新世紀エヴァンゲリオンの二次創作物、小説「Ihr Identität」を掲載するサイトです。初めての方は「このサイトについて」をご参照下さい。小説をご覧になりたい方はカテゴリーからEpisode#を選んで下さい。この物語はフィクションであり登場する人名、地名、団体名等は特に断りが無い限り全て架空のものです。尚、本ホームページに使用した「新世紀エヴァンゲリオン」の画像は(株)ガイナックスのガイドラインに沿って掲載しています。配布や転載は禁止されています。
×
[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
第8部 Under the Ground ターミナルドグマ(Part-2)
(あらすじ)
アスカは作戦本部棟の自分の部屋で荷物をまとめていた。
「私物の整理ってやつかしら?気が早いわね」
後ろから声をかけられてパッと振り向くとそこにはリツコが立っていた。
「リツコ…」
「どうしたの?驚いたような顔をして。ミサトじゃなくて残念?」
リツコの目は氷の様に冷たかった…
(あらすじ)
アスカは作戦本部棟の自分の部屋で荷物をまとめていた。
「私物の整理ってやつかしら?気が早いわね」
後ろから声をかけられてパッと振り向くとそこにはリツコが立っていた。
「リツコ…」
「どうしたの?驚いたような顔をして。ミサトじゃなくて残念?」
リツコの目は氷の様に冷たかった…
(本文)
ブリーフィング終了後、ミサトはただ一人シミュレーションルームに残っていた。
髪をたくし上げ、そして髪留やゴムでとめるでもなく、再び無造作にバサッと手を離す。そんな無意味な動作を何度も繰り返していた。
「はあ…ほんっとにバカよね…あたし…何度も…何度も!同じことを!ちくしょう!」
ガンっ!!
ミサトは拳を固めて会議テーブルに叩きつけた。無人の空間に音はすぐに吸い込まれていく。
アスカ!
いきなり立ち上がるとミサトはシミュレーションルームを駈け出して行った。
アスカ…ごめん…あたしがバカだった…一体…何処にいるのよ?あんたともう一度…
ガシャ!ガシャ!
アスカはネルフ作戦本部と同じフロアにある自分の個室にいた。
本部に着任した時、アスカは特別にミサトからこの部屋を与えられていた。チルドレンの中で作戦本部とのアクセスに至便な個室を与えられているのはアスカだけだった。
自分の執務デスクの引き出しの中にある私物を荒々しくプラスティック製の段ボール箱に次々と放り込んでいた。
部屋は8畳間程度の広さでデスクとファイルキャビネットとロッカーが置かれているだけの質素な部屋だった。デスクの上には枯れたサボテンの鉢植えだけが無造作に置いてあった。
水のやり過ぎが原因で根腐れを起こして枯れたサボテンだった。
リツコを慮ってミサトはアスカにだけ打ち明けていたのだが、ミサトは弐号機の受取完了後、ほどなくして世話焼きの親戚が算段したお見合いに引っ張り出されたことがあった。
結局、ミサトがその相手とそれっきり会う事はなかったのだがその時に先方から強引にプレゼントされたというのがこのサボテンだった。
「普通さあ…呉(く)れるなら花じゃね?なぜサボテン?不精(ずぼら)に見えたのかなあ…」
ミサトは鬱陶しがってサボテンを自分の執務室の片隅に放置していたが、図鑑でしかサボテンを見たことがなかったアスカが珍しがって興味を示したためミサトは「あんた、いるんならあげるわよ。その変り返品は受け付けないからね」と言って譲り渡したという経緯があった。
当時のアスカはまだ第一中学校に通っておらず第二東京市のエンペラーホテルから本部に直接出勤していた。
「当番」は実質的にチルドレン全員が学校に通うようになったためにミサトが導入したシステムだ。それまでは初動体制は基本的にアスカで、というのがネルフの方針だった。
既に大学を卒業したアスカが第一中学校に通いたいと言い出した時はミサトが一番驚いていたが、「当番」の制度を日向と作り各部に頭を下げてアスカが学校に通える様にしたのもミサトだった。
アスカは毎日、出勤の度にサボテンに水をたっぷり与えていた。そしてほどなくサボテンはあっさりと枯れた(腐った)。ミサトにおずおずとそのことを打ち明けるとアスカの気遣いとは別に「これで悪い憑き物が取れたわ」と言って本人は至って気にするでもなく豪快に笑い飛ばしていた。
「ミサト…」
あんたって手がかからないことで世界的に有名な植物のサボテンですら枯らす様な女よ?そんなあんたがまして魚類なんてまともに飼えるわけ無いじゃん…
アスカは枯れてすっかり茶色に変色しているサボテンを引き寄せる。
「こんな物体だったっけ…これ…どうしようかな…」
「私物の整理ってやつかしら?気が早いわね」
アスカはいきなり後ろから声をかけられてハッとする。サボテンから手を放して入口の方に目を向ける。
そこには…
白衣を着たリツコが腕を組んで立っていた。
「リ…リツコ…」
アスカはゆっくりと立ち上がる。
「どうしたの?驚いたような顔をして。ミサトじゃなくて残念?」
「い、いや…そんなんじゃ…ただ…リツコが…こんなところ(作戦本部棟)に来るなんて…なんか…珍しいなって…」
「ふふふ。まあ、そう言えばそうね。ミサトの執務室以外訪れたことなかったから…記憶を頼りにあなたの部屋にやって来てみたってわけ…」
アスカはリツコから眼を逸らす。リツコのあまりに冷たく乾いた視線に耐えられなくなっていた。
冷たい…何か…心が凍ってしまいそうになるほど…まるで雪の女王のおとぎ話みたい…
「あなたとは一度ゆっくりとお話がしたかったのよね…今日…わたしは本部の宿舎に泊まる予定なの…あなたの為にも用意しておいたわよ…これはあなたのお部屋のキー…」
そう言ってリツコは白衣のポケットからカードキーを一枚取り出すとアスカの目の前に差し出す。
「今日は二人でゆっくりお話が出来るわね」
リツコはアスカの様子を注意深く伺っていた。アスカは背筋にゾクッとしたものが走るのを感じる。差し出されたカードとリツコの顔を交互に見る。
ど、どうして…急に…
「あ、あの・・・あ、アタシ…明日、学校が…」
リツコの口元に意地悪そうな笑みが浮かぶ。
「あらそうだったかしら?あなたは明日当番だった筈よ?今から地上(第三東京市)に戻るよりもこっち(ジオフロント)でどうせだったら一泊する方が楽なんじゃないかしら?それに…」
リツコが部屋の入口から中に入ってくる。
アスカは思わず後ずさりする。足がプラ段に当たって室内に無機質な音が響くがすぐに虚無にかき消されていった。
「地上に帰っても辛いだけ…なんじゃなくって?」
「で、でも…み、みんな心配するかも…」
「みんなって誰のことかしらね…シンジ君ならさっきレイと一緒に楽しそうに帰って行ったわよ?仲がいいのね、あの二人…」
「し、シンジが…ファーストと…」
「そうよ…こんなにあなたは追い詰められて苦しんでいるっていうのにね…可哀そうに…結局一人ぼっちなのね…」
「や、やめてよ!」
アスカは思わず耳を塞いで硬く眼を閉じる。
シンジ!
「ミサトも今頃は加持君とよろしくやってるのかしら…昨日も帰ってきてないんでしょ?マンションに…」
「もうやめてったら!加持さんは関係ないんだから!」
加持さんは…
気が付くとリツコはアスカのすぐ目の前に立っていた。そしてそっとアスカの両肩に手を置く。思わずアスカは体をビクッとさせると自分の肩に置かれたリツコの両手を交互に見た。
つ、冷たい…氷の様に…本当に凍ってしまいそうだ…
リツコはアスカの耳元に口を寄せてそっと囁く。
「アスカ…本当にあなたを見てるといじらしいわ…こんな状態になってもまだあの男のことを庇うのね…あなたはよく頑張ったわ…ここまでよく一人で…本当にエライわね…でも…そんなあなたを誰も褒めてもくれないし…慰めてもくれない…あなたは何を求めてここに来たのかしらね?」
ガチャン!
リツコから逃れようとするアスカの手がサボテンの鉢に当たり床に落ちた。白い磁器製の鉢が割れる。
しかし、二人ともそれを見ようともしなかった。
「あ、アタシは何も…ただ…し、使徒を倒しにここに…め、命令されて…本当よ?」
リツコはそれには何も答えず右手でそっとアスカの首筋をなぞった。針で刺された様なチクッとした僅かな痛みをアスカは感じる。
痛っ…い、今の何?
リツコの手は再びアスカの肩に戻ってくる。
「ふふふ。そんなことはもうどうでもいいわ…アスカ…残念だけど…加持君はあなたをわたしに売ったわよ?分かるでしょ?この意味…」
「う、うそ!」
リツコが右手でアスカの顎をそっと持ち上げる。
「本当よ…あなたがアスカ・ツェッペリンだったこと…あなたのお母さんの起こした心中事件で実はあなたは生きていたこと…ここまでは本当に同情するけど…でもその後が問題よね…」
「な、何の事か…あ…アタシ…」
リツコはにっこりアスカに微笑みかける。しかし、目は全く笑っていない。
「マルドゥックのリストに追加されてセカンドチルドレンに選ばれたあなただけど…その実はズィーベンステルネの「チャイルド」だったなんてね…とんだ食わせ者だったわね…これもそれも全て彼の情報提供のお陰で分かったことよ…」
「ど、どうして…それを…」
アスカは驚愕の余りリツコから離れようとする。しかし、両肩に置かれたリツコの手が鉛の様に重たい。
「ふふふ。ようやく素直になってきたわね?アスカ。素直なあなたって本当に可愛いわ…ウットリするくらい…ね…」
全身にじわじわと痺れの様な感覚が広がっていくのをアスカは感じていた。
か、体が…ま、まさか…薬を…しまった…油断した…このままじゃ…
「素敵な…綺麗な髪ね…」
リツコがアスカの髪をそっと撫でる。リツコはアスカの耳に息をゆっくりと吹きかけると軽く耳たぶにキスをしてきた。
「あ…や、やめ…」
「ふふふ。あなた本当に可愛いわね…もっと言ってあげましょうか?ズィーベンステルネであなたは「ドリュー」と呼ばれていたわね?「ドリュー」とはドイツ語の3を意味するdreiのホルシュタイン訛りがその由来よね?あなたは委員会、いいえ…Seeleが派遣したチルドレン(チャイルド)だったってね…」
そんな事まで…
「もうやめてよ!お願い…リツコ…お願い…」
「アスカ?アスカ・ツェッペリンはもう死んだのよ?一度死んでしまったものは元には戻せないわ…例え今生きていたとしてもね…だからあなたは惣流・アスカ・ラングレーとして生きるしかないのよ…」
「い、いや…」
アスカは頭に油膜がはった様にリツコの声が不透明なものに感じられていた。
「それにね…あなたは惣流・アスカ・ラングレーとして生きることが難しくなったと思っているかもしれないけど…それは大きな誤解だわ…」
「…もう…許して…」
だ、駄目だ…体が言うことを…聞かない…
「分かるわ…あなたの苦しみ…そしてジレンマ…でもね…あなたに選択の余地は残されていないのよ?」
「でも…それも…終わってしまう…アタシは誰でもなくなってしまう…」
あ、アタシ…口が勝手に…
「いいえ…あなたを助けてあげられるのはこのわたしだけよ…アスカ…」
「はい…」
もう…ダメ…どうなっても…いい…
「さあ…いらっしゃい…」
アスカはまるで夢遊病者の様にリツコに連れられて部屋を後にした。
カードキーを当てることなく、ミサトの接近を感知してドアが開く。部屋にかぎが掛かっていないことを示すと同時にアスカがキーを開けて入っていたということを意味していた。
「アスカ!」
ミサトは言うが早いか作戦本部の居室近くにあるアスカの個室に飛び込んでいた。
室内には誰もいなかった。
デスクの横にネルフの赤いロゴが入った白いプラ段が一つ置かれており、その中に乱雑にアスカの私物が入れられてあるのが目に飛び込んできた。
「何よこれ…いつあたしが出て行けって言ったてのよ!バカ!」
ミサトが入り口近くに置かれていたロッカーを勢いよく開ける。
そこにはクリーニングの袋に入れられたままになっている国連軍陸軍の通常礼装と第一特殊機甲部隊専用の第一種軍装が入れられてある以外に何も無かった。
ネルフ内で普段は付ける事は無い国連軍の階級章もそのままだった。
何処に行ったのかしら!あの子!携帯にも出ないし…シカトかよ!
ミサトはイライラしながら室内を見渡す。
視線がふとデスクの前の割れたサボテンの鉢植えで止まる。まるで自然に落下した様なサボテンの跡がかえって焦燥感を掻き立てる。
感情的になって叩きつけたものじゃない…まさかとは思うけど…
ミサトはこの部屋に来るまでに何度と無く鳴らしていた携帯で再びアスカを呼び出す。ドビュッシー作曲のゴーリヴォーグのケークウォーク(「子供の領分」より)の着信音が部屋から流れてくる。
音の方向にミサトが近づいていくと椅子の上にアスカの学生鞄が置いてあるのが目に入る。音はその中からしていた。
ミサトが鞄を引っ手繰るようにして手に取ると荒々しく中身を確認する。ネルフのセキュリティーカードを入れた二つ折りの財布、ネルフ支給の携帯、男物のシステム手帳、そして赤い小さな巾着袋が入っている。
遺留品の多さ…まるで煙の様に消えた、そんな印象だ。
おかしい…一時的に部屋を離れるにしてもロックもしないで…それにカードをここに置いた状態で…
本部の地上階はセキュリティーカードがなくても通路の往来に支障は無いが、セントラルドグマ内は厳格にアクセスエリアがセキュリティーレベル毎に制限されているため手ぶらで歩く事は物理的に不可能だった。
「まだここ(本部内敷地)にいるわね…しかも…誰かと一緒に…」
ミサトはアスカの携帯を掴むと部屋を飛び出して行った。
何か…嫌な予感がする…
(改定履歴)
22nd April, 2009 / ハイパーリンクの追加
18:55
ブリーフィング終了後、ミサトはただ一人シミュレーションルームに残っていた。
髪をたくし上げ、そして髪留やゴムでとめるでもなく、再び無造作にバサッと手を離す。そんな無意味な動作を何度も繰り返していた。
「はあ…ほんっとにバカよね…あたし…何度も…何度も!同じことを!ちくしょう!」
ガンっ!!
ミサトは拳を固めて会議テーブルに叩きつけた。無人の空間に音はすぐに吸い込まれていく。
アスカ!
いきなり立ち上がるとミサトはシミュレーションルームを駈け出して行った。
アスカ…ごめん…あたしがバカだった…一体…何処にいるのよ?あんたともう一度…
18:35
ガシャ!ガシャ!
アスカはネルフ作戦本部と同じフロアにある自分の個室にいた。
本部に着任した時、アスカは特別にミサトからこの部屋を与えられていた。チルドレンの中で作戦本部とのアクセスに至便な個室を与えられているのはアスカだけだった。
自分の執務デスクの引き出しの中にある私物を荒々しくプラスティック製の段ボール箱に次々と放り込んでいた。
部屋は8畳間程度の広さでデスクとファイルキャビネットとロッカーが置かれているだけの質素な部屋だった。デスクの上には枯れたサボテンの鉢植えだけが無造作に置いてあった。
水のやり過ぎが原因で根腐れを起こして枯れたサボテンだった。
リツコを慮ってミサトはアスカにだけ打ち明けていたのだが、ミサトは弐号機の受取完了後、ほどなくして世話焼きの親戚が算段したお見合いに引っ張り出されたことがあった。
結局、ミサトがその相手とそれっきり会う事はなかったのだがその時に先方から強引にプレゼントされたというのがこのサボテンだった。
「普通さあ…呉(く)れるなら花じゃね?なぜサボテン?不精(ずぼら)に見えたのかなあ…」
ミサトは鬱陶しがってサボテンを自分の執務室の片隅に放置していたが、図鑑でしかサボテンを見たことがなかったアスカが珍しがって興味を示したためミサトは「あんた、いるんならあげるわよ。その変り返品は受け付けないからね」と言って譲り渡したという経緯があった。
当時のアスカはまだ第一中学校に通っておらず第二東京市のエンペラーホテルから本部に直接出勤していた。
「当番」は実質的にチルドレン全員が学校に通うようになったためにミサトが導入したシステムだ。それまでは初動体制は基本的にアスカで、というのがネルフの方針だった。
既に大学を卒業したアスカが第一中学校に通いたいと言い出した時はミサトが一番驚いていたが、「当番」の制度を日向と作り各部に頭を下げてアスカが学校に通える様にしたのもミサトだった。
アスカは毎日、出勤の度にサボテンに水をたっぷり与えていた。そしてほどなくサボテンはあっさりと枯れた(腐った)。ミサトにおずおずとそのことを打ち明けるとアスカの気遣いとは別に「これで悪い憑き物が取れたわ」と言って本人は至って気にするでもなく豪快に笑い飛ばしていた。
「ミサト…」
あんたって手がかからないことで世界的に有名な植物のサボテンですら枯らす様な女よ?そんなあんたがまして魚類なんてまともに飼えるわけ無いじゃん…
アスカは枯れてすっかり茶色に変色しているサボテンを引き寄せる。
「こんな物体だったっけ…これ…どうしようかな…」
「私物の整理ってやつかしら?気が早いわね」
アスカはいきなり後ろから声をかけられてハッとする。サボテンから手を放して入口の方に目を向ける。
そこには…
白衣を着たリツコが腕を組んで立っていた。
「リ…リツコ…」
アスカはゆっくりと立ち上がる。
「どうしたの?驚いたような顔をして。ミサトじゃなくて残念?」
「い、いや…そんなんじゃ…ただ…リツコが…こんなところ(作戦本部棟)に来るなんて…なんか…珍しいなって…」
「ふふふ。まあ、そう言えばそうね。ミサトの執務室以外訪れたことなかったから…記憶を頼りにあなたの部屋にやって来てみたってわけ…」
アスカはリツコから眼を逸らす。リツコのあまりに冷たく乾いた視線に耐えられなくなっていた。
冷たい…何か…心が凍ってしまいそうになるほど…まるで雪の女王のおとぎ話みたい…
「あなたとは一度ゆっくりとお話がしたかったのよね…今日…わたしは本部の宿舎に泊まる予定なの…あなたの為にも用意しておいたわよ…これはあなたのお部屋のキー…」
そう言ってリツコは白衣のポケットからカードキーを一枚取り出すとアスカの目の前に差し出す。
「今日は二人でゆっくりお話が出来るわね」
リツコはアスカの様子を注意深く伺っていた。アスカは背筋にゾクッとしたものが走るのを感じる。差し出されたカードとリツコの顔を交互に見る。
ど、どうして…急に…
「あ、あの・・・あ、アタシ…明日、学校が…」
リツコの口元に意地悪そうな笑みが浮かぶ。
「あらそうだったかしら?あなたは明日当番だった筈よ?今から地上(第三東京市)に戻るよりもこっち(ジオフロント)でどうせだったら一泊する方が楽なんじゃないかしら?それに…」
リツコが部屋の入口から中に入ってくる。
アスカは思わず後ずさりする。足がプラ段に当たって室内に無機質な音が響くがすぐに虚無にかき消されていった。
「地上に帰っても辛いだけ…なんじゃなくって?」
「で、でも…み、みんな心配するかも…」
「みんなって誰のことかしらね…シンジ君ならさっきレイと一緒に楽しそうに帰って行ったわよ?仲がいいのね、あの二人…」
「し、シンジが…ファーストと…」
「そうよ…こんなにあなたは追い詰められて苦しんでいるっていうのにね…可哀そうに…結局一人ぼっちなのね…」
「や、やめてよ!」
アスカは思わず耳を塞いで硬く眼を閉じる。
シンジ!
「ミサトも今頃は加持君とよろしくやってるのかしら…昨日も帰ってきてないんでしょ?マンションに…」
「もうやめてったら!加持さんは関係ないんだから!」
加持さんは…
気が付くとリツコはアスカのすぐ目の前に立っていた。そしてそっとアスカの両肩に手を置く。思わずアスカは体をビクッとさせると自分の肩に置かれたリツコの両手を交互に見た。
つ、冷たい…氷の様に…本当に凍ってしまいそうだ…
リツコはアスカの耳元に口を寄せてそっと囁く。
「アスカ…本当にあなたを見てるといじらしいわ…こんな状態になってもまだあの男のことを庇うのね…あなたはよく頑張ったわ…ここまでよく一人で…本当にエライわね…でも…そんなあなたを誰も褒めてもくれないし…慰めてもくれない…あなたは何を求めてここに来たのかしらね?」
ガチャン!
リツコから逃れようとするアスカの手がサボテンの鉢に当たり床に落ちた。白い磁器製の鉢が割れる。
しかし、二人ともそれを見ようともしなかった。
「あ、アタシは何も…ただ…し、使徒を倒しにここに…め、命令されて…本当よ?」
リツコはそれには何も答えず右手でそっとアスカの首筋をなぞった。針で刺された様なチクッとした僅かな痛みをアスカは感じる。
痛っ…い、今の何?
リツコの手は再びアスカの肩に戻ってくる。
「ふふふ。そんなことはもうどうでもいいわ…アスカ…残念だけど…加持君はあなたをわたしに売ったわよ?分かるでしょ?この意味…」
「う、うそ!」
リツコが右手でアスカの顎をそっと持ち上げる。
「本当よ…あなたがアスカ・ツェッペリンだったこと…あなたのお母さんの起こした心中事件で実はあなたは生きていたこと…ここまでは本当に同情するけど…でもその後が問題よね…」
「な、何の事か…あ…アタシ…」
リツコはにっこりアスカに微笑みかける。しかし、目は全く笑っていない。
「マルドゥックのリストに追加されてセカンドチルドレンに選ばれたあなただけど…その実はズィーベンステルネの「チャイルド」だったなんてね…とんだ食わせ者だったわね…これもそれも全て彼の情報提供のお陰で分かったことよ…」
「ど、どうして…それを…」
アスカは驚愕の余りリツコから離れようとする。しかし、両肩に置かれたリツコの手が鉛の様に重たい。
「ふふふ。ようやく素直になってきたわね?アスカ。素直なあなたって本当に可愛いわ…ウットリするくらい…ね…」
全身にじわじわと痺れの様な感覚が広がっていくのをアスカは感じていた。
か、体が…ま、まさか…薬を…しまった…油断した…このままじゃ…
「素敵な…綺麗な髪ね…」
リツコがアスカの髪をそっと撫でる。リツコはアスカの耳に息をゆっくりと吹きかけると軽く耳たぶにキスをしてきた。
「あ…や、やめ…」
「ふふふ。あなた本当に可愛いわね…もっと言ってあげましょうか?ズィーベンステルネであなたは「ドリュー」と呼ばれていたわね?「ドリュー」とはドイツ語の3を意味するdreiのホルシュタイン訛りがその由来よね?あなたは委員会、いいえ…Seeleが派遣したチルドレン(チャイルド)だったってね…」
そんな事まで…
「もうやめてよ!お願い…リツコ…お願い…」
「アスカ?アスカ・ツェッペリンはもう死んだのよ?一度死んでしまったものは元には戻せないわ…例え今生きていたとしてもね…だからあなたは惣流・アスカ・ラングレーとして生きるしかないのよ…」
「い、いや…」
アスカは頭に油膜がはった様にリツコの声が不透明なものに感じられていた。
「それにね…あなたは惣流・アスカ・ラングレーとして生きることが難しくなったと思っているかもしれないけど…それは大きな誤解だわ…」
「…もう…許して…」
だ、駄目だ…体が言うことを…聞かない…
「分かるわ…あなたの苦しみ…そしてジレンマ…でもね…あなたに選択の余地は残されていないのよ?」
「でも…それも…終わってしまう…アタシは誰でもなくなってしまう…」
あ、アタシ…口が勝手に…
「いいえ…あなたを助けてあげられるのはこのわたしだけよ…アスカ…」
「はい…」
もう…ダメ…どうなっても…いい…
「さあ…いらっしゃい…」
アスカはまるで夢遊病者の様にリツコに連れられて部屋を後にした。
19:15
カードキーを当てることなく、ミサトの接近を感知してドアが開く。部屋にかぎが掛かっていないことを示すと同時にアスカがキーを開けて入っていたということを意味していた。
「アスカ!」
ミサトは言うが早いか作戦本部の居室近くにあるアスカの個室に飛び込んでいた。
室内には誰もいなかった。
デスクの横にネルフの赤いロゴが入った白いプラ段が一つ置かれており、その中に乱雑にアスカの私物が入れられてあるのが目に飛び込んできた。
「何よこれ…いつあたしが出て行けって言ったてのよ!バカ!」
ミサトが入り口近くに置かれていたロッカーを勢いよく開ける。
そこにはクリーニングの袋に入れられたままになっている国連軍陸軍の通常礼装と第一特殊機甲部隊専用の第一種軍装が入れられてある以外に何も無かった。
ネルフ内で普段は付ける事は無い国連軍の階級章もそのままだった。
何処に行ったのかしら!あの子!携帯にも出ないし…シカトかよ!
ミサトはイライラしながら室内を見渡す。
視線がふとデスクの前の割れたサボテンの鉢植えで止まる。まるで自然に落下した様なサボテンの跡がかえって焦燥感を掻き立てる。
感情的になって叩きつけたものじゃない…まさかとは思うけど…
ミサトはこの部屋に来るまでに何度と無く鳴らしていた携帯で再びアスカを呼び出す。ドビュッシー作曲のゴーリヴォーグのケークウォーク(「子供の領分」より)の着信音が部屋から流れてくる。
音の方向にミサトが近づいていくと椅子の上にアスカの学生鞄が置いてあるのが目に入る。音はその中からしていた。
ミサトが鞄を引っ手繰るようにして手に取ると荒々しく中身を確認する。ネルフのセキュリティーカードを入れた二つ折りの財布、ネルフ支給の携帯、男物のシステム手帳、そして赤い小さな巾着袋が入っている。
遺留品の多さ…まるで煙の様に消えた、そんな印象だ。
おかしい…一時的に部屋を離れるにしてもロックもしないで…それにカードをここに置いた状態で…
本部の地上階はセキュリティーカードがなくても通路の往来に支障は無いが、セントラルドグマ内は厳格にアクセスエリアがセキュリティーレベル毎に制限されているため手ぶらで歩く事は物理的に不可能だった。
「まだここ(本部内敷地)にいるわね…しかも…誰かと一緒に…」
ミサトはアスカの携帯を掴むと部屋を飛び出して行った。
何か…嫌な予感がする…
Ep#06_(8) 完 / つづく
(改定履歴)
22nd April, 2009 / ハイパーリンクの追加
PR
カテゴリー
※ はじめての方は「このサイトについて」をご一読下さい。
最新記事
(06/10)
(12/04)
(11/22)
(11/20)
(11/16)
(09/13)
(09/06)
(07/30)
リンク集
* 相互リンクです
※ 当サイトはリンクフリーです。リンクポリシーは「このサイトについて」をご参照下さい。
ブログ内検索
カウンター
since 7th Nov. 2008