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新世紀エヴァンゲリオンの二次創作物、小説「Ihr Identität」を掲載するサイトです。初めての方は「このサイトについて」をご参照下さい。小説をご覧になりたい方はカテゴリーからEpisode#を選んで下さい。この物語はフィクションであり登場する人名、地名、団体名等は特に断りが無い限り全て架空のものです。尚、本ホームページに使用した「新世紀エヴァンゲリオン」の画像は(株)ガイナックスのガイドラインに沿って掲載しています。配布や転載は禁止されています。
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第拾部 夏の雪 (Part-1)

(あらすじ)

もうすぐ常夏の国に聖夜がやって来る…個々の思惑とは裏腹に物語りは加速してゆく…

夏のサンタ第三東京市の暴動は沈静化し、市民の多くは住み慣れた街を離れて指定された疎開先を目指して散り散りになっていくものの世論のネルフに対する風当たりは激しさを増す一方だった。

まるで現実逃避するかの様に廃退的な日常を送っていたアスカとシンジだったが、調査が続く旧秩父地区において使徒が復活しつつあることが分かると直ちに弐号機の出動が下命される。


翌日。

新東京日日新聞社の政治部長である利根啓二はいつも通り出社し、彼の机の上に置かれている全国紙6社の刷り上ったばかりの新聞を眺めていた。いつもと変わらない朝が始まると思った矢先だった。利根が革張りの重厚な椅子に腰を下ろすとすぐにデスクの上の電話が鳴る。

「もしもし?日日新聞の利根ですが?」

「おお、利根君か!僕だ。旗風だけど。実はね、今日はむしろ私の方が君のトコに是非とも一言お礼を言おうと思ってねえ」

「え?お、お礼ですか?」

スケジュールを捲っていた利根の手が一瞬止まる。

「またまた…君には全く適わないなあ!ははは!君は実にその辺の駆け引きに長けているよね。保守系の君達は生駒さんが政権を取ってからというもの、結構手厳しくマニフェストとの矛盾点を追求していたからてっきり現政権と距離を置こうとしているのかと思っていたが…どうしてどうして!今日の一面は見事だったよ」

「うちの一面記事が、ですか?」

一体何を言ってるんだ…旗風さんは…ウチの一面だって?極東経済会議のありふれた追従記事じゃないか…

利根は小首をかしげながら手に持っていた自社の朝刊を広げると驚きの余り思わず受話器を取り落としそうになった。

「こ、これは!!!!」


“第三東京市大暴動!!ネルフの民間人暴行が引き金か!?”


ば、バカな!!一体…一体誰が…俺の知らない間に一面全面が差し替えられているなんてバカな話があるか!!しかも…この時機にネルフをすっぱ抜くなんてあり得ん…あり得んぞ!!

洗練された物腰で常に落ち着き払っている様に見える利根だったが手が小刻みに震えるほど激しく動揺していた。みるみるうちに血の気が引いていくのが分かる。気がつけば歯の根も合わずにカチカチと鳴っていた。

「いやあ、このスクープ記事には恐れ入ったよ!!実はA-01発令中とは言ってもValentine条約の守秘義務条項があってねえ。日本政府が大っぴらに第三東京市で起こったことを公に出来ないんだが、民間のマスコミがしれっとすっぱ抜いた記事まではどうしようもないという建前が通るからね。これで問題が山積みの生駒さんも批判の矛先を一先ず回避できると大喜びだよ。何と言ってもさっき朝一番に僕のところにうちの大臣(内相)よりも早く電話がかかってきた位だよ。ま、もっとも公安や内閣官房が動くまでもなく君のところで見事にやってくれたというわけさ。君も実に隅に置けない男だな!どうしてこの前の総選挙で立候補しなかったのかね?ははは!」

全身の力が抜けていく。利根はとても立っていられなくなりどっかりと椅子に付く。顔面蒼白だった。

あ、あり得ない…この前の阿部君の使徒戦決死ルポ(Ep#07_8)とかそんなレベルの話じゃないし…世論操作の域を出ない批判程度なら聞き流してもらえるだろうが…これは…山口君が未然に防いでくれた松代騒乱事件(Ep#08_9)のそれ…いや、それ以上に危険な記事だ…ネルフの存在を脅かすことは断じて許されないんだ…一体誰がこんな浅はかなことを…”赤い薔薇”の密約を知っている人間ならこんな軽挙は起こさない筈だ…

利根はまるで悪夢に魘(うな)されている様に頭を抱えていた。

殺(や)られる…間違いなく殺(や)られるぞ…“京都”を嗅ぎ回っていた阿部寛治のように…マルドゥックの悪魔が再び目覚めてしまう!!

耳元では絶望に打ちしがれている利根とは対照的に終始上機嫌な旗風の声が響く。

「まあ、君のところは何だかんだ言っても保守(自由党)系との関係が強いからネルフを擁護する向きの社説も少なくなかったし、あの堅物の山口君が今までは何かと睨みを効かせていたしねえ…君のトコがうちの陣営に付いたとピラミッド(ネルフ本部の事を指す日本政府内のコードネーム。Ep#02_1他参照)に睨まれると、さぞ君の周辺も物騒になるだろうねえ…」

旗風さんも分かっているんだ…ネルフの諜報筋が動き出すであろうことを…日本政府、いやネルフに批判的な国民党にマルドゥックが手を出さないのは戦自という子飼いの手勢を生駒さんが抱えているからだ…Evaを有するネルフの戦力は圧倒的ではあるが、戦争はダイナミクスだけでは勝てない…一般戦闘に不慣れなネルフでは特殊部隊に抗し得る道理が無いから微妙な政治均衡が両者の間に働いているに過ぎない…それに比べて我々一般人や官僚、そして反ネルフの自由党系議員は完全に丸腰だ…

どうして唯々諾々とこの国がネルフに今まで従ってきたのか…それは…それは俺たちが戦う術を知らない日本人だからだ!!

「まあ総理からして見れば日日さんは御し難いイメージがあったんだが…まあ…これからは仲良くやれそうだねえ?君もそうは思わないかね?」
 
粘りつくような旗風の声だった。エアコンが効いている筈のオフィスで利根は滝のような汗をかいていた。

「確か君には今年高校受験の一人息子もいたんじゃないかい?」

「ま、まさか!!しゅ、しゅん…」

「おお!そうそう!俊吾君だったよね?第三東京市の疎開命令で市内の学校は完全閉鎖になって生徒達は市が各地に振り分けられているらしいが…僕の部下が調べたところではその振り分け作業…だいぶネルフの息がかかっているらしいじゃないか?」

「くっ…そ、そんな…」

喉がからからに渇ききっていた。

「利根君…ジャーナリズムも所詮は人の子さ。大切な家族を犠牲にした“事実”が“真実”の追究とやらで覆い隠せるものでもないだろ?世間なんて冷たいものだよ。歴史的に価値のある“真実”を遺したとしてもそれを評価してくれるのは50年後の縁も縁もない人間なのさ。同時代の人間なんて誰も家族を犠牲にしてまで“真実”に殉じた烈士だとは思わないよ。そこまでしても結局、新聞なんて売れないんだよ。どうだろうねえ…君さえよければ君と君の家族…勿論、日日さんの安全を保障するよ」

しゅん……

「さあ…そろそろ返事を聞かせてもらってもいいかね?」

「よろしく…お願い…します…」

「分かった。それじゃ祝いの件は楽しみにしておくよ。じゃあ、僕はこれで」

通話が途切れても利根は暫く動くことが出来なかった。

「すまん…山さん…俺は…この手で…この手で今日、日本のジャーナリズムを殺してしまった…」

政治部のオフィスは購読者やマスコミ関係者からの電話攻勢に晒されており、更にあちらこちらで社員同士の掴み合いの喧嘩や言い争いが起こっていた。

まさにそこは阿鼻叫喚の地獄絵図そのものだった。



2015年12月15日 エリア1238(正式名称:暫定放置区域エリア1238)

「やっぱり昨日よりもFI値が高くなっていますね…」

野営高性能演算システムと各種の大型機材がところ狭しと並べられている本部テントは仮設のエアコンが取り付けられていたが、機材の発する熱量の方が大きいためテントの中は外気ほどではないが蒸し暑く感じられる。青葉は薄暗いテントの中で測定器のモニターを睨んでいた。

「青葉君、“卵”の様子はどう?」

リツコの声が背後から聞こえてくる。

難しい顔をしていた青葉は額を伝う汗を首にかけているタオルで拭いながら後ろを振り返ると、背後にはリツコを始めとしてミサト、マヤと続き、やや離れてミサトの副官であるユカリが遠慮がちに立っていた。エリア1238に派遣されているネルフ調査隊の幹部メンバーが勢揃いしていた。

全員が一様に緊張した面持ちだった。

「まだ微弱ではありますがATフィールドに間違いありません。パターン青…使徒です。“卵”のFI値( Field IntensityATフィールドの物理的エネルギー場の強弱を示す指標のこと)はまだ基礎レベルと呼ぶべきレベルですが日増しに増加しています」

「そう…恐れていたことが現実になったわね…“制裁者”は滅んではいなかった、つまりはそういうことね…まあ、半分は予期していたことだけど」

リツコは小さくため息を付く。部屋の熱気を送風機がかき回していた。

「そんな…あんなに犠牲を払ったのに…そんなのあんまりです…何のために…何のためにレイは…」

マヤはうめき声に近い声を発すると思わず両手で自分の口を押さえた。吐き気を催していた。

「マヤ。今は感傷に浸っている場合では無いわ。私達の使命は第一に“卵”の内部に深く取り込まれた状態の“槍”を回収すること…そして、制裁者がまだ生きているならば…我々の本分を全うすること、ね」

「それは分かっています。分かっているんですが…」

「口ごたえをするのは分かっていないのと同じことよ?マヤ…」

リツコは冷たく言い放つ。師弟と呼ぶにはあまりに近く、そして友愛と呼ぶには遠過ぎるリツコとマヤの関係は複雑だった。決して外交的な性格ではないリツコにとって明朗活発なマヤは得がたい存在だった。いつもどこか乾いている荒涼とした感情を自分でも持て余しているリツコは知らず知らずの内にマヤに癒されてもいた。

「す、すみません…本当に…すみません…」

先日のラザロ作戦で圧倒的な使徒の姿に恐怖したマヤはリツコに言われるままにレイを死地に送り込む手助けをしてしまった自分(Ep#08_41)に強烈なまでの自己嫌悪を抱え込んでおり、この旧秩父のエリア1238に到着して以来、眠れぬ夜を過ごしていたのである。目は僅かだが落ち窪んでおり、その下にはくまを作っていた。

リツコは肩を竦めるとマヤの肩に手を置く。

バカな子…貴女が責任を感じることでは無いのに…人間という生き物がそんなに簡単に割り切れるものではないことは分かっているわ…私も…もう一度信じようとあの時に心に誓ったのに(Ep#07_22)…誓った筈なのに…それでもどこか割り切れない自分がいる…

このまま私達は突き進んでしまってもいいのか…私は…あの人が傍にいてくれるだけで…それだけで満足なのに…でも…あの人はそれでは満足しない…それは分かっている…分かっていても、それを認めたくない…いや、認められない私がいる…

業(ごう)な生き方よね…

リツコは自分の隣に立っているミサトを一瞬だけ横目で見たが、ミサトが腕組みをしたまま青葉の顔を凝視している姿を認めると再び目を正面に向けた。

「直径200メートルは優にある第14使徒の残骸はクレーターの中心部、水深約2000メートルの位置にあります。先日の初号機の暴走(Ep#09_2)により一部を激しく損傷しており、球体の一部に50メートル程度の亀裂があります。亀裂は“卵”のほぼ中心にまで達していることがこれまでの調査で分かっています。暴走時に初号機が作ったものと考えてほぼ間違いがありません」

青葉は液晶画面を指差しながら手際よく説明する。ミサトは顎に手を当てて思案顔を作っていた。

「つまりパック○マンみたいになっているってことね…」

「はい(パック○マンって…相変わらず古いな…葛城一佐は…)。このエリア1238に流れ込んだ海水が赤く汚染されているのはこの亀裂から染み出している使徒由来の物質によるもので、これまでの使徒と同様にL.C.L.に極めて近い成分を有しています。また、これ以上の汚染物質の拡散を抑止するためにエリア1238とエリア1995(旧東京開放区域のこと)との間に臨時堤防を敷設中ですが目下、進捗率88.6%ですから…あと遅くとも1週間あれば隔離措置は完了します。そうなれば本格的に“各種”サルベージ作業にも着手出来ます」

「問題は…それまでコイツが待ってくれそうにない…そういうことね?」

ミサトはやや強張った表情を青葉に向けていた。

「はい。これはアスカちゃんが…いや、セカンドチルドレンがラザロ作戦の直後に…」

「司令の指示したゴルゴタ作戦よ。間違えないで」

ミサトが鋭く青葉を遮る。一瞬部屋の空気が揺れたように感じたが再び温い風が辺りを対流し始めた。

「あ、は、はい。失礼しました…その、ゴルゴタ作戦直後にセカンドチルドレンが現地で計測した生体活性反応の数値からこの一週間で実に10倍も増加しています」

リツコは平然と会話の中に割って入る。

「ヘイフリック限界の効果を考慮した自己修復速度は?」

「はい、典型的な使徒のパターンに一致しています。つまり、自己修復反応に減衰傾向は認められません」

「じゃあ…第7使徒の時から考えてコイツが完全体になるまでに…あと2、3日ってところか…」

ミサトの言葉にその場が一瞬静まり返った。

長い沈黙の後、ミサトはカッと目を見開くとずかずかと青葉の方に向かっていく。そして次の瞬間、青葉の後ろにあった液晶モニターを引っ掴むと思いっきり地面に叩きつけていた。

がしゃあああん!!

「か、葛城一佐!!い、一体何を…」

「き、きゃああ!!」

全身の毛が逆立ち、まさに怒髪天という形容がぴったりだった。ミサトの剣幕に驚いた青葉は思わず後ろに飛び退いていたが、さすがに精密な測定機材はモニターと違って替えがすぐに効かないため微妙に自分の背後に庇うような所作を見せていた。

「ミサト!!何をしてるの!!あなたらしくもない!!落ち着きなさいよ!!」

リツコが慌ててミサトの手首を掴んだがあっさりと振り払われる。

「うるさい!!これが落ち着いていられるか!!だから言わんこっちゃ無いんだ!さっさと潰してしまえばよかったものをむざむざと…挙句がこの様かよ!!」

足元に転がっているモニターをミサトは何度も踏みつけていた。今、この場でミサトに肉弾戦を挑んで勝てる相手などいる筈もなかった。電子部品が焼けるような特異な臭気が辺りに漂う。

「この第14使徒との戦いで一体何人の人間が死んだと思ってるんだ!!国連軍だけじゃないわ!作戦部だってこの区域に派遣していたEvaの支援部隊を、あの意味の分からない使徒のATフィールドで残らず吹き飛ばされたんだ!ミサイル弾幕が着弾する前に撤収する筈だった!隔離措置が終わるまでの間、付近を捜索させたがあいつらの骨の一本すら見つからない!それに…零号機も腐った水の底で眠ったままだ…」

モニターの破壊される音が響くたびに全員が肩を竦める。リツコの後ろでマヤがすすり泣いていた。まるで塞き止めていた感情が決壊したように。ユカリも既に目に涙を貯めているのが青葉からも見えていた。

「みっともない真似は止めて!ミサト!」

物を言わない機械を一方的に痛めつけていたミサトが自分の肩を掴んだリツコを睨みつける。その殺気を帯びた眼光にリツコも青葉も思わず気圧されて言葉を呑み込んでいた。

「みっともないだと!?何の目算があるのか知らないけど…いや、今となってはそんなものは知りたくもない!!後生大事に使徒を今日まで放置するなんて狂気の沙汰だ!!あのキチガイめ!!何考えてやがんだ!!」

ミサトの怒気がピリピリと離れていても伝わってくる。

時に激流の様な感情は全ての理性を押し流し、そして怒りの炎は完璧な条理を破壊し尽くす。ミサトを抑えようとしているリツコにも、調査と隔離措置の指揮を執っている青葉にもそれぞれの言い分があった。

使徒由来の汚染物質は国際条約により厳格に隔離措置をとる事を義務付けられていた。逆に隔離措置が完了しない限り、新たに汚染を拡散させる危険があるため調査行為を除くあらゆる業務(※ サルベージ作業もこれに該当)を実施することは出来なかった。独裁的な特務機関ネルフの強権発動は明確な“使徒襲来”の事実を持って初めて国際法的に認められる。使徒か、あるいは単なる汚染物質の塊か、判然としない状態でネルフが準軍事行動を行うことは厳に慎まなければならなかった。

これまで何度と無く使徒戦を戦ってきた事実上の軍事における最高指揮官であるミサトが理解できない道理は無い。いや、むしろそれに沿って見事な軍略的手腕を見せてきた名将と言ってよかった。だが、奇しくも東雲が指摘したように使徒絡みのことではしばしば激情に駆られる傾向(
Ep#08_40)が以前からあったものの最近のミサトは初期の頃に比べると明らかに人が違ったようにその激しさに拍車がかかっていた。

文治派の筆頭であるリツコ側からすればゲンドウに何かを言い含められているであろうことを割り引いても、いずれにせよ条約に基づく措置である以上、このミサトの激昂は理不尽と言えば理不尽だった。

ミサトの側にも当然に言い分はあった。簡易堤防の敷設が進められている間、ミサト率いる作戦部の一隊は犠牲者の遺骨収容を目的として付近の捜索を行っていたという経緯があった。結果としてそれは全くの徒労に終わるのだが同胞の死は概して新たな憎悪を生むため、憎しみの連鎖を断ち切ることは並大抵のことでは無い。ましてそれが衆人の納得の行く形ではなく、不条理の上に築かれた犠牲の様に見えれば尚のことだった。

表には出てこないもののそれほど「レイの決意」がネルフという社会に与えた衝撃は大きかったのである。人情として憎悪の矛先は“卵”と呼ばれる使徒の残骸、いや未だに僅かながらも活動している虫の息に見える“仇敵”に向けられるのはむしろ必然といえた。

また、先般のラザロ作戦において散々煮え湯を飲まされたミサトにとって手強い“制裁者”が復活しつつあるという事実が焦燥の念を駆り立てるのも無理からぬ事だった。実際、エリア1238に到着すると同時に“卵”の即時駆逐をネルフ司令長官に具申し続けていたミサトだっただけに使徒の復活の方が早いという一報はあらゆる意味でミサトの理性を失わせていた。

それはどこかでレイに対して非情な対応を取った自分の後ろめたさを覆い隠す側面があったかもしれない。

リツコは舌鋒が鋭くなる一方のミサトを必死になって抑えようとしていた。声が僅かに震えていた。

「お願いミサト!落ち着いて!今はこんなところで私達が言い争っている場合じゃ無いわ!いつものあなたに戻って頂戴!あなたが取り乱したらネルフは、いや人類の歴史は本当にここで終わってしまうわ!あなた以外に頼れる人はいないのよ!私達には!!」

「はんっ!今更おべっかのつもり!?使徒があと何体出てくるのか知らないけど、少なくとも目の前のヤツが五体満足になってから攻撃を加えてたんじゃあ、あたし達の勝ち目が薄いのは分かりきっていることだろ!司令はこれから使徒が出てくるたびにEvaに特攻させる心算かよ!?今度は誰がお望みだ!アスカ?それともフィフス?次は誰を使徒に突っ込ませるつもり!?ふざけんなって言うんだ!!」

「ば、馬鹿なことを言わないで!使徒は今回襲来してきた三天使とあと一体…槍の投擲で少なくとも三天使の一体が倒されたとすれば残りは三体…それで全てが終わるのよ。あと少し!あと少しなのよ!私たちは!」

リツコの言葉を聞いたミサトは一瞬真顔に戻る。そして更にリツコを見る目に力をこめると口元に不敵な笑みを浮かべた。

「ふーん三体ねえ…そういえば司令も警戒衛星よりも早く今回の使徒の襲来を仄めかしていたわねえ(Ep#08_34)…まるで予言者だね、あんた達は…」

「そ、それは…」

リツコはばつが悪そうに視線をミサトから逸らす。全員の視線がミサトとリツコに集まっていた。

「なるほど三体ならシンジ君以外にまだ3人チルドレンがいるしねえ(※ ミサトはカヲル(Ep#08_40)とトウジの件(Ep#09_9)をまだ時系列的に知らない)…松代の時になんでポンコツの参号機まで回収するのか、司令の意図がどこにあるのか分からなかった(Ep#07_23)しさ、それにフィフスの着任も当初は問題を起こしたアスカの交代かと思った時期もあったけどね(Ep#08_7)…その理由が分かった気がするわ…」

「それは一体どういう意味かしら?」

「おやおや…随分と演技が巧くなったものねえ、あんたも…科学者辞めることがあったら女優にでもなるといいわ…まあ、もっともそんな需要があるかどうか分かんないけどね…」

「な、なんですって!?」

ミサトの挑発的な態度に珍しくリツコがいきり立つ。

「あと三体の使徒が襲来するっていう根拠はよく分からないけど初号機、弐号機、参号機の三体のEvaとシンジ君以外の三人のチルドレン…全て相打ちになれば後腐れも無く綺麗サッパリってわけね…」

「み、ミサト!!あなた!!何を言ってるの!!司令がそんなことを考えているわけ無いじゃないの!!」

「じゃあ何でレイは逝ったんだ!!何であの時はレイじゃなくちゃいけなかったんだよ!!リツコ!!」

「そ、それは……」

「手負いとはいえ零号機は自走可能だし、予備兵力として本部にあってパイロットに至っては、まあ予備も含めて3人いたしね。身内を無理して使うことも、育成に時間と金をかけた戦略パイロットをまだ使徒が残っている段階で使う必要も無いわね。モルモットから切っていくってのはあながち選択として間違いは無いわよねえ」

「モルモットだなんて馬鹿なことを言わないで!!憶測でモノを言うと幾らあなたでも許さないわよ!!司令が親近者にだけ甘い顔をするなんて事ある筈が無いでしょ!!そもそもレイはあの人にとって特別な…」

途中まで言いかけてリツコは思わずハッとした。

そう…そうなのよ…レイは…あの人にとっていつも特別なのよ…もしも条約の規定は建前で…本音の部分は…だ、だから…“卵”の復活というリスクと天秤にかけてまでサルベージを優先させようとしているとも言えなくもないわ…“卵”を潰してしまえばレイ(リリス)の魂はサルベージ出来なくなってしまう…あいつが本当に死んでしまうことになる…

イレモノ(肉体)なら幾らでも用意できるけど…記憶をベースにした後天的な精神とは違って魂そのものはデジタル化出来ない…それ故にアダムやリリスのコピーとして生まれたEvaも魂(パイロット)が必要になる…魂のサルベージは復活の絶対条件…

でも…よく考えてみれば…制裁の磔刑に架かったリリスがアガペーを示した後に復活を遂げる必要があるのは…あの人というより…むしろ原点に回帰しようと考えているSeeleのシナリオ…知恵を持つ人類が生命の継承者となって新たな段階に進むのなら…その依り代は極論、何もアレに拘る必要は必ずしも…そうよ…知恵を継承する神の子がいればそれでいい…筈…

い、いえ…そうじゃない…そうじゃないわ…そんなわけある筈が無い…だ、だって…あの人は…あの人は…


「よく帰ってきた…もう会えないと思っていた…(Ep#08_2)

「博士…俺が頼れるのはもう…君しかいないんだ…(Ep#08_44)


リツコは左右に首を振る。

きっと…このサルベージには意味が…そう…そうに決まっているのよ!!信じるのよ!!わたしは!!最期まで!!

奇妙な沈黙が続いていた。当事者以外の人間がその沈黙に居たたまれなくなり始めた時、ミサトが静かに口を開く。

「リツコ…あんたはレリエルとの戦いの時にEvaに恐怖を感じたって言ってたわねえ(Ep#06_22)…あたしもあの時…使徒の腸(はらわた)を切り裂いて地上に舞い戻ってきた初号機の姿を見て思ったことがある…」

リツコがゆっくりと顔を上げてミサトを見る。そして一人、また一人と視線がミサトに向けられていく。

「それはね…使徒との戦いが終わった後でね、あたし達の前に立っているアダムから生まれたこいつら(Eva)はどうなっちゃうんだろうって…あと、ターミナルドグマに拘留している事になっているアダム(※ 実際はリリス)はどう始末をつけるんだろうなってね…実を言うとあたしはずっと今日までこの事を頭のどこかで考え続けていたんだよ…今更格好付けても仕方が無いしさ…それに…司令じゃないけど…綺麗ごとを並べて自分だけいい子ちゃんになるなんてのも性に合わない…ひたすら使徒を倒すことだけ考えてきたあたしだからね…」

加持があたしに問いかけたこと…あれ以来…あたしは確かに変わった(Ep#06_11)…

ミサトは明らかな自嘲を浮かべていた。

「怒りに任せて確証もないことをベラベラと捲くし立てちゃったけどね…でもね、この理屈で行けばさ、司令が守りたかったものって結局、人類とかじゃなくて、また、あんたが言うように親近者にも厳しいとしたらさ…最後まで残った、零号機は消えちまったから温存を指示(Ep#06_18)していた初号機と…ターミナルドグマの中にあるモノだけって事になるんじゃないの?」

ミサトの言葉にその場にいた全員が凍りついていた。滅多なことでは感情を表に出さない筈のリツコだったが明らかに狼狽したような表情を浮かべる。

「み、ミサト…あなた…例え冗談でも滅多なことを…」

「冗談ねえ…あたしもそう願いたいもんだよ…ま、いいよ…司令がどういう形で人類を救ってくれるのかは知らないし…まあ、ぶっちゃけそんなご大層なお仕着せの“救い”ってやつには一切興味はないけどね…おい!おバカ!行くぞ!」

「は、はい…」

呆然と立ちすくむリツコたちにミサトは背を向けると本部テントの出口に向かって歩き始める。ミサトにやや遅れてユカリが慌てて涙を拭きながらその後を追う。

「ま、待って!どこに行くつもり!ミサト!まだ話は…」

「あん?話?話ならもう終わってるでしょ?お望みどおり使徒は倒してあげる。他になにかある?」

ミサトは振り返ることなく言う。リツコの顔は引きつっていた。

ど、どうすれば…私は…一体…どうすれば…“卵”を潰せば…魂は回収できない…でもそれをミサトに喋るわけには行かない…しかも、使徒と判断されているにも拘らずミサトに戦いを思い留めさせるのもこんな言い争いをした後ではやっぱり不自然…

リツコはただ俯いて拳を握り締める以外に術がなかった。ミサトはテントの出口に手をかけると不意にリツコ、マヤ、そして青葉が立っている奥を振り向いた。

「そうだ、一つ言い忘れたことがあった。あたしは司令から使徒に復讐することを公認されてここ(ネルフ)にいるのは知ってるでしょ?あたしのリストの中に当然、地下に眠るアダムも含まれているわ。無いとは思うけど、もしさ…司令が人類の敵であるアダムを見逃すっていうなら…いや…それを助けようとするやつは誰であれ容赦しない…そのためならあたしは誰とでも手を組む覚悟がある」

「あなた…まさかそのために国連軍の辞令を…」

リツコの顔からは血の気が殆ど失せていた。

「さあね。軍人にとって命令は命よりも重いからね。その覚悟がなければ人を殺(あや)める商売なんて出来やしないんだよ。命令は命令…とだけ言っておくわ。要は使徒に纏わるものを残そうなんて考えを持たなきゃいいんだよ。あんたも…それから司令もね…」

ミサトは完全に冷静さを取り戻しているように見えた。その冷たく鋭い視線は名刀の放つ光の様にリツコの心胆を貫き通していた。
 
味方にすればこれほど心強いものはないけれど…敵に回せばどんなに恐ろしいか…

「ああ、そういえばもう一つあったわ。あたしの知らない間に諜報課に特別チームでも組織されたの?」

「え?な、なぜ…そんな事を?」

「あたしに護衛を付けるってんなら前もってそう言ってもらわないと。昨日、不審者かと思ってうっかり始末しちまったよ。どこの機関のやつらかと思って懐を漁ったらコイツが出てきた」

ミサトは懐からネルフが発行するセキュリティーカード3枚を取り出すと無造作にリツコの足元に向かって放り投げた。白を基調にしたプラスティック製のカードには薄っすらと血痕の様な赤い染みが所々に付いているのが遠目にも見えた。

「こ、これは!!ちょ、諜報二課の…」

「諜報二課っていうの?新組織の名称は…まあ何でもいいけどね。どっちにしてももっと腕利きにしてもらわないとなあ…なんたって…あたしはこのコルトなら目を瞑ってても外さない自信があるからねえ…まあ、そういうことよ…」

明らかな恫喝だった。ミサトは華奢なドアを開けると本部テントを後にしていた。

テントの外はすっかり夜の帳が下りていた。巨大湖の沿岸に位置するベースキャンプの周囲は照明車の明かりの他は満天の星空しか光は無い。それもその筈だ。ここは一週間前に炎の海に焼き尽くされた場所なのだから。生命の営みを示すような明かりは全く皆無だった。

粘りつくような湿り気が肌にまとわり付いてきた。風が運ぶ潮の匂いに混ざって僅かに血の香りがミサトたちの鼻腔をくすぐる。

「おい、おバカ」

「は、はい!」

「本部の東雲さんに連絡して明日の早朝に弐号機をエリア1238に寄越すように伝えて」

「り、了解しました…明日の朝ですね…あ、あの…質問をしても宜しいでしょうか?」

「ん?なんだ?手短にしなよ。あたしは今あんま機嫌よくないからね」

ミサトはユカリを顧みもせずにぶっきら棒に答える。

「はい…えっと…初号機は、その、出動させなくてもいいんですか?輸送機の手配の手間とか考えると1機も2機も変わんないんですけど…」

ミサトは一瞬足を止める。

「なるほど…あんたにしちゃあいい質問じゃん…それ…」

「え!ほ、ホントですか?えへへ…なんか…初めてですね…葛城一佐があたしを褒めて下さるなんて」

「初めて、か…まあ、意外でもないな、おまえだったら」

「えー!そんなー!何かひどおーい!」

それには答えずにミサトはため息を一つ付くと再び歩き始める。

「初号機は凍結だ…」

「はっ?と、凍結って…あの…どういう…」

ミサトは自分の眼前に横たわる湖を見る目に力をこめていた。

「よくはあたしも知らないんだよ…ただ…本部に戻ってきた初号機を見た司令がね、そう判断したんだそうだよ…初号機は凍結…動かすな、つまりはそういうこと…」

「初号機を…ですか…」

「そうだ…だからふざけるな、て言ってんだよ…」

ユカリは少し離れて伸びをしているミサトの背中を見つめていた。

だから、さっき初号機のこととか色々…あんなことを仰ったんですね…葛城一佐…あたし…一佐のためなら…一佐のためなら…例え裏切り者と言われてもいいです…あたし…決めたんです…葛城一佐に付いて行くって…
夏の夜の流れ星は…人知れず舞い落ちては消えてゆく…まるで小雪の様に
「おい!おバカ!」

「ひ、ひゃい!」

「見ろ。流れ星だ」

「ど、どこですか!どこにお星様がー!」

「ひひひ、おせーよ。もう落ちちゃったよ」

「そ、そんな!ひどいっす!折角、お願い事しようと思ったのにい!!」

「たかが星でそんな怒らなくてもいいだろ…んで?何を願う心算だったんだ?おまえ。オネーサンに話してごらん」

「そ、それは…その…ひ、秘密です!言っちゃったら願い事が…その…叶わなくなっちゃいます!」

「ふーん、まあ…いいけどさ…」

ミサトは湖に背を向けると作戦部員たちのテント群の方に歩を進める。ユカリはじっとミサトの後姿を暫く見詰めていたが後ろを振り返る気配が無いことを確認すると両手を胸の前で組むと目を瞑った。

お星様…お星様…遅れちゃってごめんなさい…もし、願いを叶えて下さるならどうかお願いです…ずっと…一佐のお側にいられる様にして下さい…それが叶うならあたし…

何も他にいりません…



その夜。

ジオフロントの職員宿舎のバスルームでシャワーを浴びていたアスカは浴室に備え付けられている内線電話で日向と話していた。

「出撃命令?じゃあ…やっぱりアイツが復活したってこと?」

「いや、まだ完全復活したわけじゃなくってさ…なんて言えばいいんだろ…今日の計測でさあ、ホントにギリギリなんだけど“使徒”と認定されたらしいんだ。それでさっきエリア1238のユカリちゃんから本部に連絡が入ってきてさ、こっちでも再調査したんだけどやっぱMAGIも衛星の測定データから“使徒”と判断したよ。明日の夜明けと共に出撃しろってミサトさんからの指示」

アスカは一瞬顔を顰める。

あのアタシの中に入ってくる感じ…なんかイヤだな…でも…早く倒さないと完全に回復されてしまったら手が出ない…それに…

顔に滴ってくる雫を空いた片方の手でさっと拭うとノブを捻ってシャワーを止める。そしてシャワーカーテンを勢いよく開け放つとアスカはバスタオルに手を伸ばた。

それに…今までと違って今回はアタシだけで出撃しないといけない…シンジはまだ入院中だし…

鈍い痛みが胸に走る。

レイ…アタシ……サイテーだわ…

バスタオルを頭から被ったままアスカは左手で自分のわき腹を押さえていた。
 


 
Ep#09_10 完 / つづく

【改定履歴】
31.01.2012 /  誤字修正
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