関を搭載することを前提に考えられているから人間が搭乗する事を回避したいのよ…」

「S2機関を搭載したEvaなら使徒だって簡単に…ど、どうしてそれがダメなの…?」

アスカは思わず身を乗り出した。

「それは神に近しい存在…だから…」

「神に…近い…」

「そう…神を作る事は許されざる冒涜…Seeleはそう考えているの…S2機関を搭載するなら人間は乗せない。人間が乗るならS2機関は搭載出来ない。それがS計画とE計画の間にあるジレンマ」

「S計画…」

「そうよ…SeeleのS計画はダミーシステムで運用可能なEvaにS2機関をビルドインすることを目指しているのよ…あなたのお母さんはS2機関をEvaの動力システムとして利用するための理論を研究していた…そしてあなた自身の学位論文もその関連よね?どうしてかしらね?」

「それは…」

「ズィーベンステルネがそれについて研究しろ、とあなたに言ったから…でしょ?」

「…」

ズィーベンステルネに操られていた籠の中の鳥…あながち間違いではないってことね…

「ふ、まあいいわ。全てはSeeleの仕組んだ事…その自覚があなたたち親子にあったかどうかは知らないけれど…いずれにしても親子二代でEvaのイスカリオテI/F-Mを代替する技術を研究させられていたのよ…」

煙を吐きながらリツコが膝を組む。

「イスカリオテって…」

「そう…カトリックのあなたなら分かるわよね?イエスの12番目の弟子だったユダ。イエスを売った裏切り者として有名だけど彼はイスカリオテのユダと呼ばれていた。現行Evaにおける動力機関に存在する12個のI/F-Mの最後に位置するイスカリオテI/F-M。そしてそれこそが世界の英才を持ってしても解けなかったパラドックス。Evaのブラックボックスだった技術…」

リツコは一気にコーヒーを煽ると視線をベランダに移した。

そしてこれこそがあの人の父親、六分儀ゲンジの特殊S2理論の姿であり長らくあの人がE計画で主導権を握ってきた理由…その後にS2理論の一般化に成功したのがミサトの父親、葛城博士…セカンドインパクトと共に消された不幸な人だけど…「葛城の式」の拡張理論が「キョウコ・ツェッペリンの予想」に繋がっている…



「もう一つ見方を変えてみましょうか?あなた達親子がどうしてテンプルホフに葬られたのか?あなたはそこに加持君と行った事あるでしょ?」

リツコはベッドの上で所在無く俯いているアスカに視線を再び向ける。アスカは押し黙ったままだ。

「…」

「ふ、今更黙秘?まあいいわ。テンプルホフ(Tempelhof)、ドイツ語読みすればテンペルホーフとでもいうべきかしらね?テンプルホフはかつてドイツにあったテンプル騎士団の領地があった場所。ドイツ語のHofは「館」「屋敷」「広場」「領土」というニュアンスがある。第二次世界大戦中に中心部にあった教会や史跡はほとんど失われたけどね。その起源は13世紀まで遡ることが出来る。テンプル騎士団はフランス王フィリップ4世に粛清された悲劇的な末路のためオカルトものを含めて諸説あるけど歴史的にはキチンとした騎士修道会だった。ただ十字軍という時代とあいまって色々取り沙汰される要素は多いけどね」

リツコは手に持っていたマグカップをテーブルに置くと灰皿に灰を勢いよく落す。

「十字軍の歴史はさらに11世紀まで遡る。騎士団組織やSeeleもこの時代に端を発する。ツェッペリン家は帝政プロイセン、いえ神聖ローマ帝国から代々続いている家名だそうね。あなたのご先祖はテンプル騎士団にも寄進していたみたいだし。穿って見れば何かと共通点が多そうな感じがするわね…Seeleと…」

「そんな話…いきなりされてもよく分からないわ…」

アスカはリツコと目を合わせ様としないが明らかに困惑した表情を浮かべていた。リツコは視線をアスカから外さない。

「十字軍は始めこそは聖地を異教徒の手から奪還するという聖戦として始まったけど、時代を経るごとにそれは次第に略奪と侵略の性質を帯びる様にもなってきた。そんな混乱の中である事実が明らかとなった。それが死海文書の存在よ。死海文書は1947年に発見されたと言われているけど実は十字軍の時代に既に発見されていたのよ。2001年に法王庁が世間で飛び交う陰謀説を慮って公開に踏み切ったけど…ね…」

「まさか…」

「事実よ。それは全くの偶然だったと言われている…始めは優勢だった十字軍も長征の愚を犯している事に変わりは無い。補給もままならない異国の地で長期戦を強いられ異教徒の激しい反撃にさらされて一度は奪還に成功した聖地エルサレムも再び陥落した。遠征軍が凄惨を極める退却戦を強いられるのは自明の理よね…戦は攻めるよりも守る方が数倍大変ですものね…」

リツコが煙を吐いた。アスカはやや空ろな視線を銀の煙に向けていた。

「その退却戦の時に遠征軍本体と逸れた小さなドイツ系騎士団が偶然にヨーロッパから派遣されていた別働隊と死海北西部辺りで合流した。その別働隊の正体は時の教皇が聖地に派遣した調査隊だったのよ。この調査隊も遠征軍本体の敗走を受けて途中で異教徒との戦いに巻き込まれて死海近辺まで逃げていた。両者は執拗な異教徒の追撃から身を守るために命からがら死海沿岸にあった無数の洞穴に入って難を逃れようとしたってわけ」

「その洞穴が有名なクムラン…」

「その通りよ。カトリックの間ではちょっとしたニュースだったものね。死海文書は1947年に11箇所の洞穴で発見された800巻を超える古代文書の総称だけど…実は12番目の洞穴があったのよ…そこで驚くべき文書が発見された。それこそが裏死海文書と呼ばれる「先代記」だったのよ」

「裏…死海…文書…」

「そう。あまりにセンセーショナルな内容だったからなのか…その時、調査隊の中で教義に対する諍いが元で同士討ちが始まって結局…この調査隊は時代の表舞台から突然姿を消してしまった…バチカンに生きて帰ったものはいなかったと言われているけど…実際は裏死海文書と共に闇に潜み、バチカンと一線を画することを選んだ一団、12人が生き残った。それがSeeleの起こりとも言われているわ。定かではないけど…ね…」

リツコはタバコを灰皿に押し付けると再び立ち上がる。そして自分の近くに置かれていた新しい下着を手に取ってアスカの方に一歩を踏み出した。

「その時にちょっとした問題が発生したのよ…大半はその12人によって葬られ、さらに12番目の洞穴と共に埋められたけど…奇しくも難を逃れた人たちがいたのよ…調査隊に合流したドイツ系の騎士がそう…彼はあろう事かその12人の目を盗んで裏死海文書の一部を持ち去り執拗な追跡を逃れて…彼はテンプル騎士団の庇護を求めた。そしてその人たちの末裔は今のベルリンの郊外に住むようになったのよ。テンペルホーフと呼ばれる一帯がそれよ。結果的にテンプル騎士団にもたらされることになった裏死海文書の一部…それが終末の書…テンプル騎士団は教皇と結託したフランス王によって粛清されたけど、ドイツ騎士団は十字軍時代を生き残り中世以降、プロシア(プロイセン)の基礎を作っていったわ。神聖ローマ帝国皇帝はドイツ王が代々継ぐ事になった」

リツコはベッドまで来るとじっとアスカを見つめる。リツコと目を合わせたアスカに一瞬背筋に寒気が走った。リツコは薄っすらと口元に笑みを浮かべるとアスカの目の前に下着を置いた。

「あなたの出自自体にSeeleは興味があったのかもしれないわね…どの時点であなたがズィーベンステルネ、いいえSeeleと関わりを持つようになったのか…少なくともあなたのお母さんが自殺したことだけが原因では無さそうね。私が調べた限りでは…ね…」

アスカは思わずベッドクロスを握り締める。

「わたしの推測が正しければあなた…惣流・アスカ・ラングレーになる以前から監視が付いていたんじゃなくて?」

「だから…分からないっていってるでしょ!いい加減にしてよ!そんな古臭い話!アタシとは関係ないわ!」

アタシは!アタシは…アタシであると言う事以外に…ない…それ以上でもそれ以下でもない!勝手にややこしいことを押し付けてこないでよ…

傍らでアスカの様子を伺っていたリツコは小さなため息を付くとそのままベッドルームの出口に向かって歩き始めた。

「まあいいわ…どこまで記憶があってどこまでが他人の入れ知恵なのか…今度、じっくり調べて見る必要があるわね」

リツコの言葉に反応してアスカはキッとリツコの背中を睨み付ける。

「調べるって…冗談じゃないわ!人のプライベートを何だと思っているのよ!これ以上、アタシに近寄らないで!」

リツコは立ち止まるとじろっと凄む様な視線をアスカに送る。

「残念だけどそれは出来ないわね。あなたはもうこちら側の人間になったのよ。言っておくけど逆らうことは死を意味するわよ」

「え…?どういう…意味…?」

アスカは予期せぬリツコの言葉に驚いた。

リツコはアスカから視線を逸らすと複雑な表情を浮かべた。

「ごめんなさいね…あなたに`ローレライ(埋め込まれた特殊マイクロチップの通称)`を埋め込んだのよ…司令の命令でね…だからここまで話したのよ…あなたに・・・」

いや・・・あなただから・・・

「ロ…」

アスカは絶句する。みるみる血の気が失せていくのがすぐに分かった。

アスカ…あなたも私を恨むでしょうね…レイと同様に…ね…

「…だから…もうあなたはここから出ることは許されない…ミサトのマンションにも戻れないし…学校も今日を境に止めてもらう事になるわね…あなたの生殺与奪は司令の一存で決まるのよ」

「うそだ…そんなの…嫌よ!どうして!どうして…こんなのって…」

アスカは目の前にあった下着を掴むとリツコに向かって投げつけた。力なくひらひらと失速して床に落ちていく。

リツコには届かない。

「往生際が悪いわよ…殺されなかっただけでもありがたいと思うことね…あなたはただ指示された事だけを遂行する…それだけを考えればいいの…」

リツコはアスカを顧みることなく足早に去って行った。

アスカはベッドに思わず突っ伏していた。

奪われていく…何もかも…
 

Ich weiss nicht was soll es bedeuten(何がそうさせるのかはわからない…)
ハインリッヒ・ハイネ






Ep#06_(14) 完 / つづく

(改定履歴)
29th May, 2010 / ハイパーリンク先の修正
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