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新世紀エヴァンゲリオンの二次創作物、小説「Ihr Identität」を掲載するサイトです。初めての方は「このサイトについて」をご参照下さい。小説をご覧になりたい方はカテゴリーからEpisode#を選んで下さい。この物語はフィクションであり登場する人名、地名、団体名等は特に断りが無い限り全て架空のものです。尚、本ホームページに使用した「新世紀エヴァンゲリオン」の画像は(株)ガイナックスのガイドラインに沿って掲載しています。配布や転載は禁止されています。
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第24部 N-30 / 雷神と緋色の戦乙女(中篇)

(あらすじ)

弐号機の正規パイロットに選出されたアスカを待っていたものは過酷ともいえる実戦訓練だった。鬼と化したミサトは徹底的にアスカをしごき始める。兵装開発プログラムで事故が発生し、奇跡的に命を取り留めたオットー・シュナイダー技術少尉を見舞ったアスカは死ぬと思った時に「人生がメリーゴーランドの様に駆け巡る」というオットーの言葉を噛み締める。そして運命の4月を迎える。
一方、ミサト率いるEva小隊とは別にN-30(ボスニア湾)に乗り込む4人の少年の姿があった。シュタイン、クルツリンガー、ゲルハルトの3人の候補生に混じって碧眼銀髪の少年がいた…

雪原を往く / Neon Genesis Evangelion OST 3
(本文)


吹雪が去った後のベルリン市街では除雪車が忙しく市内を駆け巡っていた。

高い壁に囲まれたトレーニングセンターは地上二階地下一階の総コンクリート作りのコの字型の建物で、正面に訓練大隊の総務課事務所、教官室、幹部(中隊長以上)の個室や応接室が置かれ、センターの訪問者は正門をくぐるとまずここに入る事になる。

建物の左右の両袖は右側が教室や図書室などの教育施設になっており、左側が候補生達の寄宿舎になっていた。

訪問者の教育施設や寄宿舎への立ち入りは禁止されていたため、面会は基本的に中央に位置するロビーや応接室などが利用されていた。候補生達が教官や事務員から呼び出された場合も彼らは襟を正して建物の表側に向かう。

候補生がこれらの部屋に呼ばれる時の用件はだいたい二つに絞られた。「退学(チルドレン適正の見込みなし)」か「処分(規律違反など)」である。

12人でスタートした国連軍第13期士官候補生(並びに特務機関ネルフ第二次チルドレン選抜プログラムの候補者)だったが、これまでに2名の訓練中の事故死者を出した以外、5名は中隊長(ミサトのこと)、あるいは副官のルッツに呼ばれて泣く泣くそれぞれの郷里に帰って行った。

各候補生に与えられる寄宿舎の個室のドアに時折張られる赤い紙は「呼び出し」を意味していた。
 
似た様な赤い紙をドアに貼り付けて相手を慌てさせるという悪戯が時折候補生の間で見られたがさすがにそんな悪ふざけもこの頃ではなくなっていた。

朝6時の起床ラッパで目を覚ましたアスカが制服に着替えて部屋を出ると自分のドアに赤い紙が貼られているのに気が付いた。

毎日の様に悪戯で赤紙を貼られていたアスカはそれが偽者なのか本物なのかをすぐに見分ける眼力を身につけていた。

赤紙は「本物」だった。

「ラングレー候補生 本日、午前9時に教育中隊隊長室に出頭せよ」

英語で殴り書きされたメモの下の方に特徴的なミサトの署名が入っている。

ゆっくりと赤紙を剥がすアスカの手は小刻みに震えていた。
 





ミサトの部屋は汗ばむほどの暖かさだった。

日本人にはこれでもまだ背筋に寒気を覚える温度だったが、厳しい冬を建国以来ずっと経験してきているドイツ人は遺伝レベルで寒さに対する耐性が備わっているらしい。

「N…30…ですか?」

「そうよ、フロイライン。3ヵ月後の4月20日から我が中隊(注:ネルフ第三支部は作戦部要員の大半を出向という形で国連軍ドイツ駐留軍から賄っていた。トレーニングセンターにはフェルディナント・マッケンゼン陸軍中佐指揮の指揮する訓練大隊が駐屯しており、ミサトは養成所所長でもあるマッケンゼン中佐の部下として候補生達の教育に当たっていた。ミサトはこの大隊で人型決戦兵器パイロット教育中隊の指揮を任されており、候補生達はこの中隊に所属する形が採られている。特務機関ネルフにおける地位はチルドレンに選出されて初めて確定する事になる)は選りすぐった精鋭をPAC(暫定北極圏)でドイツ連邦政府が管轄するN-30(完全凍結したボスニア湾を含むスウェーデン一帯)に派遣して国連軍との合同軍事演習に臨む予定だ。この演習は基本的に我が隊のEvaを出撃させることが主たる目的になる。つまり…」

ミサトがドイツ語を全く話せないということもあったが国連軍では原則的に国連公用語でコミュニケーションをしなければならないため二人は基本的に英語で会話をした。

お互いに日本語が使えるという認識はあったがミサトは他の同僚(トレーニングセンターの訓練大隊には葛城中隊の他に3つの中隊が駐屯していた)の目を慮って努めて英語を使用していた。

何を話し合っているのかが同室の人間にも分からないと同じ民族同士で贔屓(ひいき)をしていると思われるからだ。

ミサトは質素な木製の執務机に肘を突いて緊張した面持ちをしたアスカの表情を注意深く見詰めていた。

「つまり…弐号機の正規パイロットであるお前にあたしと共に出撃してもらいたい…まあその赤紙はそういうことね」

「はい分かりました」

ミサトはいとも簡単に返事をする目の前の少女を見る目を思わず細めていた。

大人たちにとってこの上ないほど全く期待通りで模範的な回答と言えたが、演習の裏で渦巻いている内情を知るだけにミサトは素直に喜べなかった。

少女の表情はむしろホッとしている様にも見える。

赤紙を処分か放校の言い渡しとだとでも思ったんだろうね…この子は…

それが逆に哀れを誘ったが正しく認識させる必要があるという思いをミサトは持った。ゆっくりと立ち上がる。

「いいか?演習とはいえこれは一つ間違えば命を失いかねない非常に危険な作戦になる。しかも相手は国連軍の中でも最精鋭のゴールデンイーグルだ。しかも訓練に投入される部隊は主力の陸上部隊2師団に加えて空挺部隊とこれに空爆部隊が加わる事になるし、更に使徒に見立てたEvaの出来損ないが5体加わる」

「はい」

本当に分かってんのかしら…何かあっけらかんとしてるけど…

「今回の演習は対使徒戦争を想定しているため作戦はN-30において指定された拠点を我々が防衛するという専守防衛作戦が基本になる。多面多重攻撃を仕掛けてくる相手に対して弐号機だけで防がなければならないと言う実に困難な設定だ。特にシュワルツェンベック中将率いる第4世代戦車(レオパルドXX)部隊とファーレンハイト少将の局地戦闘用戦略防衛システム部隊の連携は極めて侮りがたい存在だ。Evaが直接損傷する事はないだろうけど防衛拠点を破壊されしまえば我々の側の敗北ということになる。下手にこちらから仕掛ける事も出来ないからある意味で的に近い状態に置かれる」

ミサトが言葉を継ぐ毎にじわじわと少女の表情も沈みはじめた。

ようやく自分の置かれた状況を理解したってことかしらね…

「怖いか?」

「いえ…」

ミサトは後ろ手に組むと少女に背を向けて後ろのガラス窓の方に向かって歩いて行った。窓からは雪に埋もれた庭の植え込みとそそり立つコンクリートの壁が見えていた。

「この世界にお前を引き込んだのはこのあたしだが、お前の命を一方的に危険にさらす権利も…まして奪う権利もない…もしお前がこの「N-30作戦」への参加を拒否するのであればドイツ国内法に基き、あたしはそれを尊重しなければならない(
注 実際のドイツ連邦の成人男性には18カ月の兵役義務が課せられる。但し、宗教上の理由など一定要件を満たせば兵役を拒否する権利が認められている。これを良心的兵役拒否という。この物語ではそれを拡大して正式任官前の候補生の出征拒否権を認める学徒動員禁止法があるという設定にしているためミサトは同法に基づき本人の同意を求めなければならない)。拒否するのは勿論お前の自由だが…その場合は戦闘要員ではなく輜重大隊など後方支援部隊勤務に回す事が法で規定されているのは知っての通りだ。つまりお前は正規パイロットの地位を入れ替えではなく完全に失う事になる」

「…」

アスカは初めてミサトから目を逸らすと少し下唇を噛み締めるような表情をした。そしておずおずと視線を足元に落す。

「フロイライン。お前との付き合いも今年(2014年)で4年になる。お前の事はあたしもよく分かってるつもりだ。正規パイロットの地位を失えばお前はネルフにはいられなくなる。ネルフはあくまでチルドレン選抜のために青少年に門戸を広げているに過ぎない。チルドレン以外の一般職員と言う事になると国際公務員法に基づき原則18歳以上でなければならないからな…それに…実に言い難いことだが…お前は国連軍士官学校の甲種士官過程を修了してはいるが軍籍保留のままでは国連軍にも残れない…」

ミサトの声を聞きながらアスカは俯いたままだった。

大尉…どうしてそんな分かりきった話をわざわざするんですか…まるでアタシに…アタシに行くなっていうみたいに…アタシは大尉のおっしゃる通りにして来ました…アタシは…誰にも負けられないんです…もう…後戻りは出来ません…力を授けて下さい…

少女の無言の叫びは窓から外を見ているミサトには届いていない様だった。

「まあ…仮に軍籍があったとしてもお前がチルドレンでない限り未成年者兵役禁止の国際条約の制約で原則志願且つ15才以上の要件に引っかかってしまう…あたしもお前のために日本の軍籍を照会中だが国防省からは正直なところあまり色よい返事が帰ってきていないのが現状だ…」

ミサトは俯いた状態で自分の目の前に立っている少女を見た。

「簡単に言うつもりはないが…お前は郷里に帰るしか選択の余地はないわけだ…あたしなりに何とかお前が自活できる道を提供したいとは考えているがなかなか妙案が浮かばない…」

この子の里親はうち(特務機関ネルフ第三支部)が事務手続きのためだけに強引に養子縁組した様なものだからね…義理も無ければ人情もない…こんな曰く付きの縁組を承諾するヤツってのはまず真っ当な家庭じゃない訳ありと相場は決まってる…政府の手当ては貰ってもこの子を素直に養育するとは到底思えない…それに…

ミサトは自分の目の前に立っている少女の姿を上から下まで眺め回した。

それに…なまじっか可愛い顔をしてるだけに…仮に引き取られたとしてもどんな忌まわしい目に遭わないとも限らない…この子がまだ男ならあたしも頭を悩ませないで済むんだがな…

小さなため息をミサトはついていた。

藁にも縋る思いで日本駐留軍(国防省旧自派)に軍籍を申請してみたものの…やはり国籍で引っ掛かる…ずば抜けた成績だけに微妙に色目を見せてもいたが、あたしの養子なら問題ないとか言ってきやがるし…さすがにあたしがこの子にそこまですると何かにつけてこの子が色眼鏡で見られる様になるだろうし…あたしもちょっち…結婚もしてないのに…ティーンの子供にどう接したものか…正直分からん…この前、(生理も)始まったばっかだしな…

アスカは拳を握り締めていた。

そんな事…言われなくたって…帰る場所なんてアタシにはないのに…ここにいるしかないのに…

「無責任な事を聞くがお前もあたしも選択肢は限られているし…与えられた時間も僅かでしかない…お前の答えを聞こう…あたしと共に死地に赴くか…それとも…」

アタシに…アタシには…Evaしかないんだから!!折角見つけたのに…それをアタシから奪わないで!!

「行きます!大尉!アタシを見捨てないで下さい!」

いつの間にか心の中の呟きはアスカの口から突然飛び出していた。ミサトは驚いて思わず少女の方に目を向けた。

ほとんど叫び声に近い甲高い声だった。

「アタシ…アタシには…帰る場所なんてありません…今が…今が全てなんです…ヒック…」

「フロイライン…」

ミサトはアスカを見る目を僅かに細める。

サファイヤの様に透き通った瞳は乾いていたが時折しゃくり上げる様な不思議な声を発していた。

追い詰める心算はなかったが…しかし…厳しい現実を直視しなければ運命と向き合う事は出来ないからね…だが…結局、お前も私もそれしか取るべき道がない…お互い辛いな、フロイライン…

「お前の気持ちは分かった、フロイライン…今日はこれでもういい。後でピーターセン少尉に出征同意書を渡しておく。受け取ったら速やかに署名する様に」

「分かりました…」

「出征に同意したからには4月の演習に向けて明日から徹底的にお前を訓練する。生半可な覚悟では生きては帰れない。あたしも鬼になる。お前もその心算でいろ。いいか…戦場では情けは無用だ。これだけは覚えておけ。敵は容赦なく屠れ。さもなければ死ぬのはお前だぞ…フロイライン…」

「はい…」

「よし、話は以上だ。行ってよし」

少女はミサトに敬礼すると大隊所属の中隊長が共同で使用している部屋を鎮痛な面持ちで後にしていた。
 





第一次兵装(開発)プログラムは銃器類の開発が本格化していた。

プログレッシブナイフ、スマッシュホーク等の白兵戦用の武器は既に完成しており、プログレッシブナイフはE型Evaの肩部ウェポンラックに既に標準展開していた(但、零号機へのウェポンラック等の改装は2015年の対使徒戦への実戦転用が決定されてからとなる)。

銃器類の開発は電磁投射方式技術の大口径化開発を進めていたため白兵戦用の武器類に比べて時間を要していたがパレットガン、ランチャー、バズーカのリリースがほぼ目前に迫っているという状況だった。

アスカはオットー・シュナイダー技術少尉からパレットガン試験要領書と仕様書を受け取るためにトレーニングセンターの隣に立地している特務機関ネルフ第二量産工場をティナ・ピーターセン少尉と共に訪れていた。

造船所と見紛うほどの広大な建物は見る者を圧倒した。目の前のスペクタクルにアスカが呆然としていると隣にいたティナが笑う。

「どう?凄いでしょ?旅客機を作る工場も大きいから建物の中の移動は車や自転車でするらしいけどここは自転車でも端から端までの移動は大変だからシャトルを使うのよ」

「世の中にこんな大きな工場があるなんて…」

「この第二工場は主にEvaの装甲や各種兵装の部品、弾薬類を製造しているの。伍号機や六号機は弐号機と同じ向こうの第三支部の敷地にある工場(第0棟と第1棟がある)で作られているわ。Evaのパーツの実に92%はドイツで作られているのよ?」

「あとの残りは何処から調達しているんですか?」

「日本よ」

「日本…」

「日本のネルフ本部の地下にある特別な工場で主に動力機関の制御システムが作られているの。通称ブラックボックスとも呼ばれているインターフェースモジュール(I/F-M)だけどそれがないと外部エネルギーをEvaの内部エネルギーに上手く変換できないの。でも外部電源にいつまでも頼っていては不便でしょ?だから第三支部の技術部では独自に超高効率の動力機関を開発中なのよ。S計画とも呼ばれているわ」

「S計画…ですか…」

「そう、言ってみればEvaの第2世代(G02-Eva)と言った位置づけかしらね。S計画のSはSelf-sufficiency(自給自足)のSから取っているのよ。開発に成功すれば現在の人類が享受できる究極の高エネルギー変換効率になる筈よ。Super Solenoid(S2)理論の拡張理論で”ツェッペリンの予想”という仮説が元になっているの。葛城博士が提唱した一般S2理論は事実上の永久機関の存在を肯定するというまさに画期的なものだったけど残念ながらそれを工業的に今の人類は利用する事が不可能なのよ。将来、宇宙開発が進んで新しい物質とかエネルギー源が見つかればあるいは実用化の目処が立つかもしれないけどね。だから手始めに国連が月面に基地を建設して開発を進めているのはまさにその一環…まあ理論が先行して実用化が進まないというのは世の中によくある話よね」

ティナは自分の隣に立っているアスカの様子を横目で伺った。赤いヘッドセットを付けた少女の視線が何処にあるのかいまいち判然としなかった。

「そのS2理論の応用でS2機関が得られる訳だけど…それに限りなく近づける類似品の実用化を目指すのがSelf-sufficiency solenoind理論、通称S3機関とも呼ばれているけどこれがまさに”ツェッペリンの予想”という仮説だったの。残念ながら6年前(2008年)にお亡くなりになってしまったけど…第三支部がまだゲヒルン研究所と呼ばれていた時にツェッペリン博士というとても優秀な女性の科学者がいらっしゃってね…その方が自発性電磁誘導理論を用いて一般S2理論をS3理論に拡張することを試みていたらしいわ。そのレポートがこの前ね、ベルリン市内で偶然発見されたからもう大変!あの表情の乏しい支部長が飛び上がって喜んだっていうからよっぽどだったのね。恐らく、S計画は近いうちに実行されると思うわ。分かっているとは思うけどこのことは厳重な緘口令(かんこうれい)が敷かれているからあなたと私だけの間の話にして置いてね」

「はい…」

アスカは眉間に皺を寄せていた。

「そういえば…あなたはゲッティンゲン大学でまさにその自発性電磁誘導理論に関する研究で学士号を取ったのよね?」

「はい…でも…どうしてそれを…」

「どうしてって…ネルフの経歴ファイルにそう書いてあったけど?」

「ネルフの…経歴ファイル…」

途端にアスカの顔が曇る。アスカの表情を見てティナは首を傾げた。

どうしちゃったのかしら…急に不安そうな顔をして…

「そうよ。大尉が持っていたものを見せて頂いたわ。大尉は面倒臭がりだからほとんど斜め読み状態だったけど…それがどうかしたの?」

「いえ…何でもありません…」

「そう…じゃあ私はこれから製造部に大尉の書類を届けてくるから先にシャトルに乗ってエリアCのオットーのオフィスで落ち合いましょ?」

「分かりました。少尉」

「じゃあまた後でね」

ティナはアスカと分かれてエレベーターの方に向かって行った。

大尉…アタシの事…調べてるんだ…

アスカの後ろには工場内を定期的に周回しているシャトルが丁度到着していた。
 





工場は横方向に長いためシャトルに乗って移動し、縦方向はエレベーターを利用した。広大な工場で迷わない様に工場勤務者のオフィスは横方向にエリアをA、B、C…、縦方向にB2、B1、E、1、2、3…という具合に住所の様に割り付けていた。

オットー・シュナイダー技術少尉の姿はオフィスになかった。

困ったな…どうしよう…

アスカがオフィスの外でウロウロしているとそれに気が付いたオットーの部下がドアを開けてアスカを中に導きいれてくれた。

「少尉は今、高エネルギー弾の視察に行ってるけど?」

こじんまりしたオフィスには机が4つほど並べられており綺麗に整理整頓されていた。

いかにも技術者らしい風貌の青年が白地に青いチェック柄のシャツにジーンズというラフな格好でアスカに微笑みかけている。青年の背後には引きかけの3Dの図面がディスプレーに移っていた。

「あの…実は今度兵装試験で使用するパレットガンの試験要領書と仕様書を頂きに来たのですが…」

「え?パレットガンの?じゃあ、もしかして…君がEva訓練中隊で弐号機のパイロットに選ばれたっていう女の子かい?」

「はい、そうですけど…」

「コイツは驚きだ!雷様の選抜プログラムを勝ち残った女の子ってどんな子だろうって話してたとこなんだけど…君だったのか!僕はシュナイダー少尉の助手をしているダニエルだ。ダニエル・ブッフヴァルト。よろしく!」

ダニエルは人懐っこい笑顔を見せる。アスカがおずおずと差し出した右手を力強く握ってきた。

女性に対して男性の方から握手の手を差し伸べるのはヨーロッパでは伝統的に非礼とされているため、男性は女性から握手の手を差し伸べられるまで本来は待たなければならない。

この傾向はしっかりとした教育を受けている人ほど顕著になる。

「こちらこそ…ブッフヴァルトさん」

「しかし…くどいようだけど君みたいな可愛い子が…何か信じられないな…」

ダニエルはまじまじと自分の目の前に立っている少女の顔を見詰める。

「あ、あの…書類…」

「ああ、ごめん!ごめん!試験要領書と仕様書はっと…これだ!はい、どうぞ!」

「ありがとうございます」

アスカはダニエルから書類を受け取ると仕様書のファイルをパラパラと捲り始めた。仕様書の後ろの方にはパレットガンの組み立て図面が付いていた。

「どうだい?凄い大作だろ?この図面の大半は僕が引いたんだ」

アスカの傍らでダニエルが誇らしげに胸を張る。アスカの手が一枚の図面のところで止まる。そして眉間に皺を寄せ始めた。

「どうしたんだい?何か気になるところでもあるのかい?」

「あの…これだと砲身が長すぎて銃身バランスが多分前にかかり過ぎると思います」

「え?ど、どういうこと?」

「砲身が長いと撃つ時に自然に下がり気味になるのでちょっと癖のある銃だなって思って…」

「ちょ、ちょっといいかい?」

ダニエルの顔から笑顔が消える。慌ててパソコンに戻ると22インチの画面に齧りつく様に眺め始めた。

「参ったな…そうか…強度を確保する事にこだわり過ぎてそんなところまで考えてなかった…今更作り直すわけにもいかないし…」

ダニエルはデスクに肘をついて両手で頭を抱えている。

「あ、あの気にしないで下さい、ブッフヴァルトさん…図面を見せて頂いて銃の特長は分かったのでそれをパイロットが考慮して使えば問題ないですから…」

その場を取繕うようにアスカは慌てて笑顔を作った。

「いや…実を言うと君の指摘を聞いて僕はドキッとしたんだよ…なぜなら銃身バランスは少尉とも議論になったまさにポイントだったから…それをいきなりココに来た君がぱらぱらと図面を捲って気が付くという方が普通じゃないよ…偶然にしても並みの人はまずそこまでコイツの癖を看破出来ない…大尉からは素人でも扱えるようにと特に言明されていただけにこれは失敗だった…下手をすると僕も少尉もクビだな…ははは、いやになっちゃうな…昨日、彼女にプロポーズしたばっかりだったのにいきなり失業者じゃかっこ悪いな…」

ダニエルを見ていたアスカの顔から作り笑いが消える。そしておずおずと伺う様に声をかけた。

「ブッフヴァルトさん…結婚するんですか…?」

「まあね…まあ別に僕が失業しても彼女も保険会社で働いてるから新しい仕事が見つかるまでの間頑張ってもらえばいいだけだし…それは別に大した問題じゃない…ただかっこ悪いっていうだけで…」

「大丈夫です!アタシ…大尉にバレない自信がありますから!任せてください!」

「い、いや、君ね…これはそういう問題じゃ…」

「今度のテストでこの銃の特長を考慮に入れていれば大丈夫です。だから…二人で…幸せになってください。失礼します!」

「お、おい!ちょっと!君!」

アスカは試験要領書と仕様書のファイルを引っ手繰る様にして両脇に抱えると部屋を飛び出して行った。ダニエルは呆気に取られて走り去って行く少女の後姿を見詰めていた。

「何なんだろう…まるで天使みたいな…不思議な子だ…」

でも…君の気持ちはありがたいけど…これは仕事だから…

ダニエルが内線電話の受話器を取った瞬間だった。


ボゴオオオオオオン!!


激しい爆発音と共に地震の様な地響きが工場全体を襲う。

「な、なんだ!!」

ダニエルが慌てて事務所の外に出るとエリアEの地階から巨大な火柱が立っていた。

「た、大変だ!対装甲高エネルギー弾の試作品が爆発したんだ!!」

スケジュールが遅れ気味だったEva向けバズーカの弾頭は突貫工事を繰り返していただけに安全対策に懸念が持ち上がっていたところだった。

その状況を自らオットー・シュナイダー技術少尉は現場監督者として視察に赴いていた。

炎はじわじわとパレットガンを製造しているエリアCに近づいていた。誘爆の危険性があった。工場館内には煙が濛々と立ちこめ次々にあちこちの防火シャッターが降り始めている。

恐怖に駆られたダニエルが逃げようとした時にファイルを抱えたアスカとすれ違う。

「おい!君!非常口はこっちだぞ!」

「でも!シュナイダー少尉が!」

「気持ちは分かるがここまで火の勢いが強いと消火設備は全く無意味だ!今はとにかく逃げるしかない!」

ダニエルは渋るアスカの手を強引に引いて非常口から建物の外に出た。

窓のない独特の構造をした第二量産工場はあちこちから濛々と黒煙を吐き出しているのが見えた。まさに聳え立つ地獄そのものの光景だった。

「フロイライン!!」

名前を呼ばれて振り向くと一台のジープがアスカの後ろに止まっていた。工場まで乗って来たジープにティナが乗っていた。

反射的にアスカは助手席にファイルを抱えたまま飛び乗る。

「本当にあなたが無事で良かったわ!非常口から逆に辿ってオットーの事務所にあなたを迎えに行こうと思っていたところだったから」

そうだ…弐号機を使えば…

「少尉!このままアタシを弐号機のところまで連れて行ってください!これ以上延焼しないようにEvaで消化を試みます!」

「Evaで?そうか…それはいいアイデアだわ!この規模の爆発はもう戦場と同じよ!一般の消防隊では対処できない。被害を食い止めるにはそれしかないわね!掴まって!飛ばすわよ!」

ティナは猛スピードで至近の通用門に向かうと鉄柵を思いっきり突き破って外に飛び出した。爆音を聞きつけた付近の住民が既に作り始めていた野次馬の列の中を突っ込んで行く。

「邪魔だ!!邪魔だ!!どけえ!!轢いちゃうわよ!!」

「しょ、少尉…」

けたたましいクラクションの音をあたりに撒き散らしてティナの運転するジープは走り去って行った。
 





第二量産工場の火災事故は候補生の制服を着たまま弐号機に搭乗したアスカによって程なく消し止められた。

弐号機は対岸の第三支部からその勇姿を現すと分厚い氷に覆われたヴァーン湖の湖面に立て続けに拳を突き立てると巨大な氷の塊を次々に工場の中に投げ入れた。

荒れ狂っていた火の勢いが衰えると同時にドイツ駐留軍所属の特殊防火中隊が工場の中に殺到していく。

爆発発生から凡そ3時間後に第二量産工場の鎮火が宣言された。

エリアAからGまで区分けされていた工場はエリアD、E、Fを焼失して生産能力の45%を失ったものの市街の西半分を軽く吹き飛ばすほどの弾薬の備蓄があったにも関わらず誘爆という大惨事は免れる事が出来た。

葛城中隊は弐号機による消火活動への協力に対する感謝状を特殊防火中隊の所属するドイツ駐留軍第1師団長エルウィン・ビューロウ少将より送られた。

この事故により24名の死傷者と345名の重軽傷者を出したがオットー・シュナイダー技術少尉はエリアE視察を終えてエリアDの風洞実験室にいたことが幸いして奇跡的に命を取り留めていた。

シュナイダーはベルリン市内の特務機関ネルフ付属病院に緊急搬送されてそのまま入院していた。

オットーが生きていると聞いてミサトはホッと胸を撫で下ろしていたが数日も立たない間に雷鳴の様に癇癪を起こしては自室で自戒するという行動を繰り返すようになっていた。

この第二量産工場の爆発事故の影響は第一次兵装開発プログラムの責任者にとって決して小さくなかったのである。

「パレットガンが焼失を免れただけでもよしとすべきか…」

ミサトは自分に言い聞かせていた。





2月に入るとN-30 作戦の派遣メンバーが発表された。

ミサト以下、ルッツ、ティナ、シュミット少尉とアスカ、それに加えて第三支部の技術部と作戦部から後方支援部隊要員を募って第一暫定Eva中隊を組織する事となった。

N-30は旧スウェーデンと旧フィンランドに囲まれたボスニア湾を中心にした区域で延々と続くほとんど氷の雪原だった。

旧スウェーデンの海岸線に近づくと切り立った氷の山々が突如として現れるためかつてこの辺りがフィヨルドと呼ばれる氷河の侵食で出来た特徴的な地形を持っていたことを思い起こさせた。

Eva中隊はパレットガンの試験をかねて南ドイツのボーデン湖付近にキャンプをはり、ボーデン湖からアルプス山脈に至る地域をN-30に見立てて”コースN-30”と呼称して軍事訓練を開始した。

この2月から3月にかけての野営訓練でミサトはアスカを徹底的にしごいた。

始めはベルリンの第三支部の第一作戦室から遠隔指示を与えていたミサトだったが業を煮やしてキャンプに乗り込んで来るとその峻厳(しゅんげん)さに更に拍車がかかった。

あまりの酷薄なミサトの態度に葛城教育中隊発足以来の幕僚達も眉をひそめる者が現れた。特にアスカを妹の様に世話をしてきたティナはミサトを何度となく諌めたが収まるどころか、日を追う毎にその苛烈さは増すばかりだった(
番外編 der Berg Asama_3)。

「死ぬなら死ねばいいわ」

流石にこの一言には顔を顰める者が多かった。

「大尉はフロイラインが憎いのか」

「フロイラインが哀れでとても見ていられない」

しかし、どんな目に遭ってもアスカは何も言わずにひたすらミサトの指示に従っていた。

二人の間に流れる悲壮感が何処から来るものなのか、周囲の者はただ黙ってそれを見守るしかなかった。

そして、3月も終わり4月を迎えたベルリンに誰にも迎えられることなく静かにEva中隊は帰還した。

「フロイライン」

珍しくミサトは日本語でアスカに話しかけてきた。

「はい、大尉…」

アスカも日本語で応じる。

「何故、あたしがパレットガンの試験の時にあんたに辛く当たったか…分かる?」

「…」

「分からないなら覚えておきなさい。あんたのその甘さが命取りになるからよ。敵には容赦はしない事。躊躇なく殺す、それが力の正体よ。力に歯止めをかける理性なんて所詮はどんなに言葉を尽くしても敵か味方かの単純な二択に過ぎないわ。戦場に出ればその瞬時の判断がないと名も無き墓標が増えるだけ…」

「分かりました…」

「いつもの事ながらあっさり答えるわね、あんた…まあいいわ…」
 





N-30への出征を控えたある日。

アスカはティナと共に付属病院に入院しているオットーの病室を訪れた。

オットーの傷はほとんど完治していたが爆発の衝撃で左目の視力を失っていた。左目に包帯を巻いたオットーは上体をベッドから起こして二人を迎える。

「これはこれは、こんなむさ苦しい所に美女が二人も来るなんて僕はつくづく果報者だね。生きてて良かったって今日初めて思ったよ」

「オットー…あなたって入院していてもホントに相変わらずね…どうせそんな調子で看護師にもおべっか使ってたんでしょ?」

「看護師だって?勘弁してくれよ、ティナ…ココの看護師と来たら…医療部よりも一層の事、擲弾兵にでも志願した方がマシなんじゃないかってほど厳ついの知ってた?ほんとにさあ…君達が来るまで生き残った事を後悔していた位なんだぜ?」

おどけてみせるオットーを見てティナとアスカは思わず噴出していた。

「やれやれだわ…あなたの替わりに私がN-30に行く事になったんだからね?退院したらいつものビアホールで中隊のみんなを奢ってもらうからね」

「ええ!もしかして大尉も呼ぶの?」

「当たり前でしょ。大尉に声かけずに飲みに行ったことがばれたらあんたが酷い目に遭うだけよ?」

「ちぇっ!どっちに転んでも大尉が来たら破産しちゃうよ」

ひとしきり笑うとティナは病室の花瓶と持って来た花束を持って病室を後にした。アスカはオットーの傍らにあったパイプ椅子を引き出すと静かに腰掛けた。

「いよいよだね…フロイライン」

「はい、シュナイダー少尉」

「少尉はよしてくれっていつも言ってるだろ?オットーでいいよ」

「で、でも…」

「ははは!まあいいさ…」

珍しく雪が止んだベルリンの街並みにオットーは目を向けたかと思うと独り言の様に呟いた。

「来週だろ?N-30に行くのは」

「は、はい」

不意に声をかけられたアスカは慌てて返事をする。

「世の中には絶対という事はないけど…絶対に帰っておいで…」

「少尉…」

「僕がこの前の事故で助かったのは本当に奇跡だったと自分でも思っているんだ。死にたいと思ってグリーニケ橋(かつて東西ベルリンの境界だった場所)から飛び込んだヤツが死ねなかったり、死にたくないと思ってストイックな生活を送っていたベジタリアンが早死したり…皮肉みたいな事がよく起こるだろ?」

オットーは戸惑った表情をするアスカの顔を見て優しく微笑んだ。

「僕は昔から機械いじりが大好きでね。絶対この分野で出世してやるって思ってゲヒルン研究所の技官になったんだ。そしてネルフ発足と同時に技術士官になった。今まで僕は自分が現役の間に上り詰めなきゃ、て思って随分無理をしてきたんだけどね…この前、死に掛けて気が付いたんだ…結局、どんなに頑張っても、粋がってみても死んだらおしまいなんだなあってさ…」

オットーの目に映る南ドイツの訓練から帰ってきたアスカの表情は冴えなかった。それは何かを悩んでいる様に見えた。

「どんな凄い功績や実績を残していたってさ…死んだ途端にその人の人格というか…今までの人生というものはみるみる風化して何もなくなってしまうんだよ…そりゃ確かに数学者のガウスやゲーテみたいな偉大な人たちは長く語り継がれているけどさ…そんな有名人ですら記録が欠落したりして分からなくなってる事も多いんだから…」

オットーが手を伸ばしてパイプ椅子に座っているアスカの手を握ってきた。アスカは身体をビクつかせて怯えた様にオットーの顔を見る。

「臨死体験ってオカルトかSFだけの話かと今まで思っていたけど…死ぬって思った時にね…自分の人生がまるで映画館みたいにバッと見えてくるんだ…まるでメリーゴーラウンドに乗せられてるみたいにね…今までの人生が駆け巡って行くんだ…次の瞬間、気が付いたら僕はここにいたってわけさ…分かるかい?人間は死んでしまったらそこでオシマイなんだよ。この世に何も残りはしないんだ。だから自分が納得できる状態になるまで死んじゃダメだってことさ。最後の最後まで諦めないでしつこくしつこく生きるべきなんだ。君はまだ13歳だろ?」

「はい」

「まだ13年しか生きてないんだよ?それで納得できる筈が無いんだ。だから帰っておいで」

「少尉…」

その時、勢いよく病室のドアが開いて花瓶を手に持ったティナが入ってくる。アスカが慌ててオットーの手を振り払った。

「ちょっと…何よ?この雰囲気は!オットー、あなたフロイラインに何を言ってたのよ?」

「え?そりゃ勿論、僕と付き合わない?って口説いていたのさ。あっさりオーケーだったよ」

ティナは荒々しく花瓶をオットーのベッドサイドに置くと腕を組んでアスカの顔をまじまじと見る。

「シュ、シュナイダー少尉!!なんて事を!ち、違うんです!ピーターセン少尉!これには訳が!」

アスカは顔を真っ赤にすると慌ててパイプ椅子から立ち上がった。

「何ですって!フロイライン!それは本当なの!あなた見る目がなさ過ぎよ!男の見極め方を習ってないの?いい男って言うのはね!こんなのじゃなくて…」

ティナの目は真剣そのものだった。

「あ、アタシ!オーケーなんてしてません!」

オットー(こんなの)は二人のやり取りを見ながら愉快そうに腹を抱えて笑っていた。
 





2014年4月15日。

この日、第一Eva暫定中隊はN-30に向かってベルリン南部の空軍基地から旅立った。

そしてその後を追うようにして別の輸送機が密かにハンブルク空港から離陸する。国連軍のC-130輸送機に4人の少年の姿があった。

シュタイン、クルツリンガー、ゲルハルトという候補生達だった。

そして、候補生に混じって真っ青な瞳をした銀髪の少年が一人、一団から離れて窓の外を眺めていた。

「滅びると分かっていても従う…それが運命ならば…出来る事ならもう一度君に会いたかった…」
 
 



 
Ep#08_(24) 完 / つづく

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