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新世紀エヴァンゲリオンの二次創作物、小説「Ihr Identität」を掲載するサイトです。初めての方は「このサイトについて」をご参照下さい。小説をご覧になりたい方はカテゴリーからEpisode#を選んで下さい。この物語はフィクションであり登場する人名、地名、団体名等は特に断りが無い限り全て架空のものです。尚、本ホームページに使用した「新世紀エヴァンゲリオン」の画像は(株)ガイナックスのガイドラインに沿って掲載しています。配布や転載は禁止されています。
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第7部 Jeux interdits 禁じられた遊び (Part-1)  / 渚カヲル


(あらすじ)

日本に着いたカヲルは本部に向かい、そこでミサト、そしてレイに会う。
「久し振りに会ったのに冷たいんだな…リリス…」
「あなた…誰…」
不思議な少年カヲルの登場はやがてシンジの運命にも波紋を広げていく。


愛のロマンス / 映画「禁じられた遊び」より

話は少し遡る。

冬月とミサトは本部の地上棟から医療棟に繋がる長い廊下を並んで歩いていた。その後ろを数歩離れて日向が二人を追いかけている。

三人は入院しているレイとアスカの見舞いを兼ねてチルドレン関係の人事を伝えるつもりだった。

アスカ拘留の事実はいつまでも秘匿できるものではなく、拘留後の身辺の世話に関わった女性職員の間での噂話がみるみる拡大して行き既に公然の秘密状態になっていた。

「え?そ、それじゃ…アスカはドイツに送還ということじゃなくて…」

「ああそうだ。このところレリエル、バルディエルと立て続けだったせいでゆっくり君と話す暇(いとま)もなかったからな、そのせいで少々誤解を与えたかもしれん。元々そういう意図(ドイツに強制送還)は碇にもない筈だ。それに今回の第
13使徒戦で苦戦はしたものの見事に殲滅に成功した。敢えて今、弐号機を降ろす理由はない。それに…」

フィフス着任と同時にアスカが送還されると思っていたミサトはほっと胸を撫で下ろしていた。冬月は一呼吸置くと真顔でミサトの顔を見た。

「私もセカンドには同情を禁じえない一人だ…まあ加持の一件でスパイの嫌疑がかかってはいるがこれまで忠実に任務を遂行してきたしな…」

「副司令…」

ミサトは少し意外そうな顔つきをして冬月を同じ様に見ていたがすぐに正面に視線を戻していた。

どういうこと?司令と副司令とリツコの三人は油断ならないと思っていた…松代にあったお父さんの職場の同僚でもあった副司令だけど司令との繋がりはかなり深い感じがしていたが…でもまあ確かに…この人のとりなしがあるからうち(ネルフ)はどうにか組織の呈をなしているという側面もある…

それだけに今の発言…司令と副司令の間は必ずしも一枚岩ではない、ということなのかしら…だとすれば…これは後々使えるかもしれない…

冬月が今度はチラッとミサトに探るような視線を送ってきていた。

「そういえば北上君から連絡を受けているんだが…いつまでも国連軍の大尉を拘留し続けるわけにも行かんだろうな…それにしても驚いたな…君たちの突然の進級と特殊機甲師団への編入には…それについて統合本部のローゼングレン大将からは何か…辞令の他に聞いているのかね?」

「いえ…正直申し上げてあの辞令一枚で他には何も…」

ミサトの様子を見ていた冬月は小さくため息を付くと再び視線を正面に戻した。

「そうかね…細かい話は任地で行うと言ったところか…まあ軍ではそう珍しい話でもないだろうがな…しかし、(人類補完)委員会との行きがかり上、君は二足の草鞋(わらじ)を履いてはいるが元を糺(ただ)せばこちら(ネルフ)に志願して入省した人間だ。進級の件は問題ないとしても任地に赴くというのは少々難しい部分もある」

ミサトは黙ったままだった。ミサトと冬月の間に微妙な空気が流れた。

要は使徒を全て倒していないのに抜けられるのは困る、といった所か…偽らざる本音よね…自惚れるつもりはないけどあたしじゃないと現場は統率出来ない…

司令もある意味で優れた指揮官ではあるけどあたしと決定的に違うところがある…それは無情なまでに犠牲を厭わず計画遂行を優先すること…初めはただのど素人オヤジと思っていたけどそれとはやはり違う…

あたしの勘が正しければ司令はハナッから短期決戦で生き残る事を前提としていない…志は壮なりとはいえ…これじゃ正直、下に付く人間は溜まったものじゃないし…それではやはりトップのエゴとの誹(そし)りは免(まぬが)れないだろう…

それが現場を制御できない最大の要因…兵士は生き残るという本能で生きている…隠してもそれは敏感に嗅ぎつけるものだ…あたしが必要になる所以でもある…

表面上は強硬な態度を崩さない司令だけど今回(松代)の一件で認識を変えざるを得ないだろう…通常兵器とは言っても多方面作戦を展開されればうち(ネルフ)では全く歯が立たないという事は骨身に沁みた筈だ…政情も不安定で普通に考えて戦自のみならず国連軍との関係をこれ以上悪化させるのは今のタイミングでは不味いと考えないバカはいない…

アスカ釈放の圧をかけるのはこのタイミングを置いてない…この読みは外れない…

ミサトが重々しく口を開く。

「小官も生半可な気持ちでジオフロントにやって来たつもりはありません。人類の敵である使徒を全て倒す事は命を賭して貫徹すべき使命であると同時に…それは小官の悲願でもありますので…それを途中で投げ出すつもりは毛頭ありませんが…アスカは…いやセカンドチルドレンは小官にとって…」

ミサトはそこまで言いかけて言葉に窮した。

ちっ…適当な言葉が浮かばない…何というべきか…ここで私情を差し挟めば元も子もないしな…

ミサトの後を受けて冬月がミサトを見ることなく言う。

「まあ…その気持ちは分からんではない…セカンドは君が手塩にかけて育てた戦略パイロットだ…ある意味でミサト君の分身でもあるわけだしな…ネルフとしても君たちが抜けた穴が埋められるとは思ってはおらん…とにかく穏便な形で出来るだけ早期にセカンドが自由の身になる様に努力する、というところでどうかね?」

それで手を打てということか…あたしがあの辞令をアスカの釈放とバーター(交換条件)にかけているというのは分かっているだろうしな…しかし…強硬な態度を示して警戒されるのも得策ではないし…さりとて今のままでは意味がない…ここが潮目というわけだ…

「副司令にそれを保証して頂ける…という事であれば…」

敵もさる者だな…老人どもより遥かに手ごわい…ここが我々サイドの譲歩の限界であると見抜いているというわけだ…最低でも私の言質だけでも取り付けたいということか…百発百中の戦槌(
ミョルニル。別名トールハンマー)を縦横無尽に振るうだけではなく智略にも富むというThor(北欧神話の雷神)の異名は伊達ではない…

「分かった…約束しよう…」

「ありがとうございます」

冬月はちらっと二人の後ろを付かず離れずの微妙な距離で歩いている日向の姿を見る。

日向君を連れてきたのは証人にするためか…全く見事なものだ…不器用だった父親(葛城ヒデアキ)とは似ても似つかないな…この機知があればあるいは…

「それはともかくとして…フィフスチルドレンは明日、第二新東京国際空港(旧松本空港)に到着する筈だ。到着後すぐに君の指揮下に入る予定だから後は宜しく頼む」

「分かりました。あの副司令…ついでにもう一つ宜しいでしょうか?」

ミサトは初め躊躇っていたが意を決したように冬月を見る。

「大破した参号機をこちら(セントラルドグマ)に持ち帰るや否や狙い済ましたように特別監査部の調査団が参号機査察に訪れました。査察完了次第、参号機の復旧作業に入る予定とはいえ…あの状態ですから戦列復帰にはどう急いでも
2ヶ月はかかると思います」

「落ち着いた見通しだな。まあ…いいところだな…」

「となるとフォースはおろかフィフスでさえも
Evaの搭乗機会に恵まれずに予備役滞留が長引く可能性があります。代替要員としての期待は勿論理解できますがそれでも機体とパイロットのスワップには先般の第3射出エリアでの暴走事故(
Ep#04_3)のことを考え合わせれば現場サイドとしては正直なところ理解に苦しみます」

「ミサト君…君の苦労は分かっているつもりだ…
Evaのパイロットだ、チルドレンだと言っても所詮は子供だからな…子供を戦闘に巻き込むのは倫理的な意味での抵抗が付きまとうだろうし…統率も難しいが故にどうしても手を汚すような事もあるだろうしな…色々な壁もあるだろう…」

「はい…私も初めのうちは心を鬼にして割り切っていたつもりでしたが…」

「情が移る…か…」

「否定はしません」

「雷神にも情け、というわけかね?ははは」

冬月も本気で可笑しい訳ではなく何処か乾いた笑い声だった。

「まあ…予備役になる予定のフォースはともかくフィフスは同じ予備役でも少し意味が異なる。とりあえずは
Evaチームの運営をよろしく頼む。これは間違いなくこの世で君にしか出来ない事だ」

「はあ…」

ほとんど生返事だった。やがて大人たちは少女達の病室の前に立つ。

年頃の子供達を使って使徒と戦うあたし達…その子供を束ねるあたしという存在…不謹慎かもしれないけど禁じられた遊びに興じる子供達を眺める大人とは一体何者なのか…

初めに病室の扉に手をかけたのはミサトだった。
 





箱根の空に濃い灰色の雲が久し振りに垂れ下がった金曜日。

朝のホームルームに訪れた担任の最上からアスカの退学(編入許可取り消し)が告げられると第一中学校の
2A組の教室で驚きの声が上がっていた。昨日、事前にミサトからその事を聞いていたシンジとトウジは驚きはしなかったもののざわめく教室の中でどう反応していいのか分からず複雑な心境を噛み殺していた。

シンジは今にも振り出しそうな鈍色の空を眺めながらミサトと交わした会話を思い出していた。

「シンちゃん、ちょっといいかな?」

「は、はい・・・」

シンジはミサトから怒鳴りつけられることを覚悟していた。さっき訓告処分を申し渡されたばかりだったから尚更だった。

「実はさ…アスカのことなんだけどさ…さっき言った退学の件は多分…明日、担任の先生からみんなに知らされる事になると思うから…」

「あ、はい…分かりました」

自分のことではないと分かってホッとする反面、シンジは内容が内容だけに複雑な心境になる。このところ立て続けに使徒戦があったために誰にもじっくり考える余裕が時間的にも精神的にもなかった。

「それと…アスカがドイツに送還されるって話はさ、あたしの早とちりだった…ごめんね」
 
「え?そうなんですか?」
 
「うん。フィフスの着任はてっきりアスカとの交替かと思っていたんだけどさ、昨日、アスカとレイのお見舞いに副司令と一緒に行った時に聞いたらそれは関係ないらしいんだ。何のために予備パイロットを二人にするのか、よく分かんないけどさ。まあそれは置いといてとにかくドイツ本国への送還の予定はないってはっきり聞いたから安心して。ただ…拘留は当面続きそうなんだけどさ…」
 
「まだ…疑いは晴れないんですか?」
 
「まあね…割と上の方が石頭っつうか…でも離れ離れになるわけじゃないから、まあ御の字かな。この前はちょっと急かした様な格好になったから一応これだけ伝えておこうと思ってさ」
 
上の方って…父さんしかあり得ないじゃないか…
 
シンジは顔を曇らせていく。あまりにも色々なことが突然降りかかってきていた。
 
アスカはやっぱり僕のことを許してくれないのか…ドイツに送り返されないって聞いて一寸安心したけど…ひょっとして捕まっていることで父さんと僕を恨んでいるのか…もうメチャクチャだ…何もかも…人間関係も世界も…一遍に無理だよ…いや…
 
シンジは思わず拳を握り締める。
 
自分に言い訳して逃げちゃダメだ…やれるところまでやらないと…まず…今、自分に出来る事から確実に…
 
「あの…ミサトさん…」
 
「何?」
 
腕を組んで心配そうにシンジの様子を見ていたミサトはシンジの真剣な眼差しを見て少し驚いたような顔をしていた。
 
「その…本当に…ご迷惑をお掛けして…済みませんでした…」

ミサトは初めビックリした様な顔をしていたがすぐにいつもの様に優しい笑みを口元に浮かべていた。しかし、目は決して笑っていなかった。

「まあね…いいのよ、気にしなくて、とは決して言えないわね…責任者としての立場上はね。でも…そうねえ、保護者としてはゆっくり落ち着いて聞きたいところね、シンジ君の心境の変化ってやつをね」

「ミサトさん…」

ミサトは悪戯っぽく笑うとシンジの頭にぽんと吊っていない反対の方の手を乗せた。

「大冒険だったらしいじゃん?お尋ね者の加持と一緒に松代の地下にいたなんてね。それに
SGの連中まで出し抜くなんてさ。初めてうち(マンション)に来た時のあの大人しいシンジ君からはとても想像できないもの。何があったのか知んないけどさ…でも…」

ミサトは撫でる様にシンジの頬を軽く叩いた。

「そういう危なっかしい男は嫌いじゃないのよね…あたし的にはさ…ちょいワルくらいの方がかわいいわよ?男ってさ…まあそういう男に手を出すのは女にとっても禁じ手だけどね…じゃあね…」

ミサトは踵を返すと手だけを振っていた。

「あんた達!来週月曜日の
Evaチームの定例ミーティングに遅れたらただじゃ置かないからね!」

オペレーションルームに響き渡る雷鳴を残してミサトは颯爽と日向と共に部屋を後にしていた。


シンジはクラスメートの視線のいくつかが自分に注がれている事に気が付いた。シンジと目が合いそうになると男女を問わず目を伏せていく。

なんだよ…僕にだって分からないよ…分からないことの方が多いんだよ…僕は碇シンジなんだ…神でも救世主でもない…今の僕が僕なんだ…

アスカの第一中学校退学のニュースは瞬く間に学校中に広がっていた。

シンジは一時間目の授業が終わると同時に自分の席を立つと
MP3プレーヤーをズボンのポケットに忍ばせて立ち上がる。それを横目で見ていたトウジが横を通り過ぎ様としたシンジに話しかけた。

「センセ…いつものところ(屋上のポンプ室)に行くんか?」

「うん…そのつもりだけど…」

シンジにしては珍しくつっけんどんな言い方だった。だがトウジは一向にそれを気にする様子を見せなかった。

「雨降るんちゃうか?」

「降ってきたら早退する…多分」

「ほうか…昼になっても降らんようやったら俺もケンスケとそっちに行くわ…一緒に食うやろ?」

「いいよ…じゃあ…」

シンジは両手をズボンのポケットに入れるとそのまま教室を出て行った。

「学校どころやない…か…まあ…気楽な予備役には関係ないかもしれへんけど…」

何を悩んどるんや…どうやらその様子やと惣流のことだけやなさそうやな…こんな時にはかえって一人にならん方がええんちゃうか…センセ…天気が持ってくれればええんやけど…

トウジの願いも空しく二時限目の終わりと同時に雨が堰を切った様に降り始めた。子供達のうんざりした顔とは対照的にホッと大人たちは胸を撫で下ろしていた。水不足を心配していた第三東京市に久し振りの雨が降る。乾ききった大地に雨が沁み込んでいった。

この日、退院したはずの綾波レイは結局学校に姿を見せなかった。
 






雨は翌日の土曜日にも残っていたが雨足はすっかり弱まっていた。

日照率が極大化する角度が自動計算されて太陽の動きと連動して制御される集光ビル群もすっかり止まったままだった。干上がりかけていた第三東京市に束の間の恵みをもたらしていたが週末の雨ということになるとあまりいい顔はされないらしい。

降りしきる雨の中を諜報課が用意した専用車に乗って渚カヲルは第二新東京国際空港から一路、ジオフロントを目指していた。カヲルは雨が珍しいのか、車の中で一言も発せずじっと窓の外を見詰めていた。

カヲルの荷物は一足先にホテルの方に届けられ、着任の挨拶を直属の上司になるミサトにしてからチェックインになるというラフなスケジュールが告げられる。

「分かりました…」

「珍しいんですか?」

「何がです?」

「雨ですよ…さっきからずっと外をご覧になっておられるので…」

「そりゃ珍しいですよ。ベルリンは雪しか降りませんから。偏西風の影響で時々吹雪になりますけど…そうなるともう最悪ですよ…だからドイツでは傘を差す人なんて殆どいません」

「ほう…ところ変わればってやつですね…」

「そうですね…何もかもすぐに凍ってしまって真っ白にデコレーションされていく…何もない静寂な世界になっていくんです…あまりに気温が低すぎてそれが何年も続く…だから…魂を失った身体は美しい氷の彫像の様になっていく…時が止まったかの様に…」

カヲルの隣に座っていた諜報課員は耳に入ってくる内容が内容だけに驚いて思わず向き直る。カヲルは相変わらず窓の外を見たままだった。

「セカンドインパクトの影響で地軸がずれてしまったため、日本は赤道に近づいて常夏の島になり、ヨーロッパの大半はその逆に緯度が更に上がって氷に閉ざされてしまった…元々ヨーロッパの冬と言うのは不毛でグレー一色に塗りつぶした様に陰鬱ならしいのですがそれがずっと続くわけですからね…だからセカンドインパクト以来…自殺者が絶えない…若くて美しいうちに死ぬなら死のうということで…」

「…」

「人間不信などで実在の人間に絶望した人がそうした自殺者達が自ら立てた氷の彫像に恋をすることもあって大きな社会問題になっているんです…まさにギリシャ神話の
ピュグマリオンを地で行くようなものです…限りある命を全うすらしない…実に罪深い遊びですよね…僕には到底理解できませんけどね…」

カヲルはそれ以上、何も言わなかった。やがてカヲルを乗せた車は地下道の中に入っていきジオフロントに入っていた。

これが…黒き月…リリンの還る場所…

地上の光が弱いためジオフロントも日が暮れたように薄暗くなっていた。遠目に見える本部棟が地底湖から立ち込める霧に覆われて煙っていた。外気温は地上とは一転して高くなさそうだった。霧の中を突き抜けて車が本部に到着する。

カヲルは諜報課員に付き添われて作戦部棟までやって来る。

「それでは我々はここで…」

「どうもお疲れ様でした」

「本部棟の正面でお待ちしています」

何だよ…まだ付いてくるつもりなのか…

「分かりました…」

カヲルは小さくため息を付くとグレーのスーツの上着のポケットからネクタイを取り出すと慣れた手つきでシンプルにプレーンノットを絞める。

一呼吸置いてミサトの執務室をノックした。
 




「渚カヲルです。ふつか(不束の言い間違い)ものですが宜しくお願いします」

「こちらこそ宜しくね、カヲル君。既に聞いてると思うけどあなたは来週の月曜日付けでネルフ本部作戦部
Evaチーム所属の予備パイロット(予備役)になるからそのつもりでね」

「分かりました」

慢性的な人手不足の状態にある作戦部では予備役は滅多な事では発生しない役種になっていたが
Evaチームと呼ばれるミサト直属の部隊ではしばしば用いられていた。パイロットの長期入院や機体の長期改修がそれに当たる。

予備パイロットは平時の出勤や当番が免除されるがシンクロテスト等の訓練や有事に際しては自動的に現役復帰することが規定されていた。
 
「カヲル君。君は今年の913日で15歳になったばかりだね。人類補完委員会の諮問機関の支援を受けてフンボルト(ベルリン)大学の第二理学部でコンピューターサイエンスと心理学に関する博士号を取得後に特務機関ネルフ第三支部長付きになったということで間違いないね?経歴的に…」

「はい、その通りです。日向二尉」

「了解っと…」

12
1日付けで一尉に進級することが内定している日向は目の前で屈託のない笑顔を浮かべている色白の少年の顔を見ていた。

10
歳で理学学士号取得…13歳で理学博士、14歳で心理学の学位か…経歴だけみても凄い天才児だ…それだけじゃない…第三支部で建造中の伍号機と六号機のテストパイロットを務めていただって?一体この子は何なんだ…伍号機と六号機という違う機体にも関わらずシンクロできるというのも違和感がありすぎるし…そのシンクロ率がまた半端じゃない…

両方できっかり
99.755%って何なんだ…

「あの葛城三佐…」

「なに?」

「第二実験場で撃たれたと聞いたんですけどお怪我は大丈夫なんですか?」

「ああ、これ?こんな傷、大したこと無いわよ」

「無理しないでくださいね。僕、凄く心配だなあ…」

カヲルは端正な顔一杯に申し訳なさそうな表情を浮かべていた。

「ほ、他に質問は?」

な、何か調子狂うわね…この子は…

「あの…一つだけいいですか?」

「何かしら?」

「僕の新居のことなんですけど…」

「新居?」

「はい。諜報課の方からエンペラーホテルに暫く逗留する予定だと聞いたのですが、ずっとリニアでここまで通勤するというのも効率が悪いので出来れば本部の近くでアパルトメントを探したいと思っているんですがどうすればいいでしょうか?」

「そうねえ…そういうことなら総務にあたしが連絡しておくから紹介された物件の中から気に入ったものを選ぶというのはどうかしら?」

「ありがとうございます。とっても美しいんですね?葛城三佐は」

「え?美しい?まあそうね。よく言われるわね」

隣にいた日向は二人の会話が微妙に成立していない事に驚いて交互にミサトとカヲルの顔を見る。

「あの…カヲル君…そこは美しいじゃなくて親切とか優しいとか…ぎゃあ!!」

ミサトが日向の足をブーツのかかとで思いっきり踏みつけていた。

「何か困った事があったら遠慮なくオネーサンに聞くのよ?面倒な事はここにいる日向君がぜーんぶしてくれるからね」

「はい!ありがとうございます!三佐!」

カヲルが去った後、ミサトは上機嫌で足を手で押さえている日向の方を見る。

「とっても正直ないい子じゃない!気に入ったわ!」

「そ、そうですね…それはよかった…」

本当は非番だったところをカヲルの来日に合わせて休日出勤となって機嫌が少し悪かったミサトだったが今は鼻歌を歌いながら日向が持ってきた決裁書類に目を通している。

カヲル君…君は日本語の勉強がまだまだなのか…それとも凄い策略家なのか…いずれにしても君はミサトさんの篭絡に成功したみたいだな…
 





ミサトの執務室を出たカヲルは作戦部の居室を横切って迷うことなくまっすぐにセントラルドグマのメインロビーに出る。ここから地上までは天国への階段と呼ばれる長いエスカレーターがまっすぐに伸びていた。

多くの職員は高速エレベーターを利用していたがウィークデーの朝など時間帯によっては非常に混雑するため、時間に制約のない者や物好きがダラダラと続くこのエスカレーターを利用する事がある程度だった。

カヲルは地上から眩い光が降り注ぐロビーに立つと暫く誰も利用していないエスカレーターをじっと眺めていた。

「ふふふ。面白いな。どうして無駄と分かっていてこんなものを作るのか。リリンは一見、理屈で生きている様でその実、思いつきや思い込みが優先されることもある。理由がないことに理由をつけて楽しいのだろうか。でもそれが心を豊かにする。それが夢…と呼ばれるものの正体か…」

カヲルはエスカレーターに乗る。土曜日のネルフは二交代制を取っていたため勤務する職員は通常時の半分だった。輪をかけて利用者が少なかった。

地上階に到着したカヲルはそこで第一中学校の制服を着た少女とばったり出会った。綾波レイだった。

「やあ。やっぱり君もこの星で生きるにはこの姿が最も適しているというわけだ」

レイは突然目の前に現れた銀髪の少年を見て思わず目を細める。

「あなた…誰…?」

「今のところの名前はカヲル。渚カヲル。本名はアダム・ヨアヒム・フォン・ツェッペリン。リリス…君は?」

「私は…レイ…綾波レイ…」

カヲルはズボンのポケットに両手を突っ込むと僅かに微笑む。

「そうか…綾波レイか…いい名前だね…」

レイはカヲルの顔を凝視していた。

「冷たいんだな…折角…こうして再び会えたというのに…まあ…主の元を飛び出した君のことだ…それも何かのブラフ…ってところかい?」

「…あなたの言っている事…よく分からないわ…」

「ははは。そうかい?まあいいさ。残念ながら君の心は僕でも覗けないからね。また会おう、リリス…じゃなかった…この星ではレイ…だったね…」

カヲルはレイの肩にぽんと右手を置くとそのまま通り過ぎて行った。

「リリス…」

レイはゆっくり振り返るとカヲルの後姿をじっと見ていた。

カヲルがジオフロント地上の本部棟から外に出ると諜報課員たちが車を用意して待っていた。黒服にサングラスという無個性な格好をしていたが不思議とベルリンから付き添ってきた
3人とは全く違う別人である事が何となく分かった。

やれやれ…仰々しいな…これじゃ身動きも取れない…

カヲルは肩を竦めると車の方には向かわずにリニア駅の方に足を向ける。

「どちらに行かれるのですか?」

カヲルのために後部座席のドアを開けていた諜報課員が口を開く。

「何処って…リニア駅ですよ…ホテルまで電車で帰ることにしましたから…こいつも貰った事ですし…」

そう言うとカヲルはスーツのポケットからさっきミサトから支給されたばかりのネルフのセキュリティーカードを取り出して諜報課員たちの方に見せた。

「しかしこれはめ…」

「命令って言うならおけら(お門の言い間違い)違いじゃないですか?もう僕はEvaチームの人間ですから…まあ詳しい事は葛城三佐に聞いて下さい。それじゃこれで…」

今のは結構…決まったかな…

カヲルは呆気に取られた様に立ち尽くしている諜報課員たちを尻目にほくそ笑んでいた。

「おい…おけらってどういう意味なんだ?」

「さあな…しかし…葛城三佐に聞けということだったぞ…あの人のことだからな…何か意味深長かもしれん…」

「…電話…してみるか…」

遠ざかっていくカヲルを見ながら諜報課員の一人が懐からネルフ職員専用の携帯を取り出していた。
 






 
Ep#08_(7) 完 / つづく

(改定履歴)
02nd July, 2009 / 表現修正
24th Jun, 2010 / ハイパーリンクのリンク先を修正
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