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新世紀エヴァンゲリオンの二次創作物、小説「Ihr Identität」を掲載するサイトです。初めての方は「このサイトについて」をご参照下さい。小説をご覧になりたい方はカテゴリーからEpisode#を選んで下さい。この物語はフィクションであり登場する人名、地名、団体名等は特に断りが無い限り全て架空のものです。尚、本ホームページに使用した「新世紀エヴァンゲリオン」の画像は(株)ガイナックスのガイドラインに沿って掲載しています。配布や転載は禁止されています。
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第14部 Open the gate of destiny 決壊


(あらすじ)

運命の扉は遂に開け放たれる。怒号が飛び交う中、国民党の内閣不信任案動議が衆議院で可決され、追い詰められた陸奥首相は衆議院解散を決意する。自由党政権は一夜にして呆気なく崩壊し、戦自、国連軍、そしてネルフが三竦みの状態で松代に展開している状況下で政治空白が突如として発生する。
(本文)

ネルフの大型輸送ヘリが松代の第二実験場上空に着いたとき百戦錬磨のミサトが思わず唸った。

第二実験場は厳密には松代市の南側ノロシ山と大嶺山の間にある造成地に立てられていたが、実験場を中心にして半径5km圏にあえてNv89発令をかけた事によりその周囲をぐるっと取り囲むようにして国連軍の地上部隊が展開しており、更にその外側を遠巻きに戦自が取り囲んでいた。

戦自、国連軍、そしてネルフが互いに照明車で周囲を照らしているため日没の川中島はさながら手前の第二東京市に劣らず煌びやかだった。

こんなに綺麗なのに…あたしが飛び込もうとしている場所は絶海の孤島…まさに死地とは…このことを言うわね…でも…今となっては絶対に失ってはならないから…覚悟を決めてここに来た…

「…全く因果な商売ね…あたしにはこんな感じがお似合いって事かしら…アラサー女が来る様な場所じゃないわねぇ…やれやれ…本当にバカみたい…」

いつの間にかリツコがミサトの隣に立って同じように夜景を覗いていた。

「ミサト、あなた古いわね…そんな死語(アラサー)…それにしても…空から見る夜景がこんなに綺麗だとは思わなかったわ…たかが参号機の起動試験でこんな仰々しい事になるとはね…やれやれだわ…」

リツコの白衣は赤色灯に照らされて赤いコートを羽織っているように見えた。

「そうね…松代に何があるのか知らないけれど…まだ当初の予定通りセントラルドグマ内でテストした方がマシだったわ…MAGI-0だけなら最悪…放棄してもいいとは思うけど…」

ミサトはそこまで言うとチラッとリツコの顔を盗み見た。

「それも…悪くなかった…かもね…」

意外な一言がリツコの口から漏れた。MAGIの確保にこだわると思っていたミサトは驚く。

「リツコ…」

かつて、第11使徒がMAGIに侵入した時、ミサトは全員に対してMAGIの放棄を進言した事があったがそれを即座にリツコが拒否したのだ。

この時も二人は激しい口論をしたが結局、自滅促進プログラム案を提案したリツコにゲンドウが使徒の殲滅を一任してその場は収まったという経緯があった。

そして…リツコは確かに…あの時も…約束を守ってくれた…あたしはよく学生時代からすっぽかして来たけどさ…憎たらしいほどの石頭だけど…裏を返せば誠実とも言えなくはない…そんなあんただったから尚更…

「松代がなくなれば本部に全戦力を集中出来るし…それに…ただでさえ少ない人員を分散させる愚も犯さなくて済むわね…」

リツコは夜景を見る目を細めて呟く。ミサトはリツコの顔をまじまじと見た。

「でも…仕方がないわね…松代で起動試験を実施すると言う指示ですものね…」

「リツコ…あんた…」

リツコが視線をミサトに向けた。二人の視線が交錯する。

「わたしも…覚悟は出来ているわ…もし死ぬような事があったら…」

「ちょっと…縁起でもない事言わないでよ…誰が作戦指揮を取ると思ってるのよ。犬死はしないし、させないわよ」

リツコは口元に僅かな笑みを浮かべる。涙黒子と相まってそれは余りにも淋しい微笑だった。

「そうだったわね…夜景を見てちょっとセンチになったかしら…でも…素敵なものを見せてもらったわ…」

二人は再び視線を眼下の街の灯に落す。ヘリは第二試験場の隣にあるヘリポート上空でホバリングを始めた。

「私たち以外の若手は本部に極力退避させましょう…」

「そのつもりよ…これから若い力がもっと必要になるわ…」

ミサト…私の遺言は決まってるの…ごめんなさい…それ以外にないわ…使う事がないことを祈るけど…
 




同刻。第20ゲートからレイの乗った零号機が甲府に向けて進撃を開始した。

レイの後を野戦用外部電源ジェネレーターを搭載したネルフの工作車やEvaの武器弾薬を輸送するトラック、そして警備用のハンヴィーが随行する。

続いて第三東京市の郊外に近いD地区近辺の第3ゲートから重装甲兵装(F兵装)の弐号機が射出された。

Evaの射出ゲートの中で第3ゲートは郊外という事もあってネルフ本部最大の大型射出場になっていた。実質的に重厚なF兵装を装着した場合の出口はここしかなかった。

F兵装弐号機の姿は発令所の主モニターに映し出されていた。

基本的にEvaの各種兵装は弐号機以降のタイプで互換性を持たせる様に作戦部4課(戦術兵装研究課)と技術部第6研究室(要素技術開発室)が中心になって開発設計を進めていたが、最近になって第三支部で開発中のE型量産機後期モデルである伍号機、六号機がその対象から外されて物議を醸し出していた。

しかし、今は誰もそれを気にする者はいなかった。

Nv89発令以降も碇ゲンドウと冬月は発令所の自席に座ってはいるものの沈黙を守っていた。

「F兵装か…見た目はなかなかだが進捗率は58%程度…このまま開発を進めるかは微妙なところだな…それにしてもこんな状況で思い切って出すとはな…ミサト君もなかなか大胆だな…」

冬月が主モニターを見ながらまるで剃り残した髭があるかの様に顎を擦っていた。

「ああ…未完製品でも惜しげもなく使う…面白い事を考えるヤツだ…」

「碇…何故…松代での起動試験に拘る…?政局が不安定な以上、松代を放棄する、という手もある筈だ。それに…何故…フィフスを受け入れる事にしたんだね?あれ程…否定しておったのに…」

「この頃、不穏な動きが我々の周りで起こっている…参号機にどんな仕掛けがあるかも分からんからな…いきなりここに持ち込むのは危険と判断した、それだけの事だよ…」

「それ以外に…ゲオルグも関係があるか…?」

冬月は言いながらゲンドウの反応を伺う。

「…いや」

まったく動じる様子がない。冬月はわずかに肩をすくめると視線を主モニターに向けて足を組む。

「そうか…まあ多くは聞くまい…ではフィフスの方はどういう意図があるのかね?」

「参号機が使える目処がつけばフィフスはそのパイロットに任命するつもりだ…」

「ほう…参号機の?しかし、フォースがいるだろ?」

ゲンドウは発令所の冷たいデスクに肘をついていたが背もたれに上体を預けるとわずかに伸びをする。

「フォースチルドレンは…参号機の起動試験用のテストパイロット…予備パイロットという位置づけだ…何か謀略が参号機にあるのなら参号機もろとも消えることになるだろう…何も問題はない…」

冬月は主モニターからゲンドウに視線を移す。

「予備パイロットか…確かシンジ君がここに来た時も同じ様なセリフを聞いたな…まあそれはともかくとしてだ…フォースは経歴ファイルによるとシンジ君の数少ない友人の一人らしいじゃないか…?知っていたのか?」

「ああ…だが、それは全くの偶然だ…コード707の中でMAGIによるHarmonicsシミュレーションのパフォーマンスが最も高かった…それが選定理由だ…交友関係などは考慮に値せんよ…」

ゲンドウは椅子に座ったままストレッチをしていたが再びデスクに両肘をついた。

「そうかね…だが…父親として喜ぶべきじゃないのかね?あのシンジ君が…初めて作った友達だぞ?お前も悩んでいた筈だ…松代でシンジ君に友達が出来ないとね…ベルリン赴任から帰って来たお前は…」

「冬月…今はその話は関係なかろう…」

ゲンドウが冬月を遮る様に言葉をかぶせてきた。

発令所で最も高い位置にある司令長官席は双方向通信のマイクのスイッチを入れない限り滅多なことでは声は下に届かない。

冬月は苦笑いを浮かべる。

「…まあそうだが…すまんが私はそう簡単に割り切れんものでな…お前と違って…」

「フィフスの受け入れに当たってはこちらも条件を老人たちに出した…」

「ほう…老人たちに?興味あるね、その条件…」

一呼吸置いてゲンドウが隣に座っている冬月の方を見る。

「フィフスを派遣したければアダムを出せと言ってやったよ…」

ゲンドウは不敵な笑みを浮かべていた。

「アダ…アダムだと…?ま、まさか…」

冬月が驚愕の表情を浮かべる。

「そうだ…葛城がゲオルグに誑かされて人間のDNAをダイブさせた時に生まれた…あのアダムだよ…」

「まさか…そんなことが…では提供者というのも…全て織り込み済みだったという訳か…」

ゲンドウがゆっくりと頷く。

「ああ…アダムはあの時…(ロンギヌスの)槍でATフィールドを破られた…突然覚醒を始めたアダムを抑えるために藁にも縋る思いで葛城がしたことだが…その実…肉体を失ったアダムの魂を取り込むための方便に過ぎなかったというわけだ…」

冬月が放心した様に上体を背もたれに預けて天を仰ぐ。

「酷いものだな…あの作業さえなければ時間的に調査隊は…」

「ああ…助かった可能性は高い…だが…S2理論の一般化にヤツは踏み込むべきではなかった…」

「一般化?まあ確かにダミーシステムと共にS計画に道を開く要素ではあるが…逆を言えばS2機関はイスカリオテIF/Mの解除と超高効率動力理論で実質的に完成する訳だろ?」

冬月は両手ですっかり白髪になった自分の髪を撫でつける。

「その通りだ…アダムから生まれし忌むべき存在のEva…これを制御するには拘束具だけでは足らん…イスカリオテIF/Mが必要になる所以だよ…それに活動限界が存在する以上、(贖罪の)儀式は不可能に近い…」

「まあな…それを巡って今日に至るまで未だにE計画とS計画の間で議論が耐えんからな…だが…待てよ…私がベルリンにいた頃…イスカリオテIF/Mの根本原理を解析した「ツェッペリンの予想」というレポートがゲヒルン研究所にあった様な…!!碇…まさか…」

はっとした表情をした冬月がゲンドウの方を見た。ゲンドウは相変わらず無表情だった。

「何だ?冬月…顔色が悪いぞ…」

ゲンドウの顔を見る冬月の表情がどんどん険しくなっていく。

「碇…単刀直入に聞くが2008年12月24日のベルリンで…何があったんだ…?」

「…何故…それを私に聞く…公式記録の通りだ…」

一瞬、二人の間に沈黙が流れる。

「しかし…私の想像が正しければ…」

「冬月…所詮、想像は想像でしかない…その議論は時間の無駄だ…」

再びゲンドウが冬月を遮った時、青葉の声が発令所全体にスピーカーを通して流れて来た。

「弐号機、空輸準備完了!松代に向かいます!」

「いよいよだ…」

「ああ…だが…このタイミングで戦自が介入するとはな…俺のシナリオにはないぞ…Nv89が寝た子を起こしたかな?」

「いや…未来とは簡単に変わるものさ…日本政府の後ろに何かがいるんだろう…」

「文字通りゴーストというわけだ…」

ゲンドウはそれには答えず両手を組んだままでじっと主モニターに移る弐号機の姿を凝視していた。

お望み通り松代にドリューを向かわせるぞ、ゲオルグ…何を企んでいるか、じっくり見物させてもらう…だが忘れるな…ドリューの運命の鍵を握っているのはこの俺だ…下手な事をすればどうなるか…今日があの子の命日になる…

ゲンドウはポケットに忍ばせている自分の携帯端末にそっと手を置いていた。
 





新国会議事堂では夜を徹した審議に突入する勢いだった。

予算案をめぐる与野党の攻防は佳境に差し掛かっていたが会期末を控えて与党自由党は分が悪かった。審議の膠着を見てとった議長が1時間の休憩を宣言していた。

議事堂の奥まった部屋に首相の控室があった。

如何にも気の弱そうな青白い顔をした陸奥忠雄内閣総理大臣(自由党総裁)は今にも自分の椅子に沈みそうなほど如才げに座っていた。

陸奥首相の傍らには能登内閣官房長官、川内内閣官房副長官、そして国防省ビルから駆けつけた山本国防相、古鷹自由党幹事長、衣笠外相の姿があった。

特に首都の北東部の松代で緊張が高まりつつあるため山本国防相はひっきりなしに携帯を懐から出し入れしていた。

「諸君…事態は極めて深刻だ…臨国(臨時国会)の期日も残すところあと4日に迫っているというのに国民党は我々との約束を反故にして臨時補正予算案を参院で否決する構えを見せている。今、否決されると会期延長して通さないといけないが会期延長には明公党まで難色を示している始末。それに嵐世会に近い加古派、三隈派も不穏な動きを見せているし、このままでは政府は機能不全に陥ってしまう…何か妙案はないかね…?」

まさに青色吐息という言葉そのままに陸奥首相は沈痛な面持ちをしていた。右手はしきりに胃の辺りを忙しく摩っている。

予算案を通すには国民党の要求に答えるしかないが、何度となく持った国対委員長会談で国民党の掲げる「使徒被害救済法」や「戦自基本法改正案」など悉く譲歩してきた。

しかし、虎の子の予算案だけは国民党のバーター案が一向に見えて来ずイライラだけが募っていた。

そうそうたるメンバーが揃っているにも拘らず互いに顔を見合わせるのみで言葉がない。その様子に苛立った陸奥首相は彼にしては珍しく机を叩いて立ち上がった。

「これだけの!これだけの面々が揃っていながら策はないのかね!国民党に散々振り回されて!僕はもう限界だよ…」

川内は小さなため息をついた。

目の前にいるこの国家元首は政局的に困難な状況に立たされるとまるで子供の様に何度と無く政権を投げ出そうとした。その度に昼夜を問わず川内と隣にいる能登は説得のために首相公邸を何度となく訪れたことがある。

能登もこの陸奥の投げやりな言葉に苦笑いを浮かべていた。

全員が陸奥首相から眼を逸らす。誰の目にも国民党が予算案の会期内通過を阻止して政府機能を停滞させて政権交代を図ろうとしていることは明白だった。

こんな状態で妥協点など見いだせる筈はなかった。

「僭越誠に恐縮ですが…」

この中で唯一議員ではない川内が第一声を挙げる。

「おお!川内君、何かいいアイデアがあるのかね?」

陸奥首相は身を乗り出す。その場にいた全員が驚いて次々に川内の方を見る。

加持…マクスウェルのパラドックスを破ってマルドゥックに迫る事が容易ではないことは百も承知しておるが…ついにこの時が訪れてしまった…もはやこれまでだ…恥じる事はないぞ…貴様はよくやった…10年…10年だよ…これまで無事にたどり着いたものはおらんのだからな…対抗するために巨費を投じて開発したオリハルコンだが…全く歯が立たなかった…

「係る情勢を鑑み、政権高揚の意味を込めまして…」

政権高揚、その場にいた全員の視線が川内に集まった。

国家とは…非常なるものだ…心なき者だ…心なき者に希望はあるのか…この国に未来はあるのか…この間にどれだけの者が祖国の土を踏むことなく各地で散って行った事か…諸君らの御霊は何処へ還るや…諸君らの無念を晴らすのは残念ながら国家にあらず…だ…

「A645発令の閣議決定を…何卒…ご決断の程…」

川内の言葉に部屋は一瞬静まり返ったがざわめきが渦の様に広がり始めた。

「A645…?川内君…気は…確かかね…一体…それはどういう意味が…」

その場に居合わせた全員が互いの顔を見合せて首を傾げていた。唯一、川内の隣にいた能登だけが鋭い視線を向ける。

「現在の支持率低迷の遠因は政府与党が特務機関ネルフの片棒を担いでいると世間に認識されている事にありますが、本来、我が国政府は全く独立した関係であって日本は日本、それ以上でもそれ以下の存在でもありません。日本は世界に冠たる主権国家であります」

陸奥は手を打つとすぐれない顔色にパッと喜色を浮かべた。

「そうか…世間が我々をネルフの一味と考えているから…A645でネルフと決別して無関係であると強調すれば支持率も上がると…つまりこういうわけだね!」

「さにあらず…」

「な、なに?!違うのかね?」

川内は陸奥首相の言葉に顔を顰める。

政治とは国家百年の大計を畏(かしこ)くも論ずる場…一時の情緒で左右する支持率の様なもので…そんな目先の事で語るべきものではない…

「A645の本質はValentine条約の批准に先立って世界規模で正統なる新秩序を後世ために構築するという崇高なる立場に立脚して原点に立ち返る事にあります。その為にはまず日本がその範を示してValentine Council特権を即ち放棄し、人類の政治的な相互補完路線を提唱する事が施政者たるものの責務と心得ます」

途端に陸奥首相の顔から笑みが消える。激しく机を叩く。

「ば、バカな事を!冗談も休み休み言いたまえ!政権運営が危うい状態で何が人類の相互補完だ!支持率だよ!とにかく国民の支持が得られる様にしなくてはいかんのだ!国民党がうんと言わない以上!やつらの非道を世論に訴えて選挙に勝つという話かと思ったら…今はそんな戯言を聞いている暇はないんだよ、川内君!」

「その国民の支持とは本質的な問題に切り込んで世界に横たわる係る閉塞感を払拭する事にあります。大局に立った政(まつりごと)を成せば自ずと支持は得られる筈です。目先の事で政治的判断を下せば益々人心は…」

「黙れ!黙れ!黙れ!川内君!君は耄碌(もうろく)したのかね?何を言っているんだ。選挙に勝てなかったら意味はないんだよ!その為の支持じゃないか!大局なんてものはね、理想論に過ぎないんだよ!選挙に勝てばそれが大局なんだ!どうでいいんだよ!そんな理想論は!僕は政治学者と話をしているんじゃないんだ!」

「しかし総理。川内さんの仰る事には一理あると私は思います」

激昂する陸奥に能登が一歩前に出て川内を擁護した。

「の、能登君まで!いい加減にしないかね!」

陸奥首相はモグラたたきゲームの様に何度も何度も机を叩く。

「まあまあ…総理も能登君も…ネルフと決別する意思を見せると言うのはとりあえず本気ではなくても選挙のキャッチコピーとしては使えると思います。国民の不満の矛先をネルフに向けて自由党としては関知しないと言う方向は悪くないですな」

衣笠外相が粘りつく様な笑みを浮かべて窘める。能登は薬にも毒にもならない様な事を言う衣笠に不快感を感じる。

「そんな不節操な…行政の継続性というものをどうお考えですか…静かなる者の政策は…」

「まあまあまあ…臨機応変に考えるのが政治だよ、能登君。君はまだ若いからまだそんな青い事を言うんだよ」

「しかし…そんな事では国民は納得しませんよ」

「とりあえずA645は置いておくとしてネルフとは無関係と言う雰囲気を出すのは妙案だよ」

陸奥政権発足時の論功行賞人事で要職に就いた陸奥派の古鷹幹事長も妙な愛想笑いを浮かべて能登を無視して衣笠と陸奥を見る。

「しかし…相手は国連の特務機関ですぞ…後で外交上の問題になりませんかね…」

「そうですな。また総理の公約倒れといわれては敵いませんな」

衣笠の言葉に部屋に笑い声が漏れる。山本国防相はもはや会話どころではなく携帯にかじりついている。ほとんどこの場にいる意味がなかった。

川内は一人天を仰ぐ。

何と言うことだ…これでは出雲先生の無念も…国のために散っていった者も浮かばれぬ…僕たちは…こんな事のために今日まで生き長らえて来たのではない…

その時、若手議員の大井が荒々しくドアを開けて首相室に飛び込んできた。

「た、大変です!総理!」

「何かね?今は重要会議中だといっているだろう!」

「そ、それが今…国民党の足柄幹事長から電話がありまして…」

「足柄君が?今頃?どうしたのかね?」

「そ、それがこれから再開される衆院の特別本会議に内閣不信任案を提出するそうです!」

「な、何だって!!」

「まさか!」

大井の言葉にその場にいた全員が凍りついた。

「本当です!しかも加古派、三隈派は自主投票を呼びかけたようです!」

「じ…じしゅとうひょー?!何なんだそれは!!事実上の造反じゃないか!謀反だ!これは謀反だよ!古鷹君!」

陸奥首相はヒステリックな金切り声を上げた。

「は…はあ…」

幹事長である古鷹は陸奥のお気に入りと言うだけでその職に就いてこれまで散々威張り散らしていたため党内に敵が多く、きわめて不利な現在の情勢でとても抑えが効く存在には見えなかった。

「加古さんと三隈さんに電話だ!党の懲罰規定に基づいて厳正な処分を検討すると伝えるんだ!」

「し、しかし…」

「そうだ!公認も取り消す!そういえば若手連中は動揺するに決まっている!」

「…」

全員が国民党の攻勢、そして陸奥政権で主流派になれなかった反主流派の造反という進退きわまった状態に声が出なかった。能登は一人冷めた目で右往左往する面々を眺めていた。

この人は現在の状況が本当に分かっているんだろうか…連合軍に追い詰められて自殺したと言うアドルフ・ヒトラーの最期とはどうだったのだろうか…歴史は何も語らないが…経験や過去というものは所詮は教訓の域を出ない…未来を…希望を作るのは我々自身であるべきだ…決して他人からあてがわれる物ではない…

能登は自分の目の前で意味不明な指示を飛ばす陸奥首相を凝視していた。川内は静かに一礼すると新国会議事堂の首相室を後にした。

「川内さん!待って下さい!」

後ろから声をかけられて振り返ると親子ほど歳の離れた能登内閣官房長官の姿があった。

「長官…」

能登は組織的に川内よりも上位者ではあったが常に川内に対して丁寧な言葉遣いをして敬意を払っていた。

能登は川内の前まで来ると深々と頭を下げた。

「ちょ、長官?!一体、これは…」

「川内さん…申し訳ない…僕はあなたのお力になれませんでした…総理があのような状態では静かなるものの政策を補完する事はもはや望めないでしょう…色々お考えになって準備もされていたと思いますが…残念の極みです」

「長官…どうかお顔を上げて下さい…決め手に欠いておったことは重々承知しておりましたし…時期を逸しておったことも認識しております…全てはこの老人の不徳の致すところ…」

「いえ…これは政治家の器の問題です…あまりに大局も志もない…何のために政をしているのか…同じ政治家として情けない限りです…断腸の思いではありますが…自由党の命運はもはやこれまででしょう…」

「長官は…これから…どうなさるおつもりですか?」

「事、ここに至った上は…私は自由党を離党する事にします」

「り、離党ですと…」

「ええ。前々から考えていたことです。さりとて生駒さんと行動を共には出来ませんけどね。ははは!」

川内は驚いて目の前で不敵な笑みを浮かべるまだ40そこそこの溌剌とした能登の顔をまじまじと見詰めた。

何と言うことだ…逆風が吹き荒れる苦難の選挙になるというのに…ここで離党とは…並大抵の男ではこの様な事は言えない…若いがやはりこの人はかつての出雲先生にどこか似ている…

「私は出雲先生の著書「新世紀の秩序」を学生時代に読んで感銘を受けて政治家を志しました。しかし、今の自由党はどうでしょう…私なりに微力を尽くして頑張ってきたつもりですがとても新世紀どころか日本を正しく導いていくという気概がこの党にあるとは思えません」

能登は一呼吸置くと途端に真剣な面持ちになる。

「ですから私はわたしの山を登る事にしました」

まさに麒麟児…

「そうですか…長官が実にお羨ましい…私がもう少し若ければ壮なりと意義にも感じた事でしょうな…そのお志…この川内…感服致しました…」

「総理は先ほど…殆ど半狂乱で衆院の解散を決意されました…私は自分の理念を信じて行動する事にします。今までお教えありがとうございました」

「勿体無いお言葉です…」

川内は深々と頭を下げた。

「それではこれで失礼します。またお会いする日があるでしょう。どうかその日までお元気で!」

能登は川内に再び一礼すると颯爽と首相室に戻っていく。その後姿を川内は目を細めて見詰めていた。

日本もまだ捨てたものではない…この国に絶望する度にこの老人に「希望」を与えてくれる若者が現れ…そしていつも諌められる…日暮れて道遠し、故に倒行してこれを逆施するのみ




一時間後…

怒号が飛び交う中、内閣不信任案は賛成多数で可決された。陸奥首相は衆議院を即日解散した。松代の緊張をよそに一夜にして呆気なく自由党政権は倒れた。





Ep#07_(14) 完 / つづく
(改定履歴)
2012.11.28 / 表現修正
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