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新世紀エヴァンゲリオンの二次創作物、小説「Ihr Identität」を掲載するサイトです。初めての方は「このサイトについて」をご参照下さい。小説をご覧になりたい方はカテゴリーからEpisode#を選んで下さい。この物語はフィクションであり登場する人名、地名、団体名等は特に断りが無い限り全て架空のものです。尚、本ホームページに使用した「新世紀エヴァンゲリオン」の画像は(株)ガイナックスのガイドラインに沿って掲載しています。配布や転載は禁止されています。
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第27部 N-30 / 雪原の涙(後篇) そして…

(あらすじ)

世界の果てで…地獄の時代に生まれた子供たち…運命の再会はあまりにも残酷だった…
「僕は運命に導かれただけ…だから…こうして巡りあえた…」
「アイン…」
「やはり主に感謝を捧げてよかった…聞こえるかい?打ち震える歓喜が…」

そして…

針の様な鋭い雪がほぼ地面に垂直に吹き荒れる。

雪原が紫に染まり、あちらこちらに妖しい血溜まりの様なものを作っていた。4体のデクは身動き一つしなかった。劈く白い風が慰撫するかのように吹き抜ける。

弐号機と残り1体となったデクは静かに睨み合っていた。アスカはスマッシュホークをやや上段に構えて少しずつ間合いを詰めて行く。

デクは切っ先を僅かに下ろして下段に構えながら横に足をずらしていた。両者の間は弧を描きつつもじわじわと縮まる。そしてどちらからとも無くピタッと動かなくなった。

「そっちが来ないなら…こっちから行くまでだ!!うおおお!!」

遥か彼方で氷の崩落する轟音が聞こえて来た。新しい氷に押された古い氷の壁が崩れる音だった。まるでそれを合図にする様に両者はお互いに走り始めた。

「うらああ!!」


ガキイイイーン!!


アスカは上段の構えを中段に戻すとデクに向かって一撃を繰り出した。デクは下段からそれを跳ね上げるとアスカのわき腹に鋭く刃を走らせる。アスカは上から叩きつけてそれをかわす。

両者は鍔迫り合いの音を世界の果てで何度も響かせる。そのたびに火花が散った。刃を合わせているうちにアスカは自分の背中に冷や汗の様なものが流れるのを感じていた。

アタシの動きが読まれてるのか…向こうの動きの方が早い…なんて機体制御なんだ…まともに渡り合ってたら…

「ならば…これはどうだ!!」

アスカはデクのスマッシュホークを跳ね上げるとデクの懐に踏み込み柄を鋭くデクの鳩尾に突き入れる。まさに紙一重。デクはアスカの繰り出した柄を右手で掴む。鈍い衝撃がアスカに伝わってくる。

「な、何!?」

アスカはスマッシュホークを自分の方に引き戻そうとするが柄を掴んだデクはそれを離さない。


ぐおおおおおん!


雄叫びと共にデクが左腕一本でスマッシュホークをアスカの頭上めがけて振り下ろしてくる。

しまった…殺(や)られる…

アスカの背筋に冷たいものが走る。デクは一瞬躊躇いを見せた。

「しめた!どりゃああ!!」

アスカは咄嗟に右足でデクの腹を蹴り上げて素早くスマッシュホークをかわした。顔面に空を切り裂く風を感じながら再び間合いを空ける。デクは左右の手にスマッシュホークを持っていたが弐号機から取り上げたそれを遠くに放り投げた。

アスカは取り付けられたばかりのウェポンラックからプログナイフを取り出すと静かに右手で構えて正面のデクを睨みつける。

「はあ…はあ…はあ…つ、強い…この機体制御…アタシよりもはるかにシンクロ率が高い…」

デクがゆっくりとスマッシュホークを下段から中段に構える。

コイツ…やっぱり只者じゃない…でも…どうしてさっき一気に振り下ろさなかったのかしら…アタシに致命傷を与えられた筈なのに…

首筋から背中にかけてまるで重い荷物を背負わされた様な疲労を感じていた。Evaのパイロットはシンクロ中の機体を首筋、背中、そして腰の線を中心に全身を使って操縦するため、長時間のシンクロは精神の疲れと同時にそれらの肉体の部位を酷使した。

演習終了時間まで20分を切っていたがもはや両者とも目の前の相手以外のものは眼中に入っていなかった。

突然、3機の飛行物体がこちらに近づいてくるのをレーダーが捉える。

「こ、今度は何?!これは…グリフォンだ…」

氷雪地帯向けに白い塗装を施された無人観測機がゆっくりと近づいてくる姿がレーダー画面からポップアップされる。

陸上部隊の目として使われる局地型観測機…まさかαバンドの使えないフェンリルがこちらの動向を…まずい…アタシが手負いで尚且つコイツ1体に手こずっていると知れば折角後退したアイツらがまたやって来る…とにかく…この姿を見られるわけには行かない…

「一刻の猶予もない…ならば死なば諸共だ!お前も道連れにしてやる!うらあああ!!」

アスカは左手にもプログナイフを持つと再びデクとの間合いを詰めていく。デクは中段からスマッシュホークを近づいてくるアスカに向かって鋭く一撃を繰り出す。


ギャリリイイイイン!!


右手のプログナイフでそれを受け止めると間髪入れずに左のナイフをデクに走らせる。デクはスマッシュホークを素早く還してアスカのナイフを跳ね返す。

「おら!おら!おら!おらあ!」

アスカは両手に持ったナイフを次々に繰り出す。デクは両手で短くスマッシュホークを持つとアスカの凄まじい攻撃を後ずさりしながら受け止めていく。アスカが僅かにナイフのラッシュの速度を鈍らせる。それを好機と見たのか、デクはスマッシュホークをやや長めに持ち替えると鋭く一撃を弐号機の胴回りめがけて繰り出してきた。


ガシイイン!!


アスカはプログナイフを交差させるとデクの一撃を受け止める。ナイフで逆にデクのスマッシュホークを挟むとデクの懐に弐号機は体を入れてぶちかます。

「今度はこっちだ!出来損ない!」


ボス!ボス!ボス!


弐号機のウェポンラック上部から無数のニードルがデク目掛けて飛び出してきた。デクは上体を華麗に反らしてニードルをかわす。

「な、何!?このタイミングで…あれをかわせるのか?!」

デクはそのまましゃがみ込むとアスカ目掛けて足払いを入れてくる。アスカは飛び上がってそれをかわすとデクの背後に回りこむ。デクは片手持ちのスマッシュホークを低空で今度は繰り出してくる。アスカはそれをバク転で鮮やかにかわす。着地と同時にアスカは右手のプログナイフをデクの額目掛けて投げた。


キイイイイイン!


デクは紙一重でスマッシュホークを使ってそれを跳ね返す。

グリフォンが更に近づいてきていた。Evaはあと少しでグリフォンの有効索敵範囲に入る事を警告していた。

「あっちで決着を付けるぞ!こっちへ来い!」

アスカはまるで他人の様に疲労しきって重たい身体に鞭打つように演習の防衛拠点から北東に向かって走り始めた。

デクもその後を追って来る。




弐号機とデクが走り去って程なくしてグリフォンが防衛拠点上空に現れた。そしてその後に続く様に国連軍の装甲司令車が吹雪の中からその姿を現す。

「よし!ここで一時停止だ!グリフォンが集めた情報を収集する!」

「了解しました!」

装甲司令車の内部には最新鋭の電算システムを具備されており各種データ解析や空軍兵器との連動でサイバー攻撃も可能になっていた。

グリフォンが装甲司令車に向かって通信ケーブルを下ろしてきた。通常は無線でデータのやり取りをするが妨害電波が照射される作戦地域などでは有線によるデータ転送を状況によって選択できた。グリフォンは小型の
VTOL推進システムを備えているためその場で滞空することが可能だった。

グリフォンから送られて来る防衛拠点周辺の様子を食い入るように見ていたミサト達はその惨状に驚愕する。

「こ、これは!何なんだ!」

「防衛拠点の北側2km圏内に4体のデクらしき残骸を確認!全て…破壊されています…」

まるで人体を切り刻んだ様な生々しい光景に百戦錬磨の猛者たちも思わず顔を背けた。ミサトも無意識のうちに口を右手で覆う。あまりに凄惨な命のやり取りがあったことを忍ばせる。戦場を知る者たちだからこその感覚で容易にそれが想像できた。

これが…Eva同士の戦いか…まるで生身の人間同士が原始的な殺し合いをした後のようだわ…もしこれが実戦だったらどうなる…

装甲司令車のすぐ手前には頭部を潰されたデクの残骸があった。背中にエントリープラグが挿入されているのがモニターを通して確認できた。視力2.0のミサトは目を見開いた。

エントリープラグの後方に「2013」の刻印が入っているが見える。

「バカな…ちょっと待て!あの正面のデクの残骸を拡大しろ!2013型エントリープラグ(有人型)が見える!」

「え、2013型?そ、そんなバカな!!あり得ませんよ!ダミープラグで起動する事になっていた筈ですよ?」

ミサトの後ろで凄惨な場面を見て深呼吸していたルッツが駆け寄って来た。

「2014型の開発に関わったこのあたしが言うんだ!間違いない!あれは2013型だ!おい!何やってる!急いで拡大しろ!」

「は、はい!拡大及びノイズキャンセラー起動!こちらのモニターに写します!」

慌てて国連軍のオペレーターが手元のキーボードを叩く。そして…映し出された光景にその場にいた全員が声を失う。

半ばむき出しになっていたエントリープラグは上部の3分の1の高さが無残に潰されており、円筒形の筐体のあちこちからL.C.L.と思しき液体が噴出していた。デクの機体とエントリープラグのダメージの程度を見ればパイロットの生存がほぼ絶望的な状態にあることは明らかだった。

事故で候補生を失った事もあるミサトたちはデクと弐号機の戦闘がもたらした意味をこの世の誰よりも把握していた。

「間違いありません…2013型プラグの…2号機です…」

「ク…クルツ候補生のプラグがなぜここに…バカな…有り得えないわ…ルッツ…ルッツ!おい!ルッツ!!」

「は、はい…」

ミサトの隣で呆然自失状態だったルッツはミサトに軽い平手打ちを受けてようやく目の焦点が合う始末だった。

「しっかりしろ!少尉!何やってるんだ!!」

しかし、かく言うミサトの膝頭もガクガクと震えていた。ここはエアコン完備の装甲車の中だ。-50℃という極地の寒さのせいでは少なくともなかった。

だ、ダメだ…さすがにあたしも動揺している…顔見知り同士が殺し合うなんて…しかも…年端もいかない子供同士で!!こんな悲劇があるものか!!こんな状態でネルフのスタッフを投入すると動揺で二次災害につながりかねない…

「ワーレン伍長…」

「はっ!大尉殿!」

ミサトの後ろに侍っていた巨躯の若い国連軍兵士が駆け寄ってきた。ミサとは務めて平静を装っていたが顔は殆ど血の気を失っている。ワーレン伍長は只ならぬ雰囲気を悟った。

「すまんが…貴下の分隊で周辺のデクを調査してくれないか?絶望的状況だが一応…生存者があれば回収してくれ…」

「了解しました!サー!」

ワーレン伍長が小銃を掴むと極寒の世界に飛び出して行き、装甲司令車の後を付いて来ていた歩兵輸送装甲車に駆け寄って行くのが車の窓から見えていた。ミサトは自分を落ち着かせる様に大きく深呼吸すると心配そうにその様子を眺めていた国連軍のオペレーター達に指示した。

「ケーブル切断!再びグリフォンで周辺の捜索を行う!弐号機と残り一体のデクの所在を確認する!戦闘中なら直ちに攻撃中止命令を下す!」

ミサトの声がひっくり返える。まだ動悸が収まっていなかったがじわじわと体の深奥から込み上げてくる感情を感じていた。
 
「了解しました」
 
「それから…」
 
ミサトの身体は怒りで戦慄(わなな)いていた。今にも爆発しそうな感情を必死になって抑えながら静かに口を開いた。
 
「ノースポイントの司令部との交信を試みろ…演習は直ちに中止する…信号弾を上げて付近の国連軍にも伝えるんだ…赤だ…重大事故発生の国連緊急コードを出せ…」
 
「り、了解…」
 
演習終了時間まで10分を切っていたが誰も何も言わなかった。ミサトの静かな怒気が部屋の空気を余計に重たくしていた。
 
 
 
 
アスカは2回目のアンビリカルケーブルの交換を行っていた。弐号機に僅かに遅れてデクも差替えをする。デクの差替えが終わると両者は再び向かい合う。

辺りは一転して原始の様な剥き出しの巨大な氷が林立する異様な光景が広がっている。凍りつく前のフィヨルドの入り江らしい。氷の下には大地がある。

「はあ…はあ…ここまで来れば邪魔は一先ず入らない…」

抉られたわき腹が火の様に熱かった。アスカは自分の体力の限界に差し掛かっていることを察知していた。

デクは完全破壊が条件…

昨夜の作戦会議でのミサトの声がアスカの右耳にまだ残っていた。

いいか…戦場では敵は躊躇なく屠れ・・・さもなければ死ぬのはお前だぞ…フロイライン・・・

「大尉…加持さん…」

アスカは右手に残った一本のプログナイフをゆっくりと目の高さまで持ち上げると静かに正眼に構えた。

これが多分・・・アタシの最後の攻撃になる・・・この一撃に賭けるしかない・・・コイツは手強い・・・まともに組めば勝ち目はない・・・

「ハナから無傷で済むなんて思ってないわ・・・肉を切らせて骨を断つ・・・腕の一本くらいお前にくれてやる!!覚悟しろ!!」

アスカは全身から殺気を漲らせていた。一撃必殺の気配を敏感に感じたデクもゆっくりとスマッシュホークを中段からやや上段に構えると混元一気、先天真陽の気を練る。

両者は相手を睨んだまま静かに間合いを図り始めた。

ヤツも必殺の構えだ…この一合で全てが決まる…

両者の足が止まった。アスカは僅かに腰を落す。極限まで高まる集中力。耳を劈く白い風の叫び声はどんどん遠ざかっていく。

運命を…運命の扉を…開け放つ…その向こう側にあるものを掴むのみ…

「うおりゃああああ!!」

弐号機とデクは同時に雪を蹴った。

「死ねえええええええ!!!」

デクが上段から中段に鋭い一撃を放つ。弐号機の左上腕をスマッシュホークが切り裂いていくがアスカは全く怯むことなくデクの懐めがけて突進する。

プログナイフがデクの右肩から袈裟切りにする。


ぶしゅうううう!!


双方からおびただしい量の紫の血がほとばしる。両者は尚も離れることなく抱き合ったまま紫に染まる雪原にがっくりと膝を落とした。

アスカは左腕の激痛に耐えながら霞む目でデクを睨み突ける。深く切り裂いた傷がコアに達した手応えを感じていた。

「やった…」

アスカはエントリープラグの中で意識が朦朧としていたが目の前のデクの肉体が突然崩れ始めた。顔のない頭部が溶けた蝋人形の様に行く筋もの糸を引きながらゆっくりと落ちて行く。脳髄付近からエントリープラグが露出しているのが見えた。

Evaのモニターで2013型エントリープラグの5号機であることが分かった。

「ウソだ…どうして…どうして!あり得ないわ!そんなバカな…」

トレーニングセンターで2013型プラグの5号機はクラウス・コールが使用していた。アスカは頭を抱えて操縦席の上で体をガタガタと震わせ始めた。歯もカタカタと鳴っていた。

「ひっ…ひっ…い、うう・・・ウソだ…ウソだ…ウソだよ…」

デクに挿入されていたエントリープラグのハッチが突然開いた(2013型はハッチが一つしかなかった)。オレンジ色のL.C.L.が湯気とともに噴き出す。アスカは驚いて思わず身を乗り出す。

「ク…クラウス…クラウス!生きていたの?!」

弐号機がゆっくりとデクの内部を覗き込むようにして近づく。ハッチからびしょびしょに濡れた銀髪と青い目をした一人の少年が現れた。その見覚えのある顔を見てアスカは絶句する。少年はまるでアスカに微笑みかける様ににっこりと笑みを浮かべていた。

「どうやら…ここまでの様だね…エリザ…」

鋭く細い針の様な雪が容赦なく降り注いでいた。

「あ…アイン!!」

アインと呼ばれた少年はエントリープラグからよろよろと出て来る。顔色が優れないのがモニター越しにも分かった。

「ぐは…ゲホ…ゴホ…」

足を取られたカヲルはエントリープラグから転がり落ちる。カヲルの身体はもはや流砂の中にはまり込んだ様にデクの素体の中に半ば埋もれていた。滝の様に頭部が落ちた首からあらゆる生体物質が流れ出ていた。

「アイン!ウソよ…こんなのって…アイン…どうしてあなたがここに!早く手を!」

アスカが咄嗟に弐号機の手をデクの首の部分に寄せた。カヲルは弱弱しく弐号機の小指に捕まるとゆっくりとよじ登り始めた。弐号機の掌の上に大の字に寝転がったカヲルは苦しそうに全身で息をしていた。

「アイン!ちょっと待ってて!今、プラグをイジェクトしてそっちに行くから!」

「だ…駄目だ!ここに来ちゃいけない!コアを損傷したデクの動力機関が制御を失いつつある!いつ爆発するか分からない…ヒトには…君には…まだ未来がある…未来という希望が…君は生きなければいけない…その命がある限り…」

「で、でも…」

「じ、自分でも…分かるんだ…さすがにこれは僕でも治せそうにない傷だってね…そんなことより…エリザ…その引き金を引くんだ…僕は主の求めに従って…旅立とう…神なる国へ…」

「そんな…そんなこと…出来る訳ないじゃない!」

今、操縦レバーの引き金を強く引くことは掌の上にいるカヲルを絞め殺すことを意味した。

「悩んでいる時間は…ないんだ…僕をここで見てしまったと知れたら…君も…危険だ…Seeleに殺されてしまう…君と僕たちの戦いは…妨害電波が発生して全ての通信がロストしても付近に仕掛けられている無数の小型デジタルカメラで記録されているんだ…だから…僕を殺すんだ…」

「ころ…あんたバカぁ!?何バカなこと言ってるのよ!」

「僕は…今日…ここで死ぬ事になっているんだ…僕のゲノムは全て解析され…ダミープラグはもうじき完成する…そしてリリンはアダムより生れしリリンの下僕(しもべ)も作った…もう…僕が生きている必要はないんだ…後は(使徒として)始末されるのを待つのみ…それが僕の運命だったらしい…」

「いやよ!そんなの!絶対いや!どうしてあなたが死なないといけないのよ!いいから!早く!」

「僕は運命に従って生きるのが宿命なんだ…運命に抗えば…余計に自分が傷つくだけなのさ…」

「う、運命に…」

カヲルの言葉がアスカの胸に突き刺さる。

運命に抗えば…自分が…傷つく…

「さあ…殺してくれ…これは君が望んだ事なんだ…」

カヲルは上体をゆっくりと起こすと弐号機を見上げていた。

「ア…アタシが…そんな訳ないじゃない!どうしてアタシが…」

「その覚悟もないのに…君はここに来たのかい?そして運命に抗い…復讐に身を焦がして…自らの手で運命の扉を押し開くつもりだったのかい…?」

アスカは再びエントリープラグの中で頭を抱える。カヲルは目を細めてじっと見詰めていた。

「これは…君の…運命の扉なんだ…歓喜を打ち鳴らすんだ…エリザ…」

「嫌だ…嫌だ…嫌だ…嫌だ…嫌だ…嫌だ…どうしてこんな…ううう…ひっ…ひっ…死ぬなんて…死ぬなんてアタシの前で簡単に言うんじゃないわよ!!バカぁ!!いつもそうやって!!いつもアタシを一人にする!!みんなアタシを一人にすんのよ!!」

アスカは自分の髪をかきむしり始めた。弾みで片方のインターフェースが外れてL.C.Lの中をゆっくりと音も無く漂い始めた。

「僕にとって死は…生と等価値なんだ…」

「生と死が…等価値…あり得ない…あり得ないわ…そんなの!人間の命は一つ…限られてるのよ!それを等価だなんてバカなんじゃないの!?」

その時、南の空から吹雪の音にまぎれて小型VTOLの特徴的なジェットエンジンの音が聞こえて来た。弐号機のレーダーがグリフォンの接近を知らせていた。

「まずい!無人観測機が近づいている!早くしろ!殺せ!早く殺せ!君には未来がある!奏でるんだ!神々しい霊感を歌い上げろ!」

カヲルは凍て付く吹雪の中で叫ぶ。アスカは耳を塞いで激しく左右に首を振っていた。

「アイン…こんなのって…あんまりよ…アタシには出来ない!出来ないわ…アタシには出来ない…」

カヲルは微笑み諭すように呟く。

「エリザ…愛しい人よ…どうして君はそんなに悲しまなければならないのだろう…僕はやはり君に運命に従えと言う他に言葉が見つからないよ…だが…君がゲッティンゲンを出る決意をした時から…もう始まってしまったんだ…もう後には戻れないだろう…後は君が自らの手で運命の扉を開け放つんだ…」

「アイン…アタシは…バカだった…一時の感情に溺れて…それがこんな事になるなんて…こんな事になるなら…アタシ…」

「大丈夫…心配しないでエリザ…神なる場所で…歓喜の聖所で…君を待っているよ…僕達は巡り合う…きっとまた巡り合うだろう…君に…祝福を…」

「アイン!!いや!!一人にしないでよ!!アタシを…」

「さよならは…言わないよ…エリザ…いや…Ev…」


ズゴオオン!!


突然、デクから幾筋もの閃光が迸(ほとばし)る。巨体から炎が噴き上げ始めていた。損傷したコアが動力機関の暴走を制御できず臨界反応を起こしていた。


ぼごおおおおおおおおおおおおおおおおん!!!!!


弐号機はデクの爆発に巻き込まれ、猛烈な爆風と煙がアスカの視界を奪った。弐号機の掌にいたカヲルの姿も見えなくなっていた。

「アイン!!!!!いやあああああああ!!!!!」

アスカの叫び声に呼応するかの様に国連軍標準通信回線αバンドとネルフの有線回線が回復する。

「ガガ…パイロット…フロイライン?生きてるのか?聞こえないのか?今の爆発はターゲットか?至急報告せよ…」

ミサトの悲痛な叫び声がエントリープラグの中で響いていた。アスカは目を見開いたまま頭を一人が抱え込んでいた。

「涙が…涙が出ないの…アイン…ごめんなさい…ごめんなさい…ごめんなさい…ヒック…ヒック…」

「フロイライン!返事をしろ!お前の姿は今、観測機で確認しているぞ!何をしている!この爆発は何だ?無事なのか?演習は中止された!直ちに戦闘は中止せよ!」

3機のグリフォンが弐号機と爆発を起こしたデクの上空で待機していた。辺りにはデクの残骸が飛散していたるところで燻っていた。

全ての通信バンドが回復したためエントリープラグ内の様子も装甲司令車のモニターの一つに映し出される。ミサトはエントリープラグの中で頭を抱えて一人でうずくまって、ガタガタと震えている少女の姿を見て胸を締め付けられた。

アスカ…どうしてこんなことに…死ぬよりも生き続ける方が辛い場合がある…あんた…どうして…あたしのせいだ…あんたを一人にしないって言ったのに…それをあたしは守れなかった…あたしのせいだ…アスカ…お願い…声を聞かせて…元気なの…?

「ラングレー候補生!あたしの声が聞こえないのか!」

アスカ…アスカ…

ミサトはあらゆる感情が混線して目の前で震えている少女にどう声をかけていいのか全く分からなかった。いや、掛けるべき言葉がないにも関わらず叫び続けるしかない自分が虚しかった。やがて…ポツリと今にも消え去りそうな小さな声が装甲司令車に聞こえて来た。

「Captain(大尉)…Mission…Completed…Over…」

余りにも健気なその一言にミサトの後ろで巨人の様な長身のルッツが人目も憚らずに男泣きに泣いていた。ネルフ関係者のみならず国連軍のオペレーターたちも涙を浮かべているのが横目に見えた。ミサトの目からもとめどなく涙が溢れ出てくる。いても立ってもいられない。すぐに飛び出してアスカを抱き締めたいという感情をミサトは必死になって堪えていた。

この演習のすべてはノースポイント司令部に中継され、レセプション会場でValentine Councilを始めとする要人達が固唾を呑んで一部始終を見ている筈だった。そしてαバンドを通して全国連軍の将兵が聞いている。あのゲオルグ・ハイツィンガーも聞いているに違いなかった。

戦略パイロットとその指揮官として師弟は感情を殺して任務を完遂させなければならない。ミサトの次の一言で全てが印象付けられる。

「このバカヤローが!!今まで何をやっていた!戦闘中止命令が出ていた事に気が付かなかったのか!交戦停止の猶予規定時間を5分以上オーバーしているぞ!信号弾が見えなかったのか!!」

優しい言葉をかけることが出来ればどんなに救われるだろう…だが…事情を知らない者が聞けばあらぬ謗りを受けるかもしれない…理不尽で心ない仕打ちを受けるかもしれない…何があっても任務は遂行しなければならない・・・

ミサトは歯を食いしばっていた。やり場のない怒りを抑えながら声を絞り出していた。

「Evaのパイロットが時間の観念を失念するとは何事だ!本当の戦いでは無尽蔵に外部電源があるとは限らないんだ!直ちに帰還せよ!その弛んだ根性を一から叩き直してやる!分かったか!フロイライン!」

「Sir…Yes…Sir…」

「Out(交信終了)!」
 



ネルフのEva中隊によって回収された弐号機からアスカは自力でエントリープラグから出ることが出来なかった。気を失っていた訳ではなかったが顔面蒼白でまるで動こうとしなかった。

治療のために担ぎ出されたアスカは急に暴れ出して二号機から離れるのを頑なに拒否した。やむを得ず鎮静剤を打たれ無抵抗になったところを担架に載せられた。

そしてそのままベルリンに向かって緊急搬送されることが決定された。

ノースポイント基地では演習で勇戦した弐号機のパイロットを一目見ようと輸送機の周囲に国連軍の将兵で渦の人だかりが出来ていた。担架の上で静かな寝息をたてている亜麻色の髪の少女の姿を見たゴールデンイーグルの猛者たちは騒ぐのを止めて静かに目の前を通り過ぎる担架に向かって敬礼を始めた。

「弐号機にあんな子が乗っていたとは…」

「子供だとは聞いてはいたが…」

「デクに乗っていたパイロットは全員…」

「おい!今言うことじゃないだろ…」

アスカを載せたC-130輸送機はゆっくりと滑空を始め日が落ちて漆黒の闇に包まれた氷だけの世界を後にしていた。

恒例となっている軍事演習終了後の両陣営の懇親会を辞退したEva中隊はまるで通夜の様に打ち沈んだ雰囲気の中で黙々と撤収を始めていた。殆ど機材が運び出された人気のない極地対応型テントに一人残っていたミサトは静かに椅子に座っていた。

二重ドアになっている入り口から大男の一団が入ってくるのが見えた。ミサトがチラッと音の方に目を向けると意外な訪問者に驚いて思わず立ち上がった。

「ロ、ローゼングレン閣下…」

細面のローゼングレン大将の後ろにはシュワルツェンベック中将、ファーレンハイト少将、そしてフェルゼン少将というゴールデンイーグルを率いる師団長たちが立っていた。ミサトは慌てて背筋を伸ばすと踵を鳴らして敬礼をする。シュワルツェンベックらに引き続いてゆっくりとローゼングレン大将が返礼した。

「葛城大尉。今回の演習では非常に残念な事故が発生し、貴校が手塩にかけて育てた貴下の候補生3名が殉職するという痛ましい事態になり、衷心より同情を禁じえない」

「いえ…閣下。これは弊方特務機関ネルフ内における意思疎通が不徹底であったことが招いた惨事であり、むしろ閣下と幕僚の諸将のお心を煩わせる結果となったことをお詫びしなければなりません」

「大尉。丁重な貴校の言葉に感謝する。だが、これは貴校の落ち度ではあるまい。むしろネルフの支部長が貴校に…」

やや興奮気味にファーレンハイトが話すのをローゼングレンは静かに遮った。

「大尉。今回の事故に関しては特務機関権限に基き国連軍は一切の介入は出来ないが、もし我々で協力できることがあればいつでも連絡したまえ。出来る限りの便宜を図ろう」

「ありがとうございます、閣下。ですがそのお気持ちだけで…」

そこまで言いかけたミサトは口を紡ぐと少し考える素振りを見せた。ローゼングレンが訝しそうにミサトを見る。

「何かあるのかね?大尉」

「一つだけ…宜しいでしょうか…」

「何だね?」

「フロイラインは…いえ、弐号機正規パイロットの惣流・アスカ・ラングレー候補生はこの度国連軍甲種士官課程を修了致しましたが、やや特殊な家庭事情により未だに正規の軍籍を持っておりません」

「な、何!?あれだけの働きをしているのに軍籍がないなど…とても信じられん…」

フェルゼンが思わず端正な顔に深い皺を寄せて呻く様に呟いた。

「事実であります、少将。つまり…その…非常に申し上げ難いのですが…」

「分かった、大尉。全てを言う必要はない。ならば国連軍統帥本部の資格で貴校に下命する。本日ただ今を持って貴校とフロイラインは我がゴールデンイーグルに軍籍を移せ」

「は!」

「それから貴校らには追って拠るべき本隊を連絡する」

「ありがとうございます!閣下」

ミサトが敬礼する。男達はミサトにそれぞれ敬礼を返すと踵を返した。出口に差し掛かった時に最も激しく渡り合ったシュワルツェンベックが足を止めるとミサトを見た。

「それにしても貴校の卓越した作戦指揮には感服した。聞くところによると貴校はネルフで稲妻と呼ばれているそうだな?」

「い、いえ、それはただのあだ名で…」

「私から言わせればさながらこの北欧で百発百中のミョルニル(トールハンマー)を振るう雷神トールと言ったところだ…そして雪上で華麗に舞った緋色の戦乙女(ワルキューレ)…以後は女トールとでも呼ばせてもらおう」

「女トールと…緋色の…ワルキューレ…」

「再び…どこかで見えよう…貴校の武運を祈る…」

外でシュワルツェンベックを待っていた一行は空を見上げていた。荒模様だった天気は穏やかになっており満点の星にオーロラが見えていた。

「この時期にオーロラとは珍しいな…それにしても…女トールと緋色の戦乙女とは…お前も上手いことをいうものだな…」

ローゼングレンの言葉にシュワルツェンベックはただ二ヤッとしただけで何も答えなかった。
 
 


Ep#08_(27) 完 / つづく

(改定履歴)
16th Sept, 2009 / 誤字、改行修正
24th Jun, 2010 / ハイパーリンクのリンク先修正
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