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新世紀エヴァンゲリオンの二次創作物、小説「Ihr Identität」を掲載するサイトです。初めての方は「このサイトについて」をご参照下さい。小説をご覧になりたい方はカテゴリーからEpisode#を選んで下さい。この物語はフィクションであり登場する人名、地名、団体名等は特に断りが無い限り全て架空のものです。尚、本ホームページに使用した「新世紀エヴァンゲリオン」の画像は(株)ガイナックスのガイドラインに沿って掲載しています。配布や転載は禁止されています。
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第25部 N-30 / 雷神と緋色の戦乙女(後篇)


(あらすじ)

吹き荒れるN-30で戦いの火ぶたは切って落とされた。激しい砲火の前に防戦一方の展開を強いられるミサトとアスカの師弟。だが卓越した作戦指揮を取るミサト、そしてそれを忠実に遂行するアスカは知らず知らずのうちに演習の主役になりつつあった。



雪よ…吹き抜ける白き風よ…汝もまた予感するか…聖なる霊感を…
集まりし兵どもよ…満天の星と聖なるオーロラを見上げよ…
神々しい恵みを…この宇宙に輝きたる生命の交響詩に…集い…打ち鳴らすがいい…
汝の歓喜を!躊躇わずに打ちならせ!運命の鐘を!
神はわれらを歓喜の聖廟へ導きたもう…
(本文)


暫定北極圏(PAC) N-30 

そこにはドイツ駐留軍のノースポイント空軍基地があった。

かつて北極点は海に浮かぶ約10メートルの厚みがある氷でだったがセカンドインパクトの発生によりスカンディナヴィア半島上に移動したため放射冷却現象の影響で年間の平均気温は-50℃にまで下がっていた。

北極圏の気候変動は周辺地域の気温に大きな影響を及ぼすこととなり、例えばドイツではそれがほぼ一年を通して降雪する要因になっていた。

ノースポイント空軍基地周辺は次々と到着する国連軍の陸上部隊二個師団でごった返していた。

極地対応の厳めしい兵舎がまるで一つの町の様な様相を呈している。

特務機関ネルフのEva中隊は空軍基地を挟んで国連軍とは反対側に野営キャンプを張り、それを「本部」と呼んでいた。

ミサト以下のネルフ関係者は一様に国連軍の極地対応型軍装(軍服)に身を包みネルフの腕章をつけて識別出来るようにしていた。

両陣営の決戦はいよいよ明日に迫っていた。嵐の前の静けさが白い世界に横たわっていた。




ノースポイント空軍基地の司令部ビルではValentine Councilから集まった各国代表団と国連特使が招かれ、ネルフ第三支部主宰のレセプションパーティーが華やかに開かれていた。

国連軍統帥本部を始めとして各国に駐留する国連駐留軍の高級将校にも招待状が届いていたためパーティー会場はスーツ姿のゲストに交じって軍人の姿も多くみられていた。

ローゼングレン大将もその一人だった。

国連軍の幹部たちは国連機関の高官や政府代表に対する挨拶に余念がなかった。少しでも自分を売り込んで立場を良くしようと画策しているのだろう。

ロマンスグレーで瘦身の身体の持ち主であるローゼングレン大将は会場の端の方で静かにパーティーの様子を一人で観察していた。

ビュッフェ形式の会場ではあちらこちらに世界中から集められた山海の珍味が所狭しと並んでいる。

会場の様子を眺めていたローゼングレンの目がのっそりと人込みをかき分けてこちらに向かってくる見覚えのある男の姿を捉える。

ドイツ駐留軍5個師団を束ねる軍団長のマンシュタイン大将がシャンパングラスを両手に持ってローゼングレン大将の前にやって来きていた。

マンシュタイン大将の顔は素面(しらふ)の様にいつもと変わらないローゼングレン大将とは対照的に頭のてっぺんまで真っ赤になっている。

「貴様…こんなところにいたのか?ずいぶん探したぞ」

ローゼングレン大将は差し出されたシャンパングラスを静かに受け取ると小さくため息をつく。

「マンシュタイン…お前…少し飲みすぎではないのか…」

「何だ?俺に説教するつもりか?ドンペリニヨンのビンテージだぞ。そりゃ飲むに決まってるだろ…あとでアルメニア・コニャックで締めるつもりだ…アルメニアはつまらんところだが女と酒だけは最高だからな。それにしてもさすがはネルフだな。これほどの面子が一堂に揃うってのは滅多にないぞ…」

ゆでダコの様に真っ赤なマンシュタインだが眼光は鋭く、彼もまた強かな政治家の様に貫禄があった。

「そのようだな…(ドイツ)連邦政府の議員先生達もValentine Councilの各国代表との名刺交換に余念が無いらしい…」

「はん!それは我々軍関係者も同じだよ。スーツ(シビリアン)に睨まれたらオシマイだからな…」

マンシュタイン大将が自嘲気味に笑いながら琥珀色のシャンパンを一気に煽るとボーイが差し出した新しいシャンパングラスを手に取った。その様子を見ていたローゼングレンは肩を竦める。

ジロッとマンシュタインはローゼングレンの細面を睨むように見た。

「何か言いたげだな…貴様もこんな部屋の隅っこに突っ立ってないで少しは愛想を振り撒いたらどうだ?あん?ただでさえ貴様は委員会に靡(なび)かんと言われて睨まれているとクランマー国防長官(ドイツ連邦政府)が心配しておったぞ…」

「長官が?それは実に余計な世話というやつだな…お前、いつからそんな古女房みたいなことを言うようになった?俺の知る酒樽のマンシュタインはもっと豪快な男だったぞ?」

士官学校時代の渾名(あだな)を呼ばれたマンシュタインは忌々しそうに顔を顰めると小さく舌打ちした。

「ちっ!相変わらずの堅物だな、貴様は…同期のよしみで忠告してるんだ、俺は…いいか?悪い事は言わん…少しは賢く振舞え…貴様はドイツ人唯一の国連軍統帥本部のメンバーなんだぞ?貴様一人の身体じゃない事を少しは自覚しろ…ったく!」

「だが私が統帥本部にいたとしても別にお前のところに優先的にEvaが配備されるわけでもないだろ?聞くところによるとネルフはどうやら本気でE計画のアップグレードを考えているらしいが…そうなると今回の負担金とやらも結局どうなることやら…みすみす金をどぶに捨てる様なことにならねばいいがな…」

諜報機関の人間にとって垂涎の情報になる事をあっさりと自分の耳に入れるローゼングレンに驚いてマンシュタインは思わず戦友の顔を見た。

なるほど…この情報が連邦政府に近い俺への手土産ってわけか…相変わらずだな…

「ふん!ならば尚更貴様は国益のことを考えるべきだな。連邦政府の国防委員会も長官も国連軍のEva連隊構想には関心を寄せておる。これは絶好のチャンスだと思わないか?ん?どうだ?俺とお前で…」

マンシュタインはローゼングレンの顔を覗き込んできた。

「済まんが…その手の話には興味が無い…お前だけで好きにしたらいいだろう…土産は確かに渡したぞ…」

ローゼングレンは顔色一つ変えずに一点を見据えていた。

視線の先にはドイツ連邦政府首相とにこやかに談笑するゲオルグ・ハイツィンガー第三支部長の姿があった。

「ちっ!ネルフに義理立てする心算か?何の借りがある。金か?女か?」

「お前と一緒にするな」

マンシュタインはグラスを煽りながら注意深く戦友の表情を伺っていた。

相変わらず何を腹で考えているか…よく分からんヤツだ…

「貴様がそんな態度だから幕下のシュワルツェンベック達も顔見せんのだぞ。さっきネルフのハイツィンガーに散々嫌味を言われた…名にし負うゴールデンイーグルの指揮官達が各国代表に挨拶をせんとは何事だ!とな…」

ローゼングレンは横目で隣に立っているマンシュタインの顔を見る。マンシュタインの顔は苦り切っていた。

「ゴールデンイーグルは歴戦の猛者揃いだ…一筋縄ではいかん連中が多くてな…だが、フェルゼン(フェルゼンシュタイン)がいるではないか?あいつは社交的だから逆にわざわざ私がここに引っ張って来たが…一応顔は立てている心算だがな」

ローゼングレン大将が顎をしゃくる。

その先にはハニーブラウンの髪にライトグレーの瞳をしたフェルゼン少将の姿があった。軍人には似つかわしくない細身の身体で優雅な立ち振る舞いを見せており如何にも人心掌握の術を心得ている様に見えた。

寡黙なローゼングレンの替わりに軍団のスポークスマン的な役割を担う幕領の一人でもあった。

「フェルゼンだあ?あいつは調子が良すぎていけすかん…」

ローゼングレンは思わず苦笑いを浮かべる。

「やれやれ…お前も舅みたいにいちいちうるさいヤツだな…じゃあ皮肉屋のファーレンハイトなど…この大袈裟なレセプションを見て何を言い出すか分かったものじゃないぞ…むしろ居ない方がいい位だろう…まあシュワルツェンベックもファーレンハイトも明日の演習の直接指揮を執ると相当意気込んでおるからな。作戦への干渉を何よりも嫌う連中だ。政治家のパフォーマンスの片棒を担がされて道化になるのが気にくわないらしい…精神衛生上の理由で行かないと口を揃えた様に言って寄越してきた。まあ…ハイツィンガーでも下手な事を言えばフェンリルに噛み付かれるだろうよ」

「ひひ!そいつは傑作だ!是非とも噛んでもらいたいものだな!ついでに食ってしまえばいいんだ。腹を壊すかもしれんがな!ははは!」

マンシュタインは膝を打って愉快そうに笑い始めた。

それを見ていたローゼングレンも思わず口元に笑みを浮かべる。そしておもむろに戦友の前に金色に輝くシャンパングラスを差し出した。

「酒樽マンシュタインの変わらぬ友情に…プロスト(独語 / 乾杯)…」

「ふん!化石のローゼンに!プロースト!」

二人は勢いよくシャンパングラスを煽った。

ドンぺリニヨンのビンテージはローゼングレンの舌を刺し、腹に沁み込んで行った。
 





ネルフのEva中隊野営本部ではミサト以下の主だった面々が揃っていた。

ミサトの隣には新しく支給されたプラグスーツを着たアスカが立っていた。

テーブルの上には3Dホログラムの投影板が置かれ、メンバーの目の前にはN-30の作戦地域の3D化された地形図が映し出されている。

「先ほど国連軍部隊から事前通知があったが明日の演習ではG-01(空陸両面総攻撃による拠点制圧作戦)を行うそうだ」

「いきなりG-01ですか?ほとんど実戦ですね…」

ミサトの隣に立っていたシュミット少尉が眉間にしわを寄せていた。

「そうだ。相手の勝利条件は我々の防衛拠点の制圧か完全破壊、あるいはEvaの戦闘能力を奪った場合のどちらか。我々の勝利条件は制限時間の3時間、拠点を守りきればいい…と言う事になる」

「一般兵器とはいえ3時間も総攻撃に曝されるというのは…」

シュミットの問い面にいるルッツが独り言のように呟く。幕僚達の視線が自然とアスカに集まっていた。

アスカは真一文字に口を結んだまま地形図を食い入るように見詰めている。ミサトがゆっくりと口を開く。

「Evaの特殊装甲とATフィールドの試験結果を踏まえれば第4世代戦車の砲弾、そして支援部隊からのロケット砲、榴弾、対地ミサイルなどで直接ダメージを負う懸念は皆無に近いが、3時間もの間、これらの攻撃に耐え続けるというのはパイロットの心神的疲労が最大の懸案事項となる。問題なのはデク(木偶)がどのタイミングで投入されるか…本来は空挺部隊や歩兵部隊の動きを警戒するべきだがEvaが無傷と分かればあえて侵攻してくることはない…つまり…実質的に勝負の帰趨はデクの掃討にかかっているだろう…」

「投入されるデクは当初5体だと聞いていましたが?」

「そうだ、ティナ。5体だ。その理由は定かではないがいずれにしてもデクが直接拠点の破壊に乗り出してくる可能性が高い。それにデクは5体すべてを完全破壊することが必須条件になっている」

ミサトの言葉にティナが怪訝そうな表情を浮かべる。

「完全破壊…大尉、いくら出来損ないとは言ってもデクがEvaのようなものであるならばどうやってコントロールするのですか?第一、有人でもなければ起動すら…」

「それはあたしも支部長に確認した。何と言ってもデクの操縦錬度は我々にとって極めて重要なファクターになるからな。支部長によるとダミープラグとダミーシステムの併用による遠隔操作になるそうだ」

「ダ、ダミープラグとダミーシステムの併用?!か、完成していたんですか?」

シュミットが驚きの声を上げる。ミサトがそれを手で制した。

「いや、あくまで試作品と言うことだそうだ。今回、デクを投入する背景はそのテストも兼ねているらしい。全く抜け目のない連中だ…」

「しかし…いつの間にダミーシステムやダミープラグが…試作品と言ってもとても実用に耐えうるとは思えませんが…」

技術士官であるティナ・ピーターセン少尉は端正な細面にさらに深い皺を作っていた。

「まあ我々にとっては非常に好都合だ。制御の聞かない兵器はただのガラクタでしかないからな。ただ、暴れまくる野獣の様な5体が疲労困憊した弐号機に飛び掛ってくると非常に厄介だ。そのため出来うる限り早期にデクを一つずつ各個撃破することも状況に応じて考える必要があるだろう。みすみす包囲されることもないしな」

「やっぱりデクの投入時期に依存しますね…」

ルッツは顎に手を当てて思案顔を作っていた。ミサトは静かに頷く。

「その通りだ、ルッツ。その為にはG-01の攻撃パターンを把握しておく必要がある。いいか、まずゴールデンイーグルの攻撃は三段階に分けられる。第一段階はEF-3000(EF-2000タイフーンの後継機。架空兵器)などによる空爆だ。対地ミサイルと熱源誘導弾などでしこたま攻撃して相手火戦の沈静化を図るのが目的だが、それ以外に拠点の構造や敵伏兵などの陸上部隊の展開状況を地上部隊に伝える。その情報を元にミサイルや榴弾による遠距離攻撃と機甲部隊による陸上からの直接攻撃が第二段階になるが、実質的にこの段階になるとほとんど掃討戦に近い。空爆で分断された敵の防衛線を直接粉砕するのが主な目的になる。この段階で敵防衛線の破壊が不十分と判断されれば再び空爆が仕掛けられるが恐らく制限時間の兼ね合いで二次空爆は選択されないだろう。最後の第3段階で空挺部隊と歩兵部隊による拠点制圧が仕掛けられることになるが、あくまで被害管理の観点から敵の反撃が殆ど散発的な状態であることが前提になる。つまり今回の場合はEvaが顕在であると分かれば第3段階への移行は強行されない。恐らく…」

ミサトは一呼吸置くと自分に集まる視線を一つ一つ確認して行く。

最後に目が合ったシュミットが口を開いた。

「デクが来るとすれば地上部隊の攻撃後…ということですね?」

「その通り…相手は我々に比べて圧倒的な戦力を有している。戦の常道からして相手が奇策を弄する必要はない。全くセオリー通りに進めてくると考えてほぼ間違いないだろう。地上部隊の弾幕が切れるタイミングを計ってデクを潰しにかかるというHit & Away。これをまず我々の基本戦術としたい」

「了解!!」

「よし!今日は明日に備えて早く休め。散会!!」

野外テントの外は-50℃を越える猛烈な吹雪がまるで白い風の様に吹き荒れていた。
 







昨夜の吹雪がウソの様に晴れた。

白い地平線の向こうからゆっくりと日が昇ってくる。弐号機よりもはるかに大きな氷の山が今回指定された防衛地点だった。

そびえたつ氷の山が日の光を浴びてオレンジ色に色づき始めていた。

周りの様子を双眼鏡で見ていたミサトは舌打ちをする。

「ちっ!忌々しい…あのまま一日中荒れていればいいものを…総員に告ぐ!今日は空爆日和だ!のっけからきついのが来るぞ!第1種警戒態勢を指示!弐号機!南の方向(連邦本土の空軍基地がある方向)に注意しろ!いいか?敵とはいえ相手は友軍だ!くれぐれも当てるなよ!効果的に威嚇射撃をして相手にみすみす空爆有効エリアを取られないのが狙いだぞ!」

「Eva-02了解」

「シュミット少尉!敵影は?」

「レーダー異常なし」

シュミットの言葉が終わるや否や、やや緊張気味のアスカの声がスピーカー越しに聞こえてくる。

「いや!来ます!既にEF3000編隊はN-30に入っています!後2分でロックオンを受けます!射撃許可を!」

ミサトとシュミットは驚いて思わず互いの顔を見合わせた。

「な、何だとお?こっちには何も映ってないのにEvaがもう敵を補足してるのか!」

「そんなバカな!!EF(ユーロファイター)がステルス性を有した機体を持っているとは考え難いです!パレットガンの弾数にも限りがあります!確証が持てるまで待つべきです!」

どっちが本当なんだ…EF2000トーネードは確かにステルス性を持っていないが本当にこっちに来ている奴らがEF-3000なら…これも世界初の演習投入になる…

ミサトは一瞬考えるがすぐに判断を下す。

「よし!腹は決まりだ!Evaのデータを優先する!弐号機射撃許可!エリアを確保しろ!少尉!Evaの索敵データを基本にして本部との同期を直ちに取れ!急げ!」

「り、了解!」

朝日を浴びた弐号機が氷の山から飛び出すとパレットガンを構えて南の空に向けた。

「アスカ…行くわよ…フォイア!!」


ガオオオン!ガオオオオン!ガオオオオオン!


アスカが引き金を引く。

真っ赤に焼けた閃光が一筋の矢の様に南の空に次々と突き刺ささっていく。超高速でアプローチをかけようとしていたEF3000編隊がパレットガンの弾筋を避ける様に散開するのが見えた。

弐号機から送られて来るデータに切り替えた本部からどよめきが漏れる。

「まずい!アプローチしていたか!EF3000はステルス性を間違いなく持ってる!旋回してまた来るぞ!」

ミサトの声に弾かれて弐号機は自ら的になるかの様に南に広がる広大な氷の海に向かって走り出す。

「弐号機ロックオンされています!その数…」

「いちいち言うな!多すぎて数えてられるか!10発以上の時はこう言え!Fxxkin’ Too Much(クソ多すぎ)だ!」


ボッゴオオン!! ドドーン!!


EF3000ハリケーンから放たれた対地ミサイルが次々と雨あられの様に弐号機に殺到して行く。

弐号機は疾駆しながら着弾するミサイルを次から次へとハードル競争の様に飛び越えて行く。弐号機が走り去った後にいくつもの水柱が立つ。

防衛拠点の南側には弧を描く様に瞬く間に大きな湖が姿を露わす。

「す、凄い…あれだけの攻撃を受けていながら直撃弾が僅かに3発のみとは…まさか弾が全部見えているのか…」

ミサトの隣にいたルッツが呆然と呟いていた。

「ATフィールドにだけ頼らないところを見るとあの子も気力を最後まで温存しておく心算ね…第二波来るぞ!今度はEvaじゃなくてターゲットを直接爆弾で狙うはずだ!アスカ!」

腕組みをして画面に見入っていたミサトがアスカの名前を叫ぶ。

ミサトが名字以外でアスカに呼びかけたのはこれが初めてだった。

「エリア防衛に最適な射撃位置をガイドしろ!!」

弐号機の中で一人孤独の叫び声をアスカは上げる。

攻撃飛行を開始してもう20分は経っている…そろそろこの空域での滞空時間限界が来るはず…

パイロットの思考に合わせてEvaは要求されるデータを解析して表示するオペレーションシステムを備えていた。

Eva内で解決しない問題はアンビリカルケーブル乃至双方向通信システムを介してMAGIに照会をかけるアルゴリズムになっていたがN-30ではMAGIとの通信に時間がかかるため実質的にオフ状態だった。

マッハ(音速以上)で殺到してくる戦略攻撃機の動きをシミュレーションするのは人間の感覚ではもはや不可能だった。

弐号機内の電算処理システムから射撃推奨位置が次々に表示される。

システムから与えられるこれらの選択肢を選んで戦果の極大化するのは逆にパイロットのセンスと腕にかかっていた。

これが最後のアプローチになる筈…抱えている弾を全部使い切って帰還するつもりに違いないわ…

「よし!北西だ!エリア確保を優先!72%か…部分被弾は止む無し!本部に報告!」


ドゴオオオン!ドゴオオオン!


アスカは躊躇なく黒い群れをなす編隊に向かってパレットガンを立て続けに打ち込んだ。

「次は散開ルートの頭を押さえてリトライ(再侵入)を断念させる!データの転送速度が遅いわ!ここか!」


バゴオオオオン! ガオオオン!


「ちっ!こっちも弾切れ…追い討ちは出来ない…か…」

辺り一面を覆っていた細かい氷を含んだ霧の様な煙が晴れていく。

氷の山の一部が吹き飛ばされたものの戦闘飛行時間の限界を迎えた攻撃機達が次々に戦域を離脱して行く姿がアスカの目に映っていた。

「はあ…はあ…何とか凌ぎきったわ…」

本部ではミサトが離脱して行くEF3000編隊の様子をモニターで同じ様に注意深く見つめていた。

「周囲に第二空爆の懸念はないようね…素直に来た道を戻ってるわ…よし!被害報告しろ!」

「防衛拠点に2発の有効弾が命中。防空エリア支配率83.2%。弐号機は8発の直撃を受けましたが被害なし」

シュミットが報告しながらミサトを振り返る。

本部には一様に安堵の空気が流れていた。

「銃身バランスの悪いパレットガンだけで8割キープとは上出来だわ…予め特長を把握していたアスカじゃなかったらその半分の支配がせいぜいね…やはりEvaはパイロットの個人技能の依存度が高すぎる…パイロットの状況は?」

「精神パルス異常なし。シンクロ率…」

「どうしたの?ティナ。何か異常か?」

「い、いえ…シンクロ率78.3%…過去最高記録です…」

本部テントのあちこちから驚きの声が上がる。

「前回シンクロテストで確か67%台でしたから…一気に10ポイント以上アップしています!」

ティナがやや興奮気味に答えるが、ミサトは意に介さずティナから視線を再びディスプレーに戻していた。

「そうか…そんな事よりも恐らく敵は第二段階に進む筈だ!弐号機を今のうちに回収して少しでもフロイラインを休ませろ!Evaの索敵システムから対地レーダーに切り替え急げ!」

「了解!!」

ミサトは腕組みをしながら刻一刻と送られて来る作戦地域のデータを睨むように見ていた。

バカな子…シンクロ率の急上昇はインターフェースのせいだろう…しかし…それがパイロットの負担軽減になっているのはウチ(ネルフ)にとって好材料だわ…
 





束の間の平穏が訪れた本部テントでミサトはティナの用意したコーヒーのマグカップを傾けていた。テントの外は一転して雲が立ち込め始めていた。

風も勢いを増している。

上空はかなりの荒れ模様ね…恐らく第二波空爆は演習時間内にないな…

「大尉!フロイラインから緊急電です!ファーレンハイト師団は北側と北東方面の2つに分かれて展開中」

ルッツが椅子に腰掛けていたミサトの傍らに駆け寄ってきた。

「やっぱり北からおいでなすったな…総員!警戒態勢から戦闘配置へ!弐号機出撃準備急げ!」

「弐号機は既に北3kmの地点に待機中です」

奥から聞こえて来たシュミットの声にミサトは思わず目を見開いていた。

「な、何!?今までアスカはEvaを降りていなかったのか?10分は休めた筈だぞ…くそ!ルッツ!シュミット!何故降ろさなかったんだ!」

「そ、それがフロイラインには再三指示したのですが…」

ミサトの雷が自分達の頭上に突然降りかかってきたため2メートル近い恵まれた体躯をもつ男達は身体を思わず縮めていた。

「もういい!どうせ地上部隊の索敵のために斥候に出るとでも言って言う事を聞かなかったんだろう!つくづくバカなヤツだ…」

ミサトは吐き捨てる様に言うと再び司令官専用のモニターの前に陣取った。

拠点防衛に責任を感じているのか…いや…違う…あの子は一度Evaに乗れば物凄く執着する…まるでEvaから降りるとそのままお払い箱になるんじゃないかと言う強迫観念があるみたいに…いつもそうだ…

自分ひとりで何でも背負い込む…自分だけが傷つけばいいと思っているんだ…何故だ…何故あんたはそうやって自分ばかりいじめる…どうして心を開こうとしないんだ…これは作戦なんだ!お遊戯じゃねーぞ!

ミサトの怒りは収まらなかったがぐっと堪えてシュミットの背中に大音声を浴びせかける。

「敵は対地ミサイルを二方向からしこたま撃ち込んで来るに違いないぞ!!相手の位置は!」

「ノースポイントの北東85kmの地点と更に25km地点の2段に分かれています!」

「ミサイル大隊(射程100km以上)と特車支援大隊(自走榴弾射程4~30km)だな…フェンリルはその前面に防衛線を張るつもりか…やつらお得意の
ディスカバードアタック(チェスの戦術の一つ)だろう…相手はファーレンハイト隊の二段斉射の後で数km地点から145mm砲の一斉砲火(戦車砲の射程は5kmから7km)でターゲットを潰す気だ!フェンリルの進路を断つ事を最優先!弐号機が持参している装備は?」

「試作バズーカとパレットガン、それに加えてスマッシュホークです!」

「ふん!生意気な!このあたしの考えを先読みした心算か、フロイライン!小ざかしいマネを!」

ミサトは雷鳴を轟かせると緊張で顔色が優れないシュミットから荒々しくマイクを引っ手繰る。

「フロイライン!お前が機先を制した分、我々に時間的アドバンテージがある!その位置からバズーカ全弾を敵の特車支援大隊の前面に直ちに打ち込め!何をぼやぼやしている!仕事だ!おっぱじめろ!」

「Eva-02了解!」

アスカはスコープを引き出すと北に向かって3発、続けて北西に3発打ち込んだ。


ズズズーン!ズズーン!ズズーン!


まるで地鳴りの様な音が白銀の世界に鳴り響く。

「よし!牽制としては十分だ!そこから特殊工作車(外部電源供給ジェネレーター)を随伴したまま更に北に6km進出しろ!そこを我々の防衛線にする!スマッシュホークで前面の氷を粉砕してフェンリルの進路を断て!」

「Eva-02了解!」

返事と共にアスカは弾倉が空になったバズーカをその場に打ち捨てると氷の上に付き立てていたスマッシュホークを引っ手繰る様に掴む。

ミサトの声がエントリープラグの中に響いてくる。

「敵は恐らくお前の動きを見て我々の意図を看破するに違いない!戦車部隊の進路を奪われまいとしてお前に集中砲火を浴びせてくるだろう!これが実戦ならばファーレンハイトはお前を無視して拠点をミサイルで潰してジ・エンドを狙うだろうがあくまでこれは演習だ。銀のサーベルを受けるほどの勇者でもある彼の性格から察するにそれを潔しとはせずに堂々とEvaに戦いを挑んでくるだろう。時間を掛けてでも軌道修正してお前に対地ミサイルの雨を浴びせてくる筈だ。Evaにダメージは無くとも敵弾を食らい続ければお前の気力体力が削られる。ATフィールドは無理せず使え!」

「り、了解!」

ミサトから飛んでくる細かな戦闘指示にアスカは驚いていた。

Evaのオペレーションシステムが推奨する戦術とは比べ物にならないほど戦局にマッチしている…何て効果的な戦いの進め方なんだろう…まるで…大尉がアタシの隣にいるみたい…

「いいか!あくまで警戒すべきはフェンリルだ!相手の遠隔攻撃に惑わされて大局を見誤るな!バズーカは足止めにも使える事をよく覚えて置け!フロイライン!お前ら全員もだ!分かったか!」

「り、了解!」

「サー!イェッサー!」

元々、第三支部でサンダーと呼ばれて恐れられていたミサトだがこれまでは単なる癇癪持ちという皮肉が混ざった渾名(あだな)だった。

しかし、それは今、大きく隊員達の認識を変えつつあった。

この闇を切り裂く様な鋭い叱咤激励と閃光の様な瞬時の決断が決して大柄ではないがまるで巨人の様に女指揮官を大きく見せていた。

「本部!Eva-02防衛線予定地確保!敵進路封鎖開始します!」

これが…実戦を知っている人…力を人に与える事が出来る人というものなのか…

弐号機は大きくかぶりを振ると目の前の氷にスマッシュホークを突き立てる。

厚さ10メートル前後の氷は次々に割れて氷と氷の間から海水を噴出し始めた。

 
 
 
 
Ep#08_(25) 完 / つづく
 

(改定履歴)
5th 9, 2009 / 表現修正
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