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新世紀エヴァンゲリオンの二次創作物、小説「Ihr Identität」を掲載するサイトです。初めての方は「このサイトについて」をご参照下さい。小説をご覧になりたい方はカテゴリーからEpisode#を選んで下さい。この物語はフィクションであり登場する人名、地名、団体名等は特に断りが無い限り全て架空のものです。尚、本ホームページに使用した「新世紀エヴァンゲリオン」の画像は(株)ガイナックスのガイドラインに沿って掲載しています。配布や転載は禁止されています。
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第26部 N-30 / 雪原の涙…(前篇)


(あらすじ)

国連軍の至宝シュワルツェンベック隊と堂々と渡り合うアスカだったがミサトの指示で退却を余儀なくされる。防衛拠点に戻ったアスカを待っていたのは5体のデク(木偶)だった。4体を討ち果たしたアスカは最後の1体と激しい一騎打ちを繰り広げる。
「こいつ…この機体制御…只者じゃない…」
防衛拠点を離れ、演習の制限時間を越えても尚繰り広げられる死闘…
「どうやら…これまでのようだね…」
「ウソだ…」
その時…運命に抗う事を選び復讐に身を焦がした少女の前に突如として現れたシ者とは…
「敵260mm榴弾斉射を確認!続いて対地ミサイルのロックオン信号をキャッチ!来ます!」

「敵はもう軌道修正が終わってるのか?!幾らなんでも早すぎるぞ!さすがファーレンハイト…”魔弓の
ウル”と呼ばれるだけの事はあるな…フロイライン!来るぞ!」

ミサトの言葉が終わるのとほぼ同じタイミングで弐号機の周囲に立て続けに巨大な白煙が昇り始める。260mm榴弾(架空兵器)だった。


ドドーン! ドゴーン! ボゴーン!


「ミサイル多数!弐号機に接近中!」

「うるさい!レーダーを見れば分かる!!」

本部に設置されている大型のディスプレーはミサイルを示す真っ赤なマーカーでほぼ全面が赤く塗りつぶされていた。

アスカが頭上を見上げるとまるで雲霞(うんか)の様に対地ミサイルが近づいてきているのが見えた。

それは死肉に群がるハゲワシの群れにも見えた。

「ATフィールド全開!!」

260mm榴弾の的の様になっていた弐号機が大きく両腕を広げるとたちまち竜巻の様な白い煙が空高く舞い上がる。そしてその白無垢のようなヴェールが弐号機から同心円状に広がってゆく。

その瞬間、次々に対地ミサイルが着弾して轟音と灼熱の炎を上げ始めた。


ズゴゴゴゴオオオオオオオンン!!!


弾幕は途絶えることなく次々に弐号機の頭上に降り注がれていた。

この攻撃には流石のミサトも呆然と画面を見詰めるしかなかった。息をも付かせぬとはまさにこの事といわんばかりの激しい攻撃に弐号機は防戦一方を余儀なくされていた。

「一体…どんだけぶち込めば気が済むんだ…幾らなんでもこんなミサイル攻撃は古今に例がないぞ…」

まるで身動きが取れん…足止めを食っている気分だ…ん?待てよ…

ミサトはその激しい間接攻撃に逆に疑問を感じ始めていた。

ディスカバードアタックじゃなくてファーレンハイトはピン(チェスの戦術の一つ)か?となると…ま、まずい!裏をかかれた!

ミサトは荒々しく立ち上がる。

その勢いに本部にいた隊員達は驚いて一斉にミサトの方を見た。

「アスカ!フェンリルは弾幕に紛れてスキュア(チェスの戦術の一つ。串刺しともいう)を狙ってる!直ちにその防衛線を放棄して防衛拠点手前まで撤収しろ!特殊工作車の速度に合わせていたら遅すぎる!ケーブルを切り離して全速力で戻れ!拠点に戻る途中の索敵を怠るな!特に西側だ!」

「し、しかし!大尉!ATフィールドを一端解かなければ動けません!それにミサイルの第三波がもう来ています!」

シュミットの顔には血の気が無かった。

「やむを得ない!全弾受けてもEvaは壊れない!走れ!アスカ!」

「Eva-02了解!」

弐号機がATフィールドを解くとたちまち周りを炎に包まれた。炎の囲みをまるで草薙の剣の様にスマッシュホークで薙ぎ払う。巨大な炎が生き物の様に怪しく形を変えてゆく。スマッシュホークを振り回しながら弐号機は炎の輪を駆け抜けていった。

追いすがる様に対地ミサイルの第三波の雨がアスカに降り注ぐ。


ボゴオオオオオオン!!


断末魔の様な轟音が辺りに鳴り響く。

「ぐううう…シャイセ…」

アスカは体中に圧迫感に似た鈍い衝撃を感じるがひたすら先を目指して走り続けた。

一方、この様子を260mm榴弾自走砲の上から双眼鏡で眺めていたファーレンハイトは口元に不敵な笑みを浮かべていた。ダークブラウンの髪に薄い青色の瞳が特徴的だった。

「ほう…スキュアに気が付いたらしい…弾幕から我々の作戦を見抜くとはネルフも意外にやるではないか…だが…大人しくお前(弐号機)を帰す訳にはいかんぞ…全部隊に告ぐ!直ちに軌道修正!徹底的に弐号機を狙い打て!」

疾走する弐号機をまるで追う様に周りに白い煙が無数に立ち、自動軌道修正装置の付いた対地ミサイルは次々に弐号機の背中に突き刺さってきた。弐号機は燃え盛る巨大な炎を背負いながら尚も走り続ける。

それは緋色の薄絹をまとって雪上で優雅に舞う女神の様にも見えた。

細かい雪煙を吹き上げながら西から猛烈な速度で疾駆していたシュワルツェンベック率いるレオポルドXXが狼の群れの如く一糸乱れることなく突如としてその姿を現した。レオポルドXX部隊は弐号機の背後に回りこもうとしていたところをアスカに捕捉されていた。

「こちらEva-02!フェンリル発見!弾幕に隠れて背後に回り込もうとしていました!」

本部からどよめきが漏れる。防衛線放棄を指示したミサトの真意をようやく周囲も理解した。

「やはり囮か…派手な花火が上がる時は決まって伏兵がいるもんさね…アスカ!手加減無用だ!スマッシュホークでフェンリルを薙ぎ払え!戦車がひっくり返るくらいで死人は出ない!躊躇なくやれ!やつらの心胆を寒からしめろ!!」

「了解!!どりゃあああ!!」

薄暗い天候の中、オレンジの残像を残して弐号機は西に進路を取ると猛然とシュワルツェンベック部隊の真ん中に駆け込んで行く。

「現れたぞ!全軍停止!中央突破をやり過ごしつつ二列縦隊に移行し、包囲して至近から十字斉射をかけるのだ!!その前に単騎で奮戦する勇者を一斉砲撃で歓迎しよう!焔(ほむら)をまとう赤いEvaに我らの武勇を示せ!」

V字型隊形(Colonne de Charge)を組んでいた戦車隊は停車すると突撃してくる弐号機に145mm砲の照準を合わせる。

「十分に引きつけろ!」

弐号機が戦車隊の目前に迫る。戦斧を天高く振り上げた瞬間だった。シュワルツェンベックが銀狼の如く雄叫びを上げる。

「フォイア!!」

至近距離からの一斉砲撃の衝撃がアスカを襲う。

「く、くく…こんなのEvaに効くか!食らえ!」

腹部に鈍い圧迫感を感じて一瞬顔を顰めるがまるでゴルフのスイングの様にレオポルドXXを下の氷ごとすくい上げた。堪らず一台の戦車がひっくり返る。

弐号機はシュマッシュホークを再び振り上げると今度は地面スレスレの小角に切っ先を走らせた。更に2台が風に吹き飛ばされる木の葉の様に横転する。

まるで大人と子供の戦いだったがシュワルツェンベック隊は引くどころか前進し始めていた。じわじわと陣形をV字から二列縦隊に移行して弐号機を左右から挟んでいく。

アスカもそれとほぼ時を同じくして陣形の変更に気が付く。

「しまった…包囲する心算か…」

「第二斉射!フォイア!」

今度は弐号機のほぼ全面にレオポルドXXの砲撃が打ち込まれる。

「くうう…シャイセ!」

砲火に怯むことなくアスカは縦横無尽にスマッシュホークを振るう。

「あれだけの砲弾を浴びながらも烈火の如きあの動き…見事なものだ…敵ながら賞賛に値する…全軍!急速離脱!散開して銘々狙い打て!」

レオポルドXXは意思を持った一つの生き物の様に集合散開を繰り返して的確に砲弾を弐号機に浴びせかけ始めた。アスカも狙い済まして一つ一つ戦車を薙ぎ払っていく。

しかし、散兵(
Ordre Ouvertを基本とするシュワルツェンベック隊の前に目立ってその効率は落ちていた。この様子をモニター越しに眺めていたミサトは再び雷鳴を響かせた。

「ここまでね…アスカ!敵が散開している以上、ここで個別に動いていては内部電源の消耗が激しい!戦闘効率が悪すぎる!ここは一旦引け!」

「し、しかし!敵はまだ…」

アタシがこのままここを捨てたらこいつら撤収どころか…むしろ…負けてしまう…大尉…

「分かっている!だが活動限界に達するとただの鉄くずだ!それこそ意味がない!まずは引け!シュワルツェンベック部隊とここまで張り合っただけでも後々までの語り草だ!よくやった!」

「了解…」

アスカは唇をかむと最後の力を振り絞るかのようにスマッシュホークで足元の氷を粉砕していった。

「これで最後だ!!うらあああ!!」

敵に背中を見せる無念をアスカは大地に叩きつけた。


ズズズズズ…


幾筋もの亀裂が氷の大地に走るとそれらが繋がって眼下に巨大な湖を作った。迂回されれば意味はないがアスカの執念と士気を示して余りあるものだった。

「閣下!弐号機が撤収して行きます!」

「そのようだな…それにしても…」

まだあれ程の打撃が繰り出せるほどの胆力があるとはな…だが…この交戦でかなりパイロットの体力は削った筈だ…

「被害を報告せよ!兵を纏め次第、直ちに進撃を開始する!兵は神速を尊ぶのだ!相手に息を付かせてはならん!この機に一気に粉砕する!」

「は!」

散開していたレオパルドXXは再びV字型隊形を作り始めていた。その姿は獲物に飛び掛るタイミングを計って足摺を繰り返す狼の様だった。シュワルツェンベックは腕時計を見る。

「あと…45分か…十分だな…」

雪原に再び雪が降り始めていた。
 


ミサトは腕組みをしながら厳しい表情でモニターを眺めていた。

「弐号機の位置は?」

「防衛拠点まで戻り(アンビリカル)ケーブルと接続した事を確認していますが…」

「そうか…フェンリルは?」

「再び隊形を整えて進撃を開始しました」

ミサトは昨夜の様に吹き荒れ始めた野営テントの外を見た。防弾ガラスの二重窓越しに鋭い針の様な横なぶりの吹雪が吹き荒れていた。

「まあ…よくやった方だ…シュワルツェンベック中将は自ら我々の防衛拠点に痛撃を与える心算のようだが…」

それにしても…ゴールデンイーグルは第三支部側と作戦を示し合わせていないのか?デクはどうなる…この戦いの進め方はまるでネルフ(第三支部)の繰り出す駒の事を想定に入れているとは思えない…あの兵の勢いからしてレオパルドだけで十分だと言わんばかりじゃないか…

ミサトは自分の腕時計を確認する。

演習終了まであと40分か…支部長はどこでデクを出すつもりなのか…それともゴールデンイーグルと調整した結果やはりデクは遠慮するという事になったのか…いや…支部長のValentine Councilへの触れ込み方からして今日の演習で出さないわけがない…むしろメインイベントと言ってもいいくらいだ…あたしの危惧が正しいとしたら…

「た、大変です!弐号機の通信を突然ロストしました!」

ミサトの思考はシュミットの叫び声で一気に吹き飛ばされていた。

「デクが来たのか!」

「わ、分かりません…しかし、強烈な妨害電波で国連標準通信のαバンドが全てアウトです!」

「αバンドが?ならアンビリカルケーブルのネルフ有線通信はどうだ?今までフロイラインが(内部電源の)チャージ中だったのは分かっている。最悪でも有線通信は妨害電波の影響を受けない筈だ!」

「そ、それが…有線通信もαバンドと併用していたのですが…両方とも同時に…シャイセ!!一体どうなってるんだ!」

「有線通信もだと?じゃあオフラインという事なのか?」

「その可能性もありますが…現在確認中です」

「まずいな…αバンドも使えないという事は国連軍の足並みも乱れる筈だが…」

このトラブルはゴールデンイーグルの策略じゃない…しかも圧倒的に有利な戦局でこんな小細工を弄するとは思えない…やはりデクの仕業か…だが…ATフィールドで通信が妨害されたという話は今まで聞いた事がない…

ミサトは背筋に嫌な汗を感じていた。

嫌な予感がする…自分で言うのもなんだけど…よく当たるのよね…あたしの勘は…アスカ…

「弐号機との通信を回復する事を最優先!(シュミット)少尉!お前は弐号機との交信を続けろ!」

「了解!」

「ティナは技術上の問題点を直ちに確認して復旧を急げ!」

「了解!」

「ルッツはあたしと共に来い!ノースポイント空軍基地に向かい、グリフィン(最新鋭の局地無人観測機。架空兵器)による周辺地域の直接捜索を要請しに行く!」

「ぐ、グリフィンですか?!し、しかし!大尉がここを動かない方が…」

「内部電源を抱えるEva同士の戦いは短期即決が基本だ!通信が回復するのを悠長に待っていたら勝負は付いてしまう!時間が惜しい!グリフィンを使って前線で指揮を執る体制を作る!行くぞ!」

「は、はい!」

戸惑うルッツの返事が終わらないうちにミサトは吹き荒れる吹雪の中に飛び出して行った。ルッツが慌ててミサトの後を追う。矢の様に鋭い雪がミサトの頬に容赦なく突き刺さってくる。

「これを一番危惧していたんだ…アスカ…死ぬな…」
 


余談だが…

レーダー技術の発達が著しい現代戦争において実質的に偵察機等で直接索敵する意義は消滅している。しかし、レーダーでは完全に把握出来ない地上戦力などは陸上部隊の目として小型の観測機を運用している。観測機は偵察機と用語が区別されている。

閑話休題。
 




話は少し遡る。

防衛拠点まで戻ったアスカは雪に半ば埋もれかかっていたアンビリカルケーブルを引き出すと背中に取り付けた。

防衛拠点を中心にして半径1km圏内には12箇所の外部電源供給ポイントが演習に先立ち国連駐留軍により敷設されていた。人型決戦兵器同士の戦いはそこから類推しても攻撃の最終段階で投入される可能性が極めて高かった。

アスカが頑なに弐号機から降りることを拒んだのはミサトが指摘するところの執着心以外に戦場に立つパイロット独特の野生の勘の様なものも働いていたのである。

アスカ自身にも明確に自覚はなかったが神出鬼没の強敵と対峙しなければならないという極度の緊張を長時間強いられて精神的な疲労はピークに差し掛かっていた。

これが使徒と呼ばれる未知の敵との実戦だとしたら…一体どうなるのかしら…

アスカは小さく肩で息をしていた。表示させていた演習の残り時間は40分を切ろうとしていた。

あと40分凌げば…アタシ達の勝ちだ…

アスカは戦車隊の動きを急いでチェックする。エヴァの索敵システムはこの風雪でもフェンリルの動きを明瞭に捉えていた。再び戦車隊特有のV字型隊形が組まれて進撃を開始している。

「来る…もうレオパルドの射程に入る…嫌だな…」

人を殺さないで相手の戦闘能力を奪うのって…こんなに難しいのか…

アスカは操作レバーを握り締めたままかつて自分がトレーニングセンターに入所して間もない頃にシュタインと乱闘を演じて二人とも地下の独房に3日間入れられたことを思い出していた。

アスカは独房から出される時、ミサトが自分の肩を掴んで投げかけてきた言葉を噛み締めていた。


「ラングレー、理性なき力は暴力だ。暴力に身を委ねる人間はいずれ自分が信奉したその暴力によって滅ぶ事になる。紛争に限らず争い事っていうヤツは始めるのは簡単だけどそれを収める事ははるかに難しく、そして相手に残した禍根は一生消えないことだってある。だから人類の争いは際限なく繰り返される。お前だけに厳しく当たるわけじゃない。これは候補生全員にあたしが等しく伝えたい事だ。Evaという唯一絶対の力を手にした時、魂の座につく者が理性を失えば暴走する野獣も同然…それは人類を救うどころか滅ぼす事になる…」

「でも…あの下種野郎は…アタシの…アタシの髪を…」

「厳しい言い方だが髪はまた伸びる…そして顔のアザはいつか消える…だが…心に残った傷はいつまでも癒えない。その拳を振るえば胸が痛む筈だ。そして心が苦しいだろう。髪を切られた傷がお前にある様に相手にもまた傷が残る…」

「先に仕掛けてきたのはアイツの方よ!!アタシは悪くない!!自分の身を護るのがいけないなんておかしいわよ!!そんなの綺麗事よ!!」

「確かにな…力を振るうのが商売の我々だ…あたしが言っていることが綺麗事なのは子供のお前に言われるまでもなくよく分かっているし否定もしない。だが、綺麗事や理想論は軍の暴走を抑止するシビリアンに通じるものでもあるんだ。それが力の均衡や抑止力兵器という政策を形作る。それはそのまま人間と人間の生々しいやり取りにも繋がっていくんだ。だからあたしは敢えてお前に言うんだ」

「大尉は…大尉はアタシに言ったじゃない!アタシに力を与えてくれるって!復讐出来る様にって!それでアタシは運命を切り拓くんだから!」

「ラングレー…どうやらお前はまだ頭が冷えていないみたいだな…ルッツ!こいつに拘束具をつけて床に転がして置け!更に拘留を延長する!」

「い、いやよ!!やめてよ!!大尉!!話を…いやだ!!!離して!!!」

「ラングレー、よく覚えて置け。運命を切り拓くというなら尚の事…お前は力と言うものを根本から誤解している。よく考える事だ。暴走する野獣はいらない…」


「大尉!!」

その時、けたたましい警報がエントリープラグ内で鳴り響く。たちまちアスカの逡巡はかき消される。

「な、何?αバンド通信のロスト!?これは…」

Evaに搭載されている双方向通信システムは指定の通信域をロストした場合、随時、周辺域で使用可能な代替通信波長を自動的にスキャンしてホスト(この場合は本部野営ベースキャンプ)との通信を確保する仕組みになっていた。

無線の通信が困難と判断した時に有線に切り替えるが、そのいずれも使用出来ずにEvaが完全にオフラインになって孤立すると警報を発した。

さらにアスカの目にATフィールドの存在を示すポップアップが飛び込んでくる。

「1、2、3…5体…デクだ…近い…」

アスカは反射的に近くにあったスマッシュホークを手に掴むと氷の山を背にして周囲にしきりに目を走らせた。5体のデクが正面から取り囲む様にしてじわじわと近づいている。

吹雪は更に強まりほとんど視界はゼロになっていた。

一方、進撃中だったシュワルツェンベックは信号弾を上げて全軍に待機を命じていた。弐号機との距離は僅か4kmに迫っていた。

「閣下!αバンド通信をロストしました!周囲に強烈な妨害電波が出ています!」

「伝令兵を使って全軍に暗視システム切り替えを徹底させろ」

「了解しました!」

戦車の中にいた一人の士官がハッチを開けて外に出た瞬間、外の様子を見て転がる様に車内に戻ってきた。

「か、閣下!我が隊の正面を正体不明の巨大な化け物が!!」

血相を変えている士官を一瞥もする事もなくシュワルツェンベックは忌々しそうに顔を顰めた。

「ちっ!あれほど余計な真似はするなと釘を刺して置いたのに…戦場を知らん小僧共め!作戦変更!小僧が暴れ始めたらターゲットに近づけん!全軍そのまま5キロ後退して密集隊形を組め!」

「しかし、閣下…ターゲットは既に我々の射程内です。ここから斉射すれば我々の勝利は…」

「無用だ…これは実戦とは違う…試合に勝っても勝負に負ければ意味はないし…これだけの戦力差をものともせずに勇戦した勇者に対して礼を失する…見事なものだ…大胆に臨機応変な対応する指揮官とそれを忠実に遂行する部隊…兵士とはこうありたいものだ…退け!!」

「はっ!」

再び士官はハッチに向かって梯子を駆け上がり始める。

今回は邪魔が入ったが…いずれ力比べをしたいものだ…

シュワルツェンベックは不敵な笑みを口元に浮かべていた。
 




白いヴェールの中から紫に近い水色の体をした泥人形の様なデクがのったりとした姿をアスカの前に現していた。まるで粘土を適当に人型にした様な不気味な姿だった。

頭部は蛇かトカゲの様に突き出しており顔と呼べる様なものはなかった。目がない分、口がやけに目立っていた。よく目を凝らすと水色の体の中で紫色の液体がまるで循環器を流れる血液の様に流れているのが見える。

「何こいつら…気味が悪い…」

デクは弐号機と同様にスマッシュホークを手に持っていたが5体の間に必ずしも統制が取れていないことにアスカは気が付く。

5体のうち3体はスマッシュホークを両手で握り締めて殺気を漂わせていたが、1体は殆どまともに武器も扱えないのか狂犬の様に落ち着きなく辺りをウロウロしていた。

そして、そんな4体とは少し距離を置いて超然と吹雪の中で立っている1体があった。

スマッシュホークの切っ先は地面に付いている。臨戦態勢を取っていないにも拘らず居合いの様に研ぎ澄まされた波動がアスカに伝わってきていた。

4体は実質的に取り巻きか…あの奥の1体がこいつらのリーダーっぽい…

巨大な氷の山を背にしたアスカもゆっくりとスマッシュホークの切っ先を持ち上げる。残り時間は35分を切っていた。

お互いに隙を伺っていたが突然、狂犬の様だった1体が正面に躍り出ると身の毛もよだつ様な雄叫びを上げた。アスカが身構えるとそのデクはいきなりシュマッシュホークをかなぐり捨てて獲物を狙う狼の様に猛然と突進してきた。四足だった。

「な、何なんだ!コイツ!」

野生の猛獣の様なおぞましい姿にアスカは一瞬不意を突かれる。

デクは弐号機めがけて飛び掛ってきた。アスカが咄嗟に身をかわすとデクの爪が氷の山に鋭く突き刺さる。まるで野犬の様に口を大きく開けると牙をむき出しにして距離をつめてくる。


ギャリリリリーン


金属同士を擦り合わせるような高い音が激しい風に乗って辺りに響く。アスカはデクの繰り出す鋭い爪をスマッシュホークで跳ね上げる。その度に火花が辺りに散る。

始めのうちは黙って1体の動きを見ていた他のデク達だったがやがて前衛の3体が音もなく弐号機の背後に忍び寄ろうとしているのがアスカの目に入った。

まずい…囲まれる…コイツはただのバカかと思っていたけど…アタシを群れの前に引き摺り出すつもりなのか…なら…

「お遊びは終わりだ!!おらあ!」

アスカはスマッシュホークを下から上に思いっきり振り上げてデクの両手を高々と跳ね上げると素早く切っ先を戻して渾身の力を込めてがら空きになったデクの腹に鋭い一撃を突き立てた。


ぐおおおおおおおおおおお!!


断末魔の叫びと共にデクの体から紫色の液体が油田の様に噴出した。デクは堪らず両膝をがっくりと落すがまだ追いすがる様に手を伸ばす。

「止めだあ!うぉりゃああ!」

アスカはスマッシュホークを大きく振り上げると真一文字に走らせた。


ボシュッ


鈍い音と共にデクの首が飛ぶ。

アスカの背後から切りかかろうとしていた3体に振り向き様に弐号機はスマッシュホークを向けて牽制する。3体のデクは一瞬動きを止めた。

その動きを見たアスカは眉間に皺を寄せる。胸の中に疑念の雲がじわりと広がり始めていた。

おかしい…本当にこいつらダミーシステムのリモート操作を受けているのかしら…最初の1体は向こう見ずな獣みたいに襲い掛かってきたけど残りのこいつらには…何か人間に近い思考がある様な気がする…いや知性を持たない獣ならば本能に任せてアタシに襲い掛かってくるタイミングは幾らでもあった筈だ…人間の思考が逆に邪魔をしてタイミングを逸した様にも…

「はっ、来る…」

前衛の3体が一斉にアスカに向かって飛び掛ってくるのが見えた。

左に展開した1体が振り下ろす刃を払いのけ、右の1体が繰り出す足払いを飛び上がってかわす。荒れ狂う吹雪の空に高々と舞い上がった弐号機はそのままクルクルと身体を回転させると中央で身構えているもう1体のデクに向かって空中からスマッシュホークを繰り出した。


ガキイイイイン!!


中央の1体は両手でスマッシュホークを持つと弐号機に向けて掲げてアスカの一撃を跳ね返す。

弐号機が少し離れて着地すると左右に分かれたデクが距離を縮めて来る気配を背中に感じた。アスカが低く身を屈めると下から上にスマッシュホークを走らせる。

弐号機のスマッシュホークはまさに襲い掛からんとしていた右側のデクを下腹部から胸にかけて切り裂いていた。


うわああああ!!


まるで人間の叫び声の様なものが聞こえて来た様な気がした。

「えっ!?い、今の…あああああぐ!」

一瞬、怯んだアスカのわき腹を左側にいたデクのスマッシュホークが抉った。


ぶしゅうううう…


「いっつう…」

アスカは堪らずわき腹を左手で押さえる。弐号機からデクと同じ紫色の液体が噴出し、真っ白い雪原をみるみる染めあげていく。

間髪入れずにデクがアスカに渾身の力を込めてスマッシュホークを叩きつけてきた。右手に握ったスマッシュホークで弐号機はそれを振り払うと反対側に向かって前転する。

仁王立ちしていたもう1体の一撃を紙一重でかわすと再び距離を取った。

「はあ…はあ…はあ…やっぱりヘンよ…大尉…アタシ…」

悩む暇もなく二体のデクが猛然とスマッシュホークを振り上げてアスカに向かってくる。もう1体のデクは相変わらず戦いに参加する様子を見せていなかった。

それがかえって不気味な雰囲気を醸し出していた。

「大尉…アタシに…指示を…はあ…はあ…」

2体のデクが交互に繰り出す激しい攻撃を弐号機はじわじわと氷の山に向かって後退しながら防いでいた。アスカの迷いは弐号機の動きを鈍くして防戦一方の展開を強いられていた。

2体のデクの内、向かって左側のデクは背中に取り付けたアンビリカルケーブルを振り払わんばかりに左右に身体を激しく動かしていた。力は強いが無駄の大きいその動きにアスカはどこか見覚えがあった。

あいつだ…何か…ライナー・シュタインに似てる…動作の一つ一つが大きくて必ず攻撃しているうちに熱くなってきて…特に左側のガードが甘くなる…

アスカは氷の山に追い詰められる。それを見た2体は我が意を得たりとばかりに勢いを増して突進してきた。

そうよ…いやなヤツだった…大尉に連れて来られた初めの頃のアタシは…アイツを殺すことばかりを考えてきた…敵は殺す…復讐するんだと…そうアタシに教えてきたのは大尉の方なのに…敵を倒そうとしたアタシに力は暴力だと言って制裁を加えるのも大尉だった…

アスカは自分の鼓動がどんどん早くなって行くのを感じていた。切られた右のわき腹が熱くなり鈍い痛みが走っていた。

追い詰められて…殺されかけて…アタシの人生…いつも我慢ばかり…運命は苦渋に満ちていた…だから…アタシは切り拓く事にしたんだ…アタシは大切な宝物すら奪われてきた…加持さん…生きるわ…アタシ…だってアタシは…

「ここで生きてるんだから!!!」

アスカは叫びながら突然氷の山を背にする前にそそり立つ絶壁に向かって飛び上がる。さらに氷の壁を踏み台にして殺到する2体のデクの頭上に向けて更に高く飛んだ。

「死ね!!!敵は死ね!!!死んでしまええ!!!」

デクの背後に降り立ったアスカはスマッシュホークを振り上げる。不意を突かれた1体がそれを避けようとして反射的に右腕を出すが、アスカは右腕もろ共、躊躇なく脳天を叩き割った。


ぐしゅうううう


鈍い音と共にデクの頭部は木っ端微塵に吹き飛んでいた。そして…

「お前はいつも左が甘いんだ!!」

続けざまに残りのデクの左脇腹に刃を突き立てていた。


があああ!!!!ムタアアアアア(Mutter)!!!!


デクは真っ二つになるとぐったりと動かなくなった。


ぶしゅううううう


左右から返り血を浴びた弐号機は血の様な紫色の液体を全身から滴らせながらゆっくりと最後の1体に向かって歩を進めていた。

アスカは血走った目で最後のデクを睨みつけると血を振り払う様にスマッシュホークを二度、三度と振ると切っ先をゆっくりとデクに向けた。

「後は…お前だけだ…構えろ!!」

最後のデクは静かにアスカを見詰めていたがやがてスマッシュホークをゆっくりと持ち上げる。たちまち両者の間の空気が張り詰めて行く。

コイツ…只者じゃない…

アスカは右足を僅かににじって間合いを計り始めた。

雪は一層激しくなる。

まるで決闘のファンファーレを奏でるかの様に。






一方、ミサトは国連軍の指揮装甲車に乗って防衛拠点に向かっていた。ミサトに先立つ様に三機のグリフィンが飛び去っていた。

「嫌な予感がするわ…アスカ…早まるんじゃないよ…」

ミサトは首から提げていたクロスのペンダントを握り締めていた。
 
 
Ep#08_(26) 完 / つづく

(改定履歴)
9th Sept, 2009 / 表現修正
24th Jun, 2010 / ハイパーリンクのリンク先を修正
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