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新世紀エヴァンゲリオンの二次創作物、小説「Ihr Identität」を掲載するサイトです。初めての方は「このサイトについて」をご参照下さい。小説をご覧になりたい方はカテゴリーからEpisode#を選んで下さい。この物語はフィクションであり登場する人名、地名、団体名等は特に断りが無い限り全て架空のものです。尚、本ホームページに使用した「新世紀エヴァンゲリオン」の画像は(株)ガイナックスのガイドラインに沿って掲載しています。配布や転載は禁止されています。
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第2部 Hominum Salvator, Save our soul from hell
    創造主よ 我らが求めを聞き入れ給え


エゼキエルの幻視(1518)(あらすじ)
松代動乱の翌日。リツコはその姿を本部に表していた。リツコの中で何かが変わり始めていた。


Antonio Vivaldi / Magnificat(RV611) 








中央の創造主を取り巻いているのが智天使(ケルビム)と言われている。
Freude trinken alle Wesen An den Brüsten der Natur;
Alle Guten, alle Bösen Folgen ihrer Rosenspur.

すべての被造物は創造主の乳房から歓喜を飲み、

すべての善人とすべての悪人は創造主の薔薇の踏み跡をたどる。
 



リツコは松代動乱の翌日から本部にいつもと変わらぬ姿を表していた。淡い紫が入ったレンズの眼鏡をかけていることを除いては。

今朝、リツコはネルフ本部にある職員専用の宿泊施設の鏡ですっかり充血した自分の瞳とやや影のある目許を見てため息をつくと本部に出勤する前に自分の旅行かばんの中からこの眼鏡を取り出して身につけたのだ。


カチカチカチ…


無機質なエレベーターのカウンターの音だけが響いている。

この頃、私たちの周りが騒がしい…時間の流れが一気に速くなった感じ…まるで濁流に飲み込まれてしまったみたいに…やはり加持君をこれ以上…いいえ…それだけではない何かが動き始めている…

加持に対するゲンドウの警戒はスパイの可能性以前にゲオルグ・ハイティンガー(ネルフ第三支部長兼人類補完委員会直属の特別監査部長)から派遣されて来たという事も理由の中に含まれていた。

特別監査部の監査官の資格で来日した加持にゲンドウが如何に司令長官であっても直接手を下せる立場ではなかったのである。それは監察官が人類補完委員会の直属であるためであり、それを理由もなく処分することは
Seeleとの決別を意味するも同然だったからだ。

ゲンドウには加持を処分する大義名分が必要だった。だから目障りでも泳がせていた。

そんな折、加持の動向を探らせていた諜報課が加持と内務省公安調査局が接触したことを突き止めた。ゲンドウはそれを口実に加持を除籍処分にすると同時に逮捕拘留に動いた。しかし、寸前のところで諜報課は煙に巻かれて加持を取り逃がしまった。

ほとんど加持の替わりにアスカを監禁した様なものだった。

一方でアスカがズィーベンステルネに収容されていたチャイルドだったという事実に触れたゲンドウが明らかにそのときからアスカを見る目を一変させていた事も逮捕の決断に影響している様にリツコには映っていた。

「やはり…スパイか…ついに馬脚を現しおったな…」

吐き捨てるようなゲンドウの言葉。リツコは普段のゲンドウからは考えられないほどの怒りの波動を感じて思わず戦慄した。当初は殺処分すら取り沙汰されていた。

「何故そこまでする必要があるんですか・・・?」

「お前には関係のない話だ!口出しするな!」

アスカにむしろ好意に近い感情を持っていたリツコがいくら取り成してもゲンドウの怒りは収まる気配がなかった。しかし、不穏な第三支部の動きを感じ取ったゲンドウは結局、殺処分自体は思い留まったもののアスカの逮捕とローレライの施術をリツコに命じた。

どうして…どうしてこれほど怒る必要が…スパイなんて珍しいことではないし、これまで何度となく摘発してきたわ…あなたは…何がどう違うって言うの…

しかしリツコには選択の余地がなかった。ゲンドウに命じられるままアスカの身柄を確保し、そして…

わたしはあの子にローレライを施術した…文字通り人間を兵器に…いえ…人の尊厳、魂すら奪ってしまった…

リツコの中に深くそして重く慙愧(ざんき)の念が積もっていった。

それにしてもアスカとあの人との接点は何なのかしら…少なくとも単純なものではなさそうだけど…


思えばゲンドウと加持の関係も複雑だった。

加持はネルフ本部の動向を探る一方で第三支部に厳重に保管されていた筈のアダムの幼体を密かに持ち出してゲンドウに渡していた。監査官として、いや
Seeleの関係者としてこれは明らかな背信行為だった。

問題は加持だけではない。それを躊躇なく受け取ったゲンドウも同罪だという事だった。

そこから四号機による中性コアと
S2機関の臨界事故、伍号機及び六号機の兵装開発プログラムからの離脱、フィフスチルドレンのチャイルドからの受け入れ、そして今回の松代での参号機起動試験と一連の動乱、と続いていた。

やはり加持以外の何か、いや
Seeleの影を無視するわけにはいかなかった。


すでに始まったと見るべきかしら…
S計画(SEvaの量産開発化プロジェクト。四号機まではE型、すなわち現行機をプロダクションタイプとして逐次建造し、要素技術開発が完了次第、SEva開発へとアップグレードさせる事がSeeleとのE計画実行における合意事項だった)…

だとするともうネルフが加持君を狙う意味は薄いことになる…いえ…こちらが手を下さなくてもいずれは
Seeleの方が…

今回の松代での出来事はゲンドウと
Seeleとの駆け引きの一環とも取れた。その結果、ネルフは発足以来の最大の危機に瀕したのだ。

今回は何とか凌いだものの…まだ続いている使徒との戦いで戦力を消耗しきった時に同じ事が起これば間違いなくわたし達は…

エレベーターのカウンターは一定の間隔を刻んでいる。

リツコは静かに目を閉じる。いやが上にも脳裏に松代を襲った悲劇が浮かび上がる。不意に加持の姿がリツコの思考を掠(かす)めた。

加持君…それにしても…どうしてあなたはネルフの情報を狙うのか…特別監査部の立場ならネルフ内の情報は容易に取れた筈よ…

やはりわたしが睨んだ通り・・・あなたの目的は「マルドゥック」にあると見るべきだわ…マルドゥック…すなわち…あの人の過去…あの人が狂い始めた歴史が封印されている…やはり消える運命なのかしらね…「マクスウェル」は崩せないわよ…入り込めば間違いなく死ぬわよ…加持君・・・

人の命は儚いものなんだから…魂はデジタル化出来ないものであることはあなたも知っている筈よ…

リツコは長くそして重いため息をつく。

「人の命の儚さ…か…分かっているつもりだったけど…」

エレベーターが発令所のある地階で止まる。

ガクンという小さなショックでリツコは閉じていた目を開けた。人気のない長い廊下がずっと続いていた。急に胸が締め付けられる様な錯覚を感じる。

おかしいわ…何なのかしら…通い慣れた…いつもと変わらない廊下の筈なのに…どうしてこんなに息苦しいの…そうか…お母さんか…あの事はすっかり忘れたと思っていたのに…この廊下がまだ工事中だった時のこと…そう言えば第
11使徒の騒動が収まった後にも同じ様に胸が苦しかった…

「くっ…」

リツコは何かを振り払う様に足早に歩き始めた。

わたしは…この目で見た…お母さんが身投げした直後の現場を…わたしは知っている筈…いえ…自分が一番分かっていると思っていた…人の命…魂が…一つしかなくて…還る場所も一つしかないことを…なのに…

「無様…もうそんな言葉では言い表せないほど…」

何かが…何かが狂ってきてる…
E計画だけじゃない…人類補完計画も…そしてあの人との事もよ…何もかも全てが…完璧だった筈なのに…どうして…

突然、激しい動悸に襲われてリツコは思わず右手を胸に当てて廊下の壁にもたれた。

「はあ…はあ…わたしは…何を…しているの…はあ…はあ…」

全て…全てわたしはあの人の言う通りにしてきた…それをいい訳にするつもりは今更ないわ…あの人の望む事はわたしの意志としてここまでやってきた…それはわたしが選んだ道だった筈…地獄に墜ちてもいいとすら思っていた…

それが綻びていく…崩れていく…失われた命の重さに耐え切れなくなってきてるということなのかしら…だとしたらわたしは救い様のないバカだわ…

「これで本当に人類が…」

言いかけてリツコは手を壁に付いたまま顔を不愉快そうに顰めて俯いた。

いや…なにが人類よ…こんなの偽善以外の何者でもない…虫唾が走るわ…結局…わたし達の目指す道は所詮は…

「なんてこと…しっかりして…後戻りは出来ない筈よ…前にしか道はないのに…」

リツコがもたれたままで頭を抱えた時、すぐ近くの十字路から青葉シゲルが姿を現すのが目に入った。青葉もリツコの姿を見ると慌てて深々と一礼する。

「青葉…君…」

「あ、あの…この度は…その…」

リツコはゆっくりと姿勢を正す。青葉は何処か落ち着きなく目を泳がせていたがリツコと目を合わせようとしない。そして俯いていた。

くそ…何て言えばいいんだ…出張お疲れさまでした!大変でしたね?お怪我は?とでも言えっていうのか…それとも…すみませんでした…なのか…

青葉はまともにリツコの顔を見ることが出来なかった。常に冷静な青葉だったが珍しく動揺しているのが自分でも分かった。

やっぱり…いくら司令の指示には逆らえないとはいえ…俺は…俺はこの手で…松代破棄の発議をかけた…まだ葛城三佐(注
: 国連軍の辞令の存在はネルフにはまだ公にされていない)や部長が生きているかもしれないのに…

MAGI-00
の破棄のため強制発議F306をゲンドウに代わって実行したのは他ならぬ青葉だった。

日向、青葉、マヤは同じ
MAGIの主幹オペレーターではあってもそれぞれ担当する分野が違っていた。日向がMAGIのデータを作戦部として軍事転用し、マヤが自然科学的に情報を更に掘り下げて深化させるのに対して、青葉は作戦環境の状況分析や情報収集といった人間で例えれば「五感」の部分を担っていた。

そして集めた情報を頭脳(
MAGI)に伝えるだけではなく、逆にそれを外に送るというコミュニケーションの分野もそれには含まれる。それは同時にMAGI-00に通信できる人間はあの時、青葉しかいなかったということを意味していた。

ゲンドウから発議の認証コードを入手すれば代行自体は全く造作もないことだった。青葉は良心の呵責(かしゃく)と葛藤していた。

俺は否定も反論もせず…躊躇いはしたものの…従ってしまった…生きてるかもしれないのに!くそ!何なんだよ!生きてたんだぜ!こうして無事に再会できたんだぜ!なのに何で俺はこんなに気まずいんだ!素直に喜べない…自分を正当化しようとしているのか…最悪だ・・・

リツコは暫くの間、青葉の様子をじっと窺っていたが僅かに微笑むと青葉に近づいて肩に手を置く。

「おはよう…今日は忙しくなるわよ、青葉君…徹夜は間違いないから覚悟しておくことね…」

そう言い残すとリツコは青葉の横を通り過ぎる。青葉はハッとしてリツコの背中に視線を送った。

「あ、あの!部長…俺は…その…」

リツコは一瞬、足を止めた。これまで的確に言葉を相手によって使い分けてきた青葉から「俺」という言葉をリツコは初めて聞いた。

それだけあなたも…何かを背負ってしまったってことかしらね…

「青葉君…残念だけどあれこれと考えている時間は今のわたし達にはないわ…とにかく…前に進むしかないわよ…」

「は、はい…ですが…」

「いいのよ…みんな…最善を尽くしている…それをお互いに信じあっていればそれでいいわ…」

リツコは青葉を振りかえることなく言うと再び歩き始めた。

「部長…」

「信じている…それでは片付かないことなの?アナタが拘っている問題は…」

「い、いえ…」

青葉は半ば呆然とみるみる小さくなっていくリツコの後姿を見詰めていた。

「物事はね…結果が全てなのよ…結果はそれ以上でもそれ以下でもない…後から人は色々理由を付けたがるけどそれはナンセンスというものだわ…いい?だから誰もそれについて振り返ってはダメなのよ…振り返るほど真実や本意から遠のいていく事だってあるわ…」

リツコはいつもと変わらぬ足取りで通路を突き当る。そして発令所とは反対のオペレーションルームの方にリツコが折れていくのが見えた。

「部長…」

青葉は思わず拳を握り締めていた。

励ましてもらっておきながらこんな事を俺が言うのはおかしいが…俺たちは前向きに考えなきゃならないのは確かだし…そして信頼し合うことも間違いなく大切だ・・・

だけど・・・

ヒトは結果(過去)を基に所詮は後ろ向きにしか事実を振り返れないものだ…それが自分や他人を傷つけると分かっていても…求めてしまうんだ…結果(過去)を…その呪縛からは開放されないんじゃないのか…ヒトに知恵がある限り…それがまた心に隙間を作っていくんじゃないのか…

青葉は徹夜明けの身体を抱えながらカフェテリアに重い足取りで向かって行った。






青葉と別れたリツコは俯き加減に再び長い廊下を無言のまま歩いていた。

青葉君に言いながら結局…わたしは自分にもそう言い聞かせていた…後戻りは出来ない…時の流れを戻せないのだから…だから…

そっと新しい白衣の右ポケットに忍ばせていた携帯型の
MAGI操作端末に手を伸ばしていた。

お客さんが来る前にこれの解析を急がなければ…咄嗟に参号機の内部プログラムをダウンロードしておいてよかった…今回の事は…ある意味で全てヒントが隠されている…

セントラルドグマ内の第
4ケージには松代から回収された参号機が既に納められていたがゲンドウの指示によって完全に封印され、技術部員はおろかリツコですら近づけなかった。

信じよ…されば救われん…まるで聖書…安っぽい説教みたい…でも…

リツコは自嘲を浮かべると今度は左ポケットの中に入れている
Lady Smithを白衣の外側から手で触れる。布地を通して金属が指の体温を奪っていく。

「実際は…分かっていても難しいものよ…」

ため息交じりにリツコが呟くと背後からいきなり低い声が聞こえて来た。

「そうだ…人の世で起こることは特にな…当初の志を貫徹させることも容易ではない…人は移ろう生き物だからな…」

リツコは驚いて声の方向を振り返る。発令所から出てきたゲンドウが立っていた。

「あ、あな…いえ…司令…」

リツコはゲンドウと視線が合いそうになると慌てて目を逸らした。ゲンドウは黙ってリツコの様子を窺っていたがやがて静かに歩き始めた。

リツコの前を通り過ぎていくときゲンドウは重々しく口を開いた。

「よく帰って来た…もう会えないと思っていた…」

小さい声だった。リツコは思わず視線を上げる。

今分かったわ・・・あなたに…あなたにもう一度会うためにわたしは…わたしは…生きることを選んだのよ…いくら取繕ったところで辛いだけ…計画のためじゃない…あなたのためだった…

「あの…わたし…」

次から次に涙が溢れてくる。ゲンドウの姿が滲(にじ)んだ。

「わたし…信じてます…」

リツコの言葉にゲンドウが足を止めるが振り返ることはなかった。

「…もうすぐヤツら(特務機関ネルフ特別監査部が派遣してきた調査団)が到着する頃だ…参号機監査の件はよろしく頼む…」

「は、はい…」

「それから…」

リツコはメガネを外すと涙を拭う。ゲンドウの言葉を静かに待つ。

「シンジの事だが…」

「え?シ、シンジ君…」

「加持と一緒に松代にいたというのは本当だな?」

一転して刺す様に鋭い言葉だった。

「はい…加持リョウジが人質として…」

「その話はもういい…シンジはこの私が直接会って取り調べることにする…
1週間後であれば参号機の件が片付いて幾分か落ち着いているだろう…その頃を見計らって私の部屋に連れて来い…諜報課にはそう伝えて置け…くれぐれも監視を怠るな」

「わ、分かりました…」

「以上だ…」

リツコは黙って遠ざかって行く孤独な男の背中を見送っていた。




 
Küsse gab sie uns und Reben, Einen Freund, geprüft im Tod;
Wollust ward dem Wurm gegeben, und der Cherub steht vor Gott.

口づけと葡萄酒と死の試練を受けた友を創造主は我々に与えた

快楽は虫けらの様な弱い人間にも与えられ智天使ケルビムは神の御前に立つ




Ep#08_(2) 完 / つづく

(改定履歴)
06th June, 2009 / 表現修正
03rd July, 2009 / 表現修正
8th June, 2010 / ハイパーリンク先の修正
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